ワイアットの逆襲 第38話【策謀の紳士 後編】
第302哨戒中隊を率いるガトーは地球連邦軍第8艦隊から迎撃発進した連邦軍のMS隊との戦端を開いていた。ベテラン揃いの第302哨戒中隊であったが同数の敵にも関わらず、全体の戦況は押され気味である。撃墜された機体は少ないが戦いの主導権が連邦側に傾いているのが素人目にも判るだろう。
ベテラン揃いであるはずの第302哨戒中隊が苦戦している理由は明確だった。
まず、第302哨戒中隊が16機に対して連邦側は18機と数に勝っている。更にMSの性能では連邦側が総合的に勝っていた。パイロットに関してはジオン側にはカリウス軍曹を始めとしたベテランパイロットが居たが、連邦軍MS隊にはヤザン大尉、ラムサス少尉、ウラキ少尉、キース准尉、アムロ准尉からなる叩き上げのエースパイロットが存在していたのだ。
コリニー中将が第302哨戒中隊に対してエース部隊といっても過言ではないヤザン隊を送り込んでいた背景には政治要素が大きい。
ワイアットから作戦宙域で警戒に当たるジオン軍哨戒中隊にエースパイロットが含まれている情報を受けており、出撃前には可能な限り大打撃を与える様に言われていたからだ。 コリニー中将は上官であり英雄であるワイアットからの助言を無視しては責任問題になるだろうし、増援部隊を悪戯に消耗させても心証が悪くなるのは確実だったので、可能な限りワイアットからの指示を優先するように作戦を進めていた。また、ヤザンはこれまでの戦勲から中尉から大尉にウラキは准尉から少尉に、アムロは曹長から上級曹長を通り越して准尉へと昇進している。
2機のRX-78ガンダムと3機のRGM-79ジムからなるヤザン隊は、有機的に連携しながら地球連邦軍第8艦隊のMS隊と足並みを揃えながら第302哨戒中隊を攻撃していく。
「やるなっ!
ここまで戦闘が続くのは久しぶりだぜ」
ヤザンは敵部隊の中でも最も動きが良い、通信アンテナ系の特徴から隊長機と思われる青と緑のパーソナルカラーで塗装されたMS-06R-1Aをターゲットに定めて交戦していた。ワイアットの意向が強く働く地球連邦宇宙軍ではパイロットの安全面からパーソナルカラーは認められていない。ただし、肩やシールドには士気高揚の観点から部隊章やエース印のエンブレムを記すのは認められていたので、ヤザン機の肩には、自分の胸に描かれていたブルータートルを記していた。
ヤザン機とガトー機の攻防が続く。戦いは完全に格闘戦に移行しており、ヤザン機はビームライフルを腰の武器マウントラッチに収めていた。
「連邦の黒い悪魔めっ!
ジオンの理想を掲げるために、ここで死んでもらう!」
ヤザン機と戦うのはガトーだ。ガトーの目から見て、ヤザン機の動きは的確に殺すことを目的とした戦闘機動、滲み出る凶暴な感覚が感じられた。一角獣をシンボルにしたようなマークが肩に描かれた機体も危険な感じがしたが、ブルータートルの機体は他の機体にはない凶暴な感覚が感じられたのも理由だ。
「面白いっ!
全周波数帯でそこまで吼えるとはな」
ヤザンも相手に応じるように全周波数帯で応じる。応じながらもヤザンの表情には手強い敵と戦える喜びが浮かんでいた。強敵との死闘こそ彼の本懐と言えるだろう。
ガンダムを始めとした連邦側の宇宙に展開するMSの多くは被視認性の低さを実現するために暗色、グレー、黒基調で塗装されており、ガンダムもその例に漏れない。そしてガトーの主観からすればジオン軍パイロットに甚大な被害を強いてきたRX-78ガンダムは悪魔に等しい存在だった。この"連邦の黒い悪魔"という呼び名は、この戦場に於いて無線通信を偶然聞いていた両軍のパイロットによって急速に広まっていくことになる。
ガトーはMS-06R-1Aを巧みに操って敵MSからのビームサーベルをヒート・ホークを用いて切り返す。どの攻撃も危険な意図が感じられる油断ならぬ一撃であり、ガトーは一瞬たりとも気が抜けない。
「ぬぅ」
「やるなっ」
ヤザンはこれまでの攻防で敵機の評価を更に上げた。並大抵の敵ならば、これまでの攻防の間で撃破していたであろう。戦闘狂のヤザンは強敵との戦いに喜びを隠せない。それに対してヤザンと戦うガトーの心境は多少異なる。優れた相手との戦いは戦士としての高揚は感じるが、ヤザンが感じていたほどの喜びには及ばなかった。
強敵との戦いに一切気が抜けない緊張が続く。
ガトーは敵機に決定打を叩き込むため隙を作り出そうと攻撃の機会を狙う。
その間も一分、二分と互いの攻防が続く。
「そこだっ!」
ガトー機は敵機と鍔迫り合いを行っている最中、タイミングを見計らって右下から蹴りを放つ。MS-06R-1Aには脚部補助推進ロケットエンジンを有しており、その推力を最大まで引き出した蹴りである。下手をすれば自機のバランスを崩す危険性がある攻撃だが、卓越した操縦技量を有するガトーはそのような失敗は起こさない。
「なにっ!」
ヤザンは突如自機を襲う衝撃に晒された。だが、驚いたのは一瞬にも満たない僅かな間であり、激しい衝撃にも関わらず原因を理解して対処手段を直ぐに行う。野獣的ともいえる驚異的な反射神経と対応能力が致命的な隙を生み出す前に機体のバランスを取り戻して、即応体制に保つ。
「浅かったか!」
ガトーはヤザン機からの鋭いビームサーベルによる反撃を躱す。しかし、ビームサーベルによる攻撃はフェイクだった。本命はシールドによる殴打術、シールドバッシュによる攻撃だ。ヤザンなりの蹴りに対する意趣返し。ヤザンと同様にガトーもすぐさま体勢を立て直す。
「やるなっ!
あのタイミングで蹴りとは実戦慣れしていやがる…
ハハ……ハハハハハッ!
実にっ、実に良いぞ!」
ヤザンの顔には凶暴な肉食獣のような笑みが浮かんでいた。並みのパイロットならあの一撃で体勢を崩していただろう。撃墜に至らなくても、何らかの追撃を受けて機体に大きなダメージを負っていたことだろうが、ヤザンは並みの猛者ではない。史実に於いてはエースパイロットの範疇を超えた超常的な力を発揮していたカミーユ・ビダン、クワトロ・バジーナなどのニュータイプとの交戦を幾度も行い、それらとの戦いに時には圧倒し、五体満足のまま生き延びてきた人物である。オールドタイプ最強といえる人物であり、ニュータイプとしての素質もあったと言われるほどのパイロットだ。
互いの機体は一旦距離を取って牽制を行う。距離は射撃体勢に移行しようとしたら直ぐに近接戦闘に移れる近距離圏の範囲内だ。隙を見せれば一瞬で撃墜されるような緊迫感が漂う。
(あの悪魔の性能は思っていた以上に高い!
ザクに比べて優秀なのは判っていたが、ここまでの性能とはっ!
この機体に乗り換えていなかったら、
満足に戦えなかったかもしれん)
沈黙は長くは続かない。ヤザンは機体制御を調整し、出力制御を司るスロットルレバーを前に倒す。出力最大で敵機に向かった。バックパックだけでなく脚部スラスターをも推力として活用した突進による斬撃というべき鋭い一撃が放たれる。
「ぬぅ!?」
並々ならぬ反射神経を有するガトーですら危険を感じた一撃だったが、培われた実戦経験と技量によって、ヒートホークで弾くことに成功した。が、ヤザンの攻撃は二撃、三撃と続く。12撃目にガトー機は隙を突いて攻撃を弾いて優位な戦闘ポジションを得るために回避機動に移るが、そのコースはヤザンの予測通りだった。弾かれた際に生まれた運動エネルギーを減速分のエネルギーとして活かす。
「反射も良い!
しかし、貴様はACM(空中戦闘機動)の経験が少ないとみた」
ACM(空中戦闘機動)は、複葉機の時代から培われていた航空戦術の一つだ。日進月歩の分野であり、ヤザンはFF-S3セイバーフィッシュを始めとした宇宙戦闘機で経験を積んでいたのでヤザンのほうが経験が優れているのは当然だった。
(それに対MS戦の実戦経験も俺たちが上だな)
ヤザンは重要な部分を口に出さずに心の中でつぶやく。
意外と思えるだろうが、対MS戦の実戦経験は極端な例外を除いて連邦側が豊富だった。理由は簡単である。連邦軍は開戦時からジオン公国軍のMSと日夜戦ってきたが、ジオン側は連邦軍の装備の関係から通常兵器と対艦戦が大半だったのだ。更に連邦軍がMSの実戦投入を始めても、機密保持を考慮しており投入される局面は優勢時が大半である。これらの理由からジオン側で対MS戦が豊富なパイロットは自然と少なくなるのだ。
激しい空中戦闘機動によるGが発生したが、ヤザンは平然と追撃を続ける。加速と減速が繰り返され、その度に鍔迫り合いが発生した。攻防はヤザンの筋書きに沿って進んでいく。戦闘におけるヤザンの戦闘アプローチは天才と言える。恐ろしい精度で状況を予測し、先を読む。
「急減速から立て直す際の機動だが、
僅かに下降が甘いっ!」
ガトー機に対して右上方から振り下ろされるビームサーベルが迫る。
間一髪、直撃を免れたがMS-06R-1Aの右肩シールドが切断されていた。あと少し回避が遅れれば、右腕に損傷を負っていただろう一撃だ。ヤザンが仕掛けた罠は辛辣そのものだった。並みのパイロットでは罠に至る前に撃墜を向かえるだろうが、ガトーのような高い技量を有するパイロットだと僅かに残る回避機動コースを見抜ける攻撃だ。この攻撃だけだと不十分な攻撃に過ぎない。
だが、ヤザンは幾つかの戦闘機動にある、一定以上の技量が敵ならば確実に回避されてしまう攻撃パターンを、回避行動を誘うための攻撃として捉え、その先に本命の攻撃を加える事で欠点を罠へと昇華させていた。
ガトーの額に嫌な汗が流れる。
ガトーは交戦を行ったからこそ、RX-78ガンダムの完成度の高さと、対MS戦に特化している設計思想が理解できた。MSパイロットは卓越した操縦者になればなるほど、高度な知性を有した者が増える。そうでなければ、戦場という苛酷な環境の中で複雑な火器管制及び操縦システムを瞬時に使いこなせないだろう。
ガトーもその例に漏れていなかったので、RX-78ガンダムの危険性が理解できてしまったのだ。確かに高機動型ザクII改良型の名称を有するMS-06R-1Aはこれまでのザクとは比較にならない性能を有していたが、製造コストが高いことに加えて、維持と整備にもベテランスタッフが必要という製造と配備が極めて難しいMSだった。そして国力に劣るジオン公国軍がこのようなMSの小規模とはいえ量産が行えたのは、史実と異なって水陸両用MSの開発を行わずに済んでいたことが大きい。
要するに軍事的リソースを大まかに宇宙、地上、空中に絞れたのだ。
海洋分野に注がれるはずだった人材、資金、資材が制宙権確保の為に宇宙に回されて、量産を進めていたが、それでもMS-06R-1Aの数は十分とは言えない。少なくともRX-78ガンダムを抑えるには、より多くのMS-06R-1Aが必要だと思われた。不可能な対応策を突きつけるに等しい。
(だがMSだけでなく、このパイロットも尋常ではない。
まるで野獣のようなカンの鋭さだ。
そして腕前からしてこいつ等はワイアット直属の部隊だろう!
やはりワイアットこそ諸悪の権化だ)
ガトーは敵パイロットの手強さを認め、ここで倒さねばならない敵であると決意する。ワイアットに対する感情は言い掛かりに等しいが事実でもあった。連邦軍MS隊の中で一番精強な部隊は実績と戦歴からしてワイアット率いる第7艦隊のMS隊であるのは公然の事実だったのだ。
「貴様は私が討たねばならぬ!
ワイアットに組したことを後悔するがいい!!」
「面白いっ!
やってもらおうじゃないか!」
敵パイロットの声にヤザンは応じる。ヤザンは強敵との戦いを終わらせるのは残念に思うが、討ち漏らしてウラキやキースらが遭遇してしまえばどうなるかが判らない。将来的にはいざ知らず、現状では目の前のジオン機のような相手と戦える程のレベルには達していないとヤザンは判断している。それは正しい。ヤザンは卓越した理解力及び状況判断能力、戦闘に関して芸術的ともいえる反射行動を連続して行える超一流のエースパイロットに相応しい人物といえる。敵味方の戦力を正しく把握していたのだ。だからこそ、ガトーが危険視するのも当然の結果と言えるだろう。
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【あとがき】
ここのヤザンはバニングの影響によって「機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還」のヤザンに近い人柄になっています。戦い方が巧みなパイロットは下手なNTよりも強いような気がする…
【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】
グワジン級戦艦
【撃沈】 「グワラン」「グワバン」
チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」「ヴァッペン」
軽巡洋艦 【撃沈】44隻、
小型艦艇 【撃沈】23隻、
補助艦艇 【撃沈】124隻
【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡145、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻
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戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡145、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻
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