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ワイアットの逆襲 第17話【地球軌道会戦:3】


「グワメル被弾…通信応答無し! グワバン被弾…推力低下!
 ラワルピンディ撃沈!!」

「この短時間でかぁ!?」

衛星軌道上のジオン艦隊を率いるドズル中将は 先ほどの損害に続いて、1発も撃つことなく戦艦が大破1、中破1という損害を受け、重巡のラワルピンディが撃沈するという想定外の事態と、あまりの損害の大きさに驚き吼える。

唐突に始まり、5分前に唐突に終わった攻撃。
ドズルはMS隊を出撃させ、更なる攻撃に備えつつも、友軍の救出を始めていた。

「くそぉ、降下部隊の状況は!」

「通信は音楽によって占有されており…
 情報が錯綜していまして、正確な状態は判りません…」

ワイアット中将がジオン艦隊に対する妨害として行っている 世界三大レクイエムに数えられる「怒りの日」は、未だに続いていた。通信システムが使えず、ジオン艦隊は極めて非効率な運用しか出来ない状態に陥っている。

悪化する状況にドズル中将は苛立ちを隠せない。
睨みつけるように損害を確認する。

「憶測でよい!」

「さ、先ほどの攻撃で1割位は撃破されたでしょう…」

「一割もか…」

ジオン軍は第3機動師団、第4機動師団、第8MS旅団が戦わずして1割が撃破され、それ以上が損害を受けたことになる。装甲の薄い輸送艦や降下艇に搭載されていた事が被害を大きくしていた。そして、降下艇は僅かでも損傷を受ければ、大気圏突入の際の摩擦に耐えられない。

それよりも、問題だったのが降下部隊の大半が停止衛星軌道から降下ゾーンへと移動を完了しており、一部の部隊は後戻りできない状態になっていた。

「お、音楽が変わりました!」

「怒りの日」からワーグナー楽劇第3幕への前奏曲「ワルキューレの騎行」に変わる。 心優しいワイアットは、何かのリアクションを起こす際にジオン艦隊が気がつくように配慮を心がけているのだ。ドイツ帝国かぶれが多いジオンが泣いて喜ぶような音楽を選ぶ配慮も忘れない。

ワイアットの気配り、心配りが判るといえよう。

また、同じ音楽の繰り返しでは、慣れてしまい効果が半減するのを避ける意味もあった。
そして、音楽という大きなリアクションによってジオン艦隊は知らず知らずにワイアットが仕掛けた心理戦に嵌っていく事になるのだ。例えるならば条件反射の第一歩である。

「くっ、次は"ワルキューレの騎行"だとぉ!? くそぉ何か起こるぞ…
 全艦観測を密にせよ!!」

グワランの昼戦艦橋にいた全員に緊張感が走る。
数秒後に外縁部に展開していた1隻のムサイが爆沈した。

「クソッ、ランダム回避!!」

ドズル中将が忌々しげに叫ぶ。

第7艦隊が手間をかけてコロンブス級輸送艦8隻によって運ばれてきた、
集束爆弾や小弾からなる贈り物である。紳士らしく年代物も惜しみなく投入していた。もっとも、ワインではなく爆弾であったが…

回避行動を行いつつ、ランダム射撃による確率迎撃しか対応策が無い。
すべての攻撃がジオン軍の想定外だった。

ジオン艦隊から盛大にビーム砲が放たれていく。
狙い打つ射撃ではなく、確率射撃なので命中率は低い。
泥縄であったが、何もしないよりはマシであろう。

確実な命中を狙った投弾のため、攻撃密度は浅くムサイ級1隻、 パゾク級輸送艦1、パプア級補給艦4の損害で留まる。しかし、この攻撃によってジオン艦隊の隊列は乱れに乱れ、再編成に苦労しそうな状態になっていた。

「警告、上空8-1-3、何か来ます!」

警告によりドズル中将が真上を向いた瞬間、エンジン部分に損傷を受けた戦艦グワバンに何かが降り注ぐ。
自爆したコロンブス級輸送艦8隻のうちの1隻の残骸であった。運が悪かったといえよう。多少は減速していたが秒速15km級で突き進む、数百トンの質量を受けて無事に済むわけが無い。戦艦グワバンは引き裂かれ、無残に爆沈した。

「っ!!」

ドズル中将は余りにも酷過ぎる惨状に声すら出せない。
第7艦隊は輸送艦で戦艦を撃沈したのだ。

戦艦グワバンの爆沈による混乱の中で更なる攻撃を予防するために、
光学観測による長距離索敵を行っていた兵士が声を上げる。

「最大望遠にて…れ、連邦艦隊を捕捉しました!」

その声は悲観な感じがした。
まるで自分の運命を悟ったような感じである。

「さ、さっきの奴らか!?」

なんとか気を取り戻したドズル中将が振り絞ったように声を出した。

「違います…
 ルナU方面の双曲線軌道から降下しつつ、本軌道に向かって来ています!」

連邦艦隊は地球の重力から脱出する際に使用する双曲線軌道を駆け下りるようにしてジオン艦隊に迫っていた。 補給艦が後方に控えており、燃料補給によって帰航分の推進剤を考慮しなくてよい分、艦隊速度も早い。

「突っ込む形か! 数は!」

「無数…いえ、多数、計測出来ません!!」

「何だと!!」

ジオン艦隊が捕捉したのは、第4、第6艦隊を中核としたアンティータム級空母6、トラファルガー級空母3、マゼラン級戦艦18隻、コーラル級重巡洋艦3、サラミス級巡洋艦89隻、コロンブス級補給艦57隻からなる、地球連邦宇宙軍の主力艦隊であった。

さらには、ルナU方面に退避していた、各小艦隊も地球防衛の念に燃え、戦場へ強行しつつあったのだ… 対するジオン艦隊は陣形は乱れ、頼みの綱のMS隊は救出活動によって推進剤を少なからず消費しており、万全な状態とはいえない。

モニターに映し出された連邦艦隊を見て、ドズル中将は自らが連邦軍の罠に嵌ったことを悟る。
映し出された連邦艦隊は、即応で用意が出来るような規模の数ではない。

しかし、ドズル中将は大きな勘違いをしていた。
罠に嵌ったのではなく、罠に嵌っている最中なのだ。終わりではなく、まだ途中に過ぎない。

ワイアットが仕掛けたジオン艦隊歓迎プランは本筋に入ろうとしていた。














「軌道変更、プラス2度。
 索敵圏離脱まで後20秒」

「ウム、順調そのものだな」

戦艦ネレイドのCDC(戦闘指揮センター)の座席にて優雅に足を組みながら座っているワイアット中将は、 航海参謀と砲術参謀の報告を聞くと、ジオン艦隊の状況と正反対のような感じで鷹揚に返答した。

渋くニヒルに少し笑ってすらいる。
チョイ悪のオジサマにも見えるかもしれない。
もし、ドズル中将が今のワイアット中将の姿を見たら怒りの余りに憤死するであろう。

「カウント始めます。
 10…9…8…7…6…5…4…3…」

カウントを聞きながらワイアット中将は思う。

(MSだけで戦いが有利になる訳がない。
 戦争は多重に組み合わされた要素で成立つのだ…
 緒戦の勝利に惑わされ、盛りおるジオンにはそれが判らんらしい)

第7艦隊が地球の重力圏を容易に離脱できるほどの、超猛速にてジオン艦隊から10kmほど離れた地点を通過していく。

「通過しました!
 地球からのデータ支援領域から離れます」

航海参謀が叫ぶと、ワイアット中将が直ちに命令を下す。

「よし、減速開始!」

命令を受けた航海参謀が直ちに動く。旗艦とレーザー通信にてデータリンクを行っている第7艦隊の各艦艇が一斉にブースターに残った推進剤を使用して減速を開始する。減速を行いながら、第7艦隊はこのまま慣性航行にてルナUに帰航するのだ。

「ブースター推進剤残量15%を切りました。
 180秒後に推進力喪失。 喪失後、10秒後に切り離しシークエンスを開始します」

「任せる。
 それと通信参謀、回線を本艦隊に繋いでくれ」

ブースターを装着したままでは重量がかさみ、各艦艇が装備している熱核ロケット推進の推力では減速しきれない。 勿体無いが、ブースターは推進剤が無くなれば大気圏に向かって投棄される予定であった。

「アイ・サー。
 回線、接続完了!」

通信参謀は嬉しそうに職務を遂行する。
彼は第7艦隊にてお馴染みになった戦闘後にワイアット中将によって行われる演説のファンになっていたのだ。

そして、厳かに演説が始まる。

「諸君…英雄諸君!
 僅か19隻にも満たない少数とも言える戦闘艦にて150隻を超える
 ジオン艦隊に恐れることなく戦いを挑んだ諸君らは、間違いなく英雄である!
 後の歴史でも語り継がれる事であろう」

ワイアット中将は戦艦ネレイド、ナガト、コロラドを中心に巡洋艦16隻、輸送艦8にて襲撃を行っていたが、あえて戦闘艦を強調することによって、こちら側の無人輸送艦8隻をカウントせずに、ジオン側の輸送艦数をカウントしたのは、乗員達の士気を鼓舞するためである。

他者を褒め称えるという、ワイアット特有の奇妙な打算に満ち溢れた演説は続く。

「諸君! 我々の役目は終わった。
 直接的には大きな戦果は得られなかったのは諸君らも承知しているであろう…

 しかし、月軌道会戦と違って、我々の任務は敵を撃滅することではなく、
 敵艦隊を足止めすることにある…

 そして、忘れてはならない!
 マクファティ・ティアンム中将率いる第4艦隊、ダグラス・ベーダー中将率いる第6艦隊…
 これらの艦隊は我々が先ほど行った作戦とは違い、正面からジオンの大艦隊に挑むのだ…
 地球軌道会戦はかつて無いほどの激戦になるであろう。

 ここで、私は第7艦隊の諸君らに感謝しなければならない。

 諸君らの勇気と献身によって、地球圏を守る激戦に身を投じようとする彼らの援護を、
 行うことが出来たからだ……

 一人の人間として、このグリーン・ワイアットは諸君らを誇りに思う!
 ルナUに着くまで半舷休息とする。以上だ、ゆっくり英気を養ってくれたまえ」

演説は終わった。
第7艦隊の将兵は歴史に残る戦いに参加できた事を喜びつつ生還を祝う。
半舷休息となった各艦の食堂は、ビールが振舞われお祭り騒ぎのようになっていた。

戦艦ネレイドのCDC(戦闘指揮センター)の座席にて優雅に座るワイアット中将は、紅茶を飲みながら考えていた。

(砲撃戦に邪魔なグワジン級戦艦に損害を与え、ジオン艦隊の陣形を乱した…
 更に、あの贈り物がある…これで第4、第6艦隊も優位に戦えるだろう。
 ふっふっふっ…これで、二人の英雄の誕生は確定だな)

ワイアット中将は自分の艦隊乗員を褒めつつ、 紳士的にティアンム中将とベーダー中将を英雄にするべく、先ほどの演説を行ったのだ。

ワイアットが狡猾だったのは、自らは指揮系統と隊形の混乱という、軍事的に極めて重要だが地味で派手さが無い作戦を行ったことであろう。これによって、ワイアットは必然的に敵を撃滅するティアンム中将とベーダー中将が目立つと考えていた。しかも、わざわざフルネームで言う念の入れようである。

ジオン艦隊はワイアット中将の紳士的な野望に完全に利用されたと言えよう。

しかし、紳士の鏡であるワイアット中将は、ただ利用するだけではない。
ワイアット中将は感謝の気持を忘れてはおらず、ジオン艦隊には心を込めた更なる贈り物が届けられようとしていた…
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【あとがき】
紳士は優雅に知的に物事を進めますw
でも、連邦地上軍がレビル将軍の下でこれから実施する作戦もかなり紳士的なので、
ジオンは泣いて感激するでしょう…


【Q & A :現段階の衛星軌道上に展開したジオンの戦闘艦艇の被害は?】
グワジン級戦艦
撃沈、グワバン
大破、グワメル

チベ級重巡洋艦
撃沈、ラワルピンディ
中破、ピネラピ
小破、ヴォルフ

ムサイ級軽巡洋艦
4隻撃沈、10隻大破、8隻中破


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(2009年09月23日)
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