ワイアットの逆襲 第36話【策謀の紳士 前編】
(仮)
連邦軍が誇る宇宙要塞ルナUの中心部に設けられた司令部指揮所は、大型スクリーンを眺めるように作られた複数階層から成り立つ指揮所だ。その最上層に設けられた作戦全体を指揮する総司令ルームの司令官席にはワイアットが座っており、その前に一人の将官がワイアットに呼び出しに応じて立っていた。かつての世界でタカ派のワイアットと対立していた保守派の長であるジーン・コリニー中将である。思想の違いは明白だったが、この世界では対立には至っていない。コリニー中将からすればワイアットは上官である前に連邦軍最大の英雄である。敵対するのは最前線に行くより危険だと思っていた。ワイアットもコリニーの厄介さは理解していたが、独自の哲学(下心)によって再編を終えた地球連邦軍第8艦隊に抜擢していたのだ。
「お呼びでしょうか」
「中将、よく来てくれた。
早速だが艦隊の状況はどうかね?」
地球連邦軍第8艦隊の戦力は戦艦「ノースカロライナ」「インディアナ」、空母「ヨークタウン」「バンカーヒル」「ヒヨウ」、巡洋艦16隻、補給艦8隻からなる艦隊だ。旗艦は戦艦ノースカロライナである。マゼラン級戦艦2隻、アンティータム級空母3隻を含む有力な艦隊戦力だ。艦載機は旧式の航宙機ではなくMSに換装を終えていた。ルナUとサイド7で建設されたMS生産工場の助けもあって宇宙艦隊のMS配備率は上昇傾向にある。
「コンディションには問題はありません」
「それは重畳だ。
中将には早速だが艦隊を率いてフィフス・ルナに展開して欲しい」
ワイアットの指示によって作られた小惑星基地フィフス・ルナ。このフィフス・ルナは小惑星基地ペズンのようにMS生産工場を有していない。その代わりとして、前線部隊に必要な整備拠点と物資集積所が念入りに作られていた。必要な資材と補給物資に関しては輸送船団を用いて後方から運んでくる。素人が見れば小惑星基地ペズンと大きく見劣りするだろうが、ワイアットからすれば大差はなかった。 前線基地に工場を整えても、製造に必要な物資は外から運ばなければならないし、貴重な技術者を前線に配置するのはコスト的にも見合わない。なによりMS生産工場のような高価な施設がない分、フィフス・ルナは安上がりだった。
他の拠点と違ってフィフス・ルナには西暦の時代から外宇宙探査で活躍していた赤外線干渉計が多数設置されていた。赤外線干渉計の仕組みとしては2台以上の装置で光を捉え、それぞれが受けた光を結合させることで、観測した光の中で必要な光だけを取得する観測技術である。本来は恒星の光に飲み込まれてしまう地球型惑星(反射光)を観測するために作られたものだが、代わりに艦艇が有する熱核ロケットの光を探知するように調整が行われていた。要するに電波管制や隠密行動を行っている艦艇の位置を把握するのだ。隠密行動を行っていても移動時には熱核ロケットを用いた推進及び姿勢制御は欠かせない。
完璧な探査装置とは言えなかったが、防御砲台よりも多く設置された赤外線干渉計によってフィフス・ルナ周辺では熱核ロケットを使った艦艇による隠密行動は極めて難しくなっていた。もっとも西暦2012年の枯れた技術によって作られているので信頼性は完璧に近いレベルになっている。
「となると駐留艦隊としての防衛任務でしょうか?」
フィフス・ルナは徹底した低コスト化により要塞火器は艦艇火器類を流用しており、単体の防衛能力は小規模艦隊なら撃退できる程度に留まっている。その代わりとしてフィフス・ルナは部隊の補給・整備拠点としてはかなりのものだった。移動する大規模艦隊根拠地といったほうが良いだろう。
「いや、駐留艦隊には第5艦隊が展開する。
話は変わるが中将ならジオン軍の哨戒戦力はどう判断する」
「そうですね…
少ない兵力ながらよく機能していると思います」
コリニー中将が言うようにジオン公国軍が限られた戦力で行う巧みな運用を行っていた。それを正しく理解していたコリニー中将も、また有能な人物だと言えるだろう。現にジオン公国軍の哨戒網整備は適切な救援と部隊派遣が行えるようにハルトマン大佐によって進められていた。ワイアットもジオン側の手立てを有益だと判断しており、放置できないものだと認識していたのだ。
「それが艦隊を派遣する理由だ。
中将にはフィフス・ルナ周辺の近づくジオン哨戒戦力を叩いてもらう。
ただし敵が有力な艦隊を率いてきたら後退せよ。
哨戒戦力を消耗させることを第一にするのだ。
必要な支援があれば優先的に手配する」
「敵艦隊はフィフス・ルナ付近まで追撃してきた場合は不味いことになるのでは?」
「構わぬ。
その時は駐留艦隊と合流して迎撃せよ。
ルナUから援軍を速やかに送り込む。
優勢な艦隊戦力をもって敵艦隊を叩く!」
ワイアットは反撃作戦に控えて艦隊戦力の温存に勤めていたが、主要な敵艦隊撃滅の機会があるなら例外措置と採ると決めていた。ワイアットの価値観からすれば主力艦を含む艦隊は要塞に勝っている。
「判りました」
「中将の活躍に期待する」
コリニー中将が司令部指揮所から退出すると、
ワイアットは紅茶を飲みながら自らのプランを振り返る。
(コリニー…貴様は大いに活躍してもらうぞ。
ジオンが血眼になって構築した哨戒網を貴様が叩く。
将来のソロモン攻略戦でも活躍してもらう。
ふっふっふっ…戦略的にも有益で私の目的にも合致した完璧な作戦だな)
ワイアットは将来の敵対派閥の代表になるコリニーを有効活用するプランだ。すなわちジオン軍の恨みをコリニーに向かわせる計画を水面下で進めている。これは将来のジオン残党軍が誕生した際のリスク分散の意味が強い予防策の一つ。コリニーと戦果と恨みを分け合って、必然的に超タカ派になるだろうジオン残党軍の標的として保守派のコリニーを用意するのだ。この日を境に、コリニー中将率いる地球連邦軍第8艦隊がフィフス・ルナで補給を終えるとワイアットの狙い通りに活発な行動を開始する。
そして、ワイアットが保身の為に極秘裏に進める策謀だが、
このコリニーの件とは別に幾つも進めていた。
その一つとして、ワイアットは時間が許す限り捕虜となったジオン軍将兵との面談を行っている。その目的は二つ。一つ目は捕虜との面談を繰り返すことで戦争目的に疑問を持ったジオン将兵から情報を得て、それらを組み合わせて「知っている未来」を「推測した予想」に見せかける目的だが、これも二つ目の理由の前にはオマケに過ぎない。本命である二つ目の理由は捕虜の中で裏切り者が出たように見せかけることで、戦争終結後に解放した捕虜と残党軍の間で戦疑心暗鬼を生み出して捕虜経験者と残党軍の迎合を防ぎつつ、ワイアットに向かう恨みを捕虜となったジオン軍将兵に向かわせる目的がある。
ダメ押しとしてワイアットは捕虜への待遇改善を熱心に進めており、それは捕虜になっていたジオン軍将兵ですら苛烈な扱いを覚悟していた分、予想外の待遇に困惑すらする程だ。ゴップ大将も離間計として理解しており、全面的な協力を行っていた。
更には情報部の助けを借りて、
ワイアットは月面とサイド6でも策謀を進めている。
情報部はワイアットからアイディアの提供を受けて、ニュース、芸能、文化、趣味などの一般的な情報交換やコミュニティ系のサイト利用して現地の基本的な情報、物価指数、株価、雇用状態などの情報を地球に送る仕組みを作り上げていた。ヒューミントの一種だが、一般的には秘匿された重要情報は送らず聴取と選別に限定したものだ。表向きの理由は安全かつ新たな情報入手源の取得と、平均的な情報の確認だが当然ながらこれにも隠された目的があった。
策謀の締めくくりとして、ワイアットは戦後に協力してくれた「陣営を超えた心ある有志たち」をぼかしながらも称える回想本を出す事で、ジオン残党軍との連携を阻害する。ワイアットからすれば自らの安心安全に留まらず、ジオン軍への嫌がらせになり、スペースノイドとの連携阻害を実現し、更には残党軍の戦力強化を防ぐ、一石四鳥の良案だった。
ジオン軍の敗北にはスペースノイドの協力(裏切り)があったとジオン残党軍に信じ込ませることで、連邦政府及びワイアット自身の安全保障に昇華させていく。
また、連邦軍情報部はジオン系海運業が行う輸送隊の関係者の中で脈のありそうな人物に対して工作を行っている。露骨にスパイになるのではなく文通や趣味友達として連絡を取り合い、コミュニティサイトでメッセージやつぶやきのやり取りを行うのだ。これだけでも単純だが、これだけでも重要なことが判る。軍需物資などの重要な物資輸送になれば輸送中の船団はあらゆる局面に備えて重要時以外は無線封鎖になるだろう。サイトの最終ログイン時間を観察し、最新ログイン時間を知れば書き込みがなくても移動にかかった時間が判明する。もちろん情報精度を高めるためにジオン系海運業に生活苦で入った者を選別を行い諜報員に仕立て上げた人員も作り上げて、より高度な情報を入手していく。高度な情報に関しては別ルートでやり取りすることで諜報網の柔軟性と生存性を高めていた。
このようにワイアットは正面戦力の強化に留まらず、
情報面でも精力的に強化を進めていたのだ。
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【あとがき】
後方に下がったワイアットは嫌がらせと悪あがきを兼ねた策謀を進めていますが、
これが更なる勘違いと深みへと進む要素になっていきますw
【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】
グワジン級戦艦
【撃沈】 「グワラン」「グワバン」
チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」「ヴァッペン」
軽巡洋艦 【撃沈】44隻、
小型艦艇 【撃沈】23隻、
補助艦艇 【撃沈】124隻
【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡145、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻
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戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡145、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻
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