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ワイアットの逆襲 第19話【地球軌道会戦:5】


旗艦グワランにいるドズル中将は作戦参謀に尋ねていた。
その表情は暗い。

「…戻ってきたのは何機だ?」

「第一波と第二波を合わせて58機になります…」

「っ! な、なんという消耗率だ……」

ジオン艦隊は第一次攻撃隊が連邦艦隊に到着する頃に、連邦艦隊を畳み掛けるべく、矢次に第二次攻撃隊を放っていたのだった。しかし、この行いが裏目に出た。ジオン公国軍の攻撃隊が連邦艦隊の防空圏に入る前には、ミノフスキー粒子の影響で攻撃隊とジオン艦隊との連絡は途絶えており、詳細が分からなかった故の大損害である。

対する連邦艦隊の被害は1次と2次の攻撃を合わせて、戦艦3隻小破、重巡洋艦1隻中破、巡洋艦6隻沈没、巡洋艦2隻中破、艦載機91機の損害と、ジオン艦隊と比べてば軽微と言える損害であった。この程度ならば、地球連邦の国力を持ってすれば5週間とかからずに回復できると言えるであろう。

ドズルは聞かされた損害の大きさに驚愕するも、誤った戦力分析を行った作戦参謀を叱咤するような事はしない。ドズル自身も納得した上の了承であり、人情家の彼は作戦参謀のみに責任を押し付けるような事はしなかった。

それに作戦行動中に作戦参謀を委縮させても良い事などは無いだろう。

しかし、ジオン艦隊が保有する航空戦力の大半が無力化されたと言っても良かった。

確かにジオン輸送船団に連なる輸送船の格納庫や各種降下艇には大量のMSとパイロットが収納されていたが、簡単に出撃が出来るわけが無い。例え、宇宙空間に出撃が出来るような状態であったとしても、そもそも降下艇には効率的な出撃行程と遠距離侵攻を可能にするカタパルトが搭載されてはいないのだ。

「損害は判った! で、その敗因は何だ?」

「帰還したパイロットからの情報とレコーダーの解析によりますと、
 閃光弾と密度を増した対空兵装が原因と思われます」

「おのれっ、閃光弾で目を眩ませるなどは…卑怯な!!」

参謀の一人が怒りの声を上げる。
自らがミノフスキー粒子を散布して、ルウム戦役にて連邦軍の目と耳を奪って大戦果を上げた事を忘れたような言い草である。しかし、そこには純粋な感情しかなく、道理を求めるほうが無茶というものであった。すべての人類が思うままに感情をコントロール出来るならば、戦争や犯罪は多発しないであろう。そして、コントロールできないからこそ、現在のような戦争が勃発している。

作戦参謀の言葉にドズルは忌々しい現実を表すかのように厳しい口調で言い放つ。

「改装艦か…しかし、早すぎる。
 ルウム戦役の損害を回復に努めつつ、既存艦の改修すら可能とはっ!」

これは史実と違って地球連邦が受けたダメージは小さい事と、ゴップ大将の事前の動きに加えて、地球での戦果がオデッサ地方に限定されていたことが大きい。すなわち、地球連邦の強大な生産能力が阻害されずに動くことを意味している。大雑把な計算でもジオン公国が必死になって1隻の戦艦を作り出す間に、地球連邦は余裕で10隻の戦艦を竣工させてしまう程の国力差があった。

地球連邦政府が持つ、出鱈目な生産能力とそれを支える経済能力の一端を垣間見たドズルは決断を下す。

「命令! 全戦闘艦は本隊に合流し、軌道上に展開している降下部隊は直ちに地球へと降下を開始せよ。また、降下出来ない状態ならば機材を放棄して、420秒以内に近辺艦艇へと退避。衛星軌道上の各艦は連邦艦隊が到達する前に、本宙域から離脱する準備を行え、本宙域からの脱出予定時刻は18:58以上だ!」

ドズルの下した命令は、断腸の思いで出した命令である。

420秒で損傷した降下艇から全乗員が退避出来るわけもないが、現状のまま回収作業を続行しても全滅するだけであろう。それに輸送船団は艦隊下方の降下部隊の付近に位置しており合流にも時間がかかりそうだった。

それでも、将官としてドズルは部隊の生存を優先しなければならなかったのだ。

頼みの綱であった航空戦力は、即座に使えず片腕を縛られているような状態であり、手の打ちようも無い。地球連邦軍の大艦隊を前にして打てる手段は極めて限られている。それに、これ以上の戦力喪失は戦争戦略に悪影響が出てしまう。そして、ドズルは量産が難しい大型艦艇を守るために、他の損害はある程度は我慢する事にした。

「何をしている、急げ!」

ドズルに叱咤され、参謀が我に帰る。

「わ、わかりました!」

ドズルの命令によって、周辺の参謀が慌ただしく動く。
反対の声は無い。誰もが徹底抗戦が不可能な事を悟っていたのだ。

慌ただしくジオン艦隊。そのような状態の中で連邦艦隊が迫っていた。
紳士は相手を待たせないのだ…

「方位1-5-5にて哨戒部隊が連邦艦隊と遭遇!
 本艦隊まで115秒!!」

「なんだと!?
 望遠観測は何をしていた!!」

ドズルは思わず叫ぶ。
連邦艦隊の距離は予想以上の近距離であり、降下艇の退避どころか、艦隊の退避すら危ぶまれそうだった。戦術の基本は相手よりも多くの兵力を用意し、相手の意表をつく事と言えよう。

ドズルの叱咤に、観測兵が答える。

「し、しかし、観測には何ら変化はありませんでした!」

ジオン艦隊が連邦艦隊と思いこんでいた光源は残った航空母艦兵力とその護衛部隊に加えて、コロンブス輸送艦からなる後方支援部隊が、ジオン艦隊からみて丁度よい光源になるように行った欺瞞行為である。そのためにわざわざ戦艦の光源に見えるようにライトを改修したコロンブス級輸送艦すらあったのだ。

紳士は手間を惜しまない。

常にジオンを驚かせて退屈させないように、ワイアットは色々な趣向を凝らしていたのだ。そして、ジオンは知らない。今回の催しは、この後に続く大きなイベントの予兆に過ぎなかった。

「連邦艦隊、加速状態のまま突っ込んできます!」

「なんだとっ!」

長大な航続距離を有する連邦艦だけに、このように大抵の場所で加速を行えるのだ。
報告を続ける観測兵の言葉が震えを増していく。

「れ、連邦艦隊…まさかっ! 推定針路、我が方の輸送船団!!」

観測兵が悲鳴のような声を上げた。
輸送船団の付近に展開する艦隊戦力では、悪魔的な戦力を有する連邦艦隊に対して時間稼ぎにすらならないのは明白だ。

ワイアットが考案したジオン軍を徹底的に消耗させる事を目的とした大規模な攻勢防御作戦は第二段階へと移行しようとしていた。ジオン軍にとっての不幸は、連邦艦隊の攻撃目標が防備を固めた戦闘艦艇群ではなく、軽装甲しか持たぬ輸送船団であった事であろう。

確かにワイアットの最終目的にはジオン艦隊戦力の殲滅があったが、現段階においてはその優先度は高くは無い。現在において優先するべきは輸送戦力に対する打撃であり、熟練パイロットの殲滅である。ジオン艦隊は最終的に撃滅すれば良かった。

そして、ジオン軍にとっての最大の不幸はワイアットが奏でるレクイエムは長大であり、まだ始まりに過ぎない事を理解していない事であった。この葬送曲はかつてないほど、激しいものになるであろう。

正道の上に積み重なった相手の意表を突く奇抜な作戦によって、
ジオン軍は再び戦術的な奇襲を受ける事になる。

そして、心の広いワイアットは、衛星軌道上のジオン艦隊のみに歓迎プランを用意したわけではなかった。差別は紳士として恥じるべき行為と言えよう。紳士に相応しく、ワイアットの各方面に働きかけて、地球連邦宇宙軍の総力を挙げて壮大といえる計画を進めつつあったのだ。









「艦隊加速開始、第五戦速、進入角度255度、第二戦闘序列」

旗艦タイタンの提督席に座るティアンム中将が赤い夜間照明という戦闘照明によって照らし出されたCDC(戦闘指揮センター)にて命令を下していく。

「アイ・サー
 第五戦速、新針路2-5-6、第二戦闘序列」

航海参謀が復唱しつつ、命令を艦隊に伝達して行った。第二戦闘序列の宣言を受けた連邦艦隊の陣形が変わっていく。それと同時に、砲術参謀は攻撃に備えて情報端末を操作していた。一週間戦争の戦場経験を得ている戦艦タイタンの乗員の動きは特に素早い。

「よし、作戦フェイズを第二段階へと移行! 各方面に伝達せよ」

ティアンムの言葉に通信参謀が応じる。

「ジャブローより入電、"タイムスケジュールに変更なし!"
 紳士的に行動せよ、です」

「ウム、了解したと返信せよ!」

通信参謀のやり取りを終えると、
戦意旺盛なティアンムは堂々と言い放つ。


「命令! 戦闘Bグループはターゲット04、残りは08を攻撃せよ。
 復唱は不要だ、各員努力奮闘を期待する」

戦闘Bグループとは、マゼラン級戦艦「シャルンホルスト」「サウスカロライナ」「アークロイヤル」からなる巡洋艦18隻を有する有力な戦闘グループで、ヴォルフガング・ワッケイン少将が指揮している。元々は、彼が指揮するルナU駐留艦隊の一部であったが、ジオン艦隊に対抗するべく本作戦に参加していた。

戦闘Bグループの旗艦を務める戦艦シャルンホルストにて戦闘準備が進んでいく。

「重巡2、軽巡12を捕捉、18秒後に精密観測を完了します!」

「ミサイル、パラメータ修正、データインホット!
 システムオールグリーン、発射準備良し」

索敵士官と砲術士官の声がCDC(戦闘指揮センター)の中に響く。
長い歴史の元に培われてきた教育機関によって育てられた職業軍人による熟練兵が多い連邦軍に相応しく、彼らの動きに無駄が無い。指揮官が勇猛ならば、なお更であろう。

このような中、戦闘Bグループの指揮を取っている
ワッケイン少将が不敵に言う。

「宜しい、戦法は正攻法、正面から行くぞ!
 進入角度255度、第四戦速。
 初弾発射10秒後に針路1-2-2、以後の艦隊航行は航海参謀に一任する!」

「アイ・サー」

ワッケインは航海参謀の返事に満足し、砲術参謀に対しても命令を下す。
その目は鋭く、獲物を狙う鷹のようである。

衛星軌道上に展開するジオン艦隊の本隊には、まだ数多くのMSが残されていたが即応態勢にあったMSは100機にも満たず、しかも距離が離れすぎていた。それに、例えMS隊が連邦艦隊に到達できたとしても、100機程度では強大な対空能力を盾に突撃を掛けてくる連邦艦隊を止める事はなどは出来るわけがない。

ワイアットが仕掛けたジオン艦隊輸送船団に対する罠は閉じようとしていた。
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【あとがき】
主人公陣営に、まったくMSが出てこないw
活躍するのは航空機と戦艦w

「機動戦艦マゼラン」というタイトルがしっくりくる(笑)

【Q & A :ワッケイン少将が勇猛?】
ミサイルを撃ちつくすまで沈んではならん、と言って戦死した人が臆病とは思えません。
個人的にワッケイン少将が好きなのもあるけどねww

【Q & A :戦闘Bグループの巡洋艦の名前は?】
「メリル」「リンデ・マコーミック」「ケーニヒスベルク」「エムデン」「マダガスカル」「タツタ」「イズモ」「カスガ」「トレントン」「ウェインライト」「ノーサンプトン」「オーランド」「ダイアデム」「ナイオビ」「ユーローパ」「アンフィトライティ」「アーゴノート」「アリアドニ」になります。


意見、ご感想を心より、お待ちしております。

(2009年12月08日)
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