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ワイアットの逆襲 第20話【誤算】


地球軌道会戦と呼ばれる事になる戦いは地球連邦軍主力艦隊の猛攻によって、ジオン公国軍が想定していた事態からかけ離れた展開を見せていた。損害の大きさにジオン軍上層部は混乱の最中、その報告をギレン・ザビ総帥は親衛隊長であるエギーユ・デラーズ大佐から受けている。

デラーズ大佐はスキンヘッドが特徴的な高潔な人柄であった。しかしギレン総帥の説く選民思想の色合いが強い優性人類生存説を信奉している危険人物でもある。むしろジオン公国よりもギレン総帥に心酔していると言っても過言ではない。

ギレンはデラーズ大佐から知らされた内容の事の重大さに問いただす。

「輸送船団が大損害を受けただと……
 ……それは本当の事か?」

「はっ、残念ながら事実であります」

ギレンはレビル奪還の報告を受けた時よりも大きな衝撃を受けるも、
すぐに冷静さを取り戻して状況の確認に入る。

「で……現在の状況は?」

「ソロモンへの帰港は約4日後になるでしょう。
 また不幸中の幸いか、連邦艦隊の反撃は輸送船に集中しており
 戦闘艦艇は7割がた健在であります。
 損害に関する詳細は此方に…」

デラーズ大佐はそう言うとギレン総帥に対して報告書を提出した。
その内容は簡略化してあり一目で被害に関する内容がわかる様になっている。

報告書を読み終えたギレンは机の上に投げ、デラーズに向かって言う。

「戦闘艦の被害はともかく輸送船団の被害は酷いものだな。
 この規模ともなれば代艦が完成するまでの間は民間船の徴用も已む無しだろう」

国内経済を考えれば国内の民間船舶の徴用は出来る限り避けたい判断であったが、いくら戦力が残っていても戦争継続を行うためには輸送船が無くては出来ない。それに地球連邦がこの様な状況で和平に応じるとは思えなかった。第一に、ギレンが焚きつけたジオン公国の世論も許さないに違いない。

デラーズ大佐が言う。

「ギレン総帥、この私に民間船の徴用を行わずに問題を解決する
 代案があります」

「ほう? 言ってみよ」

ギレンはデラーズが言う代案は大体予想していたがあえて発言を許可した。

「輸送船が足りなければある場所から貰い受ければ良いのです」

「サイド6か?
 …確かに地球軌道会戦の後だ、流石の連邦も直ぐには動けないだろう。
 しかし、サイド6は早々と中立を宣言したこの世の春を謳歌したがっている連中だ。
 経済活動に不可欠な輸送船をそうそう手放さないと思うが?」

デラーズはギレン総帥に対して仰る通りですと言ってから、
それを解決する計画案を述べる。

まず、サイド6に潜入工作部隊を潜入させ輸送船のスケジュールを把握し、その入手した情報を元に航海中の輸送船をジオン軍外人部隊にて鹵獲する事であった。捕らえた輸送船の乗員はサイド3に対する亡命や義勇兵という形で督戦隊の監視下の元で公国軍へと編入するのだ。かつてジオン軍外人部隊の末端には催涙ガスとして称して致死性の神経ガスを使わせたように、今回も汚い仕事を押し付けるつもりである。このような非合法任務に従事する部隊は少ないほど良い。その方が戦後に処理しやすいからである。

これは南極条約を軽視しているジオン公国らしい考え方であろう。

南極条約とはNBC兵器の使用及び大質量兵器の使用禁止、サイド6等の中立宣言区の承認に加えて捕虜の取り扱いなどを主な項目としていた条約である。史実に於いてもジオン公国軍は南極条約締結後も生態環境破壊兵器アスタロスの使用未遂に留まらず、連邦軍の迎撃によって失敗に終わったジオン公国軍マ・クベ大佐による核ミサイルの使用などがあった。その中で極め付けがキリング中佐によって行われたサイド6のリボー・コロニーに対する核攻撃を目的としたヘルシング艦隊の派遣であろう。もちろんサイド6に対する攻撃は通常兵器による攻撃であろうとも条約に違反する。

これらの出来ごとに比べればジオン公国にとって
不利になる証拠を残さねば中立国の輸送船を徴用する事など問題ではない。

このようにジオン軍上層部の行動原理は
現在のみならず未来に於いても自己中心的であった。

その根拠は、戦時中に於いては南極条約を守らなかった事にも関わらず、宇宙暦0083年には地球連邦軍にて作られた核攻撃を前提としたガンダム試作2号機をジオン残党軍が強奪した際には、連邦軍が開発した核攻撃用MSを大々的に非難していた点で根拠としては十分であろう。

宇宙市民の独立を掲げながらも同じ境遇にある各コロニーの住民を大虐殺した事は言うに及ばず、ジオン公国の行動は矛盾だらけであった。

自分たちジオン公国軍が何を行ってきたか、どのような災厄を地球圏にもたらしたか考えれば、これほど醜い行いは無いに違いない。一般社会において身近な交通事故で例えるならば、情状酌量の余地の無い殺意丸出しのひき逃げを起こした犯人が自首せずに潜伏先で電波ジャックを行い、過失によって起こった交通事故を罵る発言を行うようなものである。

まず第一に何故、地球連邦軍に於いてガンダム試作2号機が作られたのか?

それは南極条約締結後にジオン公国軍による行動が起因していた。大半が失敗に終わっているとはいえ、ジオン公国軍が核兵器使用を試みた経験からきている。その中には中立コロニーを標的にしたものもあった。

しかも恐ろしい事にジオン公国軍が試みた核攻撃の中には最高司令部ではなく現場の独断で行ったケースすらあるのだ。現場の独断で核攻撃を行う艦隊を派遣するなど正気の沙汰ではない。このように危うい態勢で動くジオン公国軍の多くは敗戦後も連邦軍による武装解除には一切応じず、ジオン残党軍として地球連邦との対立姿勢を崩さなかったのだ。

地球圏の安全を守る地球連邦軍が有事の際の核報復用兵器としてガンダム試作2号機を用意するのは敵対陣営の思考原理からすれば当然といえるだろう。むしろこのような狂犬のような相手に対して備えないほうが異常と言えた。

デラーズは言葉を続ける。

「先日の連邦艦隊の追撃が中途半端に終わったのは
 彼らもまたあの戦いで決して小さくは無い損害を受けたと見て良いと…
 ゆえに今が絶好の機会と愚考いたします」

「良かろう、貴様の策を採用するとしよう。
 それと…ジオン公国の理想を阻む、グリーン・ワイアットなる人物の詳細なる情報を入手しろ」

「分かりました」

ともあれ、ジオン公国は戦艦2隻、重巡4隻、軽巡21隻、補助艦艇81隻を撃沈された穴埋めを行うべく動き始める。

ジオン公国軍は誕生してから短い歴史にもかかわらず、その蛮行の厚みは地球史上の如何なる勢力も及びのつかない規模と言えよう。その堂々と積み重ねられてきた悪逆非道な行いは止まることを知らず、また新たな蛮行が付け加えられる事になるのだった。














第7艦隊がルナUに帰港し、その事後処理をカニンガム准将に一任したワイアットは幕僚会議に出席するために高速艇にてジャブローへと戻っていた。幕僚会議の流れはジオン公国軍に打撃を与えたものの、此方からは打って出るには戦力不足という判断が大半を占めており、当面は地球軌道、ルナU、サイド7を重点防御目標と定めることになる。

またワイアットが02月02日にレビル大将に提出した史実のV作戦を改良した企画書が議題にて取り上げられ、ワイアットの知識が艦艇のみならずMSに対しても深いことが判明した事から、レビル大将の指名もあってワイアット中将が艦隊司令を勤めつつ、MS開発計画の中心人物の一人として動く事になった。

これに伴って第7艦隊の主任務が訓練を行いつつ、当面はサイド7防衛となったのだ。

会議を終えたワイアットは、基地内にて日用品や飲食物を扱う酒保(PX)にて遅くなった昼食としてサンドイッチと紙パックに入った紅茶を購入し、世論を確認する目的で新聞を購入すると、そのまま自らの執務室へと向かった。

紅茶とサンドイッチにて昼食を済まし、
それから新聞をデスクの上で広げてその文章に目を通していく。

新聞を見るにつれ上機嫌になっていくワイアット。
だが突如して表情が一変する。

上機嫌から一変して絶望の表情を浮かべ、デスクの上で頭を抱えていた。

第三者から見れば全く問題のない内容だったが、
特殊な理論で動くワイアットにとって大きな問題だったのだ。

その新聞の内容は以下のようになる。

最初の項目は、念入りな準備の下で行われたジオン公国軍による地上降下作戦をレビル大将率いる地球連邦地上軍は圧倒的劣勢下にも関わらず敵の侵攻を最小限に食い止め、それと連動するようにティアンム中将とダグラス中将が率いる連邦宇宙艦隊主力がジオン軍の増援部隊を撃退した事実を大きく褒め称えていた。

ここまでは良い。
出撃前にゴップ大将を通じて地球連邦軍広報部に働きかけた内容、
つまりワイアットの計画通りである。

ワイアットは自らの英雄としての存在を薄めるべく、その建前としてより多くの英雄を作り出して地球連邦の士気を上げるべきだとゴップ大将に説明していた。ゴップ大将はワイアットの名声に囚われない広い心に感銘を受けてワイアットの計画に全面的な協力を確約し、連邦軍広報部に働きかけている。このようにワイアットはゴップ大将を介して連邦軍広報部を自らの望む方向へと誘導していたのだ。

新聞を読んでいたワイアットは三人の英雄の誕生にようやく報われたと安堵し、
優しげに笑みを浮かべて心の底から祝福と賛辞を送るほどだった。

ワイアットの気分は天にも昇らんばかりだったと言える。
しかし、その先の内容が大いに問題だったのだ。

敵艦隊に突入し勝利に貢献した最大の功労者にして計画の立案者としてワイアットの名前が大々的に載っており、事もあろうに従軍記者に対してレビル大将、ティアンム中将、ダグラス中将の3人が口をそろえてワイアットを英雄として褒め称えるインタビューを行っていた事が彼の危機感をこれほどに無いまでに高めていた。立案者にして寡兵を持って大軍を足止めする英雄的な行いは、どのような言い訳を行っても評価が下がることはない。しかも同じく戦場で勇戦した 各将軍のお墨付きともなればより大きくなるだろう。

意図した状況から、かけ離れつつある現状にワイアットは考える。

何故だ…
何故、私の高度な戦略がこうも裏目に出る……
これではジオン側から見れば私が諸悪の根源にしか見えない。

私は出撃前にゴップ大将に対して作戦が失敗した時の責任は私に、
成功時にはその栄光は他の者にと念を押したはず!?

全て……全てが裏目に出ている…
究極の最悪…

このままでは私は狂信者どもの標的となり
戦後を待たずして戦時中に英雄から英霊になってしまう。

不運な事にワイアットが感じた危惧は妄想の類ではなかった。

戦史に詳しいワイアットは知っている。かつてジオン軍がたった1機の新型ガンダムを破壊するために南極条約を無視した核攻撃を行うべく艦隊を派遣したルビコン計画の内容を……どう考えても、大きな災厄をジオンに対して振りまいているワイアット自身が、そのような計画の標的にならない保障がなかった。むしろ否定する要素が無いのが末恐ろしい。

ワイアットの体に悪寒が走る。

やがてジオン軍にて行われるあろうルビコン計画の内容が「ガンダムNT-1を核兵器でサイド6もろとも破壊せよ」から「ワイアットを核兵器を用いても殺害せよ」に代わる、最悪とも言える未来をワイアットは想像してしまう。

その恐るべき内容にワイアットは顔面を蒼白にして悲痛そうな表情を浮かべていた。
その瞳は絶望の色が濃い。

しばらくして気が落ち着いたワイアットは最悪の事態を打破するために考え始めた。

(こ、こうなれば、忌まわしい英雄としての地位をどうにかするのは後だ。
 まずは万が一に備えてそのような脅威から身を守る準備が必要だな…)

ワイアットの脳裏に最適な存在が浮かび上がる。

(……そうだ! ニュータイプ 彼らだ!
 うむ、彼らならば予想外の危機に察しても適切に対応できるだろう)

ニュータイプとは一般に認識能力の拡大により人並み外れた直感力と洞察力を身につけ、並外れた動物的直感と空間認識能力から敵を視認することなく気配で探知し、また敵の攻撃を先読みするなど戦闘において史実に於ける一年戦争で圧倒的な力を発揮した存在である。

(ジオン軍による最終兵器であるソーラー・レイの発動に逸早く
 察知したアムロ・レイが私の護衛として適任だな)

アムロ・レイ。彼は連邦軍に於ける撃墜スコア2位でありニュータイプとして名高く、ジオン公国軍との戦いで地球連邦軍が勝利する一翼を担った英雄として軍の歴史教科書に乗っていた程の人物である。史実における知名度は当然、ワイアットよりも高い。

(だが…ニュータイプとは言え、一人では不安だ。
 戦いは数だ、より多くのニュータイプが必要になるだろうな…)

圧倒的な戦闘力を有するとはいえニュータイプの数は両陣営を合わせても少ない。ワイアットはすぐさま連邦軍からソロモンの亡霊と恐れられたララァ・スンの存在を思い出す。

そしてそれを手にする名案も。

この時期のララァはインドのガンジス川畔にある高級士官のための売春宿に生きるために売られてきたばかりで、ジオンの手が及んでいない現状からして幾らでも手の打ちようがあるのだ。先ほどとうってかわってワイアットの瞳には希望の光が灯る。

ともあれ、ワイアットは新たに考えた保身計画を進めるべく準備に取り掛かった。

まず行ったのはMS開発計画の権限を使い、地球軌道会戦にて大量に鹵獲したMS-06系列の機体の多くをサイド7へと送り込む事である。その目的は史実のようにRRf-06ザニーに改修して実戦には投入せず、練習機として使うのだ。

しかし、いきなりアムロやララァを徴兵するには不自然であろう。
ここでワイアットの紳士的な冴えが光る。

ワイアットはいきなり目標の確保ではなく、パイロットとしてのスカウトを自然と行えるように 実績を作る事から取り掛かるのだ。その方法とは史実に於いて活躍する航空機パイロットを事前に引き抜き、MSパイロットに転換することによって、自らが自然とパイロット特性を見抜く力を持っているように評価を得ることが目的だった。

こうしてワイアットが後に"偶然"に出会う人材に備えた計画が水面下にて進められていく。
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【あとがき】
8ヶ月ぶりの更新です(汗)

20話で終わり予告をしましたが、やっぱりもう少し続けることにしました。
また反響が良ければ近日中に更新すると思います。
少なかったら例のごとく後回しw


【Q & A :現段階におけるジオン公国軍の戦闘艦艇の被害は?】

グワジン級戦艦
【撃沈】「グワラン」「グワバン」
【大破】「グワメル」


チベ級重巡洋艦
【撃沈】「ラワルピンディ」「ピネラピ」「フェルスト」
【中破】「ヴォルフ」
【小破】「コルモラン」


ムサイ級軽巡洋艦
【撃沈】21隻、【大破】6隻【中破】7隻、【小破】2隻

補助艦艇
【撃沈】81隻、【大破】2隻、【中破】4隻、【小破】11隻


【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦6、大型空母1、重巡36、機動巡洋艦4、軽巡洋艦50、戦闘用艦艇84隻、補助艦艇223隻

会戦前と比べて合計でジオン艦隊は108隻の減少。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年08月08日)
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