ワイアットの逆襲 第42話【奇襲 後編】
(仮)
582船団を守るMS隊は一般水準を超える技能を有しており、迫りくる第15任務艦隊のMS隊とのパイロットと比べて大きな差は無かったが、一つの水準に於いて大きな隔たりがあった。それは精神力や運という要素ではない。操る兵器である機体性能の差である。
「ガ、ガンダムっ!」
有視界戦闘領域に入ったジオン側パイロットの一人が悲鳴を上げた。「嘘だろ!」と叫ぶ者も現れる。恐怖が伝播していく。
彼らも連邦のRGM-79ジムとの戦闘は経験していた。それだけに量産型のザクではRGM-79ジムには対抗が難しい事を戦友の死によって否応にも経験させられている。RX-78ガンダムとの戦闘は未経験だったが、RGM-79ジムの数倍は危険だと通達を受けていたのだ。RX-78ガンダムがもたらして来た災厄ともいえる戦禍も。
「臆するな、全機、戦闘隊け・・・」
部隊の士気崩壊を食い止めようとMS-06R-1Aに搭乗していた隊長が動こうとするも、2連装の太いビームが彼の全ての努力を無駄にする。彼は全てを言い切るまえに融合炉付近にビームを受けて、コンマ数秒だけ胸半分を融解させた姿を見せた後に爆散となった。そのビームは極めて太く、普通のMSのものとは思えない。どちらにしても、ジオン側にとって良い流れではなく、部隊を率いてきた隊長の死は彼らの悲劇をより濃密にしていく。
「隊長がやられた!
全機警戒!
敵に極めて強力なビーム兵器を有する機体あり」
警告から少しの間を置いて新たな索敵情報が齎された。
それは希望を打ち砕くに十分な情報だったのだ。
「ガンダムを複数確認!
嘘だろっ、ガンダムの中にアバドンが含まれている!」
ジオン兵に名指しされたアバドンとは、FA-78-1フルアーマーガンダムに付けられたコードネームであった。「滅ぼす者」「破壊の場」「奈落の底」を表す悪魔に等しく、ジオン側からすれば詳細な性能が判っていないが FA-78-1フルアーマーガンダムは悪魔に等しいRX-78ガンダムに強大な火力を付け加えた存在として認識が広まりつつあったのだ。
詳細な情報を得ていない理由は、これまでFA-78-1フルアーマーガンダムは地上戦では4度の出撃を重ねていたが、連邦地上軍は突破・制圧用の戦力として活用しており、しかもFA-78-1に同行する部隊も中隊規模の陸戦型ガンダムという、現状のジオン地上軍では同数では全滅必須の編成の為に、会敵したMSが殆ど存在していない。唯一判っていたのは、右腕に2連装ビームライフル、左腕にミサイル・ベイを装備し、パックパックに360mmロケット砲を装備している事だった。すなわち悪魔に等しいRX-78ガンダムを更に火力、装甲を強化した存在である情報ぐらいだろう。防御力、機動力、航続距離などの情報は推測に留まっている。
接敵して唯一生き残ったのは最後まで殿を勤めた結果、機体大破に伴い片腕を失ったガーフィルド少佐だ。同じ部隊に居たドナヒュー中尉の機体は脱出部隊の指揮を執っていたので得られていた戦闘情報は些細なものだった。なにより、FA-78-1フルアーマーガンダムは宇宙戦に於ける最初の遭遇戦だ。どこまでの性能を発揮してくるかはジオン側にとっては未知数だった。
もっとも地上・宇宙を問わず、FA-78-1フルアーマーガンダムともなればジオン側の現有MSが有する最大火力を直撃させても一撃で倒す事は適わないのが、ジオン側からして絶望的な要素である。核兵器を使えば別だったが、政治的に簡単に使用できる兵器ではない。
隊長機が落され、次席として副隊長を任じられていた士官が指揮を引き継ぐも部隊の統率は明らかに動揺がみられていた。拭い難い性能の差がある超高性能機が迫ってくる現実は精神的にも健康的にも良くはない。ストレスのあまり気分が悪くなったジオン兵が居たぐらいだ。それでも軍隊として機能しているのはこれまでの訓練と実戦経験の賜物だろう。
「有効射程まであと12秒!」
582船団MS部隊は回避行動を行いながら、連邦軍MS部隊を迎え撃とうと努力を積み重ねていく。
「臆するな格闘戦に持ち込めば勝機はある」
副隊長の鼓舞によって部隊の士気が少しばかり向上する。だが、有効射程まで後8秒の段階で、6機のRGM-79SCジムスナイパーカスタム6からのビームライフルによる攻撃が飛来し、無常にも副隊長の機体を貫き爆散させたことで状況は更に悪くなった。
「副隊長もやられた!」
「ちくしょー!!!」
追い詰められていた状況に加え、予想以上の強力な敵部隊の接近と短時間のうちに連続した指揮官の喪失によって、保たれていた統率に乱れが生じたのだ。動きの乱れを逃がす第15任務艦隊の面々ではない。スレッガー中尉はMS隊に本格的な射撃を命令すると同時に、熟練パイロットによる切込みを始める。意外だろうが、強力な砲撃からもたらされる圧倒的な火力を有するFA-78-1フルアーマーガンダムだが、近距離戦もそれなりに強い。これらの状況が重なり、戦いと言うよりも蹂躙と言った方が的確な状況が各所で発生していく。頼みのR-1Aも複数のRX-78ガンダムに襲い掛かられて戦いどころではなかった。1対1でもRX-78ガンダムに勝てないのに、複数機となれば絶望しかないだろう。
敵部隊撃滅ではなく己の生存をかけてMS-06はザクマシンガンによる射撃を行いつつ、戦域から離脱しようとするが無常にも追撃が迫ってくる。同じような行動をとった僚機のMS-06は先ほど撃破されていた。
「くそぉ、来るな、来るなぁ!!」
必死に足掻くもビームがザクマシンガンに被弾し、
弾薬の誘爆によって射撃武器を失う。
「ああ!?」
残された武装であるヒートホークを急いで装備するが、今度のビームは精度が増しており腕ごと吹き飛ばす。必死の回避もあって融合炉やコックピットへの直撃弾は免れていたが、無傷では済まずMS-06ザクの手足が時間とともに吹き飛んでいく。
「あああああっ!」
機動力が鈍ったところで満身創痍のMS-06ザクに2機のMSが迫る。セイラ・マス准尉が操作するRX-78ガンダムと僚機のRGM-79ジム(ビームガン装備)である。ジムはやや後方から援護する形を採っていた。
「嫌だぁ、嫌だぁーーーッ」
死にたくないとばかりにMS-06ザクは足掻くが、ビームサーベルを装備したRX-78ガンダムが刻々と迫ってくる。終着地点が自分のコックピットと言わんばかりの迷いの無い軌道だ。RX-78ガンダムを操るセイラは右下腹部からビームサーベルを切り付けて、融合炉とコックピットを断ち切った。
「慣れていくのね、自分でもわかる」
セイラ機とその僚機は、再び両軍部隊が激突している戦域へと戻っていく。6分ほどで第15任務艦隊MS部隊と582船団MS部隊の戦闘は終息し、15任務艦隊MS部隊はジオン公国582船団へと向かっていった。2度の攻撃によってムサイ級軽巡洋艦7隻、パゾク級輸送艦5隻、パプア級輸送艦9隻が喪失となる。無事にジオン圏にたどり着けたのはムサイ級軽巡洋艦1隻、パゾク級輸送艦2隻、パプア級輸送艦7隻であり、そこには臨時の旗艦を勤めた軽巡「ニーダーザクセン」は含まれて居なかった。臨時とは言え旗艦を勤めた以上、最後まで義務を果たしたのだ。
そして時系列は地球連邦軍第8艦隊がソロモン宙域での戦闘を終えた頃に元に戻る。
第15任務艦隊の活躍を聞いたワイアットは戦艦ネレイドの長官室で満足そうに頷いていた。また、ワイアットはサイド7に向かうために乗船している。ネレイドの周囲には戦艦1隻、空母2隻、巡洋艦14隻からなる艦隊が護衛と航海訓練を兼ねて随伴している。
「状況は判った。
早速だがブライト大尉の昇進手続きを頼む」
「了解です」
カニンガム少将が頷く。その日の内に人事局へと通達され、ブライト艦長代理は先の功績
が評価され大尉から少佐へと昇格を果たして正式なホワイトベースの艦長へと任命されるのだった。
「被害はMS5機に留まったか・・・
早急に補給を兼ねた増援部隊を送ろう」
「よろしいので?
派手に動けば総司令部の方針から大きく逸脱する事になりますが」
ゴップ大将が送り込んだワイアットの追加の部隊直衛としてマゼラン級戦艦「サウスダコタ」、ペガサス級強襲揚陸艦「ペガサス」「ホワイトベース」「トロイホース」「グレイファントム」、サラミス級巡洋艦7隻からなる部隊を送り込んでいたが、これらは勇猛果敢なワイアットが単独で要塞攻略を行わないように環境適用訓練を行ってから戦線に投入するように最高幕僚会議から言われていたのだ。既に幾つかの艦艇は戦闘に投入している。
「実戦に勝る経験は存在しないだろう。
それが優勢な戦場となれば尚のことだ。
そのような機会を無駄にするのは勿体無い。
無論、消耗戦にならないように十分な援軍を送り込む。
訓練校海中に敵軍と遭遇し、それを撃退した彼らなら実戦を継続しても問題ない」
ワイアットは強引に進める。彼は戦後に残党軍が誕生した際には、ブライトを先鋒に立たせたかったのが狙いだ。戦時的な問題で大軍を導入できない時こそ、中規模の戦力で動き回れる戦力が重宝される。だからこそ、最低限でも中佐、出来れば大佐まで昇進させたかった。何より若い英雄はマスメディア的にもウケが良い判断もある。自らを超える英雄の誕生はジオンからの敵意を軽減したいワイアットにとって何よりも必要だったのだ。 そのようなワイアットの思惑もあって第15任務艦隊の司令官パオロ・カシアス大佐と一部の艦長には、訓練航海を装った軍事作戦を行うよう内密に通達している。内通の名目はジオン軍弱体という目的であった。最大限の支援の下で行うと内約を行っている。故にワイアットが増援部隊として送り込むのは中途半端な戦力ではない。地球連邦軍第8艦隊に合流していた損害の少ない一部部隊と、空母「ビーハイヴ」、サラミス級巡洋艦5隻からなるムーア同胞団にワイアットが最終訓練の一つとして哨戒任務に就いているマゼラン級戦艦「サウスダコタ」、ペガサス級強襲揚陸艦「トロイホース」、サラミス級巡洋艦4隻を追加として送り込むのだ。また、このサラミス級も竣工したばかりの後期型であり、MSの搭載が可能になっている。
また、ムーア同胞団は戦争初頭のジオン公国軍の攻撃によって壊滅させられた、サイド4「ムーア」の生き残りで構成されている部隊だった。史実とは違って、まだムーア同胞団の戦力は消耗しておらず、少年兵が多数投入されるような事態に陥っていない。復讐心から戦意は十分であり、使いどころを間違えなければ相応の戦力になるだろう。ワイアットの指示によってジオン軍は更なる消耗を強いられる事になるのだった。
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【あとがき】
サンダーボルトは出さないと言いましたが出すことにします。
もちろん展開は変わります。
【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】
グワジン級戦艦
【撃沈】 「グワラン」「グワバン」
チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」
「ヴァッペン」
軽巡洋艦 【撃沈】54隻
小型艦艇 【撃沈】23隻
補助艦艇 【撃沈】140隻
【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡142、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇219隻
↓
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡135、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇205隻
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(2018年12月09日)
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