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ワイアットの逆襲 第34話【戦争遂行計画】  


ジオン公国本拠地である密閉型コロニー・サイド3ズムシティにある奇妙な形をしたジオン公国政庁。その政庁内の執務室でギレン総帥は報告書に目を通しながら少将に昇進していたデラーズから受けていた。これまでの報告を聞いたギレンの表情は険しい。これまでにデラーズ少将が行った報告の内容が問題だった。連邦軍が開発していた携帯型ビーム兵器、ミノフスキー干渉波探知システムの発案者がワイアットである事実を聞けば、ギレンとはいえ表情は険しくなるだろう。

「…次の報告を聞こう」

「はっ、総帥のご明察通りに先日オデッサ地方で行われた攻撃には、
 ワイアットの関与が隠されていました」

「隠されていただと?
 詳細を聞こう」

「表向きは別の将校が指揮を執っていましたが、
 作戦の戦略方針及び一部部隊の配備にワイアットの関与が確認できました。
 詳細は此方になります」

そういうとデラーズ少将はギレン総帥に報告書を渡す。報告書にはこう書かれていた。 確認された3種の新型MS(FA-78-1フルアーマーガンダム、RX-79G陸戦型ガンダム、RGM-79SCジムスナイパーカスタム)の性能詳細は不明だが、全てがワイアットの肝いりによって開発された機体であると…そして、オデッサ方面で猛威を振るっている陸上戦艦第4打撃部隊がワイアットの特命で動いていると書かれていたのだ。連邦側から見れば間違っている情報もあったが、部分的には合っている。そしてワイアットにとって問題だったことは、ジオン側が先日の損害は全てワイアットが元凶であると信じていたことだろう。

ギレンはデラーズの報告を聞きながら次々と報告書に目を通す。ジオン公国軍に於いてはワイアットは連邦軍のMS開発責任者、携帯型ビーム発案者、宇宙戦線の対ジオン戦略の最高責任者、という認識が通りつつあった。ワイアットが聞けば全力で否定する内容だったが、連邦側から見ても概ねの事実だったので否定は無意味に近い行い。

「やはりワイアットの存在は我らジオンの妨げになるな」

「御意。
 ハルトマン艦隊への更なる支援を行う必要があるでしょう」

「その件は貴様に任せる」

「はっ!」

ハルトマン艦隊は公国軍第六パトロール艦隊の壊滅により重巡ヴォルフのみの戦力だったが、戦力再編として親衛隊からムサイ級軽巡洋艦3隻、宇宙攻撃軍(ドズル中将)からはムサイ級軽巡洋艦3隻、突撃機動軍(キシリア少将)からムサイ級軽巡洋艦2隻を受け取り戦力を再編。重巡1隻、軽巡8からなる戦力をもってエーリッヒ・ハルトマンは編成以降、立て続けの戦果によって大佐へと昇進している。現在の戦力はギレン総帥から戦艦「アサルム」、ドズル中将から重巡「バルバロッサ」、キシリア少将から軽巡2隻の戦力提供を受けてグワジン級戦艦1隻、チベ級重巡2隻、ムサイ級軽巡洋艦10隻からなる艦隊へと成長していた。加えて、ギレンとデラーズの手によってハルトマン艦隊には新たに4隻のムサイ級軽巡洋艦が配属されることになる。

ハルトマン艦隊に配属される艦艇は、占領下にある月面工業都市の工業力によって作られた艦艇だ。ジオン公国軍も連邦軍の攻勢に備えた戦力増強に余念が無い。

「それと新型機の投入が急務だな」

「はい。
 例のガンダム相手では既存のザクではいささか厳しいでしょう」

二人が言うようにガンダムタイプの詳細な性能は判明していなかったが、これまでの戦闘結果からジオン公国軍が実戦配備しているどのMSより総合的に優れていると戦闘結果から判明していた。そして、ギレンが言うようにジオン公国軍も連邦軍のMSに対抗するために新型機の開発に総力を注いでおり、MS-06Fを宇宙専用のMSとして再設計を行った高機動型ザクU改良型と呼ばれるMS-06R-1Aの量産がジオニック社で始まっている。高機動型ザクU改良型は従来のF型と比べて生産性で劣り、また推進系の制御が難しい事から熟練したパイロットではないと扱いかねる機体であったが、性能はF型と比べて大きく向上していた。特に脚部に有する補助推進剤のタンクをカートリッジ化する事で補給補給の簡便化が進んでいる点が大きなメリットだ。

高機動型ザクUはある程度熟練したパイロットではないと扱いかねる機体であり、また訓練にも時間が掛る。最初のMS大隊は未だに機種転換訓練の最中で、ア・バオア・クーのMS開発試験場で訓練を行っていた。

それに生産数が、量産が始まったばかりで数は少ない。
実戦投入には後2週間程は必要だった。

また、宇宙要塞ア・バオア・クーはラグランジュポイントのL2にある、キノコのような独特の形状を成しており、ミサイル工場、MS工廠、MS開発施設を有するジオン公国軍の最大規模の要塞だ。ア・バオア・クーは資源採掘用としてアステロイド・ベルトから運ばれ配置された小惑星だったが、ジオン公国軍の要塞化工事によって、もう1つの別の小惑星と結合されて作られている。

「MS-06R-1A、性能は良いが、
 相変わらず量産の状況は芳しくないな」

ギレンが言うようにMS-06R-1Aの製造コストはMS-06Sよりも高く、数を揃えるのが難しい機体だった。それでもこのように生産に手間が掛かる機体の量産化に着手したのは連邦軍のMSに対抗することに加えて、連邦軍が行う一撃離脱の通商破壊作戦に効果的に対抗するためだ。MS-06R-1Aの配備が進めばMS-06Sにブースター装着を行うような無茶な対応も行わずに済む。

「解決策はあります。
 サイド6と月に協力してもらうのです」

「月は判るがサイド6か?
 肝心の重工業が足りてないぞ」

月面都市には月企業連合体が重化学工業が存在している。元々、ジオン公国が有する重工業は月企業連合体の密かに行ってきた支援によって作られていたので重化学工業が充実しているのも当然であった。それに対してサイド6は独自通貨を発行し、自給自足に行う経済基盤が整っていたが重化学工業に関しては軍需産業を行う規模に達していない。ただし食料に関しては輸出する程の余裕があった。

デラーズ少将は一つの書類を提出する。

「マネーストック統計、
 いや…マネーサプライを揺さぶるのか」

「はい。
 上手くコントロールすれば上々の結果になるでしょう」

天才と言われるギレンはデラーズが用意した膨大なデータから計画プランの本質を直ぐに理解した。書類にはこう書かれている。独自通貨を発行するサイド6の企業や作り上げたダミー企業を介して月企業連合体に軍需物資の生産を発注する。無計画な発注は支払いが問題になるが通貨の価値は生産力と見合った交換価値に依存する不変の現象を突く。

通貨とは消費した物資が問題なく再生産できる内は通貨価値は保たれるが、その通貨を用いての物資の入手が困難になれば価値が低下するのは避けられない。つまり、デラーズの狙いは通貨価値変動によって最終的な損失を最小にとどめるのだ。

計画の流れはこうだ。月面都市の生産力を可能な限り軍需物資に振り分けることで月面都市に於ける民需生産を縮小させていく。ジオン公国が追加発行した通貨によって得た資金力を用いて月面都市経済に於ける軍事関連の設備投資を進めることで信用創造と景気循環を生み出して更なる軍需物資増産の押しを行う。時を見て民需生産を続ける月面企業を買収して少しづつ軍需へとシフトさせていく。大事な点は情報統制によってコントロールを行いながら、サイド6が生み出す民生品の付加価値を高めた状態で月面都市側に売り払うことで、より価値の高い軍需生産を続けられる環境を整えていくのだ。こうして月面都市を軍需経済へと移行させてしまう。ジオン公国が積極的に動かなくても、株取引トレーダーなどのマネーゲームに興じる者たちが自然と行き着く流れなのも辛辣だった。

軍需経済に移行してしまえば、
簡単には民需主導の経済には戻れない。

行き過ぎた信用創造は不良債権に繋がるが、戦争に負けられないデラーズにとっては2年や3年後の問題は重要ではなかった。不良債権の先は一般市民の連鎖的な預金の引出しに伴う経済破綻になるが、その場合は新しく発行された通貨によって埋め合わせを行うのだ。最終シナリオは二つ。経済責任を連邦政府に負わせるか、急速な通貨量の増加に伴うインフレーションによる債務の実質的な軽減に集約できるだろう。

「ふむ、で…
 MS-06R-1Aの生産はどこまで伸びる?」

「現状の月産25ほどから37機までには伸びると思われます。
 ただ、本命はMS-06R-1Aの量産ではありません」

「次の量産型MSの生産数増大に向けた布石か」

「はい。
 幸いにもツィマッド社のMS-09Rの試作機が今週中には完成します。
 それをスムーズに量産するには最適かと」

MS-09Rは本来は陸戦用MSとして開発が進められたYMS-09プロトタイプドムだが公国軍の戦力事情によって宇宙用量産機として開発変更が行われた機体だった。その背景としてはジオニック社が開発したMS-07B3グフカスタムの少数ながらも量産化の事実と、地球連邦宇宙軍の戦力増強に備えた対抗措置があったのだ。

MS-09Rリック・ドムではYMS-09プロトタイプドムに搭載されていた大気圏内用の各種装備を廃して、代わりに熱核ロケットエンジンへと代えて各3基のスラスターノズルを腰部・脚部に追加し、各部の再設計を行うことで宇宙戦に適応できるように改良を行っていた。MS-06R-1Aの方が性能的には凌駕していたが、生産性、整備性、装甲・火力に関してはMS-09Rリック・ドムが優れていたので開発が続いていたのだ。

MS-09Rの量産を急ぐには理由があった。この時期になるとジオン側も連邦軍の量産型MSと交戦する機会が増えている。特に多いのが連邦軍が実施する通商破壊戦に於ける遭遇戦だろう。先月まではブレックス准将率いる地球連邦軍第9艦隊、今月からはブライアン・エイノー准将率いる戦艦ブル・ランを旗艦とする第14艦隊が、次の作戦に備えて後方に下がった第9艦隊の代わりに作戦行動を遂行していた。

これらの艦隊戦力の投入は通商破壊によるジオン公国軍の戦力消耗目的に加えて、ジオン戦力を牽引するのが目的がある。しかし、ワイアット特有の特殊保身理論も働いており、ブレックス准将やエイノー准将を活躍させて、ジオン側からの恨みの独占を避ける高度な戦略目的も隠されていたのだ。表面上は戦功を独占しない理想の上官として振舞っているが、本質は自らの保身である。

そして史実とは異なり、
この世界のRGM-79ジムは強力だった。

早期にまとまった基礎設計案によって得られた開発期間の余裕と、ワイアットが定めたMSのドクトリン(基本原則)によってRGM-79の性能は、後にジオンが実用化するMS-06F2に対しても優位に立っている。ビームスプレーガンではなく、ビームガンの使用すらも可能なRGM-79に対して、ビーム兵器が扱えないMS-06Fでは力不足は否めないし、連邦側が最初から対MS戦闘を念頭に置いた訓練を行っていた事も大きい。

ジオン公国軍としてはMS-06R-1Aをガンダムの対抗馬として、MS-09Rリック・ドムはRGM-79ジムを圧倒する目論見があった。

「MSに関しては当面は良しとして、
 問題は例のビンソン計画だな。
 サイド3侵攻に向けた計画なのは確実だろうよ」

「左様です。
 ワイアットが進めている以上、疑う余地はありません」

ビンソン計画とはワイアット大将とティアンム中将が中心となって進められている地球連邦宇宙艦隊再建計画である。その内容は防空能力の強化を始めとした各種の改良を施した、戦艦、巡洋艦の量産に加えて、新造艦の建造も並行して行われる軍拡計画だった。 MS運用能力を保有するペガサス級の更なる増産に加えて、宇宙専用艦として設計が進められている新型戦艦も計画に含まれている。強大な生産力を有する連邦の国力を見せつける様な計画であろう。

このビンソン計画だが、ワイアットは地球連邦宇宙艦隊再建計画に新型戦艦が不可欠だと思わせるように働きかけていた。艦隊の指揮中枢としてマゼラン級戦艦やグワジン級戦艦を上回る戦艦がなぜ必要か…

理由としてワイアットは、これまで自らが実行した艦隊戦力による幾多の戦訓を元に計画案を作っている。艦隊指揮能力の早期喪失を避けるための防御力、艦隊強襲作戦を行うに十分な火力、大規模な作戦指揮を行うための通信施設、そして長距離で敵を探知するための十分な索敵機器の必要性だ。これらを満たすにはマゼラン級戦艦では納まらないだろう。

索敵に関しては地球軌道周辺ならば各基地のバックアップを受けられるが、サイド3方面での行動となると支援は乏しくなる。より強力な艦隊指揮を実現する実益という戦術的意義が計画案実現の後押しになっていた。ただし、この戦争に間に合うかは微妙だったが、ワイアットしては気にしていない。

また、造船所不足に関しては連邦の膨大な工業力を活かしてサイド7のノアに新たなる造船所を建設することで対応するのだ。元々、未完成だったコロニーだったこともあり、産業らしい産業が無かったノアだったが、この決定により地球連邦軍の基地経済を主要産業として持つようになる。

もちろん、ジオン公国軍も連邦軍に対抗するべく艦隊戦力の増強を進めている。新たにグワジン級戦艦1隻、ティベ重巡2隻、ザンジバル機動巡洋艦3隻、ムサイ級軽巡洋艦41隻を竣工させていた。ムサイ級軽巡洋艦の多くは月面で建造された艦艇である。 だが、対する連邦軍も強烈な勢いで戦力増強を進めており、マゼラン級戦艦3隻、アンティータム級空母11隻、ペガサス級強襲揚陸艦2隻、サラミス級巡洋艦51隻を竣工させていた。 ただし、新造のサラミス級巡洋艦はかつての後期型に近い設計になっており、露天繋止によってMSを下部甲板への搭載となる。搭載数は3機であり、冷却設備は元から搭載している放熱板を流用することで最小の設計変更で済ませていた。従来のサラミス級巡洋艦も整備・修理の際に順次改装を行う予定だ。

ワイアットとしては己が理想とする新戦艦を建造する目的でビンソン計画の遂行に力を貸している。ジオン側からすれば、ワイアットはジオン本土に早期侵攻を行うためにビンソン計画を進めているように見えるだろう。ワイアットが聞けば全力で否定するだろうが、ジオン側は全力で肯定する。ましてビンソン計画の本当の狙いは新型戦艦建造と言われても信じる者は皆無に違いない。

「で、肝心の絶対国防圏の要である要塞の状況はどうだ?」

「ア・バオア・クーは問題ありません。
 ただ、ソロモンの要塞化工事は予定より遅れています」

「可能な限り急がねばならないな」

本国と宇宙要塞ソロモンと通じる主要兵站線は少し前までは連邦側の猛烈な通称破壊戦によって予定していた物資が届かない日々が続いていた。ハルトマン艦隊の活躍により、主要兵站線の悪化は止まっていたが、それでも何割かの物資が宇宙要塞ソロモンに届く前に輸送船ごと失われていたのだ。このように、ジオン公国軍はやがて始まるだろう連邦軍による本格的な反攻作戦に向けて備え始めたのだった。
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【あとがき】
竣工したペガサス級強襲揚陸艦は「ブランリヴァル」「アルバトロス」になります。
そして、ワイアットへの誤解が最大限に炸裂しましたw

また、ジオン公国軍にグワジン級戦艦1隻、ティベ重巡2隻、ザンジバル機動巡洋艦3隻、ムサイ軽巡41隻が新たに戦列に加わります。しかし、ジオン公国の経済は最も楽観的な視野から見てもかなり辛そうだなぁ…


【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】

グワジン級戦艦
【撃沈】
「グワラン」「グワバン」

チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」「ヴァッペン」

軽巡洋艦 【撃沈】44隻、 小型艦艇 【撃沈】23隻、 補助艦艇 【撃沈】124隻

【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦8、大型空母2、重巡36、機動巡洋艦8、軽巡104、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻
戦艦9、大型空母2、重巡38、機動巡洋艦11、軽巡145、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻


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(2016年02月21日)

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