ワイアットの逆襲 第30話【誤算 中編】
ルナ2に向けて帰路に着くワイアット率いる第2任務艦隊。公国軍第六パトロール艦隊との戦闘を中断して6時間が経過した頃に、ワイアットはCDC(戦闘指揮センター)で第12任務艦隊からの報告をロドニー少将を通して受けていた。
「1隻ではなく軽巡3隻を含む戦隊を撃破しただと?」
「アイ・サー。
撃破した敵戦力はチベ級重巡1隻、ムサイ級軽巡3隻との事です」
「ふむ。軽巡3隻の伏兵がいたのか…
状況は理解した。
第12任務艦隊が次の定時連絡を行ったときには、
良くやったと伝えてくれ」
(追撃の際に別働隊を叩けたのは幸いだな。
あの指揮官は私を名指していた…
逃せば…必ず、必ず私に対して大きな災厄になっていたであろう。
損傷を受けたが結果的には良しとするか)
ワイアットは吉報に笑顔を浮かべて喜ぶ。
自らの危険性が減ったのだから当然である。
尊敬する司令官が久しぶりに見せる司令官の笑顔を見てCDC(戦闘指揮センター)の各員は、その笑みがジオン艦隊の撃破によって民間船、強いては連邦市民に犠牲抑止に繋がった事からきていたものだと誤解する。ワイアットは無自覚のうちに自らの行いによって本人がこれ以上望んでいない英雄としての名声の階段をまた一段上ってしまう。平時ならば良かったが、現在のような戦時の英雄としての地位は、それは上がれば上がるほど命の危険が増す。戦争が終結しても残党軍が残ってしまえば、危険性は戦時とさほど変わらないだろう。
(しかし、今回の件ではっきりした。
私を名指しする不届き者が出始めている…
これは明らかに良くない兆候だ。
身の安全の為にも暫くは敵の出方を調べる事に専念し、
状況がはっきりするまでルナ2からの指揮に専念したほうが良いかもしれぬ。
後方に留まる口実としては次の攻勢に備えた再編成にするか)
ワイアットは大規模な再編成プランの下地を考えながら帰路に就く。大雑把に言うと、有効な編成だが実践に時間が掛かるプランである。戦闘中止から4日後には第2任務艦隊と共にルナ2に帰港していた。ワイアットは帰港と同時に、次の作戦に備えて艦隊の修理と整備を指示して、大胆とも言える宇宙戦力の再編成に取り掛かる。
先日の戦いを憂慮したワイアットは休む間も惜しむように、また各戦力を有効に運用出来るように次の軍事行動に向けて精力的に動いていた。常に連邦市民の安全を考慮し、勝利のために努力を惜しまないワイアットの姿を見て地球連邦軍は一層の士気を高めて行く事になるのだ。
ワイアットが精力的に自らの安全の為に次の軍事作戦の準備を進める中、地球連邦軍本部ジャブローでも別の動きがあった。ジャブローの地下空洞に広がる大規模な基地を見下ろせる、ゴップ大将の執務室。そこにはゴップ大将に呼ばれたコーウェン少将が居た。ゴップ大将は書類を引き出しから取り出すとコーウェン少将に機密と書かれた作戦書類を渡す。
「コーウェン少将、
君には今週中には部隊を率いてルナ2への増援として向かって欲しい」
彼は技術将校であるが、MSの実戦データを目的としたデルタチームからなる特殊部隊司令としても行動していた。書類に目を通したコーウェン少将が驚き、疑問の声を上げるよりもまずは作戦書類に一通り眼を通していく。
「宜しいので?
これらの戦力は地上戦の仕上げ用の戦力だったはずですが…」
コーウェン少将が見た書類には、派遣兵力として記されていたのが自らが指揮する「グレイファントム」を基軸としたMS特殊部隊第3小隊だけではなく、スカーレット戦隊や404空挺部隊などの他の部隊も含まれていたからだ。しかも新型MSによって編成された部隊も含まれている。
「構わんよ。
幕僚会議の決定事項でもある。
君も知ってるだろう。
ワイアット大将が先日の戦いで損害を受けたにもかかわらず、
次の戦いの準備を精力的に進めている」
「はい。
提督が戦力の再編成を精力的に進めているのは、
この地上にも伝わってきています」
「お陰で我が軍の士気もこれほどに無いまでに高まっているが、
逆に言えば彼を失えば、どうなるかが予想が付かない。
だが、後方にやるのは政治的にも戦略的にも不可能と言って良いだろう」
ゴップ大将が沈痛そうな表情で述べた内容は、ワイアットが聞いていたら全力で否定しそうな内容だった。ゴップ大将のワイアットを案じながらも、ワイアットからすれば最も避けたかった内容が続く。
「あの彼がジオンの艦隊戦力が減退した時に、
黙って見ていると思うかね?」
「それは考えられません。
緒戦では劣勢な状況でもジオン勢力圏に突撃を行っています」
「そうだ、勇猛果敢で決断力のある彼の事だ、
我々が止めても適当な理由を用意して戦場に行ってしまうだろうな。
或いは優勢と判断した時には現有戦力で要塞攻撃を行いかねない。
幕僚会議もそれを懸念してしている」
「だからこそですか」
頭の良いコーウェン少将は事態を理解した。コーウェン少将率いるMS部隊と、その増援部隊は熟練兵を基本に編成されていたので地上戦ならば直ぐにでも対応できるが、無重力環境での訓練は十分とは言えず、戦闘を行うにはもう少しの訓練が必要だった。そこで、幕僚会議は重要な戦力だが環境適用訓練の必要がある兵力をワイアットの直営兵力として与え、更に此方である程度の戦略目標を定める事で英雄としての体裁に傷を付けない様にして戦力がもう少し整うまでの時間稼ぎを行う心算だった。むろん、増援として用意される艦隊戦力は宇宙戦闘への対応は即座に可能になっている。
「うむ。この戦時下で彼を失うことは地球連邦にとって大きな損失だ。
そのような事態を避けるための増援と思って欲しい。
むろんオデッサ方面には代わりの戦力を用意するので心配は無用だ」
このように幕僚会議が動かなくても、ワイアットは当面の間はルナ2で指揮を執るつもりだった。しかし、これまでのワイアットの果敢すぎる行動が仇を成しており、敵味方問わず必ずに機会があれば動くであろうと思い込ませていたのだ。誤解と誤認によってワイアットの保身計画は実行前から破綻する事になる。
そして、ゴップ大将が集めた戦力は並みの戦力ではない。
艦艇はマゼラン級戦艦「サウスダコタ」、ペガサス級強襲揚陸艦「ペガサス」「ホワイトベース」「トロイホース」「グレイファントム」、サラミス級巡洋艦7隻からなる戦力である。全てがジャブローで建造されていた新造艦であり、これらの艦艇はジャブローから打ち上げて宇宙に展開する計画になっていた。少数の量産に留まっている高性能MSのRX-78ガンダムは少数だったが、最新鋭の支援用MSとしてRGM-79SCジムスナイパーカスタムが12機搭載されている。RGM-79SCもワイアットの考案によって作られた機体だった。
史実と異なりRGM-79は量産機としてはかなりの性能を有するMSだったが、それでも強制冷却用のヒートタンク増設型のランドセル、そして核融合炉とバーニアを大出力のものに改めて脚部に補助推進装置を搭載し、センサー強化を行っている。R-4型ビームライフルの使用も相まってかなりの高性能機になっていた。現在はRGM-79SCのデータを元にRGM-79SPジム・スナイパーIIの開発が進められていた。また、RGM-79SCの運用支援としてジオン公国軍のYS-11を参考にしつつも、サブフライトシステム(SFS)として量産性と航続距離を得るために戦闘能力をオミットした新機材のベースジャバーを20機保有する。
このように、ワイアットへの増援が送られようとする中、
ジオン公国側でも新たな動きが始まっていたのだ。
その中心となっていたのが、ハルトマン少佐である。
彼が率いる公国軍第六パトロール艦隊は圧倒的優勢な第2任務艦隊との絶望的な戦いを経て戦力の大半を喪失した状態にもかかわらず、有力な戦力を有する第12任務艦隊からの追撃から無事に逃げ切っていた。劣勢というレベルを超えた状態で、第12任務艦隊から逃げ切れたのは運と実力によるものだ。
ワイアットに代わって回り込むようにして追撃していた第12任務艦隊が捕捉したのは、近隣宙域に航行していたチベ級重巡1隻(ヴァッペン)、軽巡3隻からなるジオン艦隊だった。第12任務艦隊はそれをワイアットから撃沈指示を受けた重巡と誤認していた事が運であり、ハルトマン少佐が事前に用意していた逃走ルートをミノフスキー粒子などを活用した適切な行動で乗り切ったのが実力であった。
無論、戦艦3隻、空母2隻、巡洋艦15隻という有力な戦力から、
攻撃を受けた重巡ヴァッペンを旗艦とするジオン艦隊は1隻残らず全滅している。
非情の決断も重巡ヴォルフの生存に寄与している。何より、ハルトマン少佐は半壊した戦力で全滅必須の戦いに参戦するよりも、全軍の為に情報を持ち帰ることを優先していたのだ。情に流されて行動してしまえば、自分達を逃がすために殿となった友軍の意思と犠牲を無駄にしてしまうのが、ハルトマン少佐には痛いほど理解していた。
これらの要因によってハルトマン少佐は圧倒的優勢な戦力からの追撃を避わして無事にグラナダに帰港していたが、その直後に総司令部からの命令によってサイド3の首都ズム・シティに呼ばれていたのだ。ハルトマン少佐は明確な指示が記されていない命令書を受理したときには、略式の軍法会議と覚悟していたのだが実際は違っていた。
ズム・シティの到着と同時に呼び出された総帥府の総帥執務室である。その部屋に居たのはジオン公国の総帥であり、公国軍総司令官でもあるギレン・ザビだ。隣には親衛隊長のデラーズ准将が控えている。デラーズの昇進は親衛隊の兵力拡張に合わせたものだ。
ギレンは超然とした態度で話していた。
「貴様が提出した報告書は読んだ。
連邦の例の角付きの黒いMSだが貴様はどう思う?」
「デブリ帯での加速から見てザクと比べて装甲が厚いのは確実でしょう。
しかも携帯型のビーム兵器を装備している点は火力の面に於いて、
ザクに勝っています。」
「だろうな。
新型機の開発を進めるように此方からも強く働きかけよう」
「ありがとうございます!」
「で、ここからが本題だ。
情報部の調べによると連邦軍に於ける、
MS開発プランを作り上げたのは誰だと思う?
先日、貴様と戦ったワイアットだ」
「まさか!?」
「驚くのはまだ早い。
調べると色々な情報が出てきたぞ。
MSの技術的な重要なアドバイスに留まらず艦艇設計にも関与しているらしい。
そして、あの衛星軌道上の戦いや、通商破壊戦も奴の戦略らしいな。
敵ながら見事というべきだだろう」
ハルトマン少佐は聞かされた内容から、ワイアットが成し得ていた成果の大きさに呆然とする。戦場ではジオン軍の弱点を的確に突くに留まらず、戦略方針と技術開発に於いてまで大きな功績を残していたのだ。控えめに見ても現在のジオン軍の苦戦はワイアットが元凶としか思えない。倒さなければジオンに未来がないと思えるほどだ。ギレンもこれまでに入手した情報から、ワイアットをレビルを上回る敵として認識していた。
「貴様も現状を理解したようでなによりだ。
奴を倒さねば我が軍の被害は大きくなるばかりだろうな。
そこでだ、
貴様にはこれからは、新設の部隊司令としてワイアットと戦ってもらう。
必要な物資と兵力は優先的に用意させる。
無論、権限もだ」
ギレンがハルトマン少佐にそのような部隊の司令官に抜擢し、大きな権限を与えるには理由がある。これまでの戦績から優秀な士官である事を確認しており、かつ政治的な意見を言わない軍人であった事。そして、状況に応じて友軍への救援よりも情報伝達を優先する、情報の重要性を理解して実行する能力をハルトマン少佐が実戦で証明していたからだ。なにより、劣勢な兵力下でもワイアットと対峙して、損害を受けながらも生還している事が大きいだろう。
「貴官にはこれまでの戦歴を考慮して近日中には中佐に昇進する。
部隊編成に尽力してもらいたい」
ギレンの言葉にデラーズ准将が続いた。
ギレンはハルトマン少佐と会う前に既にドズルの宇宙攻撃軍、キシリアの突撃機動軍に話を通していた。ドズルとキシリアもワイアットの危険性を理解しており、協力に関しては政治的に競合するキシリアですらも最優先で行うと確約するほどだ。ジオン公国軍は新型MSの開発促進、ワイアットへの対策を本格化していく事になる。そして、この日を境にワイアットはジオン軍から最大の敵という有り難くない称号を得る事になるのだった。
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【あとがき】
半年ほど間が空いた更新なので需要があるかが心配(汗)
ともあれ、
ワイアットがあの重巡ヴォルフの生還を知り、
それが自分への対策部隊になってたと知ったら驚くでしょうねw
【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の累積被害は?】
グワジン級戦艦
【撃沈】 「グワラン」「グワバン」
チベ級重巡洋艦
【撃沈】
「ラワルピンディ」「ピネラピ」「コルモラン」「フェルスト」「ヨルク」「ヴァッペン」
軽巡洋艦 【撃沈】44隻、
小型艦艇 【撃沈】23隻、
補助艦艇 【撃沈】124隻
【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦8、大型空母1、重巡37、機動巡洋艦7、軽巡83、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇210隻
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戦艦8、大型空母1、重巡36、機動巡洋艦7、軽巡80、戦闘用艦艇61隻、補助艦艇210隻
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(2014年11月19日)
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