ワイアットの逆襲 第04話【ジオン哨戒艦隊の受難:前編】
第5任務艦隊編成
マゼラン級戦艦:ネレイド(艦隊旗艦)
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┣━第一戦隊
┃ ┣━マゼラン級戦艦:ネレイド
┃ ┣━マゼラン級戦艦:ナガト
┃ ┣━マゼラン級戦艦:フッド
┃ ┗━マゼラン級戦艦:シャルンホルスト
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┣━第一航空戦隊
┃ ┣━アンティータム級空母:カガ
┃ ┣━アンティータム級空母:サラトガ
┃ ┗━トラファルガー級空母:インドミダブル
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┣━第一防空戦隊(空母直衛隊)
┃ ┣━コーラル級重巡洋艦:コーラル
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:シスコ
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:フィラデルフィア
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:スルガ
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:ローレンスビル
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:ドルトムント
┃ ┗━サラミス級巡洋艦:モンテレー
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┣━第一巡洋艦戦隊
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:アオバ
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:ユリシーズ
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:カンバーランド
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:アトランタ
┃ ┣━サラミス級巡洋艦:プリンツ・オイゲン
┃ ┗━サラミス級巡洋艦:キャンベラ
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┗━第二巡洋艦戦隊
┣━サラミス級巡洋艦:ストラスブール
┣━サラミス級巡洋艦:ポートランド
┣━サラミス級巡洋艦:サセックス
┣━サラミス級巡洋艦:シェフィールド
┣━サラミス級巡洋艦:ヴォルゴグラード
┗━サラミス級巡洋艦:カシマ
第5任務艦隊旗艦『ネレイド』CDC(戦闘指揮センター)
「データリンク開始……アオバより、敵艦隊と思しき艦影を通常望遠にて発見。
規模、軽巡洋艦5……秒速2500にて1-4-25に移動中」
「ジオン艦隊は…おおよそM7.3か…
ふっふっふっ、もはや連中の取れる策は2つしかない」
「背後から攻撃されながら逃走を図るか、減速して正面から戦うかですね」
「うむ…全乗員ノーマルスーツ着用。
戦闘配置、300秒後に隔壁閉鎖、艦隊は戦闘可能速度まで減速せよ」
艦内の照明が戦闘照明へと切り替わる。
ワイアット中将とロドニー准将はジオン艦隊の予測を正しく予測していた。
宇宙空間では重力ターンなどの航法技術を使わない限り、減速するには加速した分の推進剤と時間が必要なのだ。また最大出力の急加速や急減速は艦内の乗員を殺してしまうので、加速・減速ポイントは計算して行わなければならない。
この事から月方面から来たジオン艦隊が戦闘を避けて加速を行えば、ルナU方面へと向かうことになる。たった5隻で連邦宇宙艦隊の巣窟と言っても良い場所に向かうのは勇気ではなく無謀だった。どのような精鋭であっても物量の前に押しつぶされてしまうだろう。
そして、重力ターンを行うには、ワイアットを突破して地球軌道上に出なければならない…
どちらも現実的ではない。
ジオン哨戒艦隊の戦力では双方とも余りにも荷が重すぎたのだ。
「ナガト、フッド、シャルンホルストとのデータリンク開始」
「敵艦隊、減速を開始しました……進路1-4-21…会敵コースです!」
「改めて考えると、これほどに無い位に最悪な選択肢だな…」
ワイアットの瞳が鋭い光を放つ。
「彼らには他の選択肢がありません」
「違いない!」
ジオン艦隊の戦術は最悪であっても、常識的な範囲において他に選びようが無かった。
艦隊を振り切るために更なる加速を行えば敵勢力のど真ん中に飛び込むことになる。
自殺願望でもない限り、戦わずして逃げるという選択肢はもはや無い。
ジオン哨戒艦隊は自らの戦力を最大限に生かすにはMSを使うしかなかった。
航空戦力を使うためには回収可能な速度まで減速しなければならない。
その理由は、MSの推進剤では加速状態の艦艇から発艦した場合、減速だけで全ての推進剤を使い切ってしまい、戦闘どころではなくなってしまう。減速しきれない方が多いだろう。
ワイアットの打った手によって、
戦術的にも戦略的にもジオン哨戒艦隊は追い詰められていた。
「航空参謀、航空戦隊の様子はどうか?」
「航空団指揮官の報告によると後180秒で全ての発艦準備を完了します!」
「航海参謀、艦隊運動パターンの構築は順調か?」
「訓練の成果をお見せしましょう!」
「砲術参謀、砲撃パターンは任せたぞ」
「ジオン軍に本物の砲戦を教えてやります!」
「期待している」
艦隊の状況を確認し終えたワイアットは、士気鼓舞の為に演説を兼ねた命令を下す為に、
統合戦術情報伝達システムを介してを全艦に通信繋げる。
「諸君、ジオン軍共に連邦の本当の実力を見せるときが来た!
第一戦隊(戦艦戦隊)は射程内に補足次第に砲戦を開始。
砲戦開始2秒後にミサイル攻撃を開始、それと同時に巡洋艦は対空防御戦闘に備えよ!」
「ジオン艦隊、依然接近中……
数5…あと880秒で艦隊防空圏(エリアディフェンス−ゾーン)に入る」
「ジオン艦隊より数11……
いや、16の艦載機が射出、警戒されたし」
なっ! この距離で発艦?
MS-06Cの性能と艦隊速度を考えると殆ど片道だろう。
MSが減速しながら艦隊攻撃…此方の艦隊運動を乱すのが目的なのか…
全てのカードを一気に投入するのは悪い判断ではないが…
いや、違う!
MSを囮にして艦隊を反航戦(敵とすれ違いながら交戦)で逃げる?
いや…逃げても我々から逃げようとすれば、否応無しに
連邦勢力圏に突っ込む羽目になる…
となると…残る可能性は近辺宙域に推進剤を満載した補給艦の存在だな。
「命令、第一防空戦隊、第一巡洋艦戦隊、第二巡洋艦戦隊は、
第一航空戦隊旗艦「カガ」の指揮下に入り、ジオン航空戦力を阻止せよ!
本戦隊はジオン艦隊の航路を押さえる!」
ワイアットの命令によって第5任務艦隊が二つに分かれた。
ジオン哨戒艦隊を発したMS部隊も連邦艦隊の行動を観測していたが、いまさら射出進路から外れる事も出来なかった。連邦航空戦力を抑えなければ哨戒艦隊が全滅してしまうからだ。
味方艦隊が戦艦に落とされるか、航空戦力に落とされるかの差でしかなかったが、MS部隊長は当初の作戦を続けるしかなかった。極限状態の出撃の上に急遽の作戦変更は悪戯に部隊を混乱に落としかねない。
「連邦め!!」
ジオンのMS部隊長に出来た事は悪態を付くことだけだった。
戦術的にも戦略的にも戦力的にも不利なジオン哨戒艦隊が第5任務艦隊から逃れる事など不可能だったのだ。
ワイアットの判断によってジオン艦隊は直進すれば丁字戦法で戦う事になり、航路を変えれば圧倒的な砲戦能力を有する連邦戦艦隊と同航戦を強いられることになった。
連邦戦艦に背後を見せたら最後。
後方に対する砲戦能力の無いジオン艦隊は鎧袖一触のまま宇宙の藻屑となってしまう。
「先ほどの発言は撤回しよう」
「は?」
ロドニー准将はワイアット中将に尋ね返した。
「ジオン艦隊の採った、今の策こそ真の意味において最悪の選択なのだよ」
「確かに…」
そこに満を持した、ネレイドCDC(戦闘指揮センター)にいる管制担当士官の報告が入る。
「ジオン艦隊、本戦隊の主砲射程内に入りました。迎撃準備完了」
「まだだ! 今撃っても当たるわけが無い!!
全艦観測密にせよ!」
艦艇性能に精通しているワイアットは言い放つ。
「10秒経過………15………20………30………ジオン艦隊発砲!」
「ふっ…あの攻撃は脅しに過ぎない…この距離では当たらぬよ」
ワイアットの言う通り、ムサイ級巡洋艦に搭載されている規模の光学観測システムではこの距離での精密射撃は難しかった。ジオン艦隊の攻撃は失敗だった。この発砲光によって、連邦艦隊はジオン艦隊の、より正確な位置を測ることが出来たのだ。
「敵艦精密捕捉!」
待ちに待った砲術仕官の報告が入ると、ワイアットが号令を下した。
「全艦全兵装使用自由(オール・ウエポン・ザ・フリー)」
ワイアットの号令と共にネレイド、ナガト、フッド、シャルンホルストの4隻のマゼラン級戦艦が統一射撃装置によって同時に攻撃を開始した。各艦艇に装備されている連装メガ粒子砲5門、連装副砲2門から一斉にメガ粒子砲が解き放たれる。
一撃で巡洋艦を戦闘不能にする48線のビームがジオン艦隊に襲い掛かった。ネレイドとフッドは敵一番艦を狙い、ナガトとシャルンホルストは敵三番艦を狙うのだ。
「敵2番艦にミサイル1番から4番発射…射線15度仰角、5番、6番、発射!」
「空母部隊は敵航空戦力と交戦状態に突入しました!」
砲術参謀と航空参謀の声がCDC(戦闘指揮センター)内に響いた。
「全直衛機に通達。
対空射撃警報発令! 対空射撃警報発令!
目標16、艦隊防空圏(エリアディフェンスゾーン)突入。10秒後に対空防御射撃開始します。
各機、対空砲火に注意せよ。
カウントダウン始動、10…9…8…7…6…5…4…3…2…1…開始(ファイヤー)!」
18隻に上るサラミス級巡洋艦が射撃担当エリアに向けて猛然と射撃を開始した。
連射性に優れた100門以上の単装メガ粒子砲による弾幕が形成されると16機程度のジオンMSでは突破は出来なかった。同一エリアに全ての砲塔が向くことは無いが、連装機銃やミサイルランチャーの牽制もあってなんら、慰めにならない。
ワイアットは初期型サラミスの欠点である、船底部分における防御火器の少なさを熟知しており、それぞれのサラミス級巡洋艦がペアとなって互いの船底を守るような隊列を採用していた。
2機のザクが回避しきれずに直撃を食らって爆散した。
これはサラミス級巡洋艦「アオバ」の攻撃だ。
「アオバ、2機タッチダウン!」
「アオバは流石に熟練度が高いな」
連邦側は事前にワイアットの的確な指示を受けており冷静に対処できていたが、
対するジオン側は冷静な状態とは言えなかった。
「たっ、隊長!!
しっ、死角が! 火線に死角がありません〜っ」
ジオンMS部隊は必死に回避行動を行いつつ突破口を探っていく。
「後方だ! 艦隊後方は若干対空砲火が薄いぞ!!」
「りょうか…ぐぁあぁああ…」
90mm連装機銃の弾幕に捕捉された1機のMS-06Cが撃破される。ジオンのMS隊は突撃コースに乗るまでに5機のザクを失ったのだ。しかし、生き残った彼らの本当の受難はこれから訪れる
「カガより、リマー4(第四小隊)へ、バンディット(敵機)3機が警戒空域に入った。
方位(ヘディング)4-23-7。対処せよ、以上(オーバー)」
「バニング了解(ラジャー)!
お前達、聞いた通りだ、スリー、フォー、ファイブは後方の1機をやれ。
こちらはツーと共に前方をやる! しくじったら腕立て伏せ100回だ! 以上(オーバー)」
「マジかよ…ツー 了解(ラジャー)」
通信に答えたバニング中尉のペア機を勤める、
ヤザン・ゲーブル少尉は妙な部隊に配属されたと珍しく落ち込んでいた。
3回ほど腕立て伏せの洗礼を受ければ誰だってそう思うだろう。しかし、叩き上げでしかも有能なバニング中尉が相手では傲岸不遜のヤザンも逆らえない。過去の歴史を見ても、叩き上げの士官に逆らって長生きした将兵はいないのだ。
これは、隊全体で言える事だが、バニング中尉は軍人として尊敬されると同時に、腕立て伏せという制裁を好むことから畏怖されていた。
2個小隊、6機のFF-S3がサウス・バニング中尉の下で有機的に動き出す。ルナU守備についていた熟練兵に相応しい無駄の無いフォーメーションを組む。
バニングは隊長機と思しき一機を選択し、ロックオンした。武装は電波誘導と比べて射界は落ちるがミノフスキー粒子の影響をあまり受けないレーザー誘導中距離ミサイルを選択している。
HUDに正方形のTD(目標指示)ボックスが現れ、索敵装置の分析により、敵機のそれと思しき位置で止まり点滅した。射撃管制システムが敵機を捉えた証だった。高価な航宙機には電波、レーザー、赤外線センサーなどの複合探査装置が常備されており、それらと連動しているTDボックスの中には敵機との相対速度、相対距離まで表示される。距離感の掴みにくい宇宙戦闘では必要不可欠な機能だ。
バニングは慌てることなく、流れるような手つきで攻撃プロセスを処理していく。
レーザー誘導シーカー固定…ミサイル安全装置解除
いくぞ!
「バニング、フォックス・ワン(中距離空対空ミサイル発射、友軍機は警戒されたし)」
バニングは僅かな差を於いて3発の中距離ミサイルを放つ。
隷下の部隊もバニング機の攻撃にあわせて、所属部隊の各機が攻撃を開始した。
「ツー(ヤザン・ゲーブル少尉)、フォックス・ワン」
5秒ほど後に、残る3機が攻撃を開始した。
「スリー(アルファ・A・ベイト少尉)、フォックス・ワン」
「フォー(ベルナルド・モンシア准尉)、フォックス・ワン」
「ファイブ(チャップ・アデル准尉)、フォックス・ワン」
FF-S3セイバーフィッシュは機首の25mm機関砲4基を基本装備として、
ブースターパック装着時はその先端に付けられている各基3基ずつの計12基のミサイルランチャーの装備が可能な重武装宇宙戦闘機なのだ。
連邦艦隊の勝利条件はMS部隊を全滅する事ではない。
空母部隊を守り抜けば勝利なのだ。
3機のMS-06Cに15発の中距離ミサイルが飛来したが、それ程濃い濃度ではないにもかかわらず、ミノフスキー粒子の影響によって、ミサイルの誘導機能が低下しており1発の至近弾以外は全て外れてしまう。
「そう来ると思った!」
バニングは回避を予測しており、IR(赤外線)ホーミング・ミサイルを選択していた。
回避行動によって速度を失ったMS隊にバニングの本命である6発のミサイルが解き放たれる。
「バニング、フォックス・ツー(IR誘導ミサイル発射、友軍機は警戒されたし)」
いくらMSの機動性が優れているとはいえ、速度というアドバンテージを失ってしまっては、
標的に過ぎない。MS小隊の隊長機に3発が命中して大破爆発した。
「エンゲージ!(命中) スプラッシュワン(敵機撃墜)」
バニング中尉の戦果をモニターの片隅にて確認しつつ、ヤザン少尉も行動に移る。
「喰いやがれ! ツー、フォックス・ツー」
ヤザン少尉も隊長機と同じようにFF-S3に搭載されているIRホーミング・ミサイルを解き放つ。
ヤザン機から放たれた6発のミサイルはザクマシンガンによって4発は撃ち落とされたが、1発が腰部分に直撃して冷却機能を破壊しつくした。残る1発は索敵機材が集中しているザクの頭を吹き飛ばす。
「エンゲージ!(命中) くっくっくっ、逃すかよ!」
2発命中の結果をすぐさま確認したヤザン少尉は舌なめずりをすると、止めを刺すためにエンジンスロットルを全開にして急加速を行った。
TDボックス内に中破状態のMS-06Cを再び捉えると、トリガーを引いてFF-S3機首の25mm機関砲4基を作動させる。
加速状態のFF-S3から打ち出されて威力の増した機銃弾は中破状態のMS-06Cに機銃弾が容赦なく降り注いでいく。
ヤザン機からの正確無比な機銃弾を破損箇所を中心に浴びたMS-06Cは先ほど散った隊長機の後を追うことになった。
戦闘機乗りとしてベテランの域に達しているバニング中尉の仕掛けた罠は辛辣だった。
濃密な艦隊防空であっても、多くの場合に於いて限定的に発生する、射線比率の低い空間に敵を追い詰めて撃破していったのだ。FF-S3のミサイルを大きく回避すれば艦隊防空の弾幕に捕捉され、回避しなければミサイルによってダメージを受ける…
例え、回避空間が限定されている射線比率の低い空間内での回避に成功したとしても、2段、3段とミサイル攻撃と25mm機関砲4基による機銃掃射による一撃離脱戦に徹して、MSの機動性を生かさせない戦いを強いていくのだ。
バニング中尉の策に嵌められたジオン軍のMS小隊は、効果的な反撃すら出来ずに全機撃墜という結末を迎える。
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