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ワイアットの逆襲 第07話【紳士の交渉】


ワイアット率いる第5任務艦隊の艦隊奇襲攻撃から一夜が過ぎた、月面都市グラナダのジオン公国軍突撃機動軍司令部で受け取っていた。

「キシリア様、被害報告の集計を終えました」

ジオン公国突撃機動軍マ・クベ大佐がキリシア少将に対して被害報告を手渡す。

第5任務艦隊の情報収集艦EWB-65救援から始まった、ワイアット中将の一連の軍事行動によってジオン公国軍は予想外の損失を被る事になった。

マ・クベ大佐が提出した書類には予想以上の出来事が記されていた。

「チベ級重巡洋艦」1隻
「ムサイ級軽巡洋艦」21隻
「パプア級補給艦」3隻
「MS-06F」9機
「MS-06C」41機
「MS-05B」26機

これらがジオンから永遠に失われた事が記されている。

完全損失は艦艇25隻、MS76機に及んだ。
MSの損害も小さくは無いが、艦艇の損失が大きな痛手になっていた。

報告書を読んだキシリアの表情が歪んで、驚きの言葉が口から漏れた。

「っ! これほどのものか…」

「残念ですが事実です」

「判った…戦略を練り直さなければならないな…」

「はい…それと、連邦との和平交渉が失敗した場合に備えての準備が必要です」

「何か案はあるか?」

「早急には効果はありませんが、一つのプランがあります」

「言ってみよ」

「キシリア様のご存知の通り、ジオン公国軍では開発中のモビルスーツや艦艇を含めて、
 メーカーごとに異なる部品、装備、操縦系の規格や生産ラインが使用されています。

 私は、それらの規格を統一することにより、
 生産性や整備性の向上や機種転換訓練時間の短縮を図りたいと思います」

「それは興味深いが…
 企業側の反発が予想されるが、それらは大丈夫なのか?」

「多少時間は掛かりますが、お任せください。
 それに成功した暁には、キリシア様の発言力は増すでしょう」

「判った、全面的に支援する」

キシリアは、非凡なる経営管理の才能を有するマ・クベの策を全面的に支援することにした。

もっとも、公国軍突撃機動軍が、先ほどの戦いで失った戦力を早急に回復するためには、ジオン公国の生産効率を上げるしか手段は残されていなかった。そして、この時はまだ、キシリアやマ・クベも、地球連邦軍はブリティッシュ作戦とルウム戦役の被害から早期停戦を望むと楽観しており、それ程に悲観してはいなかった。

二人だけでなく、ジオン公国軍指導者層は全てにおいて勘違いをしていた。

軍事独裁政権下にあるジオン公国と違って、地球連邦は文民統制の政府であり、戦争継続の判断は軍ではなく、連邦議会を頂点として政府が下す事を完全に失念していた。














ルナUに帰還を果たしたワイアットに待っていたのは予想外の展開であった。

それは、栄光に満ちた後方転属の命令ではなく、彼を褒め称える言葉が待っていたのだ。それどころか、月軌道会戦での演説が大々的に士気高揚に使われており、もはや後方に下がる事が出来なくなっていた。

連邦議会の満場一致で戦時英雄の一人として祭り上げられてしまったのだ。

僅か1個増強艦隊で敵勢力圏内の重要根拠地を強襲し、軽微な損害で大戦果を上げただけでなく、調子に乗って非の打ち所の無い演説を行ったことで、ワイアットを引くに引けない立場に追いやってしまったのだ。

従軍勲章、戦功賞はともかく、英雄勲章すらも獲得してしまった。

戦時英雄の一人が後方で安穏と出来るわけが無い。ワイアットは自らの目論見が失敗したことを悟ったが、これは悪いことばかりではない。ワイアット指揮下にある第7艦隊に対する補給は最優先で行われるのだ。それを踏まえて、彼は計算速度の速い頭脳をもって、直ちに自ら推し進めている生き残りプランに修正を加えた。

攻勢の矢面に立つ危険性を減らすために、必要量以上の兵力を持つ事を避けようと考えた。
また、兵力の独占に伴う周辺の妬みも避けねばならない。

修正プランに従って、ワイアットは至急はゴップ大将にレーザー通信にて連絡を取った。

「ゴップ閣下、先日に関する多方面への手配を感謝いたします」

「ワイアット君…よくぞ、無事に戻ってきた…」

「兵達のお陰であります」

「そうか…ところで、どのような用件かね?」

「先日、編入して頂きました一部の第一連合艦隊所属の艦艇ですが、
 第4艦隊に譲りたいと思います」

ゴップ大将は驚いた。それは当然の反応だった。
通常の将校ならば自らの掌握する兵力の削減を嫌うものだ。すべての戦術は兵力数に依存しており、戦術の幅が狭まる行為を自ら選ぶ将校は現実的に考えて居ないはずだった。

「なぜかね!?」と疑問の声がゴップ大将の口から自然と出る。

「戦略的観点からです」

「ほう?」

ワイアットは全てを語らなかった。しかし、彼が知る一年戦争の知識を元に考え出された防衛計画の有効性はゴップも認めざるえなかった。そして、戦術のみに囚われず戦略という幅で判断できるワイアットは連邦勝利に不可欠な存在と見るようになった。

しかし、ワイアットの本音は、一部の艦艇を第4艦隊のマクファティ・ティアンム中将に託す事によって、潤沢な戦力ゆえに攻勢主力に選ばれないように配慮しつつも、有能な将校に恩を売り、パイプをも獲得する一石三鳥のアイディアに過ぎなかった。性質の悪いことに戦略的に有効という、探りを入れられても全く痛くないアリバイが付いているのだ。

紳士は行動に無駄が無い。腹黒く、常に無駄なくエレガントなのだ。

第7艦隊からの戦力委譲によって兵力不足に悩んでいた第4艦隊は大いに喜んだのは言うまでも無い。それは、第4艦隊と第7艦隊の間に関係が出来上がった瞬間でもある。

「君の考えは判った。
 直ちに手配しよう…しかし、凄いものだ」

「はっ?」

「ワイアット君、君のことだよ。
 対MS戦術の考案だけでなく、機を見て敵勢力圏内にすら乗り込む勇敢さ…

 自らの危険を顧みず、ジオンのモビルスーツを確保した情報収集艦を保護した先見性。
 それだけじゃない…月軌道会戦での、本当の戦果を知っているかね?」

「いや、存じませんが?」

ワイアットが知らないのは能力不足でも、索敵要員の職務怠慢でもない。

第5任務艦隊が一撃離脱に徹したために、長距離光学観測がメインの連邦艦隊では艦艇撃沈はともかく、MS撃墜数に関しての詳細な情報を得ることは出来なかったのだ。

「情報源を危険に晒す事は出来ないので、詳細はオフレコだが…
 ジオン側の損害は君からの報告よりも多い、艦艇25隻、MS76機に達している。

 これは、大戦果と言っても良い。
 それであっても謙虚で冷静だ…連邦将校の鏡といってもいい」

ゴップはワイアットの謙虚な態度に、いたく感心していた。そして、彼が生き残るための更なる支援を心に誓った。連邦軍最高幕僚会議において強い発言力を有するゴップ大将の影響力は伊達じゃない。

ワイアットの内心は単純明快だった。
彼は必要以上に目立って、レビル将軍のように矢面に立たされるのを避けたかった一心で謙虚になったのだ。このような立場に置かれてしまった現状で、驕り高ぶってしまえば、どのような結末が待っているかが判らないワイアットではない。

しかし、その謙虚さが、さらなる激戦区に向わせる要因になる事を、彼はまだ知らなかった。

「ははっ、運が良かっただけですよ」

「戦争はまだまだ続く…
 激しさを増す戦争だが、死ぬなよ…」

「判っております」

ゴップに言われるまでも無く、ワイアットも死ぬつもりは無かった。
生き残り、再び栄光を掴まなければならない。そのために未来知識と自らの頭脳を最大限に働かせて作り上げた計画案をゴップ大将に伝えて行く。

それらを終えると、ワイアットは有事に備えて、頭数を増やさずに、友軍との連携を深める事によって、自らの保有戦力たる第7艦隊戦力の強化を行うべく、ルナU駐留艦隊との合同演習の計画書作成をロドニー准将に命じた。

そして、ワイアット本人は0079年01月31日に起こるレビル帰還に備えての準備を開始した。
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【あとがき】

実史だと0079年2月にスタートするジオン側の統合整備計画が1ヶ月早まりました。

キシリアの乗艦グワジン級戦艦グワリブも沈めておくべきだったかなw
グラナダ近郊に鎮座するグワリブ・メモリアル(笑)
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