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ワイアットの逆襲 第09話【総力戦の幕開け】


0079年02月02日

「ジオンを地球に誘い込むと!?」

「その通りです、レビル将軍」

ワイアット中将はジャブローの総司令部でレビル大将と話し合っていた。
勝利に貢献する策をレビル大将に渡すことによって、ワイアットはリスク分散を狙っていた。

それは、ジオンの怨敵として、後に誕生するであろう、狂信的な残党軍の復讐の刃から逃れるためだった。彼は英雄になりたいのではない、ただ安全な場所で壮観なる大艦隊を率いて、悦に入りたかっただけなのだ。

将来の安全を作り出すための行動が、自らを危険な「戦争英雄」としての地位に貶めたのは、皮肉としか言いようが無かった。すでに歴史上に残る英雄となってしまったワイアットであったが、驚くべきことに彼は、この期に及んでまで自らの体面を汚すことなく、高められた英雄という死に至る名声を薄めようと、悪足掻きを試みていたのだ。

そう、紳士は粘り強く、決して諦めない。

ワイアットは、心底からレビル大将とティアンム中将に自らを超える英雄になって欲しかったのだ。 ワイアットは英雄の一人としての称号だけで十分だと納得していた。

しかし、その行為そのものが、彼の名声を高めることになるとは、まだ知る由も無かった…


ワイアットはレビル大将に対して、説明を続ける。

「ジオンには現状のままでは、長期戦を戦い抜く国力と資源がありません。
 交易で国力を伸ばそうにもこのような戦時下では商売相手が限られますからな。
 つまり、ジオンの国力増強には資源が必要不可欠となります」

現に公国軍は前日の2月1日に地球攻撃軍設立を公表していたのだ。

降下目標は戦力回復を図る資源確保の為にオデッサ地方を目標としていた。 ワイアットの戦略予想は正確で正しかった。これは、未来知識は関係が無い、純粋に得られた情報を分析する能力の高さの賜物だ。

「ふむ…」

「地下資源…
 特にジオンが欲している希少資源が豊富なオデッサ地方にジオン軍を誘い込むべきです。

 また、オデッサ周辺には、めぼしい工業地帯はありません。
 例え資源を手に入れても、現地に生産工場を作らなければ戦力化に繋がりません」

「…言いたいことは分かる。
 身の丈を超えた戦線と策源地という枷をジオンに背負わせるのだな…
 しかし、どのように彼らを誘い込むのかね?」

ワイアットは「未来から精神だけ逆行してきました」と、言えればどれほど楽であろう。

しかし、そのような事をしたら更迭もしくは最悪の場合は精神病院に入れられかねない。「戦争英雄、戦争ストレスによって精神錯乱に陥る」はっきり言って笑えない展開であり、それを避けるためにワイアットの脳内では、説得力を持たせる台本を作り上げていた。地球連邦のエリートである彼は高学歴であり、かつ歴史に精通していた事からその手の説得には自信がある。

ワイアットは自信満々に己の筋書きを話し始めた。

「猛獣を誘い込むために餌を仕掛けます。
 地球最大の工業地帯である、北米圏防衛の名目でロシア地区の衛星軌道上の哨戒艦隊を
 北米上空に集めれば、ジオンはそのチャンスを逃さないでしょう。

 彼らは基礎工作機械の精度維持に欠かせない希少資源の安定供給の必要性から、
 必要資源が多々にして手に入るオデッサ地方に対して、偵察隊の降下を行って来るでしょう…
 そして、その偵察結果によって、全てが決まります」

「目標を予見しながらもジオンを誘い込むために、
 あえてオデッサ地方のバイコヌール宇宙港基地を強化せぬのだな?」

バイコヌール宇宙基地は中央アジア最大の連邦軍宇宙港としてアラル海の東、およそ200kmの沙漠内に位置する宇宙基地でシル・ダリヤ流域に立地しており、旧ソ連時代から運営されている宇宙基地の一つである。

「はい、それに最低限の特殊工作も行えば万全かと……
 また、オデッサ地方ではなく北米地方の制圧を狙ってきたならば好都合です。

 戦力の集中化を終えた宇宙軍で対応して消耗戦に引き込みます。
 国力に余力の無いジオンは無意味な消耗戦を避けようとするでしょう。

 それに……
 誘いに関しては、絶対的とも言える欺瞞材料があります」

「ほう?」

「ご存知の通り、地球の連邦軍はその多くが災害救助で出払ってます。
 それを逆手に取ります。

 ジオンのコロニー落としの影響で混乱する連邦軍、戦災に苦しむ地球市民…
 それらをレーザー通信を介して報道という形で全地球圏全域に伝えるのです…
 可能な限り事実に基づいて。

 これだけ大規模な悲劇ならば、脚色無しでも十分な効果があります。
 そして、彼ら自身が引き起こした事実ゆえに連邦地上軍が混乱していると騙されるでしょう」

ワイアットがここまでこだわったのは、ジオンを脱出困難な地球上に誘いこむだけではない。

これは戦後を見越しての情報戦の意味合いが強かった。

ジオン公国が行った組織的虐殺行為の延長上に起こった悲惨な現状を正確に伝えて、戦後に増えるジオン公国の積極的な賛同者や協力者の増加を防ぐ意味があった。

「彼らが騙されるのも自業自得というわけか」

「人は困難な時ほど信じたいものを信じるものです…
 特に独裁政権では都合の悪い情報は途中で消えていくものです」

「それは言えてるな」

「ええ、その弊害に加えて、ジオンは戦火の拡大により底をつきそうな国力の回復を図りつつ、
 富の再生産に繋がらない戦力の回復をも図らなければ為らない。
 つまりジオンの戦争戦略は矛盾だらけで既に破綻しています」

「なるほど…な。
 早期終結したい戦争を"続けるため"の戦争。

 資源獲得の為に地球に来る時点でジオンの資源備蓄状況が良く分かるな……

 ふむ、ルウムで見せた貴官の献策は見事であったが、そして今回の策も問題は無い。
 ワイアット中将、貴官の策を採用しよう」

「ありがとうございます。
 また、誘い込む際にヨーロッパ方面軍の各基地に戦闘爆撃機を中心とした
 航空兵力の増援とベルファスト基地に旧式でも構いませんので、
 可能な限りの大型爆撃機を始めとした戦略空軍を展開させて下さい」

「ジオン軍の本隊降下直後の無防備なところを狙うのだな」

「仰るとおりです。
 爆撃目標ですが可能な限りジオンの後方兵站部門を狙います。
 高高度からの公算爆撃であっても千機単位なら効果的な破壊が可能になります…

 我々は戦術で勝たずとも戦略で勝てばよいのです。
 補給の無い軍隊の末路は決まっています」

ワイアットが航空戦力に限定したのには訳がある。
すでに受け入れ能力が整った場所に関しては、圧倒的な展開能力を有する航空兵力ならば、ジオンの降下地点がずれても決定的な遅れにならずに対処できるからだ。

地上軍がそのまま直接、1000kmの距離を移動しようとするならば、月単位の時間がかかる。しかし航空兵力ならば航続距離と速度からして1日も掛からない。そして降下地点が100km程度ずれても、攻撃修正が容易なのだ。

「正に総力戦だな、ワイアット中将」

「それが戦争です」

「違いない!」

「それと、レビル将軍…
 ティアンム中将の第4艦隊との合同作戦の件は宜しいでしょうか?」

「危険はあるが、多いにやりたまえ!」

「ありがとうございます!」

「それと、この企画書をお読み頂けますか?」

V作戦の焼き直しとも言える、計画書がワイアットの手からレビル将軍へと手渡された。読み進めていくうちに、レビルの顔が驚きの表情となり、やがて満足した。あらゆる状況を想定した内容と、大まかな概要であったが、効率の良い開発スケジュールなどが網羅されていたのだ。

斬新な内容であったが、
冒険を避けている絶妙なバランスの上で成り立った手堅いプランとも言える。

そして、唯の焼き直し計画ではなかった…

ジオン軍のMS-06シリーズに使われている流体パルスシステムではなく、駆動システムにフィールドモーターシステムの採用に加えて、レスポンス向上を図るためにモスク・ハン博士のマグネット・コーティング技術理論を取り入れる改良案が加えられていた。また、0083時の最新の戦訓を元に失敗する派生はオミットして、開発能力の分散を抑制して予算を無駄なく使っていき、最終的に開発計画の短縮を図った念の入れようだ。

実史では4月に始まったV作戦であったが、この世界では、この日を始まりを迎える事となる。

英国紳士の丹精込められた計画はジオン軍に大きな影響を及ぼすことになる。

そう…思いやりも紳士の素質のひとつなのだ…
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【あとがき】
V作戦が約2ヶ月早まりましたw
実史でもモスク・ハン博士は、脚光を浴びる前にマグネット・コーティング基礎理論を学会に発表していたらしいです。ワイアットはフライングで採用(笑)

ワイアットがジオン軍を迎える紳士的な御もてなしの準備は着々と進んでいます。
その優しさと熱烈な歓迎にジオンは涙するでしょうww
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