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ワイアットの逆襲 第05話【ジオン哨戒艦隊の受難:後編】


「カガから入電」

「終わったか?」

「はい、ジオン部隊を撃滅、損害は集計中ですが、おおよそ軽微という事です」

「よくやったと、伝えてくれ」

「了解しました」

マゼラン級戦艦ネレイドの内部の設置されているCDC(戦闘指揮センター)にて指揮を執っていたワイアットは満足そうに返事をしてから、考えていた。


(ふっふっふっ、勝利は当然だな。
 ジオン艦隊と比べて、此方は5倍以上の戦力でもみ潰したのだから…

 敵艦艇の数も残る2隻、我が方は損害軽微…
 ふむ、この後はどうする?)


ワイアットの思考は砲術参謀の声によって中断する事になる。

「ナガト、敵4番艦、撃沈!」

「これで、残る1隻か…降伏する気配は?」

「ありません」

「では、そろそろ終りにしよう…最後の一隻に砲火を集中させよ!」

マゼラン級戦艦4隻からの集中砲火を浴びたムサイ級軽巡洋艦は一矢報いることも無く、散っていった友軍の後を追うこととなった。たった5隻の軽巡洋艦で4隻の戦艦を止める事など出来ない。

「航海参謀、本艦隊の推進剤の状況はどうか?」

「おおよそ6割残っております……サー?」

「わかった、艦隊集結と陣形の再編を行いたまえ」

「了解しました」

航海参謀の報告を聞いたワイアットは命令を下し終えると今後の可能性の幅を模索すると、ワイアットの脳内に彼らしい名案が浮かび上がった。
それを検証するためにより深く考える。

確か、戦後に読んだ連邦宇宙軍省諜報部の報告書だと…

L1のザーン宙域の制圧と同時に行われた月面都市グラナダの攻略戦には キシリア少将隷下突撃機動軍第7MS師団が投入されたはず… 殆ど抵抗の無かったグラナダは親ジオンだったな。

となれば、この機会を生かして戦果の拡大を計るべきだな。
これから私が行おうとしている紳士的な奇襲攻撃は、
この現状だからこそ出来る奇襲だろう。

紳士は機会は生かさねば為らない。

戦果が見込めて、尚且つ運がよければ現場から離れられるチャンスが得られる…
ふっふっふっ、やらない理由は無い。

ワイアットは戦果を立てて、尚且つ前線から離れられるような策を考え付いた。 冒険的作戦を行って戦果を上げれば、やんわりと艦隊勤務から後方勤務へと、英雄としての評価を保ちながら移る事が出来る…まさに紳士的な策である。もっとも、一種の悪あがき であったが。

ワイアットは大艦隊を率いて戦いたいのではなく、危険の無い場所で大艦隊での観閲式を行いたいだけなのだ。有る意味、戦略の基本ともいえる初期目標を徹底させていた。

実史においてもジオンが地球降下作戦を行うまで、連邦との間で奇妙な自然休戦期が生じていたのは戦力に余裕が無かったからだ。ワイアットの蠢動によって、実史以上に余裕の無くなったジオンは、彼らの有する港はどこも損傷艦の整備で満員御礼のような状態であった。

ジオンの状況を知り尽くしているワイアットの見立てどおり、ルウム戦役を終えて1週間も経っていないジオン軍では本土近辺にて戦力の再編成に余念が無く、僅かな戦力をもって小規模の外周警戒を行うのが精一杯であった。

「航海参謀、推進剤の量から、艦隊再編後にグラナダ強襲は可能かね?」

「は? 月で重力ターンを行えば推進剤は足りますが…本官は危険だと愚考します」

連邦艦艇はジオン艦艇とは違って、無補給で各サイドへ向う事が出来る航続距離を有している。それ故に作戦の幅が広い。

「ジオンもそう思っているだろう、だからこそ、奇襲として成り立つのだよ。
 大丈夫だ、最大戦速による一撃離脱しか行わない…攻撃目標はこれだ!
 それ以上は行わない」

「意外な目標です…しかし…」

当然ながら航海参謀が否定的な考えを示す。
そんな中で、ロドニー准将が助け舟を出した。

「私は成功する確率が高いと思います」

「何故かね?」

航海参謀が疑問の声を出す。

「理由は二つ。一つは本海戦の状況の詳細は伝わっていないと思います。

 主な理由は長距離レーザー通信の兆候も観測されてませんし、
 また、長距離望遠観測では詳細は判りません。

 二つ目は、進撃する我が艦隊を月面方面に展開するジオン軍部隊は、
 先ほど撃破した哨戒艦隊と誤認する可能性が高いと判断します」

「簡単には連邦艦隊と悟られないわけか…」

「ええ、これもジオン軍が散布したミノフスキー粒子のお陰ですよ」

「うむ…相手の好意を無碍にしないのも紳士の勤めであろう」

ワイアットは機会を逃さない表現を洒落た内容で言い表す。

各連邦パトロール艦隊に対しての奇襲を行う為に広域に亘って散布したミノフスキー粒子の名残が、これから連邦の奇襲に利用されようとしている皮肉とも言える現実であろう。

航海参謀はロドニー准将の言葉で納得したようで、反対意見を述べなくなった。

それを確認したワイアットは航海パターンから簡単な作戦案を練り始める。その作戦は艦隊が陣形を整え終える頃には、各艦艇にデータとして転送を終えていたのだ。歴史と戦史マニアであるワイアットは、その脳内に歴史上の作戦を流用した案をいくつも抱えていたのだ。

ワイアットが参考にした作戦は、西暦1942年10月13日〜14日かけて行われた、日本帝国海軍による、戦艦「金剛」「榛名」を主力とする第2次挺身攻撃隊によるヘンダーソン基地艦砲射撃を参考にしていたのだ。違いがあるとすれば、連邦艦隊の戦力が1個増強艦隊規模という大規模な兵力だった事であろう。









「艦隊陣形再編完了しました」

「即時戦闘航海可能」

ワイアットの元に次々と報告が入る。

コンディションは極めて良好だ。先の戦いの損失も戦艦1小破、巡洋艦1中破、艦載機6機損失、2機中破に留まっている。当初の目的であるMS-06Cを拿捕している情報収集艦も損傷も無く無事である。

「閣下、各艦との近距離レーザー通信回線とのリンクを終えました」

「うむ」と、ワイアットは頷くと、マイクを手にして演説を開始した。


「私はワイアット中将である、諸君、聞いて欲しい…
 先ほどの海戦の勝利は皆のお陰である。各員の奮闘に感謝する。

 そして、戦闘が終わったばかりで心苦しいが…第5任務艦隊はこれより、
 月の極周回円軌道まで加速を行い、
 ジオン駐留部隊が駐屯しているグラナダ港に対して、
 一撃離脱の攻撃を行う!


 言うならば重力ターンのついでの置き土産と言ったところだ。
 これは卑劣なるジオンに対する裁きの鉄槌とも言えるであろう。 

 かつて大英帝国の首相であったウィンストン・チャーチルが言った言葉の中に、
 悪事を犯した奴らが今こそ酷い報いを受ける番だ、という言葉がある。

 諸君も知っているであろう。
 ジオン軍によって行われた組織的虐殺の悪行の数々…

 我々はそれ以上の被害を防ぐために、あらゆる手段をもって、
 ジオンを止めなければ為らない!!

 ここで私達が行動を起さねば、
 より多くの罪無き市民が大きな戦災に巻き込まれる事に為るであろう。

 大変な任務だと思うが、私に従って行動すれば必ず成功を収めて帰れる。
 信じて欲しい。もう一度の諸君らの奮闘を期待する…以上だ」


扇動家としての素質もあるのだろう、ワイアットの戦歴が演説の効果を極限までに高めていた。敗退続きだった連邦の初の圧倒的勝利。そして、それに続く勝利の可能性に加えて祖国防衛に連なる行動から、連邦将兵の士気は天を突かんばかりであった。保護したはずの情報収集艦が、ワイアットからの後退指示にも関わらず、独立行動部隊の権限を盾に無理やりに進撃に加わったのだから、その異様なまでの士気の高さを窺い知る事が出来るであろう。

「情報収集艦まで襲撃に加わるとはな…」

ワイアットの表情には命令を否定された事に対する嫌悪感は無く、むしろ笑っていた。
戦艦を上回る優れた索敵機器を有する情報収集艦の存在は、不測の事態に対する備えになるであろう。

「よし…ルウムでの貸しを少し取り立てに参ろうではないか!」

「了解! 艦隊進路 2-4-8 第二戦速…目標、グラナダ上空」

ワイアットの号令にスタッフ達が動き出した。

「会敵まで4時間ある、それまで半減休息とする。
 それと、戦闘食を配っておけ」

「了解しました」

ワイアットの指示にロドニーが的確に動いていく。
戦争経験を得た熟練兵の動きはワイアットの期待通りに動いていた。









グラナダは、半径2kmのクレーターを利用して建設された月面最大規模の都市で あり、現在はジオン軍の制圧下に有る。そして、ジオンの宇宙における重要な軍事施設となりつつあり、ジオニック社の誘致と共に大規模なMSの生産施設や実験施設が作られ始めていた。

グラナダの重要度が増した現在では、ジオン公国軍突撃機動軍の司令部が置かれ、その任に、ザビ家の長女でありキシリア・ザビ少将が着任している。冷たいイメージがある彼女であったが、ザビ家の中で最も「家族」を大切にしており、特に末弟のガルマに対しては溺愛といってよいほどの態度を取っていた。

そのキシリア少将はジオン公国軍突撃機動軍司令室にて、
幕僚と共に防衛計画に頭を悩ませていた。

「現行のままでは十分なローテーションを組む事はできません」

幕僚の現状を要約したような報告にキリシアは苦渋の表情を浮かべた。

ルウム戦役における艦艇の損失が予想よりも大きく、ジオン軍は次期作戦計画を進める上で、戦域から程遠い地域に展開している無傷の戦力を本土周辺へと呼び集めて作戦兵力として再編成を行っていたのだ。

その代わりに引き抜かれた場所に派遣されたのが損傷艦の群れであった。

「損傷艦の修理はどの位で終わるか?」

「グラナダ港で修理を受けている艦艇の中で最も軽いものは明日には…
 大破判定の物は2ヶ月は出られないでしょう」

「仕方なしか…建設途中の施設が完成すれば多少は好転するだろう」

モジュール化が進んだこの時代の艦艇にしては長い修理期間であったが、これは修理機能の不足ではなく、修理機材の不足であった。連邦政府による経済封鎖によって資源不足だったジオンは、延命を図るために独立戦争の名を騙った侵略戦争を始めていたことが、ジオンの経済内情を雄弁に語っていたと言える。


沈痛な赴きの会議も落ち着きを見せた頃に驚くべき報告が司令部へもたらされた。
青天の霹靂と言っても過言ではない。

詳細を聞いてキシリアの顔に焦りが出てくる。
有力な1個艦隊規模の敵が強襲してくれば当然であろう。

「警戒艦や索敵網は何をしていた!」

「残留ミノフスキー粒子の為に電波観測は不可能だったので、
 近づくまで友軍の後退と誤認した模様です…」

「言い訳は良い!!」

グラナダ司令部に報告を行ったジオン補給艦隊は第5任務艦隊の猛攻にあって、瞬く間に宇宙の藻屑となった。

得られた情報を元にキシリアは考える。


連邦は此方の兵力配置を知っているような行動…情報漏えいか?
その線は後で調べるとして連中の目標は?

連邦艦隊の目的はグラナダに違いないが、目標は街ではあるまい…
街の攻撃は連邦自身の首を絞める事になるはず…

っ港か!


損傷艦の多くがドックにて身動きの取れない状態になっている。
民主政治という、民を無闇に攻撃できない連邦であっても軍艦が停泊している港に対する攻撃を躊躇うとは思えない。戦争協力者と見られても仕方が無いのだ。

キシリアは自らの分析に焦りの色を濃くした。最大加速状態の艦隊に対してジオン軍は後手に回っており、到底迎撃が間に合うとは思えない。
連邦と比べて艦艇数において劣勢のジオンは1隻たりとも無駄にしてよい船などは無い。

「くっ、狙いはグラナダ港である。
 退避できる機材は急いで退避するのだ! 急げ、時間の猶予は無い」

キシリアの命令を受けて、司令部が一斉に動き出した。 キシリア自身は連邦艦隊の狙いをほぼ当てていたが、その狙いを阻止する事が出来ないことも理解していた。

理由は簡単だ、グラナダに1個MS師団規模の兵力があっても、それらは制圧作戦の為に月面上に展開しており、月の衛星軌道上に出るにはシャトルか艦艇に搭載しなければ月の重力圏から離脱は不可能だった。

敵に接近出来なければMSは的に過ぎない。そして、短時間では連邦艦隊に対抗できる規模の部隊を衛星軌道上に打ち上げるのは事前に判っていても難しいだろう。それに対して、連邦艦隊は上空100kmから静止目標の港を狙うだけで、ジオンに大打撃を与える事が出来るからだ。戦いというには余りにも条件に差がありすぎていた。

戦う前からワイアットは勝利条件を十分に満たしていた。

このまま手を拱いていても損傷艦としてドックに入っている艦艇の大半は艦砲射撃の餌食になるであろう。例え、連邦艦隊を阻止しようとしても、現在展開している月面軌道上の少数の艦隊では返り討ちに会うだけであった。

キシリアは決断した。

「敵の目的は一撃離脱のみだ!
 月軌道上の艦隊は遠距離からのミサイルの迎撃に徹し、決して艦隊砲撃戦は行うな!
 私の名前で督促させろ。今は被害を抑えることに集中するのだ」

キシリアの命令で、グラナダ港から損傷軽微の艦艇が次々に出航準備に取り掛かる。5分が経過してようやく最初の1隻が出航を果たしていた。その緊迫した状況の中、キシリアの願いも空しく、グラナダに停泊していたジオン艦の5隻目の出航時にワイアット率いる連邦艦隊がグラナダを射程圏内に捉えようとしていた。

このように、実史のルウム戦役と比べて戦艦7、巡洋艦34もの艦艇を討ち洩らした事が、ジオンにとって大きな災いへと変わりつつあったのだ。
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