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■ EXIT
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ワイアットの逆襲 第08話【準備】


「艦隊第二戦速にて加速…昇交点赤経調整っ!」

ロドニー准将の声が響く。

「極軌道到達まで後…15秒」

航海参謀が答える。

「くっ、重力の影響が強い、昇交点赤経パラメーターマイナス5! 減速3」

「アイ・サー、プラス5修正、減速3」

ロドニーの命令にスタッフが修正パラメーターを端末機に打ち込んでいく。

「軌道傾斜角、265度…266…267…268…269…270度! 極軌道コースです」

「戦闘照準良し!」

「砲戦時間」

最終局面に達し、ロドニーが最後の締めを行うために砲術参謀に尋ねる。
しかし、複雑な計算の為に、必要情報は、すぐには出なかった。

「待ってください…105秒!」

「サー?」

ロドニー准将の突如の沈黙に疑問に感じた、砲術参謀が尋ね返した。

「…ここまでか…状況終了!」

ロドニー准将の声によって、全ての状況が一変した。

実際の艦隊を用いての運用ではなく、ロドニー准将はルナUの司令部にてコンピュータプログラムを利用した電子演習を行っていた。 演習内容が飛びぬけて危険なために、可能な限り厳しい条件設定で、電子演習を繰り返すしかない。

限りなく現実に近づけるために、環境パラメーターはランダムであり、主要操作は人の手によるコマンド入力だ。

非常に困難な作業といえる。

「地球降下を狙うジオン軍を衛星軌道上で阻止する演習とはいえ、
 時速28200Kmで艦隊突入とは無茶苦茶です!
 それに、ジオン軍が降下してこなければ無駄に終わりますよ!」

航海参謀が悲鳴を上げる。
当然の反応だ。たった0.5度の角度であっても進入時の軌道傾斜角を間違えばジオン降下部隊を補足出来ないだけでなく、最悪の場合は艦隊が大気圏に突っ込んでしまう。

多くの計算は機械で行うが、主要パラメーターの組み合わせに関しては、人の力で処理しようとするのだから。そう、決められた計算パターンを処理する事に長けているコンピューターであっても、突発的な状況の変化に伴う事に対する能力は人間の方が勝っている。

ワイアットは逆転の発想をしていた。
電子装置の機能を制限するミノフスキー粒子があるならば、今までの電子装置を限定内容のみにおいて最大限に活用し、足りない部分をマンパワーで補おうとしていたのだ。

つまり、ミノフスキー粒子散布下においても、従来の処理能力に限りなく近く保つ事が最大の目的であった。そして、ワイアットの計画している衛星軌道迎撃作戦においても、処理能力の維持は、欠かせない要素でもあった。

月軌道突入と違って地球の重力は大きく、非常にシビアであり、計算すべきパラメーターは多岐に及んでいる…
そして、スペースデブリの存在もあって油断は出来ない。

「最高速度で標準衛星軌道に突入して180秒の戦闘……
 これは、理論上は可能だ…本部の大型軍用電子演算装置による分析結果もそう出ている。

 したがって、出来ないのは、我々の錬度不足にすぎない。
 問題点を荒い直したら演習を再開する」

本来なら1艦隊の権限では使用できない、本部の大型軍事電子演算装置はゴップ大将の働きによって特別に使用できたのだ。

「しかしっ!」

「貴官も連邦士官に任官した時に誓ったはずだ。
 地球連邦将校として地球圏を守る神聖な誓いを…

 そして、忘れないで欲しい。
 私達の怠慢の対価は守るべき市民によって支払われるの事を…
 可能なことを諦めるのは許されない。

 私も諦めない…そして、ワイアット中将も諦めていない。
 そうだろう?」

ロドニーの言葉を聴いた航海参謀だけでなく、周辺のスタッフ達の心の中に、青年時代に誓った熱い想いが鮮やかに蘇った。そしてジオンを止める努力を怠ろうとした自らを恥じた。名将の下に弱兵無しという言葉の通り、第7艦隊のスタッフは真の精鋭へと昇華していく。

「っ!…判りました。私も佐官の端くれ。結果を出してご覧に入れましょうぞ!」

「その意気だ!」

ハーバード士官学校を主席で卒業した秀才のロドニー・カニンガムは見事に艦隊幕僚を纏め上げて、この困難な物事を克服していくのだ。ワイアットが提唱し、ロドニーが推進していったファビアン戦略を宇宙時代に焼きなおした、全地球規圏模の強襲と奇襲を入り交えた持久戦略の根幹を成す、宇宙艦隊を作り上げていく。

地球連邦宇宙艦隊。

存在意義は人類の盾であり、人類に仇名す存在を打ち滅ぼす剣なのだ。

ジオンが新しい戦略の元で動く、連邦艦隊の実力に気が付くのは、そう遠くない日であった。














0079年01月31日

連邦軍特殊部隊によって救出されたヨハン・イブラヒム・レビル中将は、高速艇にてサイド3宙域から脱出を果たし、無事にルナUまでの帰還を果たしたが、そこで彼は驚くことになる。

今すぐにでも戦意高揚を図った演説を行えるように、
全地球圏規模に向けたレーザー通信の準備が整えられていたのだ。

戦争継続を決意していたレビル中将は歴史に残る演説を行うこととなった。







レビル帰還、その報告をジャブローにて聞いたワイアットは、執務室の一角で静かに呟く。

「これで…戦争継続は確実だな。
 私の平和の為にジオン軍は徹底的に叩かねばならぬ…徹底的にな…」

彼は戦争継続に備えて各方面に働きかけていたのだ。

更に、ハイアット大将、ゴップ大将、ティアンム中将、ベーダー中将、バッフェ中将、等のパイプすらも確保し、民主主義を守るために、ジオンとの戦争を継続するべきという、派閥ではないが意識統一を成し遂げている。

ルウム会戦、月軌道会戦にて得た実績がワイアットの信頼度を高め、それらの難事業を可能にしていた。

そして、ワイアットの狙い通りにルナUに到着したレビルは、疲労困憊な身にも関わらず、条約締結会場のみならず地球圏に全て対して、捕虜として垣間見たジオン軍の実情を暴露して、徹底抗戦を主張したのだ。

戦争継続に喜ぶ者がいれば、逆に怒り心頭の者も居る。
その一人がジオン公国軍のキシリア・ザビ少将であった。

レビルによる徹底抗戦を訴える放送を聞いたキシリア少将は、グラナダの司令部にて怒りのあまりにテーブルを蹴り倒す。蹴り倒した際に感じた痛みすらも気にならないほどの怒りである。

「レビルめぇぇ!」

政治に長けたキシリアはレビルの演説がもたらす効果に憤慨した。冷静な彼女にしては珍しい出来事だが、当然の行為であろう。それは、地球連邦との講和失敗はジオンが最も恐れた戦争の長期化にしかならない。

「しかし、この状況は不味いぞ…」

キシリアには分かっていた。

ジオンに地球全域を征服するほどの人的資源や経済力は当然なく、ルウム戦役で艦隊戦力とMS戦力に大きな傷を負ったジオン軍は緒戦と同じ戦力を用意するには、これ以上の消耗を抑えても後7ヶ月以上は掛かる見通しだ。

そして、月軌道会戦の損害…

戦力は回復出来ても、富の再生産に繋がらない軍事投資は経済に悪影響しかもたらさない。回復した戦力で富を生み出す策源地を確保しなければ、ジオン経済は早晩に破綻する。これは、目的が完全に入れ替わっている悪しき例とも言えた。

ジオン公国軍はミノフスキー粒子によって地球連邦軍の優れた電波誘導兵器の殆ど封じ込めたものの、それらを生み出した地球連邦の優れた開発能力は健在であり、いずれはMS関連技術も習得するだろう。

更に、強大な生産能力と膨大な資源を有する地球連邦が戦時体制に移行して挑んでくる総力戦……それに比べて、国内には余力はなく、またジオン公国軍の多くの将校は緒戦のギリギリの勝利によって戦前よりも連邦を侮り、更には士官の中には中世の騎士を気取っているのかMSを色艶やかに塗装し始めている者もいる始末だ。

キシリアは前途が真っ暗になる感覚に陥った。

地球連邦軍は人類の半数を組織的に抹殺したジオン軍を絶対に許さないだろう。連邦軍による禍々しい報復がイメージとなって頭の中を過ぎて行く。

ブリティッシュ作戦によるジャブロー攻撃失敗を聞いて拳銃自殺を図った公国軍護衛艦隊司令のキリング・J・ダニガン中将もこのような心境だったに違いない。

正面装備に軍事予算の大半を投入してきたジオン軍には、十分な後方兵站能力を支える支援機材の数が余りにも少なかったのだ。人的資源の限界もあるが、これでは地球全域に戦線を広げることなど自殺行為であったが、戦い続けるしか道は残されていなかった。

「このままでは…ジオンは滅びる…」

キシリアの重い呟きは執務室に静かに響いた。
面妖な仮面を被っていても彼女は決して馬鹿ではなかった…




事実上の講和条約だった停戦条約に前向きだった連邦議会はレビル中将の演説に勇気付けられ、ジオン公国との戦争継続を決意した。結局のところ南極条約は核兵器やコロニー落としなど大量破壊兵器の使用禁止、捕虜交換などの交戦規定にとどまった。

「ジオンに兵なし」演説で一躍有名になったレビル中将は、戦意高揚の為に英雄を求めた連邦議会により中将から大将へと昇進。そして連邦軍全ての、陸海空宇の4軍に及ぶ指揮権を持つ最高司令官に上り詰めた。

ワイアットが嫌がらせ程度に手を回した条約案である、工業地帯でのミノフスキー粒子使用禁止に関する条約はジオンの猛烈な抵抗によって結ばれなかった。電子戦装備を自由に使える環境下で、連邦と戦っては勝ち目が無いからだ。

しかし、それで十分だった。

ワイアットには南極条約がどれだけ連邦に有利なのか判っていたのだ。

南極条約によって核弾頭の使用を封じられたジオンのMS。

それは、MSが連邦の優秀な冶金技術で作られた戦艦の装甲に対して、決定的な有効打を失ったのと同意語であった。 戦艦の装甲とは、同レベルの戦艦の主砲に対抗できる防御力がある。つまり、重要防御区画に関しては戦艦クラスの火力が無ければ対抗できない。

要約すればザクマシンガンと言われるM-120A1の120mm弾では連邦軍の戦艦が有する堅牢な装甲を破るのは困難を超えて無茶の領域であり、また、通称「ザク・バズーカ」と呼ばれるH&L-SB25Kの280mm弾であっても、当たり所が良くなければ小破程度の損害しか与える事が出来ないのだ。

不幸にも緒戦の戦果の大きさに目を奪われていたジオン軍は、
自らの境遇に気が付けなかった。

ジオンの不幸はそれだけに留まらない。

キシリアの予見どおり、連邦議会によって予算を抑えられ慢性的な軍事予算の不足に悩んでいた連邦軍は連邦政府の戦時体制の移行に伴って、軍事予算の桁が増えるほどに増加した。民主政治といっても存亡の危機に立たされれば、なりふり構って入られないからだ。1週間戦争で受けた被害を入れても地球連邦の国力は強大であり、潤沢な資源と高度工業技術に支えられた、その膨大な生産能力がジオンに対して牙をむき始めたのだ。

地球各地の兵器工場や兵廠では艦艇や各種航空機の増産が始められ、民間の自動車工場もジグの再配置によって戦闘車両に改良する計画も進められていた。弾薬工場も24時間操業を次々と始めていく。

ジオンにとって戦争の行方は当初の想定外の方向へと動き出していた。

人類史上最大にして最強の勢力との総力戦を行う結果が、どの様な結果を生むかをジオン公国はこれから嫌と言うほどに学ばされるのだ。

己の血を代償にして…
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【あとがき】

ワイアットはローマ時代のクィントゥス・ファビウス・マクシムスの戦略を焼きなおしたモノを、本格的な反抗作戦が整うまでの攻勢防御の段階にて使います。

ファビアン戦略と聞いて、焦土作戦を連想すると思いますが、、焦土作戦は行いません。
結果的に何も得られないようにするだけです(笑)

ハンニバルに率いられた精強なカルタゴ軍も国力不足と兵站線の弱い点を狙った、ファビウスの戦略によって無力化していきました。緒戦における連邦とジオンの関係に酷似しています。つまり、ジオンにとって最悪な戦略w

大気圏突入時は無力…僅かな損傷でも重大な結果に繋がります。 また、最大速度で突っ切れば、火の玉になるので、否応にも減速しなければなりません。おおお…狙い放題!

実史でも、衛星軌道上の制宙権を完全に握れなかったジオン。
そして、実史よりも戦力に余裕のある連邦…

次回をお楽しみに!
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