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ワイアットの逆襲 第37話【策謀の紳士 中編】  


0079年9月04日

ジオン公国軍首脳部はオデッサで続く消耗と、宇宙で行われる通商路の保護に頭を抱えていた。オデッサ方面では連邦軍が行う猛烈な爆撃とMS部隊による強襲作戦によって大きな消耗を出している。経済活動と軍需産業の活動に不可欠な希少資源を採掘する為にオデッサに大部隊を展開させていたが、それに伴う消耗も大きなものになっていた。 通商路に関してはハルトマン大佐の活躍によって好転していたが根本的な改善には至っていない。どの方面に於いても通商破壊作戦に備えて船団護衛が必須であり、船団を増やした分だけ護衛戦力も手配しなければならない。

船団への襲撃は衰えるどころか、連邦軍はジオン公国軍の対応能力が高まると方針を転換し、最近は趣向を凝らした攻撃に切り替えていた。護衛戦力が十分な船団に対しては遠距離からのハラスメント的なビームやミサイルによる攻撃に限定し、攻撃対象は優良船舶のみに絞る。標的の選別は赤外線干渉計によって計測した機関出力で事前に判別済みだ。優良船舶の撃破が出来なくても回避行動によって船団陣形は確実に乱れるだろう。船団陣形の再編成を行えばその分だけ輸送・護衛時間は確実に伸びるので輸送効率が落ちてコストが増す。 輸送効率の低下に伴う補給関連のコストの増大はジオン公国の国庫に大きな重石として圧し掛かっていた。

このような厳しい状況にも関わらず、ジオン公国軍首脳部は日々強大化が進む連邦軍に備えるために支配地域から得たリソースを可能な限り活用して輸送船の増産と哨戒能力と戦力強化に努めていたのだ。

サイド5方面宙域に点在するデブリ帯にはジオン公国軍所属の長期航行が可能なように改造されたスペースランチ(宇宙内火艇)が多数潜伏していた。十分な探査機器を搭載していないにも関わらず、このような宙域に配置した理由は大規模部隊の来襲を事前に捕捉する為だ。かつて日本帝国が木造漁船を徴用して哨戒艇として用いた例に似ているだろう。また、スペースランチ(宇宙内火艇)では電波出力が乏しいので大部隊を発見したときには信号弾で知らせる手筈になっている。

「監視を怠るなよ」

「しかし艇長。
 最近は大部隊の来襲はないですよ?
 連邦も我々の迎撃に攻めあぐねているのではないでしょうか?」

「馬鹿もん!
 ワイアットがそのぐらいで諦めるわけがない。
 ここを突破する敵艦隊を見過ごしてみろ。
 責任問題じゃすまないぞ」

艇長は予備役兵で他の乗員は学徒動員兵だった。スペースランチ(宇宙内火艇)の乗員は4名であり、他の乗員は休息に入っている。ジオン公国軍は史実よりも早い段階で兵力不足を解消すべく、学徒動員を発動していたのだ。ただしパイロットではなく、哨戒や輸送など最低限の訓練でも一応は使えるようになるものに限定していた。

彼らが言うようにワイアットはこれまでの実績と現在の地位から宇宙戦線で戦うジオン公国軍にとっての最大の敵であり、諸悪の根源と認識されている。また、この宙域では度重なる戦闘の結果、残留ミノフスキー粒子が多くレーダー機器が殆ど役に立たない。

光学監視型監視衛星の配備も検討されたが、
二つの理由で行われていなかった。

一つは、宇宙要塞ソロモン付近に配備された光学監視型監視衛星だが、稀にスペースデブリを敵と誤認するケースが発生している。二つ目の理由は光学監視型監視衛星のデータ送受信を傍受・解析された場合は、連邦軍は即座に狙ってくるのは火を見るより明らかだった点だ。故にジオン公国軍では、このような宙域では信頼性とコスト面からスペースランチ(宇宙内火艇)による監視が行われていた。もちろん、哨戒任務に就いているスペースランチ(宇宙内火艇)は連邦軍からの探知を避けるために監視地点を移動する際に行う連絡以外の通信は硬く禁じられている。

「艇長、待ってください!
 一瞬ですが星が瞬いたような気がします」

「本当か?」

「あの辺りです」

少年兵が目撃した方向に指を指す。

宇宙空間には大気が無く、地上と違って星は瞬かない。故に星が瞬くのは何かの物体が通過したときだ。大半は非人工物やスペースデブリだが艇長は万が一を考慮して、少年兵が指を指した辺りを軍用双眼鏡で覗く。慣性航行していた大艦隊が通過した可能性も捨てきれない。何しろ地球連邦軍には多種多様な戦術でジオン公国に災いを振りまくワイアットが存在しているからだ。極めて小さい可能性すらも見逃せないのがジオン公国軍の見解であり、それは生死が関わる現場に於いては顕著になっていた。

艇長と少年兵は必死に探すが見つからない。

彼らのスペースランチ(宇宙内火艇)に向かって宇宙に溶け込むように黒く塗装したRGM-79SCジムスナイパーカスタムが姿勢制御に使うバーニアを最小限に抑えつつも巧みにスペースデブリの影を伝うように接近してきたのだ。ステルス塗料も使われているので例えレーダーを使用しても発見が難しい機体だ。これは404空挺部隊所属のMSであり、ジオン公国軍索敵圏外までは艦艇で運び、そこから哨戒網までベースジャバーによって運び込んでいる。

地球連邦軍第8艦隊がジオン公国軍の主要哨戒網を効率よく叩けるように、作戦針路上に存在する対艦隊哨戒網と言えるスペースランチ(宇宙内火艇)の物理的排除が目的だ。それも可能な限り極秘裏に。

艇長はかなり離れた場所で小さな物体を見つける。
それは人のような形をしており、銃を構えているようにも見えた。

「なっ!?」

艇長はその人型らしき物体をMSと理解する。艇長の驚愕が口から漏れる前にR-4型ビーム・ライフルを構えたRGM-79SCジムスナイパーカスタムがビームを放つ。それが艇長の最後の記憶となった。MSより小型なスペースランチ(宇宙内火艇)にとってビームライフルの一撃は、どの箇所であっても致命傷な結果を招くだろう。スナイパーによって艦中央部に直撃を受けたスペースランチは爆発四散となる。

スペースランチ(宇宙内火艇)の位置はスパイ活動による調査に加えて、赤外線干渉計、ミノフスキー干渉波探知システム、航空偵察を用いた念密な索敵によって調べ上げていたのだ。索敵圏を作戦針路上に集中したことが、徹底的な掃討を可能にしていた。









L5宙域には宇宙要塞ソロモンへ向かうジオン公国側の24隻からなる第58輸送船団が護衛艦隊と共に航行している。その第58輸送船団から巡航速度で1時間離れたサイド5方面の宙域には通商路警護と敵警戒を担当する第407哨戒中隊と第302哨戒中隊が巡回していた。

「どうやら異常は無いようだな」

中隊を率いるのはガトーである。彼はハルトマン艦隊に編入されていたが、第58輸送船団の通過に備えて第407哨戒中隊の増援として臨時に第302哨戒中隊として派遣されていた。ガトーは青と緑のパーソナルカラーで塗装されたMSのMS-06R-1Aのコックピット内で周囲を警戒しながら呟く。中隊に所属する16機のMSが全力出撃に等しい哨戒活動に従事していたのは船団通過を援護するためだ。現に、ここ2.3日の間に連邦側の強行偵察が頻発している。迎撃しようにも偵察任務に従事するのはFF-X7-Bstコアブースターなので、逃げの一手を打たれたら速度差もあって捕捉が困難だったので撃墜機は未だ発生していない。

ガトー機のやや後方の位置に進むMS-06R-1Aがあった。
カリウス・オットー軍曹の機体でガトー機の僚機でもある。

「敵は来るでしょうか?」

「必ず来る!
 ワイアットならばあの船団を見逃すはずが無い。
 常に大局的に動く、あの男ならば!!
 何しろこのような場所でパゾク級輸送艦のみの輸送船団など始めて見る。
 積荷は判らぬが、状況からして重要物資に違いないだろう」

大尉という階級に過ぎないガトーには第58輸送船団の積荷がどのようなものかは知らなかったが、輸送艦の全てがパゾク級輸送艦だったことと、自分たちの部隊が臨時の増援として送られていた現状から重要なものと判断していた。パゾク級輸送艦は増産に励んでいるとはいえ数は十分ではなく、未だに各方面では旧式のパプア級補給艦を運用している。これらのことからガトーは重要物資と判断していたのだ。 現に第58輸送船団はソロモン要塞にあるMS工廠を拡張するために必要な機材を運んでおり、重要機材と言ってよいだろう。

「なるほど」

カリウス軍曹は上官の言葉に納得した。

そして、宇宙要塞ソロモンから離れた場所にも関わらず、哨戒艦隊を用いずに哨戒部隊による航路警戒を実現していたのはハルトマン大佐が進める哨戒網整備の成果の一つだ。

貴重な艦隊戦力を用いずとも哨戒が行えるようにハルトマン大佐の提言を受け入れたジオン公国軍はソロモン宙域周辺のような自軍勢力圏では改造したパゾク級輸送艦を設置して臨時の移動哨戒基地として運用していた。パゾク級輸送艦は1艦でMSは貨物としての搭載なら約60機搭載可能だったが、哨戒作戦用のタイプは冷却ベッドや継続的な運用設備の搭載によって最大積載量が減少しており、MS搭載数は16機に抑えられている。 またカタパルトが無いので緊急発進が必要な際には各MSのバックパックの両側面に固体ロケットブースターを装着して使用する。加速力は必要最低限有していても減速力と装甲が第一線級戦闘艦と比べると明らかに劣るので正面戦力として用いるのが難しい。その分、価格が抑えられ短期間で建造が行えることと、哨戒艦隊を運用するより安上がりになる利点もあったので、小規模の哨戒拠点として割り切ってジオン公国軍は使用している。むろん、対応不能な敵戦力が来た場合はパゾク級輸送艦は後方に退避するのが基本方針になっていた。

「あのワイアットのことだ。
 大規模部隊の襲撃は無くとも、
 小規模艦隊ぐらいは差し向けてくるだろう」

「そうなると今日でしょうか?」

第302哨戒中隊も第407哨戒中隊と同じようにパゾク級輸送艦を拠点として活動しており、ここ一週間の間で連邦側の小規模艦隊と1度交戦して、巡洋艦2隻中破させMS5機を撃破している。

激戦区だけに船団が通過するまで気が抜けない。

第302哨戒中隊の戦力は、MS-06R-1A高機動型ザクII(4機)、MS-06FザクII(10機)、MS-06Eザク強行偵察型(2機)だ。


「そうだ。
 来るならこのタイミングだろう」

ガトーはカリウスにそう言うと、
会話チャンネルを部隊へと切り替える。

「各機警戒を厳にせよ!
 船団が通過するまで気を抜くな」

ガトーの杞憂は当然のものだ。連邦軍艦隊とジオン公国輸送船団と比べれば、連邦艦隊のほうが速度が早い。哨戒部隊の役目は敵をいち早く発見し、それを輸送船団と宇宙要塞ソロモンに知らせることだ。小規模艦隊と言えども発見が遅れれば大きな被害に繋がってしまう。

そして、ガトーの判断は正しかった。
MS-06Eザク強行偵察型が搭載する各種センサーにサイド5方面からの熱源を捕捉する。

「スカウト1より中隊長へ。
 艦艇クラスの熱源反応多数!
 数……不明っ
 現在解析中」

「来たか!
 スカウト1は解析継続、スカウト2は船団と司令部に詳細を送れ。
 残りは敵の針路を抑える」

スカウト1、2はMS-06Eザク強行偵察型を示す符丁だった。ジオン公国軍もアンリ・シュレッサー准将の献身的な軍改革への努力もあって遅らせながらも組織戦を視野に入れた軍隊へと変わりつつあったのだ。知らせを受けた宇宙要塞ソロモンの司令部は付近の哨戒艦隊を向かわせると共に要塞駐留艦隊であるダンジダン・ポジドン准将率いるチィベ級重巡「ペーター・シュトラッサー」「スキズブラズニル」、軽巡洋艦12隻からなる宇宙攻撃軍第3艦隊が出撃準備を進める。

「スカウト1より各機。
 熱源は6隻以上の巡洋艦ないし8隻、
 ですが、それ以上の可能性もあります」

「了解だ。
 中隊長より各機へ。
 諸元情報を元に牽制攻撃を行う」

ガトーの命令により、MS-06R-1A、MS-06Fの計14機のMSがMS-06Eザク強行偵察型が捕捉した情報に従い、各機が装備していた脚部3連装ミサイル・ポッドから熱源に向けて合計84発のミサイルが放たれる。本来は地上用だが、宇宙戦用に改造したものだ。この脚部3連装ミサイル・ポッドは火力強化というよりも未確認艦隊による強襲攻撃を受けた際にミサイル攻撃で回避行動を強要させ、進路変更時に発生する熱源を捉えることで正確な敵艦艇数を探知する情報収集と針路妨害を兼ねている。

「待ってください熱源増大…主力艦級6ないし7!
 巡洋艦多数ですっ!!」

「何だとっ!
 そのような大部隊の接近を許したとはっ」

まさか…おのれっ、ワイアットめ!

ガトーは現状から進路上のスペースランチ(宇宙内火艇)は一艇残らず撃破されていたと理解した。年端も行かない少年兵が散っていった事実に怒りを露にする。少年兵を戦場に投入していたのはジオン公国軍だが感情の前では道理は霞む。

「艦隊から熱源多数射出を観測っ
 MSと推定!」

第302哨戒中隊が遭遇したのはコリニー中将率いる地球連邦軍第8艦隊である。コリニー中将の本来の任務は哨戒網への攻撃だったが、優先命令として輸送船団への攻撃を命じていた。加えてワイアットが独自の戦略に基づいた増援として空母「カガ」「サラトガ」、巡洋艦6隻を送り込んでいたので、艦隊戦力は戦艦2隻、空母6隻、巡洋艦22隻の戦力に膨れ上がっている。

スカウト1を介して連邦軍のMS隊の一隊が自分たちに向かってくるのが判った。巧みな機動修正と相互支援を目的とした隊形を見たガトーは油断できない敵なのが判る。操縦桿を握る手に力が込められた。

この動き…連邦の猛者どもかっ!

ワイアットが本作戦を遂行させ、かつ増援としてガンダムタイプを多数含む主力MS部隊を送り込んだ背景には、戦闘報告及び諜報部の情報から、この宙域にガトーが居ることを確信し、将来の禍根を絶つ為だ。 ジオン公国軍がワイアットをもっとも危険視しているのと同じように、ワイアットもデラーズとガトーを危険視している。 ワイアットが仕掛けた、ジオンからの敵対心をコリニー中将に向けさせ、同時にガトー抹殺を遂行するための紳士の策謀が進みつつあった。
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【あとがき】
ガトーに最大級の試練が迫ってきました(汗)


【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】

グワジン級戦艦
【撃沈】
「グワラン」「グワバン」

チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」「ヴァッペン」

軽巡洋艦 【撃沈】44隻、 小型艦艇 【撃沈】23隻、 補助艦艇 【撃沈】124隻

【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡145、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡145、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻


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