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ワイアットの逆襲 第43話【合同部隊 前編】  


582船団との戦闘で消耗した第15任務艦隊に補給部隊を送り込むと同時期にジオン側も動きを活発化させていた。ジオン側も582船団からの救援を受信すると直ちに行動に移している。既に戦闘は終結しているだろうが、戦場に取り残されたMSなどの漂流中の友軍の救助も行う必要があった。可能ならば攻撃を行った敵部隊の撃滅も含まれるのだ。

グラナダから地球のオデッサを繋ぐ最短航路の安全確保も当然だが、582船団の損失は重大なものだったので、ジオン側の動きは極めて早いものになっている。増援として急派されたのは、バロウズ大佐率いる軽空母として改装されたパプア級「ドライドフィッシュ」、軽巡洋艦7隻からなるリビング・デッド師団と、クライバー大佐が率いるチベ級重巡「セイレーン」、軽巡洋艦8隻からなるセイレーン機動艦隊、そして軽巡3隻からなるパトロール艦隊の2つが急行していた。

リビング・デッド師団はL5に位置するサイド4(ムーア)を防衛している師団である。この師団は傷痍軍人として戦闘等で四肢を損傷した人員を中心に構成されている部隊だったので一部の例外を除いて遠距離攻撃に偏った面々が多いのが特徴だ。

指揮官であるバロウズも右手は義手であり、その形状も海賊を思わせるフック状であった。 面構えからして歴戦の叩き上げを感じさせる風貌である。

このリビング・デッド師団の旗艦であり、兵力の中核を担うドライドフィッシュは、搭載MSの数もパプア級とはいえ軽空母型に改装されているので24機の運用が可能になっていので麾下のムサイ級を加えれば小規模の機動艦隊としての体裁は十分に整っているといえるだろう。

各部隊が合流した際の指揮権はバロウズが執ることになる。

ジオン側としては万難を期してまとまった戦力でもある主力艦隊を送り込みたかったが、ソロモン宙域での地球連邦軍第8艦隊と隊第58輸送船団の交戦情報もあって、更なる攻勢を警戒して援軍は打ち止めとなっていた。ジオン公国軍は宇宙要塞ソロモンの安全を第一にしたのだ。

無論、ジオン側も主力投入を控えたのは警戒を行う以外にも理由がある。

582船団からの敵戦力は空母2隻ないし3隻、巡洋艦5ないし6隻と報告を受けていたことも大きい。熱源及び敵MSの数からして確度の高い情報として捉えている。何より戦いの基本は数であり、約10隻と23隻ならば数が多いほうが勝つ。勝利の目処が立つならば、別方面での危機に備えなければならない。ジオン公国軍は連邦軍というよりもワイアットの蠢動に備えているといっても過言ではないだろう。

「針路プラス3修正、加速停止」

ドライドフィッシュの艦橋に立つバロウズは航海参謀に味方部隊と合流するために指示を出す。旗艦に合わせるように各艦も針路を変更していく。リビング・デッド師団は部隊の特性上、遮蔽物が多い暗礁宙域での待ち伏せこそが最上であったが索敵撃滅戦である本作戦では、それのような戦い方は行えない。次善の策としてセイレーン機動艦隊とパトロール部隊の後方からスナイパーとして火力支援する戦術を採る事になる。

「我々の本格的な戦闘は本作戦が初めてです。
 上手くいくでしょうか」

バロウズの隣に立つ副長の杞憂は当然だった。

リビング・デッド師団は各部隊単位でのパトロール艦隊相手との小規模な戦闘は経験しているが、師団結成から師団主力を投入する本作戦のような大規模なものは初めてである。師団を形成するドライドフィッシュは既存のパプア級を改修したものだったが、護衛の軽巡の全てが新造艦で占められていた。

無論、部隊は傷痍軍人を中心に編成されているので戦闘経験者が多いので新兵の比率は少ない。

副長は兵士各個人への心配ではなく、この部隊は結成されたばかりであり、部隊として行動していた時間が少ないことを憂慮していたのだ。

部隊が有機的に動くには、それなりの時間が必要だった。分隊や小隊ならともかく、師団規模となるなら部隊間の動きを知るために相応の時間が必要だ。本来ならば訓練によって補うものだが、現在のジオン公国軍はワイアットがもたらした災厄によって、新編成の部隊であっても十分な訓練時間を与える余裕がなくなってきている。バロウズも部隊を率いて部隊としての訓練がまだ十分でないと理解していた。何より、被害を受けた部隊の穴埋めの為に、訓練中の部隊が引き抜かれることも珍しくは無い。

バロウズは副長の言葉に少し考えてから口を開く。

「それは上手くいかせるしかない。
 それに我々には新装備がある、それを活かせば戦果も期待できるだろう」

バロウズが言う新装備とは宇宙用移動砲台「スキウレ」を指す。 このスキウレと言われた兵装はザクUなどのMSで運用する移動砲台であり、ペズン計画と言われるジオンの兵器開発計画より開発された補助兵器の一つ。

ジオン側は連邦側が実用化していたエネルギーCAPの開発に難航しており、その代案として開発中のMA-05用高出力ビーム砲をスペースビークルに取り付けた補助兵器でMSにビーム兵器を運用させることを実現したのだ。無論、最新兵装の一つなので実戦での使用は今回が初めてになるが、これまでの長銃身タイプの120oザク・マシンガンやマゼラ・トップ砲と比べて攻撃力は劇的に上がっている。少なくとも、RX-78ガンダムやFA-78-1フルアーマーガンダムのような凶悪な機体に対して、少しでも早く対抗したいジオン側の必死の努力の現れていってよいだろう。数値的には直撃さえ出来れば撃破出来るのだから、期待は大きなものになっていた。リビング・デッド師団の運用実績次第で宇宙用移動砲台「スキウレ」が本格的に量産されるかが決まってくる。また、現在のペズン計画はザク系の総合的な運動性の向上を目論んだ機体の開発が進められていた。

そしてリビング・デッド師団は対ガンダム用の有効兵器として期待されている宇宙用移動砲台「スキウレ」を6基保有している。

「確かにあの兵器ならばこれまでと違った戦果が期待できそうです」

L5に位置するサイド4(ムーア)に大破漂流していたマゼラン級戦艦に向けて試射で、宇宙用移動砲台「スキウレ」の威力を知っていた副長はバロウズの言葉に不安を解消する。

―――スキウレは威力は申し分が無いだろう。
だが、移動砲台と言っているが機動力は必要最低限しか保有していない。
スキウレで前線に展開する友軍部隊への有機的な支援を行うには、
それなりの地点までスキウレ部隊を前進させなければならないだろうな―――

バロウズはスキウレの問題点を理解していたが、それは副長の士気が低下しないように口にはしなかった。現実問題としてスキウレは機動力が乏しく、移動に使える推進剤も限られているのでバロウズは戦闘の際には艦隊を前線に近い場所に展開して対応する決意を固めていた。

「スキウレは我々の切り札だ。
 チェックは念入りに行うように伝えろ」

「それは大丈夫でしょう。
 この船には技術者は多いですから」

そうだな、とバロウズは応じる。副長の言葉には当然の裏づけがあった。このドライドフィッシュにはMSの操作を義手や義足などを通して脳の思考によって操作するリユース・サイコ・デバイスの開発を行う研究施設が設置されており、それに伴って科学班も乗艦していたからだ。ドライドフィッシュには試作MSを建造できる施設すらも有していることから、整備兵や技術者の数も並みの艦よりは多い。リユース・サイコ・デバイスの開発者はカーラ・ミッチャムという名の女性技官であり、優秀な技術者としてギレン・ザビ総帥から直接勲章を受けていた程の人材である。

実際のところ、リビング・デッド師団は、傷痍軍人の再戦力化だけでなくリユース・サイコ・デバイスの開発を進めていく実験部隊としての側面を持っていた。この時期にリビング・デッド師団の実戦投入と、リユース・サイコ・デバイスの開発開始が行われた理由は、突き詰めるとワイアットが原因である。史実とは異なって、ワイアットの活躍によってジオン公国軍は戦死者はもとより傷痍軍人の数も劇的に増えていたのだ。

開発中のリユース・サイコ・デバイスが実用化されれば、戦力価値が低下していた傷痍軍人も健常者の状態だった頃に戻るどころか、文字通り手足のようにMSを操れるようになるので、更なる戦力強化が見込まれると考えられている。無論、リユース・サイコ・デバイスにも欠点もある。リユース・サイコ・デバイスを使うには両手両足をデバイスに対応した義手・義足に交換しなければならない。研究者の中には戦況次第では健常者であっても新兵の手足を切断して戦力化を進めかねない事態にならないかと危惧すらしている。それでも研究が進められているのは傷痍軍人の増大に加えて、前線に一兵でも多くの兵士が必要だったジオン側の事情が垣間見えた。

史実では野心的な研究者であるJ・J・セクストンの意見具申や死守命令を受けていた部隊の状況も相まって、右手を切断されたダリル・ローレンツのようなパイロットが発生している。劣勢下に置かれつつある勢力というものは時代を問わず、非人道な手段にすらも頼ってしまう悪しき例と言えるだろう。

これらの事からワイアットの活躍は良き悪きは別として、
ジオン側の変革を後押ししている実例であった。

初の大規模戦闘に向けてリビング・デッド師団は合流予定地点に向かいつつ、
念入りに準備が進められていく。

「そろそろ友軍との合流時間だ。
 各員、観測を密にしろ」

友軍部隊だと思って敵軍だったら目も当てられない。歴戦のバロウズは合流する際の敵味方確認は最善の注意を持って行うように通達した。友軍の勢力圏であるが、バロウズの指示に疑問を挟む者はいない。何より、リビング・デッド師の多くは連邦軍との戦傷で人体欠損などの高い授業料を払わされた者で占められている。

しばらくしてドライドフィッシュは月方向に熱源を探知した。

「識別確認、
 友軍のパトロール艦隊です」

オペレーターの報告によって艦橋にひしめいていた緊張が解ける。パトロール艦隊の軽巡3隻がリビング・デッド師団に合流を果たす。もう片方のパトロール艦隊もやや遅れてドライドフィッシュの索敵圏内へと入る。こうしてジオン公国軍は猛威を振るい始めた連邦軍の第15任務艦隊に対する戦力を終結しつつあったのだ。
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【あとがき】
更新に間が空きましたが、なんとか6月中に更新できました!

バロウズの階級は大佐にしました。師団長が不明であり、彼を師団長にする際に中佐という階級のまままでは軍組織的に無茶なので… また、セイレーン機動艦隊の旗艦のチベ級の艦名が謎だったので、セイレーンにしました(汗)


【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】

グワジン級戦艦
【撃沈】
「グワラン」「グワバン」

チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」
「ヴァッペン」

軽巡洋艦 【撃沈】54隻
小型艦艇 【撃沈】23隻
補助艦艇 【撃沈】140隻


【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡135、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇205隻
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡142、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇205隻

軽巡洋艦7隻はリビング・デッド師団分の戦力を追加しました。


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(2019年06月30日)

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