ワイアットの逆襲 第31話【誤算 後編】
0079年7月24日
ワイアットが宇宙での攻勢に備えた戦力回復に勤める傍ら、レビル大将率いるヨーロッパ方面軍を中核とした地球連邦地上軍も宇宙軍と同様に戦力の集結を始めていた。地上軍の目的はジオン軍の支配下にあるオデッサ鉱山地帯に対する撃を目的とするオデッサ作戦に向けたものである。膨大な戦闘車両と航空機に合わせて、これまで温存していた陸専用MSを投入した大規模なものだ。あえて攻略作戦を行わないのはジオン軍の兵站維持に必要な経済的な負担を継続して負わせる戦略を継続するためである。
連邦軍の戦争方針に対して、
ジオン側も一方的な防戦に甘んじていたわけではない。
まず着手したのが索敵能力の強化である。
オデッサ地帯を守る警戒基地のレーダー機器に関してはルウム戦役で撃破していた連邦の艦艇の残骸から回収して修理した機材の投入を積極的に行っていた。
幾つもの哨戒基地を突発的な爆撃によって潰されていた苦い経験と、ジオン公国の資源生命線を守る現実的な問題から、ジオン公国軍は連邦軍の機材であっても有益なものは積極的に使用するようになっていたのだ。精神の改革に加えて、これまで多くの被害を受けてきた第102採掘基地周辺の哨戒基地には定数以上の偵察機ルッグンの配備と、基地戦力の増強の甲斐もあって、ここ最近の連邦軍による爆撃作戦を軽微な損害で凌いでいる。
第102採掘基地の南東にある第11哨戒基地には47機のMS-06Jと最新鋭陸専用MSのMS-07B3グフカスタム15機が展開していた。
MS-07B3グフカスタムはジオニック社によってMS-06Jをベースに対MS戦闘を考慮して作られたながらも少数生産で終わったMS-07Aの設計を全面的に見直し、固定武装を廃して射撃武装を着脱式とし中近距離射撃能力を向上させた機体として再設計が行われたものだ。特徴的なのは小型シールドに設置された6銃身75oガトリング砲を装備した事で中距離の射撃能力を強化した点である。ジオン地上軍の期待のMSと言えるだろう。先行生産型として残余していたMS-07Aは全てオーバーホールに入っており、順次MS-07B3への改修されていく計画が進められている。
現在のオデッサには昇進したガルマ・ザビ少将率いる第1機動師団、第5MS旅団を基軸としたジオン地上軍第1軍と、本土からの増援として豪快な性格で部下思いのユーリ・ケラーネ少将の第4機動師団と第11MS旅団からなるジオン地上軍第2軍、ノイエン・ビッター大佐率いる第3機動師団、ウォルター・カーティス大佐率いる第5MS旅団、ダグラス・ローデン大佐率いるMS特務遊撃隊が展開している。総司令官はガルマ・ザビ少将である。ガルマは素直で苦労知らずだったが、激戦の続くオデッサの環境で揉まれ、責任と覚悟をもった武人へと成長していたのだ。ガルマ少将の鼓舞もあって、ジオン地上軍の士気は過酷な戦場にも関わらず高い。
太陽が昇る頃、オデッサ外延部に位置するジオン地上軍第11哨戒基地で待機任務に就いているMS小隊が居た。
「小隊長、連邦の奴ら来ますかね?」
哨戒基地にある空爆に耐えうるよう設計された頑丈な格納庫の一つで、MS-06Jのパイロットが小隊長に対して部隊内通信で言う。
「必ず来る」
そう応えた小隊長のヴィッシュ・ドナヒュー中尉である。彼は機動力を生かした作戦を得意とする事から「荒野の迅雷」の通り名で両軍でよく知られていた。ドナヒュー中尉の搭乗する機体はエースパイロットに優先的に割り当てられているMS-07B3である。
会話を交わす二人に白いパーソナルカラーのMS-07B3からの通信が割り込む。
「恐らく大規模な攻撃になるだろうな。
先週から戦略爆撃に紛れて、
高高度戦略偵察機の姿が時折確認されている。
軍事作戦の前触れとして我々の戦力配置の確認と考えてよいだろう」
白いMS-07B3はランス・ガーフィルド少佐が搭乗するMS-07B3だ。彼はMS教官を勤める傍ら、第11哨戒基地に所属する増強中隊のMS部隊長を務めていた。また、エースとしても活躍する実力者でもある。ランスもドナヒューと同じように実力があるだけでなく、部下の命を大事にしていた事から部下たちからの信頼が厚い。ドナヒュー中尉はコックピットに表示されている端末情報を見て、部隊MSの大半が起動状態にある事に気が付く。
「増強中隊の出撃準備となると連邦に動きが?」
「そうだ。
先ほど連邦軍地上部隊の一部に行動の予兆があったとの報告が入った。
偵察機から得られた断片的な情報からも確認できる。
情報の分析を進めているが、
これまでの状況からして攻撃の可能性が大きい」
「このグフカスタムの真価を見せる時が来ましたね」
「油断するなよ。連邦のMSは対MS戦を経験済みだが、
我々のグフカスタムは航空機との対空戦しか経験していない。
あの第7艦隊の介入及び新型機の情報もある…気を引き締めておけ」
ドナヒュー中尉が言う第7艦隊はワイアットが指揮する艦隊の事だ。小隊パイロットは上官の言葉に同意する。これまでの戦闘で連邦軍が脆弱な存在ではなく、油断すれば此方を滅ぼす力を持つ強敵と認識していた。特にワイアットが指揮する第7艦隊とそのMS部隊は悪魔、疫病神に等しい最大脅威評価を受けている。
皮肉な事にワイアットが挙げていた数々の大戦果は、ジオン側に大きな危機感となってジオン軍の改革に繋がっていた。改革の中心となったのは3人の軍人である。
一人目は元サイド3駐留地球連邦軍将校だが、ダイクンの思想に共感し招聘され、卓越した手腕で国防軍創設に携わっていた首都防衛大隊司令のアンリ・シュレッサー准将だ。彼はダイクン派に属していた事から開戦前から閑職に回されていたが、ワイアットの猛攻による公国の危機もあって、現在は組織戦に向けた改革も進み、ジオン軍に於けるチームプレーを軽視する傾向も薄れつつあった。
二人目がジオン公国突撃機動軍のマ・クベ大佐である。彼は企業ごとに異なる兵器の規格・生産ラインを統一することにより、生産性や整備性の向上に加えて機種転換訓練時間の短縮をはかった統合整備計画を推し進めていた。その恩恵もあって極端な設計思想のMS-07Bグフの生産は早急に終了し、その生産予算をグフカスタムに回す事で、グフカスタムのようなMSの実戦配備が早まっていたのだ。
三人目は対ワイアット専門部隊として動き始めたハルトマンである。ハルトマンはワイアットとの戦いは補給線を巡る戦いとギレンに説明し、納得させた上で宇宙攻撃軍、突撃機動軍、親衛隊からの抽出した部隊で編成されたハルトマン艦隊を編成。同部隊による訓練を兼ねた船団護衛戦を行う事で、危険領域まで進んでいた輸送船の消耗を減らすことに成功していた。補給線の安定化によってドズル中将からの支援が大きくなり、ハルトマン艦隊MS部隊にはシャア・アズナブル、アナベル・ガトーが増援として送られる程だ。ベルム・ハウエル少将率いる宇宙攻撃軍第2艦隊、ダンジダン・ポジドン准将率いる宇宙攻撃軍第3艦隊もハルトマン艦隊への協力を行っている。
ジオン公国軍の補給線の安定化に対する熱意は並々ならぬもので、7月に竣工したばかりのドロス級超大型空母「ドロワ」は護衛艦隊と共にソロモンとア・バオア・クーの中間地点のコレヒドール宙域に進出し、通商路警護任務に就くだろうと噂されているほどだ。
「新型となると…
例のガンダムタイプでしょうか」
「可能性は高い」
彼らの雑談が進む。突如、格納庫の一つが轟音と共に爆散して、衝撃波と破片を撒き散らした。異常熱源を察知した第11哨戒基地に警報が鳴り響く。幸いにも攻撃を受けた格納庫にはMSは1機も収容されておらず、増強中隊に被害は無かった。
各格納庫からMSが出撃を始め、第11哨戒基地MS隊が部隊展開を進める中、UCP迷彩色に塗装された27機の連邦軍と思われるMSが第11哨戒基地の付近に降下してきたのだ。
空挺降下を行った連邦軍部隊はステルス塗装を施したC-88ミデア後期型9機から降下してきたMS隊である。降下方法は敵から探知を可能な限り下げるために視認外である高高度から自由落下による降下をし、開傘時間の短縮の為に300m以下の低高度でパラシュートを開き敵地に降下・潜入するHALO(高高度降下低高度開傘)である。人間の時と違うのは重量物であるMSを減速させるために、減速用ロケットユニットを使用している点であろう。
基地周辺に警戒に当っていた9両の戦闘車輌HT-01Bマゼラ・アタックが瞬時に制圧される。
「機体照合…該当なし!
特徴から全機がガンダムタイプと思われる」
「くそっ、新型機の展示会か!?」
MS-07B3のセンサーが基地外周から侵攻を始める連邦軍MSを光学センサーで捕捉するも、過去に見たことが無いMSだった。右腕に2連装ビームライフル、左腕にミサイル・ベイを装備し、パックパックに360mmロケット砲を装備した上で全身を重厚な装甲で固めたMSである。唯一判るのが頭部の構造からしてガンダムタイプという点だ。そして圧倒的な存在感を放っていた。見た目からして強そうなのが判る。
「慌てるな、全機迎撃フォーメーションBに移行せよ。
あの3機は熱源の残余からして格納庫を砲撃した奴だろう。
火力に注意せよ」
端末に表示される熱源で攻撃を行ったMSを見抜いたランス少佐とドナヒュー中尉は慌てることなく指揮下の部隊に命令を下す。そして、ジオン軍が捕捉した砲撃タイプの連邦軍MSはRX-78に簡易装着型の増加装甲と火器で強化を行ったFA-78-1フルアーマーガンダムだった。
「火力と装甲は凄そうだがっ、
その分、動きは鈍そうだな!」
FA-78-1を射程に収めていた7機のMS-07B3が3機のFA-78-1に向けて6銃身75oガトリング砲の砲弾を放つ。距離はやや離れていたが、砲戦タイプのMSならば確実に被弾するだろう弾幕だった。本格的な交戦に先立って大火力を有する敵に打撃を与えられると思った矢先、その予想は裏切られる。
「なにっ!?」
FA-78-1全機が降り注ぐ75o砲弾を苦もなく回避していく。
ジオン軍パイロットが驚くのも無理はない。
その機動性はMS-07B3に引けを取らないものだった。
FA-78-1は追加装甲や兵装によってMSの性能強化を目的としたFSWS計画によって誕生した機体である。ワイアットの的確な開発指示によってFA-78-1は装甲に装備された補助推進機関によって機動性を損なわずに火力と耐久力の強化を成し遂げた怪物になっていた。ワイアットの介在によって実戦配備当初からマグネット・コーティングを施されているRX-78がベースだけに、その機動力は高い。
また、ワイアットがFA-78-1のような生産コストが艦艇並みのMSの開発と生産を行っていたのは、MA-08ビグ・ザムのようなIフィールドジェネレーターを有した大型兵器に備えるためである。至近距離からRB-79ボールの180mmキャノン砲の攻撃を受け付けないとなれば、それを上回る実体弾を叩き込めば良いとワイアットは考えていたのだ。
強襲部隊の部隊長を務めるのはマスター・P・レイヤー大尉である。彼はFA-78-1の1番機に搭乗していた。レイヤーはかつてはFF-6制空戦闘機に乗っていたが、ワイアットの介入によってこの部隊の長になっていた。
レイヤーは史実に於いては遊撃MS小隊ホワイト・ディンゴを指揮して、トリントン基地の核を奪取阻止、ヒューエンデンHLV基地攻略、更にはジオン軍局地戦戦技研究特別小隊と生物兵器アスタロスを阻止していた事をワイアットは中将時代に派閥闘争に使うネタとして仕入れていたのだ。
特に、核兵器によって酷い目にあっていたワイアットにとって、核兵器の奪取を阻止していたレイヤーの存在はニュータイプと同じ位に大事な人材である。もちろん、高い観察力と高度な作戦立案力、常に平静を保つ精神的な強さからくる、隊長としての資質をレイヤーが有していたからこその大抜擢であるが。これまでのパイロット適正を的確に見抜くワイアットの手腕から、その事実を知ったジオン側では直感的にパイロット資質を見抜いているワイアットはニュータイプではないかと囁かれ始めている程である。
ワイアットが求める実績と、新鋭MSを任せられる実力が一致した結果である。遊撃MS小隊「ホワイト・ディンゴ」を新鋭MSによって中隊規模に拡張したのが、この部隊だった。もちろんFA-78-1もワイアットの手配によって配備が行われていたのだ。
2番機にはMS撃墜数52機・艦船撃墜数2隻という連邦軍第4位の戦績シャルル・キッシンガム少尉が搭乗し、3番機には史実に於いてはMS撃墜数37機・艦船撃墜数2隻という連邦軍第7位の戦績を有するハインツ・ベア少尉が搭乗する。
残る24機の
UCP迷彩色に塗装されているMSはRX-79G陸戦型ガンダムであった。
RX-79Gは、RX-78を生産する過程で要求スペックに満たない不採用部品を用いて作られたMSである。不採用部品といってもRX-78ガンダムとほぼ同等の性能を持つ融合炉と装甲を持つ、極めて高い性能を有していた。ただし、宇宙戦闘用の装備はすべて取り外しており、完全な陸戦用MSになっている。RX-78の生産数が増えた分に比例するようにRX-79Gの数も増えていたのだ。
「やらせて貰うぞ!
作戦通り各分隊は側面からフォーメーションEで攻撃せよ。
本隊は俺に続け!」
レイヤーの命令に各隊が有機的に動く。全機の位置は戦域からやや離れた高高度を飛行する早期警戒管制機(AWACS)によって把握し、軍用圧縮暗号通信に変換した信号をレーザー・赤外線通信によって戦域友軍ユニットとやり取りする事で組織戦を実現している。
ミノフスキー粒子の散布濃度がそれほど高くないにも関わらず、また連邦軍が使用していたレーダー機器が機能していたのに、ステルス塗装を施していたC-88ミデア後期型は別として、通常部隊の発見が遅れていたのは地球連邦軍陸軍特殊部隊の特殊工作が原因だった。その工作を行ったのは、これまでにジオン軍哨戒基地に対するレーザー誘導爆弾を用いた爆撃任務の際に敵地に侵入して、レーザーマーカー照射を行ってきたシエラー126の符丁を持つベテラン軍曹が率いる分隊である。1ヶ月前から、最寄の下水道から基地に通じるトンネルを掘り進み、判り難い範囲に破壊工作を行っていた。すでに特殊部隊は撤収済みだ。
そして、成層圏にはデプ・ロック大型爆撃機が作り出す無数の飛行機雲が発生しており、大規模戦略爆撃を含む攻撃だということが判る。デプ・ロック大型爆撃機の周辺には護衛機と戦闘爆撃機の群れも存在していた。航空隊やMS部隊だけではない。地上を進むハーマン・ヤンデル中尉率いる61式戦車5型からなる第301戦車中隊を始めとした4個戦車中隊と多数の戦闘車両から成る戦闘団の姿もある。また、フェデリコ・ツァリアーノ中佐率いる、MSと戦車の混成兵団からなる連邦軍特殊コマンドを中核とする任務部隊も後方遮断任務として接近しつつあった。加えて、最寄の基地には牽制攻撃としてモリグチ中佐率いる18隻の潜水艦からのミサイルが攻撃が始まっている。
第11哨戒基地の全てを消し去るような苛烈な攻撃が始まろうとしていた。
後日、ジオン公国軍は本作戦に参加した新型MSなどにワイアットの関与があると知る事になるのだが、それをもって本作戦がワイアット主導のものであると誤認してしまうのだった。確かにワイアットはレビル大将の作戦に協力した形だが、ジオン側の解釈によってワイアットの進言によって本作戦が行われていた事になるのだ。
ワイアットの無自覚な誤算は一つに集約できるだろう。
ワイアットが自己の生命を守るためにジオン軍に対する策を練れば練るほど、その作戦が成功すればするほどに、ジオン軍の状況は悪化する。しかも、これまでの結果の蓄積によりジオン公国軍は不利になればなる程、その苦境の原因がワイアットにあると思うことだった。ワイアットとジオン公国軍の戦いは激しさを増していくことになる。
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【あとがき】
更新に間が空きましたが、なんとか2月中に更新できました!
第11哨戒基地は、連邦軍の特殊部隊と特務部隊からの難易度ルナティック級の猛攻撃から守りきる事が出来るだろうか!?
そしてワイアットは不動の立場を手に入れました(笑)
新たに生まれたニュータイプ疑惑も死亡フラグの強化に繋がるでしょうw
ジオン側の戦力増強ドロス級超大型空母「ドロワ」、機動巡洋艦1隻、軽巡24隻、補助艦艇11隻が竣工するなど着々と進んでいますが…されど連邦軍も強烈な勢いで戦力増強を進めているのでジオン軍が一息つくことは難しいでしょうね。
【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】
グワジン級戦艦
【撃沈】 「グワラン」「グワバン」
チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」「ヴァッペン」
軽巡洋艦 【撃沈】44隻、
小型艦艇 【撃沈】23隻、
補助艦艇 【撃沈】124隻
【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦8、大型空母1、重巡36、機動巡洋艦7、軽巡80、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇210隻
↓
戦艦8、大型空母2、重巡36、機動巡洋艦8、軽巡104、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇221隻
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
(2015年02月23日、2月28日修正)
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