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ワイアットの逆襲 第33話【オデッサ南部戦 後編】


第301戦車中隊を指揮するヤンデルは救援部隊が来るまでに生き残るための作戦を瞬時に構築する。熟練した指揮官に相応しい速度で作戦内容を多用途情報表示盤にタッチパネル操作で入力を行っていく。瞬時の判断に、間を置かずして行動に移せる思考の瞬発力というべき能力こそが、前線指揮官に欠かせない能力だった。その理由は充分に訓練を受けていた兵士ならば不利な状況に置かれても、上官からの命令が伝達されている間は、体に叩き込まれた戦術訓練どおりに動けるからだ。

「リマー04に通達。退避戦術E5を行え。
 残る車両は可能な限り敵MSとの距離を維持しつつ、
 撃破よりも時間稼ぎを優先せよ。
 移動ルートはコース8-2だ」

第301戦車中隊の各車にまとめた状態で外装された発煙弾発射機から発煙弾(スモーク)が次々と放たれる。第301戦車中隊の周辺に視界を遮る煙幕の展帳が行われた。特殊エアゾールの成分を含む煙幕は、熱画像処理システムに対する効果的な妨害手段にもなっていた。

「小賢しいまねを!
 煙幕で索敵を遮っても限りがある」

スネル大尉は視界を遮る発煙に苛立ちながらも、煙幕の濃度からして持って数分と判断する。第301戦車中隊は保有する4割の発煙弾(スモーク)しか使用しておらず、スネル大尉が予測したとおり2分に満たない時間で効果が弱まってしまう。

(微かだが見えたぞ!)

神経を集中させていたスネル大尉は2両の戦車を捕捉した。スネル大尉にとって残念な事にお互いの車間距離がやや離れており、このような場面では場違いなほどに高火力を誇るH&L-SB25Kザクバズーカの280mm砲弾であっても一発で一網打尽に出来ない位置である。それでも反撃が始まる前に少しでも火力を減らす為に280mm砲弾を二発使用する事を瞬時に決めた。

「ぬぅふふっ、まずは二両を貰う!」

スネル大尉は捕捉した戦車に対して連続して280mm砲弾を放つ。H&L-SB25Kザクバズーカから撃ち出された2発の280mm砲弾は寸分たりとも狂わずに、それぞれの砲弾が狙った地点へと向かう。回避行動すら許さない即座の射撃だった。着弾と同時に大爆発を生み出し、それによって吹き飛ばされる狙われた二両の戦車が、車体を構成していた部品を撒き散らせながら空を舞う。撃破された車両は先ほどの戦いで損傷を受けていた車両だ。

「ぬっ! 逃げるつもりかぁ」

13両に減った61式戦車5型の群れは、残余する煙幕と地形に隠れながら砲塔を後方に先回させて退避行動に入っていた。スネル隊が追跡を開始するも、地上を走行する61式戦車5型の速度は85 km/hを超えており、地上戦用に調整済みのMS-06Jであってもバーニアを使わなければ追いつけない。しかも61式戦車5型による牽制射撃によって簡単に近寄れなかった。13両の61式戦車5型の内、1両が牽制攻撃を行わずにやや先行する形で目立たないように速度を抑えながら後退していく。戦線離脱に見える行為だが、それは逃亡ではなく、ヤンデルが予め命じていた作戦内容だ。

スネル大尉は慎重に観察するべきだった。なぜ、熱源妨害の効果がある煙幕の中で微かとはいえ二両の戦車を捕捉する事が出来たのかを…

ヤンデルの作戦の一つである。後退戦闘で足手まといになる損傷車両を囮に使うために、エンジン出力のリミッターを解除状態でエンジン出力最大で放置したのだ。煙幕の濃度が薄かったことも功を奏しているだろう。損傷車両の乗員は先行する形で撤退していった戦車にまたがった戦車跨乗戦術(タンクデサン)で一緒に撤退している。

戦車跨乗戦術(タンクデサン)で運ぶ乗員が4名で、輸送用車輌が1両で済んでいた事もヤンデルの作戦を成功させる要因になっていた。これが退避戦術E5の全貌である。安易に同じ部隊の戦友を見捨てれば士気が下がるが、戦友を救う手立てを用意しておけば士気の低下はなかなか起こらないものだ。第301戦車中隊の戦力が12両に減ったが、ヤンデルにとっては十分に補える価値があった。

「一両たりとも逃がすな!
 ブースターで一気に距離を詰めろ!」

スネル機が最大出力でバーニアを噴かして第301戦車中隊へと飛ぶ。スネル隊の各MSが隊長に続くようにバーニアを噴かして、第301戦車中隊への距離を一気に詰めようとする動きに対してヤンデルは判断を下す。

「よし、全車、閃光弾(フラッシュバン)」

バーニアの力によって飛翔したスネル隊の各MSだが、やがて重力に引かれるように地面に向かう。先行したスネル機の着地に続いて、各MSが地面へと着地体勢へと入る。

「撃て!」

ヤンデルの命令に各車から閃光弾が発射された。閃光弾の次にAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)一斉射の発射準備を命令する。その間も第301戦車中隊とスネル隊の距離が凄まじい勢いで縮まっていく。MS-06Jに搭乗するパイロットは迫り来る地面を凝視を続け、着地体勢に入ろうとした時、閃光弾(フラッシュバン)の炸裂が炸裂した。

フィルターによる閃光の減退が行われていたが、それでも完全遮断ではない。パイロットの目に閃光が容赦なく突き刺さり、着地に失敗して転倒する。

夜間固有の視界不良に加えて煙幕による索敵阻害に閃光が加わった結果だ。

第301戦車中隊の素早い反応にスネル大尉は煙幕使用の隠された意図を察した。煙幕は戦車を隠すのではなく、自分たちがバーニアによって距離を稼ぐことを予見し、その際に正確な地形情報を与えないようにする為だと。何しろ重力下に於けるバーニアによる飛翔は落下時の衝撃によって多少なりともリスクが生じる。地面の硬さが均等なコロニーのような場所ならばいざ知らず、草に覆われた大地の地表の硬さは千種万様だ。硬い場所と柔らかい場所の境に重量が加わると力の流れが均等にならず、バランスを崩す要素になるだろう。しかも今は夜間である。アクシデントが加われば事故率は上昇するのは当然だった。

ヤンデルは命令を下す。

「目標、転倒したザク。
 APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)撃て!」

第301戦車中隊からの砲撃が転倒したMS-06Jに放たれた。回避不可能な状況を狙われ、155o2連装滑腔砲からの砲撃が立て続けに命中していく。その中で致命的な3発がMS-06Jに致命的な損傷を与えて戦闘不能になる。やがて被弾箇所から炎上してすぐさま爆散へと至った。破片と衝撃波が周辺に降り注ぐ。

「姑息なまねを!!
 反撃に注意しながら距離を詰めろ。
 一匹たりとも逃がすなぁ」

スネル隊も負けずと激しい反撃を行い第301戦車中隊の1両にM-120A1ザクマシンガンの120mm弾を多数命中させて撃破する。スネル隊のMSが7機に減ったが第301戦車中隊も11両減っており不利な状況は変わらない。このような状況にもかかわらず、ヤンデル率いる第301戦車中隊には焦りの色は無かった。これまでの実績が部下の士気を保っていたのだ。

「ウェーベント!
 閃光弾(フラッシュバン)に注意しつつ、
 横合いから牽制射撃を行えっ」

「了解!」

スネル大尉の命令を受けて1機のMS-06Jがバーニアを噴かして第301戦車中隊の横合いに向かって飛ぶ。ウェーベントは戦闘経験も豊富で勇敢なパイロットだ。スネル隊からの援護射撃を受けながら閃光弾(フラッシュバン)への警戒を行いながら、第301戦車中隊と適度な距離を保った距離で着地体勢へと移行する。その合間にも一両の61式戦車5型が被弾して間を置かずして爆散した。これで第301戦車中隊の戦車は10両まで減ってしまう。ウェーベント機が地面まであと僅かのところでコックピットに高熱源反応を示す警報が響く。

「ビームだと!?」

横合いに回り込もうとしたウェーベント機は回避不可能なタイミングを突く様にビームに打ち抜かれて地面へと激突し、僅かな間を持って直撃部から閃光と共に爆散した。ビームは射線の角度からして地上から放たれたものだと判るが正確な位置までは判らない。スネル隊に判るのはビーム兵器による長距離狙撃という点に留まる。攻撃を行った機体は第14戦闘団司令部直轄のRGM-79SCジムスナイパーカスタムで、第14戦闘団司令官のイーサン・ライヤー大佐が直卒する独立機械化連隊に所属する機体だった。このRGM-79SCジムスナイパーカスタムは救援部隊としてステルス塗装を施したC-88ミデア後期型からのHALO(高高度降下低高度開傘)によって展開したMSである。

戦場に於いて狙撃地点が判らない狙撃兵は恐怖の象徴と言っても良い。

この友軍MSの存在は偶然ではなく、第301戦車中隊への救援として駆けつけた機体である。救援に駆けつけた友軍を戦術マップで確認したヤンデルはこの地点にスネル隊を誘い込んでいたのだ。

「どこだぁ…」

スネルはスナイパーを探すが正確な位置を捕捉出来なかった。第301戦車中隊のヤンデルが乗車する指揮車と複数のドローンを介したレーザー通信によって索敵情報を共有によって得ていた位置情報を基に射撃を行っていたので、大雑把な位置しか判っていない。

「闇に潜んでいるようだが、
 次にビームを放ったときが貴様の最後だ!」

予想外の伏兵に遭遇したスネル大尉だったが、それでも撤退の考えは無かった。その理由は二つに要約できる。夜間ならばビームの発射光は目立つ。そして最大の理由として、彼が毎晩見る悪夢にあった。悪夢の内容はこの地で戦車隊を含む連邦軍部隊との戦闘を繰り広げる内容だが、スネル大尉は必ずと言ってよいほど、目覚めと共に夢の記憶の大半は覚えていない。唯一、記憶に残っているのは、この地の夜間に遭遇する戦車隊からなる連邦軍部隊との戦闘だ。一度や二度の夢なら気にもならないが、オデッサに着任してから毎晩同じ夢を見続ければ、筆舌に尽くしがたい恐怖と焦燥感が日々蓄積されていくのは当然の流れだった。悪夢からの開放を願って、恐怖を忘れるためにスネル大尉は妄執ともいえる程の熱意をもって出口が見当たらない戦車狩りを続けてきのだ。だからこそだろう、何かに取り憑かれているような彼は今回の戦いを乗り切れば悪夢から開放されると確信じみたものを感じていた。

第301戦車中隊の上空にイズマイール基地から急行してきた8機のフライマンタ戦闘爆撃機が到着するもヤンデルはまだ支援爆撃を要請せずに待機命令を通達する。動きが鈍ったスネル隊に向けてヤンデルは友軍部隊との位置を計算に入れて爆撃を最大限に生かすために次の手を打つ。

「全車、焼夷榴弾、2連射!
 指定目標に撃てぇ」

第301戦車中隊の各車はヤンデルが振り分けた目標に向かって焼夷榴弾を発射した。攻撃に備えていたスネル隊は初弾、次弾ともに回避していく。誰もが狙撃を警戒してブースターを使わない。もっとも遠方からの攻撃だけに、その飛距離分に比例して回避猶予も増える。直撃が無かったのは当然の結果であり、第301戦車中隊からの攻撃は全てが至近弾で終わってしまう。

「続けて焼夷榴弾だと!?」

燃焼効果を発生させる化合物がMSにも飛び火するが、対象物を燃焼させることは適わず、表面装甲の温度を上げる程度に留まった。当然、損失機は無い。

ヤンデルの次の策が発動する。

フライマンタ戦闘爆撃機隊への支援爆撃を要請していた爆撃が始まったのだ。フライマンタ戦闘爆撃機にはレーザー目標追跡装置やCCDイメージセンサの機能を有する照準ポッドを搭載しているので夜間であっても精密爆撃を行える機能を有している。この照準ポッドの技術は西暦時代の枯れた技術だったが、ミノフスキー粒子散布戦術に対抗するためにワイアットの肝いりで復活させていたのだ。

直撃弾はなかったが、大半が至近弾となって爆発によって上空に巻き上げられた土砂がスネル隊のMSに降り注ぐ。その降り注ぐ土砂によってスネル隊各MSの視界が著しく制限された隙を突くように再びビームが飛来する。RGM-79SCジムスナイパーカスタムのR-4型ビーム・ライフルから放たれたビームだ。 当然、火炎と土砂によって満足できる索敵が行えなかったスネル隊にはビームの射線を見極める事などできない。本来ならブースターで回避するべきだったが、ビームによる狙撃によって降下中を狙われる危険があったので使えない。狙われたMS-06Jが撃ち抜かれて爆発する。

「おのれっ!」

土砂による視界不良を突かれたスネル大尉は辛辣な罠を理解し、第301戦車中隊が仕掛けた罠に憤怒の声を上げた。ヤンデルは索敵阻害によってRGM-79SCジムスナイパーカスタムの狙撃者としての抑止力と戦力価値を保ちつつ、スネル隊各MSを適度に加熱することで外気温とMS熱源の温度差を大きく発生させて、索敵を容易に出来るように仕向けたのだ。現に赤外線イメージセンサでザクの姿が遠距離からでもはっきりと見える。

これもヤンデルが構築した罠の一つ。

「よぉし、
 全車、焼夷榴弾とAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の交互射撃、
 撃てぇ」

第301戦車中隊からの砲撃がスネル隊に放たれた。熟練が多いスネル隊の各機は難なく戦車砲による砲撃を回避していく。ヤンデルの狙いは牽制攻撃とMS熱源の上昇に伴う索敵効率の向上だった。

「小賢しいまねを!」

スネル大尉も敵戦車の狙いを理解し、精密さよりも迅速な反撃を選ぶ。彼の執念が通じたのか遠距離でかつ、まともな射撃データが無いにも関わらずスネル機のH&L-SB25Kザクバズーカが一両の61式戦車5型を撃破した。次の車輌に狙いを定めているとスネル機に対してビームが飛来する。スネル大尉は辛うじて回避するが、問題は攻撃を受けたことよりもビームが飛来してきた方向だった。それはスネル隊が警戒していた地点と正反対を示す。

「何っ!?」

この僅かな間で回り込むのは不可能だ。
別のスナイパーかっ!

スネル大尉は瞬時に狙撃を行ったMSは最低でも2機存在すると判断する。スネル大尉の判断は正しい。そして、スネル隊の優位が失われた証明でもあった。

だが、この程度ならまだ挽回は可能だ!!
悪夢に打ち勝ってやる!

しかし、現実は厳しく、スネル大尉の決意を嘲笑うかのように悪夢の度合いが深まっていく。スネル隊の頭上に向けてヘビィ・フォーク級陸上戦艦「ノーフォーク」「サンパウロ」からなる艦砲射撃が飛来したのだ。「ノーフォーク」「サンパウロ」はオデッサ戦域の支援部隊として展開する陸上戦艦第4打撃部隊の分遣隊である。「ノーフォーク」は北米方面からの増援であり、これからの部隊はワイアットに手によって配備が行われていた。陸上戦艦の増派の目的は各方面への支援砲撃だ。加えて、極秘指令としてジオン軍エースパイロットを捕捉次第、艦砲射撃によって最少の犠牲で処理を行う目的もあったのだった。 陸上戦艦第4打撃部隊による制圧射撃が炸裂すると、これまで第301戦車中隊が生み出してきた砲撃とは比べものにならない規模の破壊を振りまく。超長距離射撃だった事もあり直撃を受けた機体はなかったが、レーザー照射コードによって適切な起爆タイミングによって3機のMSが指向性破片を受けて駆動部分に少なからずの損傷を負ってしまう。

スネル隊は5機まで減り、対する第301戦車中隊も9両まで61式戦車5型の数を減らすも、連邦側の戦力は2機のRGM-79SCジムスナイパーカスタムと2隻の陸上戦艦が加わり、戦況は連邦軍優勢へと大きく傾いたのだった。オデッサ南部で始まった戦いは攻守を入れ替えて続けられ、その戦いはスネル大尉の戦死を持って終息を向かえることになる。
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【あとがき】
やっと戦車戦が終わった…


【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】

グワジン級戦艦
【撃沈】
「グワラン」「グワバン」

チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」「ヴァッペン」

軽巡洋艦 【撃沈】44隻、 小型艦艇 【撃沈】23隻、 補助艦艇 【撃沈】124隻

【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦8、大型空母2、重巡36、機動巡洋艦8、軽巡104、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻
戦艦8、大型空母2、重巡36、機動巡洋艦8、軽巡104、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻





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(2016年02月07日)

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