ワイアットの逆襲 第10話【第一次降下作戦:前編】
0079年02月04日
ドズル・ザビ中将率いる公国軍艦隊は建設途中の宇宙要塞ソロモンから出撃していた。
出撃した艦隊はドズル中将が握る戦力4個艦隊のうち、ソロモン駐留の2個艦隊と本国からの1個艦隊をも投入する大作戦で、第一段階として旧ロシア地域にあるオデッサ攻略に向けて地球軌道上の連邦艦隊の撃滅を目的としている。
その兵力はグワジン級戦艦4隻「グワラン」「グワバン」「グワダン」「グワメル」、チベ級重巡洋艦7隻「チベ」「バロメル」「コルモラン」「ラワルピンディ」「ヴォルフ」「フェルスト」「ピネラピ」、ムサイ級軽巡洋艦46、パゾク級輸送艦42、パプア級補給艦68という合計167隻に上る大艦隊であった。
しかし、激戦を予想し気を引き締めていたドズル中将は肩透かしを食らうことになる。
「連邦艦隊が居ないだとぉ!?」
ドズル中将が思わず叫ぶと、
作戦参謀が最新のニュース映像から得た情報を思い出したように言う。
「連邦発表のニュースは本当だったのかもしれません…」
作戦参謀が言ったニュースとは、地球連邦軍宇宙軍は北米及び南米上空の防空を重視し、地球連邦軍地上軍は各地の戦災救助活動に専念するという内容のニュースを指しており、連邦政府発表のニュースにも関わらず、何処から見ても戦況はジオン有利に見える内容だけに、ジオン公国から見ても不気味な内容とも言えた。
「とりあえずロシア上空に行けば判る!」
ドズルは即答を避ける。
無視し得ない艦隊戦力を有する連邦艦隊がこのまま引き下がるとは思えないのだ。
推進剤を大事に使いながらドズル艦隊はルナUを避けるような形で進撃していった。地球軌道上に達しても、未完成の機雷源しか見当たらず、他に妨害らしい妨害は見当たらなかった。不安に思ったドズルであったが、本国からの督戦によって、作戦を継続する事になる。 何しろ全く損害を受けておらず、罠の兆候も見受けられず撤退する理由が何処にも無い。
そして、ジオン本国では1日でも早く希少資源が必要だったのだ。
軍隊は常に経済事情に束縛される。
軍事独裁政権の支配階層に属するドズルであったが、経済を無視するほど愚かでもなく、経済を無視すれば破綻しかない事を理解していた。
そう、彼には従うしか道は無かったのだ…
0079年02月19日
地球軌道に達したジオン艦隊は減速を行って、ロシア上空の衛星軌道にて静止を行うと、2月7日に2個小隊からなる特殊MS隊を降下させた。その二日後には1個偵察中隊を降下させ連邦軍の妨害を受ける事無く偵察活動を始めていく。
目的はバイコヌール宇宙港基地の偵察及び降下地点の選定。
偵察隊からの報告によって第一次降下作戦の推移が決まるのだ。
そして、コロニー落着による異常気象のおかげでジオン軍は連邦軍に発見される事もなくバイコヌール基地の偵察に成功。この報を受けたドズルは再び驚く。
「基地には少数の守備隊しかいないだと!!」
「そうであります」
「連邦地上軍は災害救助に出かけているのではないでしょうか?
現地の情報から考えると、それしか考えられません」
通信参謀から報告を受けたドズル中将は絶句した。
バイコヌール宇宙港基地といえば、中央アジア最大の連邦軍宇宙港であり、そこが少数の守備隊しか居ないのは不自然すぎたが、一つの報告がドズルを決断させた。
「ドズル中将っ! グワバンから入電!」
「なんだ?」
「ワレ光学観測装置ニテ北米方面カラ、ヨーロッパ方面ニ掛ケテノ、航空隊ノ移動ヲ観測セリ。
規模ハ不明、であります」
「なんだとっ!」
ドズルが報告を受けたと同時に、ジオン艦隊は地球からルナUに向けて通信を傍受する。
「連邦の通信傍受…なんだ…これは新式暗号?」
「解読は可能か?」
「恐ろしく硬度の硬い暗号のようで…未知の単語を検出しました。
本国でなければ解読不可能だと判断します」
ジオンが傍受した連邦の暗号通信はワイアットが軌道上のジオンが傍受できるように送信されたものであった。
その構成は日本でかつて使われていた薩隅方言で組まれた意味の無い単語をランダムに並べた文章であった。当然、宇宙育ちの多いジオン国籍の人間では理解することなど出来ない。地球…いや日本出身でも読める人は極少数だろう。しかも最悪なことに、意味はジオン暗号解読班に対する嫌がらせの為に作られた暗号を装った無価値なデータなのだ。真の意味で解読を終えた時、ジオン暗号解読班は絶望に打ちひしがれるであろう。
ワイアット中将は、第二次世界大戦中の日本国に所属していた、野村直邦中将が行った方言を使う暗号を参考にしたのだ。ユーモラスのセンスも紳士の必要条件である。
ふざけて見えるが、これもジオンに対するハラスメント攻撃の一種である。
そして、戦略攻撃の一種でもある。暗号解読に携わる人物は優秀な者が多い。かれらを無駄な事に拘束できるだけでも、連邦は大きな勝利であった。
ワイアットの嫌がらせとも知らずに、ドズル中将の前に居る作戦参謀は真面目な表情で持論を話し始めた。
「恐らく、増援に関する暗号通信と推測します。
我々の偵察行動を察知した連邦はバイコヌール宇宙港基地と旧ロシア地域の危険を
予測して派遣した援軍ではないでしょうか?
だとするならば辻褄があいますし、兵力不足の証拠でもありチャンスでもあります!」
作戦参謀は自分の推測を事実のように語った。
確かに、連邦の増援によってバイコヌール宇宙港基地の防御力が増せばジオンが欲する地下資源の入手が遠退くであろう。
しかし、彼は一つにおいて、そして決定的に間違っていた。グワダンが観測した兵力移動は北米から欧州に向けての最初の便ではなく、追加増援の最終便だったのだ…
レビル大将が直卒している地球連邦軍ヨーロッパ方面軍には戦車750両(実史600両)、戦闘車両1450両(実史1000両)、航空機2350機(実史500機)が各基地に分散され、衛星軌道上からの偵察を逃れるべく、それぞれの地下格納庫に大半が配備されていたのだ。
そのような事実を知らないドズル中将は作戦開始を決断した。
「……判った! 貴官の言うことはもっともだな。
全艦隊、ミノフスキー濃度散布25%、
スペースデブリを警戒しつつ、これより第一次降下作戦を開始する!!」
ドズル中将は地球侵攻作戦の合図「鷲は舞い降りた」の発信を通信参謀に命令した。
実史において0079年03月01日に第一機動師団が降下を果たすが、予想よりも大きな損害を受けたルウム会戦と、予想外の月軌道会戦の損害によって降下作戦は早まったのだ。それには、一刻も早く資源を手に入れて戦力を回復したい公国軍上層部の思惑もあった。
また、今のジオン軍に戦闘艦艇を多方面に展開させる程の余裕は無く、当初の戦争戦略通りに進めようとするならば、計画の前倒ししかなかった。
「鷲は舞い降りた」の発令を受けたドズル中将の弟である、降下部隊指揮官ガルマ・ザビ大佐は直ちに第一機動師団を主力とする降下部隊に降下を命じる。命令を受けて輸送艦の曳航を受けていたHLV(大量離昇機)やシャトルが次々と降下シーケンスに備えるべく離脱していった。
更にジオン軍が降下作戦に投入する戦力は実史と違っており、ジオン軍は予想外の妨害を除外すべく、当初予定していた北米降下の一部戦力すらも投入した念の入れようだった。それほどにジオンにとってオデッサ地方の資源が必要なのだ。
参加戦力は第1機動師団、第2機動師団、第5MS旅団、第6MS旅団、第11MS旅団、第17偵察大隊であり、MS-06Fを582機、戦闘車両を680両、兵員10200名もの兵力を数百にも上るHLV(大量離昇機)やシャトル等に分散搭載して、ゆっくりと降下ポイントへと向っていく。
地球連邦軍はその動きを地上各地に設置されている、学術研究用の深宇宙探査用の光学望遠観測によって、逃す事無く捉えていたのだった。探知方法は電波観測だけではないのだ…
中央アジアオデッサ方面に行われたジオン軍降下の一報を聞いたワイアットは辛辣な笑みをジャブローの執務室にて浮かべていた。
ワイアットは英国紳士として、遠いサイド3からの客人に対して粗相があってはならないと、念を入れて地球連邦地上軍(陸軍・海軍・空軍)の御もてなしの進捗具合を確認していたのだ。
「ブースターの準備も万端だな…」
執務机に備え付けられた端末を操作してワイアットは満足そうな表情を浮かべる。
「飢えた獲物が餌に釣られて、尻尾を振りながら狩場に現れたか…
ふっふっふっ、ジオンの諸君、遠慮はいらんぞ…
我々が地球流の食事の作法をたっぷりと教えて進ぜよう」
彼は、椅子から立ち上がると誰に聞かせるつもりでもなく腕を後ろに組んで言い放っていた。
ワイアットの言葉と時を同じくして、イギリスや西ヨーロッパに点在する地球連邦軍の各基地の地下格納庫に隠されていた6割を超える整備済みの作戦機が次々と滑走路へと進入していく。
その中の一つ、ドイツ地区にある連邦軍のシュトゥットガルト基地でも慌しく作戦開始の命令を受けて動き出していた。
「シュトゥットガルト基地管制塔より作戦該当機へ…離陸を許可する。
進入パターンはコード1-24にて送信。
繰り返す、進入パターンはコード1-24にて送信。以上(オーバー)」
数百にも上る作戦機がひしめく状態においては、速やかに作戦を行う上で電子上で管理された離陸スケジュールの存在が欠かせない。
「了解(ラジャー)ファング1、コード受信、3番滑走路に進入する。以上(オーバー)」
通信と共に、マスター・P・レイヤー中尉が操るFF-6制空戦闘機が滑走路の誘導灯に沿って進入アプローチを進めていく。
「…ベストを尽くす」
彼はそう呟くとスロットルを強めて推力を高めて、ディスプレイスラッシュホールドを通過していく。そして、エンジンからの推力によってFF-6は滑走路の上を一直線に加速して行き、やがて緩やかなカーブを描いて大空へと上昇して行った。
「こちら編隊長(リード)…離陸(エアボーン)」
レイヤー機が離陸を果たすと隷下の機体も続々と続いていく。
離陸していくのは制空戦闘機だけではない。
いくつもの航空隊が同じように、JDAM(統合直接攻撃弾)を初めとした各種の対地攻撃兵装を満載したフライマンタ戦闘爆撃機やAF-01対地攻撃機マングースもジオンを歓迎するべく満を持して離陸して行く。
シュトゥットガルト基地から飛びだった航空隊は暫くすると全機に通信が入った。
一瞬、空電音にさえぎられていたが、直ぐに明瞭になる。空電音の原因はトランスポンダを介して軍用圧縮暗号通信を解凍したタイムラグである。
システムを介して、各パイロットが装備している骨振動イヤフォンから流れてきた声は早期警戒管制機(AWACS)に搭乗するウィル・フレッド少佐の精力的な声である。
父親が連邦政府の高官というエリート出身の仕官だが、正義感の強く真面目で、周囲の評判は良く、今回のシュトゥットガルト戦闘団、3個飛行大隊の指揮を執ることになった。
「ワイバーン(AWACSを意味する今回の符丁)より全機へ…
作戦コード、フューリー…繰り返す、作戦コード、フューリー、以上(オーバー)」
フレッド少佐から命令を受け取ったシュトゥットガルト戦闘団の各機は見事な編隊を組みつつ、巡航速度にてヨーロッパ各基地から飛び立った航空隊との合流空域に向って東進して行く。
ジオンの歓迎に参加するのはヨーロッパ方面の部隊だけではない、インド洋にあるディエゴガルシア基地からも、レビル大将の作戦開始命令に従って、広域制圧用の大型爆弾や特殊気化爆薬(Special Air Explosive)を多数搭載した漆黒の大型爆撃機の編団が大空へと向って飛び去っていった。
空爆を補佐するべく欺瞞服(ギリースーツ)に身を固めた陸軍特殊部隊がすでに現地入りしており、それに付随して空軍の統合末端攻撃統制官と前進観測員が配置についている。レーザーマーカー照射によって、ミノフスキー粒子下においても、絨毯爆撃で逃した目標に対して誘導攻撃が行えるように配慮がなされていた。
大西洋艦隊からは大型原子力空母「ホウショウ」「ハーミーズ」「ニクソン」「ジェラルド・R・フォード」を中核とする任務艦隊がバッフェ中将に率いられてヨーロッパ海域に向けて航行している。
また、[型攻撃型潜水艦ディニクチス、フレガード、アナンタ、リオグランデの4隻を中心に18隻にも上る原潜はモリグチ中佐に率いられて、秘密裏に黒海沿岸へと接近しつつあったのだ。遥か宇宙から訪れるジオン軍に対するもてなしの準備は滞りなく進められていた証拠であろう。
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【あとがき】
とある理由で、第一次降下部隊を今のところ無傷で降下。
軌道ミサイルも使用しません。もちろん紳士的に邪な理由です(笑)
ワイアットのもてなしの心は宇宙のように広いw
どちらにしても、途中まで成功した作戦というのは性質が悪いですね(悪)
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