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ワイアットの逆襲 第35話【心理戦】  


月面とサイド6に於けるジオン公国関連の軍需企業の株価は連日軒並みストップ高を更新していた。各戦線の推移がほとんど無く、しかもオデッサから戦争継続に必要な資源を続々と運び込んでいたことから、月面やサイド6の一般大衆からすれば戦況は強大な連邦軍を相手にジオン公国軍は戦争を優位に進めているように見えていたのが理由だ。

ジオン公国軍上層部は株式市場のように浮かれることなく動いていた。

その中で特に活発に動いていたのがデラーズ少将であろう。彼は目的のために与えられた権限を活かして総帥府と共同で動いていたのだ。月面都市の経済を軍需主導型に進めていく計画に、隠された本当の目的を組み込むことで進めている。その一つとして、総帥府が管理するダミー企業が得ていた軍需株売却益を用いて月面企業の非軍需産業の幾つかを買収し、コロニー間輸送を行う幾つかの海運業へと再編を行っていたのだ。これには才色兼備の美女であり、ギレン総帥第1秘書を務めるセシリア・アイリーンが協力していた。また、輸送に使う輸送船として使うのはジオン公国軍から払い下げされた老朽化が進んだパプア級補給艦や各月面都市で生産された輸送船を用いるものだ。消耗を続ける公国軍輸送力を補うのが表向きの目的である。

これらの海運業に所属する輸送隊は主に、傭兵としてジオン公国軍の輸送隊として動くか、サイド6国籍を有する輸送隊で働くかに集約できるだろう。

サイド6国籍の輸送隊は小規模だったが民間企業を傘に主にしており、可能な限り安全に物資を運ぶことを目的としていた。それなりに高給だったがこれには裏がある。求人と人材管理は別の企業で一元化されており、どちらの輸送隊で働くかは身元と適正によって選ばれ、着任してから判明するようになっていたのだ。生活苦、子沢山、天涯孤独のような人物は傭兵として選ばれる。反抗的な乗員は多数の危険手当とセットで激戦区に輸送作戦に充てられるのだ。当然、書類には不備が無いように色々と法的な抜け道が用意されている念の入れようだろう。書類には有志、義勇兵、志願兵など綺麗に飾られた言葉が目立つ。

この輸送隊には輸送を行う以外に隠された意図がある。

危険地域に赴く乗員には月面居住者(ルナリアン)が充てられ、ある程度の犠牲を生じさせることで乗員の遺族を通して月面都市の住民に反連邦感情を植え付けるのが目的だったのだ。これはデラーズなりの戦争が引き分けに終わった際に備えた行動である。月軌道会戦後にワイアットが行った演説の結果、月面に於ける親連邦派が増加しており、戦争の犠牲者を生み出すことで親連邦派の増加を抑制していく方法だ。これは過去のテロリズムの方法を参考にして作られた負の連鎖の構築だった。これは行動目的に軍事価値を持たせつつも、政治的目的を狙った心理戦の一種とも言えるだろう。

ギレン至上主義であるデラーズの手段を選ばない方法によって、
ジオン公国軍の輸送力は大きく改善していったのだった。

0079年8月27日

ジオン公国軍が戦力と輸送力を強化して連邦軍の大規模反撃に備える傍ら、ワイアットもジオン公国軍を打倒するために全力を尽くしていたのだ。膨れ上がった戦力の再編成に新機材の手配、諜報部を交えたジオン公国軍に対する謀略活動など前線に出なくなった分の埋め合わせとして精力的に動いている。そのワイアットだが、ルナUの司令部で作戦卓として機能する端末上に写される各部隊の配置図を見ながらカニンガム少将と共に兵力展開の計画を練っていた。

「S5-1811の件は順調か?」

「概ね予定通りに進んでいます」

S5-1811とは機雷源設置作戦を指す。ワイアットは暗礁宙域を基点とするゲリラ攻撃を防ぐ名目で、サイド5付近にある大規模な暗礁宙域に極秘裏に膨大な数の機雷の設置を進めていたのだ。情報漏えいを防ぐために機雷はルナ2防衛目的としてルナ2工廠で生産され、欺瞞工作の一環として生産した機雷の一部をルナ2宙域に設置していた。ゴップ大将の協力もあって秘匿性は非常に高いものになるだろう。情報部の協力もあり、作戦時のどさくさで機雷源マップが紛失したように見せかける工作も行われている。

この機雷源設置に秘められた、
狙いは戦後のデラーズ・フリートに備えた行動だった。

デラーズ紛争時の連邦軍もデラーズ・フリート根拠地への調査を怠っていたのではない。暗礁宙域が広大だったことと、調査時期が短かったこともあって発見はデラーズ紛争の決定的な時期に間に合っていなかったが、大まかな場所をガンダム2号機の逃走ルートの解析及び、デラーズ・フリートの宣戦布告の際に行われた地球圏全域に対する電波ジャックの逆探知から目星を付けていたのだ。

理想としてはジオン残党軍を発生させないことだが、これまでのワイアットの経験から危険に対しては十分に備えても足りない位だと痛感させられていた。何しろワイアットは目立たないように行動しながらも、ジオン軍からの名指しの非難を受けている。警戒心は否が応にも高くなるのは仕方が無いだろう。

そして、戦後を考えれば今のうちに行える予防策は講じた方がよかった。

ジオン残党の探索の名目で調査用の予算を得ても、結果が出なければ追加予算が得られない。そして、ワイアットはジオン公国軍の潜伏能力を高く評価しており、簡単に見つけられるとは思っていなかった。故に、ワイアットは現実的な策を講じたのだ。狙いとしては予防ではなく、妨害に絞ることでデラーズ・フリートが根拠地建設の際に少しでもデラーズ・フリートを消耗させられれば良いと考えていたのだ。また、機雷は電波吸収塗料を塗った特別なもので、設置から5年で自爆するように作られている。

「S5-1811はタイムスケジュールを超える場合はそこで中断せよ。
 機密保持を最優先とする」

「判りました」

ワイアットとしては完璧な罠を目指して失敗しては意味が無いし、何より優先するべきは設置に従事している工兵隊の安否だった。暗礁宙域で行動できるような錬度の高い工兵隊の存在はワイアットにとっては1、2隻の戦艦より戦力価値が高い。

「S5-1811はとりあえずこれでよい。
 早急な問題としてソロモン方面が挙げられるだろうな。
 これ以上の輸送力回復は見逃せない」

「同感です。
 ジオン側による輸送が増えつつあります。
 例の義勇兵でしょう」

カニンガム少将はワイアットが示す問題に同意する。しばらくは宇宙で行われていた連邦軍による通商破壊作戦はジオン側の必死の抵抗もあって、輸送力の消耗が抑えられたことと、デラーズ少将が立案した運送業を利用した輸送力も相まって輸送量は好転に推移しつつあった。それでも宇宙要塞ソロモンの対空攻撃システムの整備の遅れは大きいものになっている。

「十中八九そうだろうな。
 義勇だろうが傭兵だろうが、ジオンに組するなら敵だ。
 まして船にジオン公国軍の標章が描かれているなら尚更のこと」

「対応しますか?」

「もちろんだ。
 第11艦隊を投入して圧力を増やそう。
 私の艦隊から4隻の巡洋艦を回す」

第11艦隊は再編成を終えたなかりの艦隊であり、ゴドウィン・ダレル准将率いる戦艦キリマンジャロ、巡洋艦10隻、補給艦5隻からなる艦隊だ。配属されているサラミス級巡洋艦はMS3機を搭載する後期型である。カタパルトの代用品としてMS搭載機分のベースジャバーが用意されており、戦力価値が向上したものになっていた。この第11艦隊にワイアットが司令部隷下の兵力と抱えていた艦隊から4隻の巡洋艦が回されるのだ。

これまでの船団襲撃には時折の艦隊規模による襲撃を除けば、
主に小規模艦隊によって行われていた。

そこでワイアットは通商破壊に向けてより本格的に、そして継続的な戦力投入を行えるように尽力を尽す。その結果として、第11艦隊(ダレル准将)、第12艦隊(グレイヴ准将)、第13艦隊(ヤージ准将)、第14艦隊(エイノー准将)の合計4個艦隊が通商破壊作戦を主任務に充てられるように編成を進めていたのだ。 これらの艦隊は各小艦隊と連携しながらローテーションを組んで通商破壊戦が始められることになるだろう。

また、第11艦隊、第12艦隊、第13艦隊の3個艦隊は再編成を終えたばかりの艦隊だったが、十分な訓練を行っているので戦力価値はそれなりのものに達している。これまで同作戦に参加していた准将から少将に昇進したブレックス率いる第9艦隊は次の攻勢に備えて休養と再編成に入っていた。

「それと例の場所への第336戦闘飛行隊と第492戦闘飛行隊の展開も早めよう」

「ジオン軍は驚くでしょう」

航空隊といっても従来のFF-S3ではなく、FF-X7に2門のメガ粒子砲を搭載する大型ブースターユニットを装備したFF-X7-Bstコアブースターからなる戦闘爆撃機隊だった。戦術方針はジオン側からすれば悪夢の申し子のようなメガ粒子砲の大火力を用いた一撃離脱に徹するのだ。2個飛行大隊、総数128機の戦闘爆撃機隊が牙をむく。

そして例の場所とは、L5宙域(サイド1宙域)にあるジオン公国軍の宇宙要塞ソロモンに向かう船団を効率よく叩くために、連邦軍はサイド5があったL1宙域、宇宙要塞ルナ2のあるL3宙域の間に配置していた小惑星基地フィフス・ルナを指す。 フィフス・ルナはめぼしい資源の採掘を終えて放置されていた鉱物資源衛星を改良した小惑星基地であり、性質としてはジオン公国軍がサイド6のあるL4宙域とL2宙域の間に設けられたMSの生産工場を有する小惑星基地ペズンに近いだろう。

この小惑星基地フィフス・ルナは連邦軍勢力圏内で基地化工事を完了後に核パルスエンジンで運ばれたばかりである。ただ、小惑星基地ペズンと比べると施設規模は劣るが、突貫工事と限られた期間のため、その部分は仕方がないとワイアットは割り切って考えていた。それに膨大な工業力を活かした断続的な工事でより完成度を高めればよいのだ。それに、完璧な出来具合を目指して戦争に間に合わなかったら意味が無い。

ともあれ、レビル大将とワイアットの戦略によって艦艇建造に回す予算の2割ほどがこの小惑星基地フィフス・ルナに回されたからこそ、この時期に於いての戦線投入に間に合っていた。史実と比べて連邦艦隊の被害が抑えられたことと、地球での戦線がオデッサ方面に限定され、生産ラインの混乱が最小限に抑えられていることが大きいだろう。

また、核パルスエンジンによる重量物移送は別に真新しい方法ではなく、最近ではジオン公国軍はコロニー落としの際にコロニーの移動・軌道変更に核パルスエンジンを用いている。

小惑星基地フィフス・ルナは宇宙要塞ソロモンからは遠く離れていたが、ワイアットの本当の狙いは宇宙要塞ソロモン攻撃ではなく、移動基地ともいえる性質を活かした通商破壊の範囲拡大を示唆することで、ジオン公国軍の哨戒線と警戒・防衛部隊を揺さぶる目的があったのだ。 ワイアットは当面の目的として、小惑星基地フィフス・ルナに第336戦闘飛行隊と第492戦闘飛行隊を展開させて、L5宙域に向かうジオン公国側の輸送船団を艦隊と共同で攻撃していく方針を固めていた。 ジオン公国軍はまだ小惑星基地フィフス・ルナの存在を察知していないが、知ったときの衝撃は大きなものになるだろう。

「ああ、それは間違いない。
 艦隊に加えて新機材からなる航空隊の攻撃を受けるのだからな。
 宇宙でも使い方次第では航空兵力も戦略的に有効なことを、
 やつ等に教育してやろう。
 それと、第6艦隊にも増援を出す。
 私の艦隊から戦艦1隻、巡洋艦7隻を回すよう手配してくれ」

フィフス・ルナには駐留艦隊としてダグラス・ベーダー中将率いる第6艦隊が展開している。ティアンム大将はソロモン方面を担当させ、ワイアットは可能な限り他者に戦功を立てさせようと画策していた。

(ふふ…彼らが大きな戦功を立てれば、
 ジオン側による私への名指しなど二度と起こらないだろう)

と、ワイアット特有の特殊な打算が働いていたが、彼は根本的に重大な事実を失念していた。ワイアットが前線に出ようが出まいが、ジオン公国軍側からすれば現在のジオン公国軍の苦しい状況を生み出していたのがワイアットである。過去の実績しかり、ジオン艦隊に苦難の現状の要因を作り上げたのもワイアットだ。小惑星基地フィフス・ルナの実現に向けて動いたのもワイアットである。ジオン公国の軍人達は事実を知れば知るほどワイアットを恐れ憎むようになっていく。ワイアットとジオン軍との負の連鎖に終わりは無いだろう。

何しろ通商破壊作戦を抜きにしても、
地球連邦宇宙軍率いるワイアットが進める軍事戦略はジオン公国軍を苦しめている。

ワイアットは宇宙艦隊を作戦部隊、予備兵力・訓練、習熟訓練、整備・改修の4つのグループに分類して運用していた。各艦隊も実質的に任務艦隊と同質のものとして、再編成を容易に行えるように組織改変を行っていたのだ。 もちろん理由の無い兵力削減を行わず、消耗してもすぐさま補充していく万全とも言える態勢もあって、各艦隊からの意見は好意的ものが多いだろう。 なにしろ艦隊戦力は装備に於いては戦闘を行わなくても定期的にドックに入れて保守・修理や新機材の導入や装備改修工事を行わなければ戦力価値を保てなかったし、人員も同様に乗組員訓練を続けなれば錬度は落ちていく一方だし、休息を取らなければ士気は保てない。

ワイアットは現状に於ける前線に展開する作戦部隊をジオン公国軍総兵力の約7割、つまり連邦宇宙艦隊の4割強の兵力である戦艦7隻、空母8隻、強襲揚陸艦4隻、巡洋艦122隻、補給艦・その他の艦艇を167隻を越えないように出来る限り抑えていた。残る兵力は予備兵力・訓練、習熟訓練、整備・改修・休養となるのだ。前線に投入する戦力を抑えることで将来の反攻作戦に備えた物資の備蓄と戦力の整備を行っている。

作戦部隊の規模はルウム戦役直後の地球連邦宇宙軍の総兵力より低い水準だが、実際のところジオン公国軍からすれば厄介な相手であった。

ジオン公国軍は全力出撃を行えば優位に戦えるだろうが、次の保守・修理を行う際に、前線に展開できる兵力が減ってしまう。ジオン公国軍が艦隊撃破を目的とした出撃を行えば、ワイアットはやや有利になる戦力を速やかに投入して防戦に徹する。ジオン公国軍が息切れしたときに反撃を始めるのだ。その際にジオン側が無理をすれば、当然士気は下がるだろうし、酷使しただけ兵器の故障率も増す。それに投入兵力を増やした分だけ比例するように物資の消費量も増加してしまう。

ジオン公国軍は現状ですら新造艦が竣工しても十分な訓練を行えず、また後方に下げた部隊も神出鬼没の通商破壊作戦に対応するために十分な休息が取れない状態で出撃を行っていたこともあって、戦力の工面に苦労していた。

「編成を進める各MS師団の状況はどうだ」

「あと1.2週間で実戦に耐えうる錬度になるでしょう」

1個師団は4個MS大隊で運用されており、1個MS大隊が48機なので師団の総数は192機に達する。MSは地球連邦軍の各工廠とサイド7でMSの生産が急ピッチで進められており、その多くがワイアットの元に送られていた。ルナ2からサイド7にかけての宙域で5個MS師団が厳しい訓練に励んでいる。

「よし、そのなかでもっとも戦力価値が高い、
 3いや…4個大隊を選別して欲しい」

「いよいよ始めるのですね」

「そうだ。
 今まではジオンの輸送船や護衛艦を狙っており、
 MSへの対応はおざなりだったが、これからは積極的に狙おうと思う。
 不徹底や不公平など紳士としてあるまじき行為はなるべく控えたい」

最後の部分は紳士の嗜みであるジョークだ。これまでのワイアットはMS戦に対しては十分な兵力が揃っておらず、優位な戦局を生み出した局地戦は別として大規模な衝突は出来るだけ避けていた。だが、正面からジオン公国軍のMS部隊を十分に歓迎できる規模の戦力が整ったのならば話は違う。客人に対して失礼の無い歓迎会を催すのは紳士としての嗜みだった。

このように、ワイアットが仕掛ける心理戦及び戦略によって、ようやく一息つけそうなジオン公国軍に新たなる災いが重く圧し掛かろうとしていた。だが、ワイアットの行動が、ジオン公国軍への災いになりつつも、ジオン公国軍上層部の団結に大きく寄与していくことになるのは皮肉といえるだろう。
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【あとがき】
ジオン公国軍は一難去ってまた一難w
彼らが抱くワイアットへの恨みは更に高くなりました。

かなりマニアックなネタですがキャプテン・ジオン(ガンダムの戦場写真集に出てきた)の成敗対象にワイアットの名前が出そうだなぁ(笑)


【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】

グワジン級戦艦
【撃沈】
「グワラン」「グワバン」

チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」「ヴァッペン」

軽巡洋艦 【撃沈】44隻、 小型艦艇 【撃沈】23隻、 補助艦艇 【撃沈】124隻

【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡145、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡145、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻


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(2015年03月06日)
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