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ワイアットの逆襲 第11話【第一次降下作戦:中編】


ジャブローの快適なオフィスでワイアットは地球連邦軍地上軍の推移を見守っていた。

その推移に満足したワイアットは、今までに見たことのない清々しい笑みを浮かべてから執務室にある椅子から立ち上がった。そして、地球連邦軍の帽子をしっかりと被りなおして、ゴップ大将の呼び出しに応じるために優雅に執務室を出て行く。

ワイアットが向った先は統合幕僚会議を控えたゴップ大将の執務室であった。

「ワイアット君、よく来てくれた。
 例の艦隊強襲作戦だが…大丈夫なのかね?」

「ゴップ閣下のご心配は良くわかります。
 しかし、150隻を超えるジオン艦隊の全てが戦闘艦艇ではありません。

 深宇宙探査用の光学望遠観測によれば戦闘艦は戦艦4、重巡7、軽巡46に過ぎません。
 これらの事から私は、月軌道会戦よりも勝率は高いと判断します」

「なるほどな…
 だからこそ、より多くの艦隊戦力…
 第4、第6、第7艦隊とルナUの一部艦艇を投入して対抗するのだね?」

「はい、戦力の集中原則に従って
 戦艦21隻、重巡3隻、巡洋艦105隻、補給艦65隻を投入します。
 戦闘艦艇の比率は129対57であり、戦艦に関してはジオン艦隊の5倍に達します。
 砲戦やミサイル戦においては現段階で地球圏最強に間違いありません」

当初は第4、第7の2個艦隊で始める作戦であったが、事前準備によって順調に進んだルナUの物資備蓄状況と、ワイアットがゴップ大将を通じて変化させた政治環境によって、増強3個艦隊規模まで膨れ上がっていたのだ。

幕僚会議は渋ったが、英雄ワイアットの提言とレビル大将の「戦力の集中は勝利の必要条件である!」の一言によって押し切ったのだった。

「艦隊戦力は圧倒的に優勢か…」

「それに、あの戦い方ならば航空戦力を気にする必要はありません。
 ジオン公国の国力からして降下作戦に従事している護衛艦隊は、現段階において
 動ける艦艇の全てを投入した作戦です。
 つまり、大きな打撃を与えればジオンの戦争戦略は取り返しに付かない損失になるでしょう」

ジオンの奇襲攻撃によって半数以上の戦力を失った地球連邦宇宙艦隊であったが、それであっても空母10、戦艦・巡洋戦艦41隻、重巡洋艦4隻、巡洋艦239隻、その他戦闘用艦艇285隻、補助艦艇825隻という膨大な戦力が残っていた。

緒戦と違って生き残った多くの戦力がルナUからサイド7に掛けての連邦勢力下 において集結を終えており、これらの潤沢な戦力がワイアットの強襲作戦という選択肢を可能にしていたのだ。

「判った。統合幕僚会議には上手く伝えておく…」

作戦遂行は決まっていたが、各方面との調整は欠かせなかった。 弾薬製造、推進剤や整備部品の手配、戦争遂行に必要不可欠な兵站維持に関する業務を円滑に実行できるようにゴップ大将は動くのだ。

「ありがとうございます」

「ワイアット中将、気にしなくて良いぞ。
 必要な環境は此方で整えるので、
 君は損害に気にせず思うままに"艦隊を率いて"戦ってきたまえ」

ゴップ大将の言葉を聴いたワイアットは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

「はっ!?
 迎撃作戦に参加するのはティアンム中将とベイダー中将、
 そして第一波強襲の第7艦隊を率いるロドニー准将では?」

「ワイアット君、安心してくれたまえ。
 ワシには言わずとも判っておるのだ。
 君のような勇将が後方で指揮を取るだけなんて我慢できないだろうと…

 しかし、安心して欲しい!!

 各方面に君が心置きなく第7艦隊で指揮を取れるように働きかけておいたぞ!
 これでも、強襲の先鋒に据え置くのに苦労したんだぞ、ハッハッハッ」

「っ!!」

ワイアットは驚いた。

危険で英雄的な軍事作戦に従事しなければならない事実に心の中で絶叫を上げた。なんて事をしやがるんだ、この肥満体! と心の中で罵った。失敗する作戦だから恐ろしいのではない、ワイアットにとって一番恐ろしいのが"英雄"としての名声が更に高まってしまう事だった。

名声を高めない方法は失敗すれば良いが、戦場での失敗は命をもって償わなければ為らない。そして、彼は死ぬ気も無かった。しかし、危険な作戦の成功は危険度にあわせて名声の向上に繋がってしまう。

ワイアットは危険に見えるが成功率が極めて高く、戦略的にも重要な作戦をティアンム中将、ベーダー中将、ロドニー准将の3人で成功させて、彼らを大作戦を成功させた英雄に祭り上げたかったのだ。しかし、そこに自分自身が参加してしまっては意味が無い…同じ分の名声が増えてしまっては、ルウム戦役と月軌道戦役の名声分だけ突出してしまう。

むしろ、考案者である分、名声は余計に大きくなるであろう。

度の過ぎた"英雄"はワイアットにとっては、ジオンの狂信者に狙われる死に至る緩慢な道にしか見えないのだ。狙撃や小包爆弾の様なレベルではない、度を逸脱した狂信的なジオン残党兵から受けた悪夢のような核攻撃を思い出したワイアットの体が微かに震える。

過去の経験を否定する事は愚か者のする事であり、ワイアットは愚かではなかった。戦後に起こったデラーズ紛争の際に、多くの連邦将校が圧倒的な正面戦力に頼りがちであった中、謀略や諜報を重視していた知能派だったのだ。

ワイアットの知性は既に答えを出していた。

自らの名声を傷つける事無く、戦後の安全を確保しようとした、華麗なる保身戦略が完全に破綻した瞬間だという事を…

(わ…私の高度な戦略が…)

その僅かな震えはゴップからも見る事が出来たが、ルウム戦役から危険な作戦を率先して従事してきたワイアットの実績を知っている分、"武者震"と勘違いした。

ルウム戦役後から勘違いの連続であったが、ゴップの中でワイアットの株はこれ以上無いほどに急上昇を遂げていた。連邦の勝利の為に死を恐れない名将、民主主義の盾であり剣…

真に先入観というのは恐ろしい。

「そ、それは命令として既に発令されているのでしょうか?」

「当然だとも! 命令違反ではない、だから安心して艦隊を率いてきたまえ」

ゴップの勘違いと親切心から来た根回しは、ワイアットを過去最大の死地への招待状であり、名誉を重んじている限り逃げ道は存在しないのだ。そして、紳士は名誉を大事にする。

(…や、やるしかないのか…………さらば、快適で安全なジャブローのオフィスよ…
 こうなれば、戦後に蜂起など出来ないように…
 ジオン軍を徹底的に決定的に絶対的に叩くしか道は残されておらぬ…!!)

覚悟を決めたワイアットはゴップ大将に見事な敬礼を送って言う。

「判りました…これより艦隊指揮を執るためにルナUへと向かいます。
 戦果報告をご期待ください!」

「ワイアット君、今回も生きて戻って来るんだぞ!」

「勿論!」

ゴップ大将との会談を終えたワイアットは、直ちに僅かな手荷物だけを持って高速艇にてルナUへと向う。1分1秒でも惜しいのだ。ジオン護衛艦隊により多くの打撃を与える準備を行うために……。















見るがいい……地球連邦軍!!

降下を終えたジオン攻略部隊は意気軒昂だった。

衛星軌道上はジオン艦隊が押さえており、また連邦地上軍による反撃は全く無く安心しきっていた。ミノフスキー粒子の散布によって恐るべき電波誘導兵器による攻撃の危険性は無い。

第1機動師団はバイコヌール基地の制圧に向けて進撃を開始しており、空挺堡に残った兵站部門の部隊は降下を終えたHLVから物資を下ろしている。作戦スケジュール通りの順調な進み具合を見せており、第2機動師団、第5MS旅団、第6MS旅団、第11MS旅団はHLVからの揚陸を急いでいた。

無秩序な交通渋滞を避けるために、一斉揚陸は行えない。
統制をかけて、流れをコントロールしながら揚陸しなければ、結果的により多くの時間が掛かってしまうのだ。

次の侵攻計画を実施するためにジオン軍の兵站将校達が忙しく動き回っていた。


HLVの中で揚陸指示を待っていたMS小隊長はMS-06Fのハッチを開放したコックピットの中でほくそ笑んだ。 悪しき連邦軍の頭上に120mm砲弾の雨を降らせ、連中を恐怖に慄かせるかと思うと、優越感と快感を感じるのを覚えずにはいられない。しかも従来機のMS-06Cではなく新鋭機のMS-06Fが、彼らを強気にしていた。

「…楽な任務だぜ…ルウムと同じように蹴散らしてやるぜ」

「小隊長ぉ〜、俺達の獲物が残っていると良いですねぇ」

「まったくだ!」

小隊長だけでなく、小隊のパイロットも地球連邦軍を舐めきっていた。敵への軽視、楽観ムードによる無警戒。本国へと凱旋したときに英雄として敬われる自分を想像して酔っていた。

しかし…

その酔いを妨げるように、大地の振動と共にジオン空挺堡全体に叩きつけるような轟音が鳴り響く。

「っな!?」

HLVの中に居た彼らにも衝撃が届く。驚いた小隊長は何事かと知ろうと、中隊長ではなく上級司令部へと連絡を入ようとするが、それを最後まで行えなかった。

無誘導で、地表15m上空で爆発するような調定すら施されていない、着発信管型の500kg対地爆弾が、彼らが搭乗しているHLVの天井を突き破って来た。上空10000メートル以上の高空から投下された500kg対地爆弾は自由落下であっても、地表付近に達する頃には音速に迫る速度になる。

そして、HLVの天井を貫通して0.9秒後に爆発し、破砕効果のある強烈な衝撃波と調整破片を、周囲に撒き散らした。当然、英雄になるための出撃を待っていた4機のMS-06Fに襲い掛かる。

MS自体は小破、酷いものでも中破で済んだが、95m先の人間を衝撃波だけで殺傷する威力のある500k爆弾を密閉空間で食らった人間は無事では済まず、コックピットのハッチを開けっ放しにしていた彼らは、一人残らず死亡した。彼らは英雄ではなく英霊になった。また、原型を留めていた遺体はない。

連邦地上軍の空爆第一陣は、ジオンのミノフスキー粒子散布による長距離のレーダー索敵が出来ない状態を逆手にとって、雲に隠れるようにしてジオン空挺堡に接近し、高高度無誘導爆撃を行ったのだ。

ジオンが誇るミノフスキー粒子散布戦術は地球連邦軍の優れた無線誘導兵器を無効化したが、無誘導兵器までは無効化できなかった。無誘導兵器であっても、観測と正しい爆撃マップがあれば30%以上の命中率を出す事が出来る。

しかも、ただの無誘導爆撃ではない。

地形に溶け込み、陸軍特殊部隊に守られた空軍の統合末端攻撃統制官と前進観測員が 望遠観測による修正を行っていたのだ。

「ホークアイよりホテル2-4、周辺空域に脅威は存在しない。
 ホテル2-4はグリッド2-15-3への爆撃を続行せよ。
 FL320(高度32000フィート)を維持、状況5、以上(オーバー)」

中距離間ではレーザー通信、近距離間では旧世紀においてステルス機で多用されていた赤外線通信を用いて情報のやり取りを行うことによって、地球連邦空軍はミノフスキー粒子散布下においても組織的な運用を実現していた。

早期警戒管制機(AWACS)からデータを受信した編隊長機は統合ヘルメット表示照準システム(IHADSS)に表示された戦術グリッドに記された目標を確認する。

ワイアットの献策を受け入れていたレビル大将の命令によって、オデッサ地方の精密な2km戦術グリッドマップが作られていたのだ。そのお陰で爆撃目標の設定にも苦労しない。

「ホテル2-4、了解(ラジャー)」

早期警戒管制機(AWACS)から連絡を受け取ったフライマンタ戦闘爆撃機を率いるホテル2-4中隊の編隊長は隷下の飛行隊に命令を下す。

「編隊長機(リード)より各機、IP(爆撃座標)、グリッド2-15-3、編隊パターンはラインアブレスト(横一列)、復唱は不要、以上(オーバー)」

命令を受け取った各機は中隊長機を中心にして、二番機が中隊長機の右側に、三番機が中隊長機の左側に並ぶ。四番機が三番機の左側に、五番機が二番機の右側へと並んでいく。16機にも上るフライマンタは編隊を整えると、爆撃を行うべく指定の飛行コースへと侵入していく。

投下20秒前になると、投射弾量に優れたフライマンタの内部に設けられた爆弾庫(ウェポンベイ)が開かれる。

「編隊長機(リード)より各機。
 アプローチ(対地上目標攻撃準備)…………………………ナウっ!(攻撃機動を始め)」

編隊長機の合図によって胴体部の爆弾庫(ウェポンベイ)と主翼に付けられた懸吊架(パイロン)から次々と500kg対地爆弾が切り離されていく。無駄口は一切無い。彼らは祖国…地球連邦を守るために任務に集中していた。第一陣の空爆状況によって、これ以後の作戦に影響が出ることを知っているからだ。

「……5……4……3……2……1……弾着(インパクト)」

ジオン空挺堡の各所で轟音が連鎖し、弾薬集積所の構築作業に従事していたジオン兵を凶悪な衝撃波によって粉みじんにする。その周辺の地上に連なるあらゆるものが平等に轟音と爆炎に包まれていく。連邦軍に叩きつける筈だった120mm砲弾の弾薬の山が誘爆を繰り返して周辺に飛び散って更に被害を拡大させていた。

赤外線観測装置によって、目標の弾着と大雑把な戦果確認を確認した編隊長は各機に帰還命令を出す。

「スプラッシュ・ツー(空対地兵装が地上目標に命中)
 ……パッシブ探知無し…… 全機散開! 帰投せよ」

飛行時間2000時間を越えるベテランパイロット達が放った攻撃は、誘導シーカーの助け無しでもかなりの命中率と言える、4割が命中したのだ。

もちろん、爆撃に当たるのは彼らホテル2-4中隊だけではない。
空爆第一陣では45個中隊、720機に上るフライマンタ戦闘爆撃機が参加しており、全機が無誘導の500kg対地爆弾で爆装していた。

そして、1機あたり26発の500kg対地爆弾を装備できるので、単純な算術からして一度の爆撃で18720発の爆弾が投下される。

つまり、3割命中しただけでも5616発にも上る500kg対地爆弾が有効打撃となる。
軍用高性能爆薬にして2808トン…それは小型の戦術核に匹敵する破壊力なのだ。

ジオン降下部隊は自らが散布したミノフスキー粒子によって、自らの電波探知による索敵すらも阻害してしまい、決定的な事態を招いてしまったのだった……。揚陸が終わるまで最大濃度で散布しなければ、もう少しマシな対応が出来たであろう。

揚陸作業中に唐突に訪れた被害に呆然としていたジオン軍であったが、無誘導の為に致命的な損害には繋がらなかった。すぐに気を取り戻して復旧作業に取り掛かろうと動き出す。

しかし、ジオンの努力を嘲笑うかのように、連邦空軍の空爆第二陣が目前へと迫っていたのだ。
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【あとがき】

フライマンタ戦闘爆撃機の26発とはF-15E(ストライクイーグル)の搭載量ではなく、スペースを参考にしています。F-15Eは500kg爆弾と同じぐらいの大きさのクラスター爆弾CBU-59を26発搭載出来ます。また兵器の最大搭載量は11,113kg。

フライマンタ戦闘爆撃機の26発は無謀な量ではないでしょう。
むしろ、1世紀先の航空機なのでもっと多くても問題ないはず……ただ、増やしすぎると強すぎるのでこの位に抑えました。


【ジオン艦隊の残存戦力(ワイアットの獲物)】
戦艦8、重巡39、軽巡洋艦65、その他戦闘用艦艇84隻、補助艦艇304隻
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