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ワイアットの逆襲 第14話【紳士の贈り物】


第7艦隊の戦艦ネレイド、ナガト、コロラドを中心に巡洋艦16隻、輸送艦8隻が超猛速で地球軌道に達しようとしていた。どれ程の速度かといえば、1分間に1002kmもの距離を進むのだ。0079年の技術水準では艦艇どころかMSや航宙機ですら追いつけない。

そして、第7艦隊から放たれる兵装はこれより早く進む事を意味していた。

通常の艦艇どころかMSや航宙機ですら追いつけない 速さはそれ自体が強力な武器であり強靭な防御でも有る事を、ジオン軍はこれから嫌と言うほどに学ぶことになるだろう。

「艦隊速度…現在、16.7km/s……第7艦隊は第三宇宙速度に到達しました!」

この速度は1時間も掛からずに40,075kmに達する地球赤道の全周を1週してしまう程の速度であった。航海参謀の発言にワイアット中将が諧謔を交えて反応する。

「うむ…ついに到達したか。
 諸君、もしかしたら、艦隊航行の最高速度としてギネスに乗るかも知れんぞ?」

航海参謀の報告に、ワイアットが洒落で応じると、戦艦ネレイドのCDC(戦闘指揮センター)に軽い笑いが広がった。既に全員がノーマルスーツを着用している。

「タイムスケジュール、2520秒を経過、高度地球軌道1000km、状況レベル2。
 作戦の最終中止勧告はなされますか?」

作戦参謀が最終確認を行う。

「いや、全ては予定通りだ。
 このまま、予定通りに作戦を決行する。第4、第6艦隊に通達せよ!」

これで第7艦隊が生き残るにはジオン艦隊を突っ切った後に減速するしか方法は残されなくなるが 、ワイアットは力強く言い放った。その言葉を確認した通信参謀が準備していた通信内容を第4、第6艦隊と万が一に届かなかった時を考慮してルナUとジャブロー方向にも圧縮したレーザー通信を放つ。

「アイ・サー、艦隊高度450kmまで下げます! 到達予想時間、450秒」

「第4、第6艦隊からの返信を確認、ワレ行動を開始スル、以上です!」

「よしっ! 減圧開始! 各員、戦闘態勢即時待機!」

ワイアットは被弾に備えて減圧を命じると居住区以外の艦内が真空状態になっていく。被弾によって外壁に穴が生じた時に被害が拡大しない措置である。酸素と共に乗員が外に吸い出されては堪らない。

「コース調整行え!」

「現在、極軌道に向けて高度下降中…50秒後に軌道傾斜角が270度になります」

「よし…」

ジオン艦隊は降下部隊を護衛すべく地球軌道の高度350km〜500kmにて布陣していた。それ以下の高度になると、地球の重力に引かれてしまい、必要以上の推進剤を消費してしまうのだ。

しかし、ワイアットが率いる第7艦隊は違っていた。

満載排水量62,900tにも達するマゼラン級戦艦を地球上から衛星軌道まで打ち上げてしまうブースターを全艦に装着していたのだ。コロンブス級ですら改装によって装着をしていた。これらによって、地球上と比べて30兆分の1程度の抵抗しか無い宇宙空間を突き進むのだ。

加速に3割程度使用し、残りは軌道修正と強襲後の減速に使用し、足りない分は各艦艇の核熱ロケットにて補うのだ。衛星軌道上に展開するジオン護衛艦隊と比べて、第7艦隊は絶対的に推進剤事情に優れているといえるであろう。

「悠久の宇宙(そら)に浮かぶ地球か…」

ワイアットはモニターを通じて見る地球に魅入っている。宇宙艦隊を率いてみる地球は格別に美しいとワイアットは心底と想いつつも、紅茶を飲みながら見られないのが残念であった。

「果てしなく長く続く事…ですか、哲学的ですね」

ワイアット中将と呟きのロドニー准将が知的な眼差しを浮かべて応じる。

「うむ、紳士は常に哲学的で礼儀を忘れない事が大事である…」

英国紳士であるワイアットは手ぶらで来た訳ではない。なんら連絡も入れずにジオン艦隊にお邪魔するに当たって、一生忘れられないような大きなお土産を多数持参していたのだ。教養を兼ね備えた紳士の鏡ともいえる。

「航路プラス2修正、加速停止」

「ジオン艦隊索敵圏到達まで後250秒、減速準備!」

航海参謀と作戦参謀から状況経過を告げられると、ワイアットがすぐさまに指示を出す。

「うむ、コロンブスに信号送れ!、全艦ミサイル戦準備っ!」

「アイ・サー、信号送信します、ミサイル戦準備開始」

ワイアットの指示に従い、 戦艦ネレイドのCDC(戦闘指揮センター)にいる幕僚スタッフが端末を叩いていく。電子信号を受け取った艦内制御システムはブザーを鳴らして、CDC(戦闘指揮センター)だけでなく艦内照明のパターンを戦闘照明へと同時に切り替えた。

「コロンブスより受信信号を確認しました!
 ミサイル全弾頭インホット、ミサイル準備完了」

第7艦隊が放とうとしているミサイルは、電波誘導ではなく、ジャイロで方角を計り、加速度計で加速度を求めて、現在地を計算する慣性航法による誘導方式である。発射直前までデータリンクを継続することによって、実戦に耐えうる慣性航法誘導によるミサイル攻撃を実施しようとしていた。

「うむ…ジオンの諸君…ささやかな品であるが、思う存分に受け取ってくれたまえ」

ワイアットが晴れ渡ったような笑みを浮かべて呟く。

戦艦ネレイドからの信号を受け取った、艦隊後方に位置する漆黒に塗られた無人航行のコロンブス級輸送艦8隻が航路を変えて減速しつつ、お互いの距離が100mになるまで接近する。真正面から見れば八角形のそれぞれの頂点にコロンブスが点在するように見えるであろう。

布陣を終えると物資搬出用のハッチが一斉に開いていく。そして開いたハッチから漆黒に塗られた"何か"を均等間隔で次々と射出されていった。

「ジオン艦隊索敵圏到達まで後220秒 時間ですっ!」

作戦参謀がワイアット中将に向かって叫んだ。
厳しい訓練の結果、若干の余裕があるとはいえ、のんびりできる程ではない。ワイアット中将は作戦参謀に頷くと厳かに号令を下す。

「さて…ジオン歓迎会の始まりだ。 全艦隊、180秒の時点でミサイル攻撃を開始せよ!
 砲戦距離に入るまでミサイル発射を継続しつつ、陣形パターンF-2に変更せよ」

「アイ・サー、15秒後ミサイル攻撃を開始、その後陣形パターンF-2に変更します!」

ミサイル戦に備えて幕僚スタッフが動く。

「良いな! 砲戦有効射程に入り次第、全兵装統制射撃!
 ジオン艦隊に鉄の雨をくれてやれ!」

「お任せ下さい!」

砲術参謀は端末を操作して、この日の為に準備しておいた計算プログラムを開放する。そのプログラムは従来とは違った砲戦パターンであり、ワイアット中将のアイディアを生かした砲戦あった。

戦車戦におけるパック・フロント戦術を艦隊戦に応用したものだ。

敵艦隊に対して砲撃区画を設定し、その区画内の目標に対して戦隊単位で互いの死角を補い合い、集中砲火を浴びせて確実に損害を与えていく。 通常の統制射撃と違う点は、例えばムサイ1隻に対してはサラミス2隻で統制射撃を行い、敵の回避パターンを予測した航路に対しても確率射撃を含めた弾幕すらも展開していくのだ。

そして、忘れてはならない。

各艦艇が装備する90mm連装機銃の弾丸ですら、第7艦隊の有する秒速16.7kmに達する膨大な速度によって上乗せされた運動エネルギーによって、並のミサイルを凌駕する破壊力になるのだ。第7艦隊は猛速度というアドバンテージのお陰で、カタログスペック以上の火力を有している事になる。

各砲塔に対して割り振られている攻撃エリアに対して遠慮なく放たれていく機銃弾だけでもジオン艦隊を絶望の淵に叩き込むであろう。なぜなら、この速度で放たれた機銃弾は直撃すれば、たった1発でジオン公国軍の軽巡洋艦のムサイ級を大破に追い込めるのだから。

高機動戦の唯一の問題点が、ジオン側が第7艦隊を早期に発見した場合である。

しかしワイアットは欠点すらも克服していた。相対速度によってジオン艦隊側からの攻撃の運動エネルギーは増すことになるのだが、ジオン艦隊が散布したミノフスキー粒子のお陰と、強襲する側の第7艦隊の速度からしてありえない。そして、衛星軌道上に地球の自転にあわせてロシア上空に留まっている艦隊と、その艦隊に向かって超高速移動している艦隊のどちらを狙いやすいかと言えば前者であろう。

絶対的な戦略的優位を構築してからの攻撃を行うワイアット中将。
その戦術は奇抜に見えたが、戦争の原則には一切反していなかった…運命の時間が訪れる。

「ジオン艦隊索敵圏到達まで後180秒っ!」

作戦参謀の言葉にワイアットは即時に反応した。

「発射っ!!」

ワイアットが力強く叫ぶと、第7艦隊に所属する戦艦3、巡洋艦16は一斉にミサイル攻撃を開始する。そこから放たれたミサイル群は推進剤を消費しながら、慣性運動によって得られた初期速度の16.7km/sを上回る速度で、美しい流星雲のようにジオン艦隊がいる宙域に飛翔して行く。

ワイアットのこの一撃がミノフスキー粒子戦術の優位性に疑問を投げかける事になるのだ。














黒海沿岸に展開する原潜部隊から放たれた144発に上る巡航ミサイルはSTS(Star Tracker system:スタートラッカーシステム)の誘導によって順調に目標に向って、山間部の稜線を遮蔽物として超低空飛行のNOE(Nap-Of-the-Earth)飛行を続けていた。

そして、巡航ミサイル群はジオン軍の制圧下にあるバイコヌール基地の上空に達すると一斉に炸裂して、弾頭に搭載されていた膨大な数の子弾が広大なバイコヌール基地に隔たり無く雨のように降り注ぐ。防空ユニットがまともに稼動していなかった為に、基地上空に至るまでにジオン軍は14発しか迎撃が出来なかった。

元々は連邦軍の基地であり、ジオンよりもよほど正確な位置を知っている連邦からすればプログラム誘導だけでも問題なく着弾させる事は可能だったが、万が一を考えてSTSで誘導したのだ。

この特殊弾頭は、20世紀後半に活躍した対装甲用成型炸薬子弾を247発収めたCBU-59の子孫とも言える収束爆弾であり、性能には大差は無かった。

つまり、1回の攻撃で32110発の子弾が降り注いだ事になる。

しかも子弾の一部が曲者だった。247発中160発が何ら変哲の無い通常の対装甲用成型炸薬子弾であったが、80発が時限信管付きのセンサー爆弾であり、残る7個が一定時間後に作動するガイドビーコンになっていた。

つまり、23040発の対装甲用成型炸薬子弾がバイコヌール基地に降り注ぎ、11520発の時限爆弾が混乱に陥っている基地にばら撒かれ、その中に隠れるようにして1008発の時限起動型ガイドビーコンが散布された事になる。

1008発のガイドビーコンを隠すための大量の不発弾か時限爆弾か判らない、瓦礫の中に埋もれた子弾を探さねばならないジオン兵の負担は並大抵のものではないであろう。最悪な事に、一部のガイドビーコンもビーコンシステムが占める面積分の爆薬は減らされているが、不用意に扱えば他の爆弾と同じように爆発するのだ。

ジオン軍は今回のミサイル攻撃にガイドビーコンが含まれている事は知らなかったが、気が付いた時に戦慄するであろう。ビーコンを目印にして誘導兵器が殺到するのだから…

また、ガイドビーコンの起動は8回に分けられており、一度に起動するのは126個である。

しかも、ビーコン波長は毎回違っており、ジオン軍が前回の波長を参考に欺瞞用に真似るのは困難であった。撤去しようにもビーコン外観は他の子弾と同じであり、10倍以上の数に上る不発弾や時限爆弾か判らない中から撤去しなければならない。ジオンは末永く緊張感溢れるビーコン探しを楽しまなければならない。

ジオン軍工兵からすれば、爆発していない子弾の全てが時限爆弾に見えてくるであろう。

あえて、今後の攻撃をSTS(Star Tracker system:スタートラッカーシステム)や慣性誘導ではなく、ビーコン誘導にしたのは、心理的な揺さぶりを掛ける意味が大きかった。また、本命攻撃として行うSTSや慣性誘導による攻撃を隠蔽する意味もあったが、ハラスメント攻撃の方が大きい。

例えるならば雷雨にも関わらず避雷針の下で寝るようなもので安眠など出来る訳が無い。

バイコヌール基地を壊すことは宇宙帰還や資源輸送の観点から死活問題であり簡単な爆破処理は無理だった。バイコヌール基地を破壊しては何の為に降下したのかが判らなくなる。故に一つ一つ丁寧に丁寧に処理しなければならない。

そして、ジオン側が連邦の真の目的がハラスメント攻撃だと気が付いたとしても逃げる事も無視する事も出来ない。レビル大将の気が済むまで付き合うしかないのだ。

また、レビル大将はビーコンの数が常に一定に保たれるように、今後の爆撃や巡航ミサイル攻撃でも必ずといってよいほど、ビーコンが入れられるようになる。

これこそハラスメント攻撃の真骨頂であろう。
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【あとがき】

ワイアットの逆襲の更新が遅くなって申し訳ないです(汗)
どうしてもイラストに連動しやすい小説の方が書きやすくてw

っと、脱線しましたww 本題です。


【Q & A :ガイドビーコンだってミノフスキー粒子の影響を受けるのでは?】
ガイドビーコンの誘導波がミノフスキー粒子の影響を殆ど受けない無いと判断したのは、0083にてガンダム三号機がリリー・マルレーンのガイドビーコンを逆探して遠距離砲撃を行ったシーンを根拠にしています。

【Q & A :コロンブス級の搭載量は?】
積載能力は不明だったので、此方で勝手に指定しました。

公式設定で判っているのは全長145.0m、全幅110.0m、全高55.0m、船体重量7,300tの4つの情報です。輸送船構造から計算して15万立方メートル以上の積載面積が無いと、貨物収容は出来ないが、大きな無駄な空間を多数抱えているという、使用目的すら謎な船になってしまうので…単純計算で載貨重量を出すことにしました。計算結果、171,000〜340,000tになります。

そこから、現実的な載貨重量として米軍の事前備蓄艦と同じ位の20万tにしました。
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