ワイアットの逆襲 第16話【地球軌道会戦:2】
第ジオン艦隊に対する初弾命中より、時は少し遡る。
ワイアット中将が率いる第7艦隊では砲戦に向けてのプロセスが進められていた。
「主砲射程圏まで後50秒……」
「ECM(電子戦)、EP(電子防護) 開始!」
砲術参謀の報告に、電子参謀が行動を開始した。
ミノフスキー粒子下であっても赤外線探知や光学探知は有効であり、それらを妨害するためだ。
信号弾の配合率を操作して作り上げた特殊閃光弾を多数内包しているミサイルがジオン艦隊へと放たれた。EOTS(電子光学ターゲット探知システム)と言われる、中距離ならば電探に匹敵する光学探知を無効化することが目的ではない。
これは、ジオン軍の軍事ドクトリンの弱点を突くための攻撃なのだ。
連邦軍が使用する優れた電子兵装ならば、必要量以上の光や電磁波をキャンセルする事は出来たであろう。しかし、電子戦を考慮していないジオンでは、その影響は計り知れない。
ミノフスキー粒子下の戦術に心酔しているジオン軍には満足のいくECCM(対電子妨害手段)技術が無いのはワイアットは過去の経験から知っていた。
この技術は相手の電子作戦技術を知らなければ構築できない。図書館で調べれば分かるような、地球の自然現象すらも調べようとしなかったジオン軍が、最高機密に属して、より入手が難しい電子作戦に関する情報を集めるわけが無かった。
例え相手の索敵機能を大きく奪ったとしても、
自らの目と耳を潰されては戦争にはならない。ジオンはその事を失念しており、民兵軍と正規軍との差が出てきたといえよう。
「主砲射程圏まで後25秒……」
「レーザー通信に備えよ!」
「アイ・サー……
アカウント確認、レーザー通信受信中」
地球各地の深宇宙探査用の光学望遠観測によって集められたジオン艦隊の情報が第7艦隊に送信されていた。ワイアット中将は地球各地のミノフスキー粒子の影響下に無い場所にある、スーパーコンピューターに弾道計算を任せ、レーザー通信によるデータリンクという方法を取り入れたのだ。
これによって、第7艦隊はミノフスキー粒子下にも関わらず、電探射撃に近い命中率を弾き出すことが出来るようになっていた。地球連邦が支配下に置く、地球一帯という大きなバックボーンの恐ろしさを、これからジオン公国は嫌と言う程に知ることになるであろう。
当然の事だが、艦艇搭載用の電子演算装置と比べて、施設設置型の方が大型装置も多量に設置できるので、計算容量も速度も圧倒的に速い。更にワイアットは衛星軌道上を飛び交うスペースデブリを監視している、北米防空司令部の対軌道システムすらも臨時に動員していた徹底振りである。総力戦に出し惜しみは無い。
正に理想的とも言える支援体制に支えられた統制射撃であろう。
最初から第7艦隊が便利なデータリンクを使用しなかったのは、高い奇襲性を維持するためだった。しかし、初弾が命中した今、奇襲性を気にする段階ではない。
「ジオン艦隊の諸君…
君たちが楽しめるように色々と準備してきたのだ…
遠慮はいらん。思う存分に楽しんでくれたまえ」
ワイアット中将が今にも紅茶を飲みそうな雰囲気に言う。
その表情はとても安らかだ。周りの幕僚たちは頷き、紳士が立案した素晴らしいジョークを実現するために無駄なく動いていく。兵は指揮官を見習う良い例えであろう。
そして、それだけでない。
地球連邦軍は人類の盾であり剣である…
ワイアットが月軌道会戦の後で行った演説の中で地球連邦を良く見せるために方便として使用した言葉であったが、地球連邦宇宙軍では第7艦隊の活躍によって、その高貴なる意識が広まりつつあったのだ。
「よし、有効射程内に到達次第、統制砲撃戦を開始せよ」
「アイサー、緒言入力良し、FCS(射撃管制装置)リンク完了!」
ワイアット中将の命令に砲術参謀が嬉しそうに対応をする。もはや第7艦隊の中で艦隊戦を恐れる者はいない。不利な状況であっても生き延びてきた実績と、美しい地球圏を守る自負によって一流の兵士になっていた。実戦は如何なる訓練にも勝るのだ。
「敵索敵圏内到達まで後15秒」
レーダー探査はは無理であっても、レーザー測定や赤外線探知は可能であり、そのことを理解している第7艦隊は全身全霊で探知に勤めていた。
「ベクター(方位)3-1-3、第一陣の着弾と思われる閃光を確認。
タイムスケジュール通りです」
「うむ」
ワイアット中将は襲撃時間を出来る限り短くするためにミサイルの速度調整を行っている。初弾と最終弾の着弾時間差は10秒もない。つまり連邦軍にとっては、180秒の攻撃時間であっても、受ける方のジオン艦隊にとっては、1分未満の時間に過ぎないのだ。
攻撃密度と攻撃時間の集中とも言える。
「ベクター(方位)2-1-3、第二陣着弾の閃光を確認。
プラス1秒、誤差修正範囲内」
「第一射、有効射程まで後10秒…9…8…7…6…5…4…3…2…1…
インレンジ!」
「撃ちたまえ」
ワイアット中将が優雅に命令を下す。
第7艦隊の戦艦ネレイド、ナガト、コロラドの砲身内部で加速と収束を繰り返して高エネルギーを蓄えた、正面方向を向く5基の連装メガ粒子主砲からジオン艦隊に向けて一斉にビームが放たれて行く。それは、闇を切り裂く聖なる雷光のようにも見えた。
ジオン艦隊は最初の被害から20秒経過していた。
続々と入ってくる被害状況の大きさに、旗艦グワランの艦橋にいる幕僚たちの顔色が青くなっていた。損害回復を考えると頭を抱えたくなるであろう。
そして彼らは、戦争に勝っているはずなのに損害が増えていく現実に恐怖を感じ始めていた。
「何による攻撃か分かったのか!?」
ジオン艦隊を率いるドズル中将が怒鳴るように吠える。
責任問題は覚悟していたが、これ以上の損害を甘んじるつもりはない。闘将に相応しい姿勢であろう。
「通常の8倍以上の速度のミサイル攻撃であります!」
「なんだと!
たかがミサイル攻撃でこれほどの損害が出たのか…」
艦橋のオペレーターが叫ぶ。
これがジオン艦隊のレクイエム(葬送曲)の始まりだった。
「上空にミサイルらしき飛行物体を確認!
あ"っ!!」
第7艦隊が放ったミサイルの中に収納された多数の特殊閃光弾が炸裂して、一瞬であったが強烈な閃光がジオン艦隊を照らす。この光の周波数は540テラヘルツで、人間の視覚の感度が最も良い周波数だった。つまり、超巨大で強力な閃光手榴弾と同じようなものが、ジオン艦隊の目前で炸裂した事になる。
そして、有視界戦闘を考慮して作られたジオン艦艇では、艦の主要幕僚が揃って閃光を浴びる事との同意語であった。艦橋に居たすべての幕僚が外を見ていたわけではないが、見ていた幕僚は少なからず存在する。
「目がぁあああああぁぁぁ……」
「ちくしょぉ…見えない…何が起こったんだ…」
連邦軍の襲撃に備えて、熱心に肉眼にて警戒していた観測兵は一時的とはいえ視力を喪失した。MSや航宙機に搭乗して、モニター越しで周囲を警戒していた者達は、まだ運がよい。モニターのオーバーロードによって必要以上の光源が再現されなかったからだ。
それでも強烈な閃光を浴びたことには変わりがない。
大気の層が無いだけに、威力はより高く感じられるだろう。
紳士のパフォーマンスは奥が深く、ジオンを驚かせたのは閃光だけではなかった。飽きさせないジョークを繰り出すことが紳士の証である。その証なのか、ジュゼッペ・ヴェルディが作曲した世界三大レクイエムに数えられる「怒りの日」がジオン軍部隊の通信機から流れてきたのだ。
ワイアット中将は、ただの通信妨害では品位に欠けると考えており、地球連邦軍が得意とする電子戦を用いて、戦場で荒れた心を癒してもらうために、このような持て成しを用意したのである。
通信網を乗っ取ったり、ジオン軍に成済ますような高度なものでは無く、情報収集艦や傍受施設による傍受した通信によって大雑把に絞り込んだジオン軍が使用すると思われる全周波数帯に向けての超広範囲の発信だった。
第7艦隊の仕業ならば数に勝るジオン艦隊は対抗できたであろう。
しかし、これにはワイアット中将は第7艦隊ではなく、地球連邦軍が有する各基地の機能を使っていた。レーザー通信、電波通信、赤外線通信、これらの余り余る通信バンドル帯を駆使して、ジオン通信回線を埋め尽くしていったのだ。
通信に割り込むことは簡単だが、大音量のレクイエムが流れてくるので、意思の伝達は極めて困難であろう。力技であったが、シンプルなだけに破りにくい。
「第102哨戒中隊より、グワラン。
通信応答されたし…」
MS-06Cに乗り、周辺宙域を警戒していたパイロットがコックビットの中で悪態を付く。
「くそっ、どのチャンネルを使ってもオペラばっかり流れてきやがる。
しかも、目も先ほどの閃光でクラクラする…畜生ぉ」
第102哨戒中隊を率いる彼は、哨戒行動に従事していたが、運よく機銃掃射の被害を免れていた。視力がある程度回復すると、被弾艦の救助に赴いて良いか上級司令部に連絡を取ったが、割り込んでくる大音量の歌のおかげでまともな受け答えは出来なかった。
戦艦に接近すれば受信状況は多少はマシになると判断した彼は、接触通信で部隊に命令を下して、最寄りの戦艦グワメルに接近する。至近距離まで到達した時に状況が一変した。
強力なビームが放電しながら飛来したのだ。
その数30。
撃沈よりも撃破を主眼に置いた、ワイアット中将の立てた砲戦計画は辛辣だった。必ず被弾するように対戦艦戦ならば2基4門のメガ粒子砲で50m四方の頂点を狙うように射線を形成している。つまり、3隻のマゼラン級で15基30門のメガ粒子砲によって250m四方をカバーしていた。
超高速時による座標選定は地上施設のスーパーコンピューターの代行計算と各観測所からの支援があったからこそ出来る芸当であったが、それだけに効果は絶大である。
わずか初弾で戦艦グワメルに2発のメガ粒子砲が命中したのだ。
「ビームだとっ!?」
中隊長が驚く。
目の前だけでなく、自らのMS-06C周囲に艦砲が降り注ぐ。その2秒後に、巡洋艦からの砲撃も加わり、大幅に数を増したビームがジオン艦隊に降り注いで行くと、戦艦グワメルに接近していたMS-06Cの多くが中隊長機ともども、ビーム砲に巻き込まれて散って行った。
ワイアットが攻撃開始前に予見した通り、ジオン艦隊の少なくない将兵は眼から涙を流していた。ただ、
残念な事に感動の涙ではなく、強烈な閃光によって生じた涙であったが、大きな器量を持つワイアットは、自らの考えを強要する気持もない。
涙は涙と納得している。
しかし、ジオン側の反応がどうであれ、英国紳士の鏡である、ワイアットの持て成しの心は、ジオン艦隊を確実に包み込んで行った。
ライトアップによる歓迎。
音楽による癒し。
英国紳士の歓迎は始まったばかりである。
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【あとがき】
ワイアット中将の御もてなしは、まだ半ばw
【Q & A :対光源フィルターは無いの?】
0083時、ジオン艦隊が発光信号を使用した際に、その光がジオンMS部隊のコックピット内を照らしていたことから、対光源フィルターが無い、もしくは甘いと判断しました。
【Q & A :ミノフスキー粒子とECMはかぶるのでは?】
ミノフスキー粒子の特徴は探知阻害と電子装置に対する弱い妨害です。つまり、通信傍受や通信阻害などの電子戦は健在だと判断しました。
意見、ご感想を心より、お待ちしております。
(2009年09月01日)
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