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ワイアットの逆襲 第03話【第5任務艦隊】


0079年01月18日

コーウェン少将と別れたワイアットはゴップ大将を通じて連邦軍最高幕僚会議に対して残存の宇宙艦隊の 行動方針を進言する。幕僚会議は戦力の集中の原則に従っているワイアットの案をゴップ大将の推薦もあって即答という異例の速さで採用した。

連邦軍はこれ以上の各個撃破を避けたかったのだ。

これにより、サイド5の残存連邦艦隊は総司令部の方針に従ってサイド2方面を集結地点として、ルナU基地やサイド7方面へと退避する事になる。

これだけでなく、ワイアットは次の手を打つ。
一年戦争の実史を知り尽くしている彼は手の届く範囲で、積極的に介入を行って緒戦の失敗を可能な限り無くそうとしていた。


連邦軍宇宙艦隊の主要艦隊の現在の状態は以下のようになる。

第1艦隊:ビク・ハボクック中将:ルウム戦の損害にて再編成
駐留拠点:ジャブローにて再編成中

第2艦隊:ルウム戦の損害にて壊滅
第3艦隊:ルウム戦の損害にて壊滅

第4艦隊:マクファティ・ティアンム中将(ブリティッシュ作戦で半壊)
駐留拠点:ルナU
展開場所:サイド7とルナUの中間地点L3ポイント

第5艦隊:ルウム戦の損害にて壊滅

第6艦隊:ダグラス・ベーダー中将(独立機動艦隊)
駐留拠点:サイド7
展開場所:サイド7とルナUの中間地点L3ポイント

第7艦隊:グリーン・ワイアット中将
駐留拠点:ルナU
展開場所:ルナU

第8艦隊:ブリティッシュ作戦時にて壊滅
駐留拠点:サイド2
展開場所:サイド2宙域にて少数の残存戦力が警戒中

第9艦隊:ブレックス・フォーラ准将
駐留拠点:月面基地
展開場所:サイド2宙域に集結中

第10艦隊:サイド6にて半壊 駐留拠点:サイド6
展開場所:サイド2宙域に集結中

第11艦隊:サイド4にて壊滅
駐留拠点:サイド4
展開場所:残全戦力がサイド2宙域に集結中

第12艦隊:サイド1にて壊滅
駐留拠点:サイド1
展開場所:残存戦力がサイド2宙域に集結中

第13艦隊:ブリティッシュ作戦時にて壊滅
駐留拠点:サイド2
展開場所:サイド2宙域にて少数の残存戦力が警戒中

第14艦隊:ブライアン・エイノー准将
駐留拠点:月面基地
展開場所:サイド2宙域に集結中

ルナU駐留艦隊:ウォルフガング・ワッケイン少将
駐留拠点:ルナU
展開場所:ルナU近辺

連邦パトロール艦隊はほぼ全滅


開戦初頭で受ける損害としては空前絶後の大損害であったが、
これでも前史と比べて連邦軍宇宙艦隊の損害は抑えられていた。

無理をすれば1個増強艦隊に及ぶ戦力が現時点で動かせるのだ。
それを踏まえて、ワイアットは考えにふける。

「軍事参事官として安全な生活を手に入れられないなら、
 私は自らの生存率を高めるためにジオンの戦力を出来る限り削らねば為らない。
 そうなると……近く起こりそうな軍事衝突といえば…EWB-65の件だな…」

EWB-65とはサイド2のハッチから、ややルナUよりの地点に存在する月と地球の中間地点L4ポイント付近で敵機の残骸に関する情報収集を行っている連邦軍情報収集艦の一つで、開戦時に伝えられた総司令部からの命令に従って情報収集活動に従事していた。

彼らは損害軽微のMS-06Cの残骸を確保するのだが、3日後の0079年01月21日にジオン軍のムサイ級5隻で編成された哨戒艦隊と遭遇してしまうのだ。

「不利な遭遇を逆手に取るか…」

ワイアットは規模の大きくなった第7艦隊の新幕僚にロドニー・カニンガン准将を選ぶと直ぐさまに行動に移す。 彼は纏めたプランを実現すべく急ぎ足でゴップ大将の執務室に向かう。執務室に入り敬礼を終えると、ワイアットは手短に自らの考えを述べ始める。

「ゴップ大将、お願いがあって参りました」

「ワイアット君、何かね?」

「サイド5の連邦残存艦隊の撤退を援護するために私の第七艦隊に、
 出撃命令を今すぐにでも出して欲しいのです」

「しかし、君の艦隊はルウムでの傷が癒えてはいないだろう?」

「損傷の大きい船は連れて行きません。
 また、出撃命令が困難なら臨時演習の名目でも構いません」

「ワイアット中将…君は…
 判った、早急に命令書を発行させよう」

「それと、艦が足りない場合があります。
 その際にはルナU駐留艦隊の艦を任務艦隊形式を取って、
 臨時編入したいのですが宜しいですか?」

「判った、各方面に働きかけて手配しよう」

これはゴップ大将は政界に対する太いコネクションを有しており、ワイアットもそれを見込んでの働きかけであった。 そして、ワイアットの思惑通りに計画は素早く実行に移される。どれほど素早かったかといえば、ロドニー准将は僅かな手荷物でルナUへと向うほどだった。

連邦軍幕僚本部も撤退中の艦隊の安全性に不安を持っていた事も、
ワイアットの計画を進める上で有利に働いたのだ。

ワイアットが選んだロドニー・カニンガム准将は丸眼鏡とハバナ産の葉巻がトレードマークのハーバード士官学校を首席で卒業した俊才である。どれ程に優秀かといえば、38歳の若さで准将に昇格する程であり、理知的な紳士という非の打ち所の無い人物であり、将来を期待されている将校の一人である。

当然、この急ぎようでは引継ぎ業務は行われず、
引継ぎ業務を担当させられたジャミトフ准将は大いに苦労したという。

ワイアットも幾つかの言質をゴップ大将から確認すると足早にルナUまで高速艇で向った。
ロドニー准将とは現地で初めて合流するほどの慌しさだったが、これも時間との勝負だから仕方がない。

ワイアットはルナUに到着すると早々に編成表に目を通した。
経過時間は彼がジャブローに向ってから半日しか立っていないが、時間を浪費しては貴重な機会を逃してしまうので、ワイアットは精力的に動く。

「私の旗艦は中破判定か…これは臨時の旗艦を当てれば良いとして問題は他の艦艇だな。
 寄せ集めの戦力で任務艦隊形式は使いたくは無かったが、
 こればかりは仕方あるまい」

「第七艦隊とルナU駐留艦隊を合わせて、直ぐに動かせる現有戦力は…
 マゼラン級戦艦11隻、コーラル級重巡洋艦1隻、サラミス級巡洋艦41隻、
 コロンブス級補給艦15隻、アンティータム級空母5隻、トラファルガー級空母3隻に
 艦載機であるFFS-3セイバーフィッシュが84機か…」

ルナUには当初から戦艦4隻、巡洋艦77隻(予備艦状態も含む)、補給艦84隻が入港していた。

ワイアットは考える。
ふむ、艦載機の数からすべての空母は動かせぬな…

考えを纏め終えるとワイアットは動き出す。

「カニンガム准将!」

「何でしょう?」

「至急、臨時の訓練を行うぞ。
 ただし万が一に備えて3回戦分の補給物資を用意してもらいたい、
 しかも4時間以内にだ」

「よっ、4時間以内ですか?」

「そうだ」

「しかし、中将揮下の艦隊はルウム戦を終えたばかりで疲労も大きく、
 訓練を行っても大きな効果は出ないと思いますが?」

「判っている。しかし…准将、ここからはオフレコだ…
 L4ポイントからサイド2にかけて、残存の連邦艦隊が集結を開始している。

 目標はルナU及び、サイド7方面への撤退だよ。
 我々の役目は演習の名を借りた撤退援護というわけだ。

 ジオン側の被害も大きく大々的な艦隊行動は出来ないと思うが、
 万が一に備えてだよ。
 それにだ…レビル将軍ならこのようにしたとは思わぬかね?」


「っ! 了解しました。
 ロドニー准将は直ちに準備に取り掛かり、4時間以内に出港準備を完了いたします」

「頼んだぞ!」

ワイアットは前史において、各方面からの撤退中の連邦艦隊が大きな妨害を受けずに撤退を完了するのを知っていた。それにも関わらず援護のために出撃を行うのには訳がある。

彼はザクを確保したEWB-65を守り切って、連邦のMS開発時期を実歴よりも早めるのと、ジオンの艦隊戦力を可能な限り削り取るつもりなのだ。艦艇がなければ航続距離と冷却問題から活動時間の限られたMSはまともに運用できない。

戦史マニアのワイアットはジオンの兵力配置だけでなく、主要作戦、兵器開発スケジュール、生産能力すら暗記しており、どのように戦局を進めれば良いかも知っていた。そしてジオンの泣き所も誰よりも理解している。一つの例を上げれば、国力の比率からしてジオンにとってムサイ級巡洋艦を1隻失うのは、連邦にとってはサラミス級巡洋艦30隻とセイバーフィッシュ480機(MSとの航空機のコスト差を単純計算で4倍)を失う事に等しい。

このようにレビル将軍以上にジオンの弱点を知っているワイアット の働きによってジオンの戦争計画は大きく狂おうとしていた。










0079年01月19日 0時15分

ルナUからワイアットによる臨時編成の合同艦隊の第5任務艦隊が発進した。
標準時間では深夜に達する時間に出航する急ぎようだ。

その戦力はマゼラン級戦艦ネレイドに旗艦を移してマゼラン級戦艦4隻、コーラル級重巡洋艦1隻、サラミス級巡洋艦18隻、アンティータム級空母2隻、トラファルガー級空母1隻、艦載機としてFFS-3が84機である。

1日遅れで、第5任務艦隊を援護するべく、サラミス級巡洋艦8隻、補給物資を満載したコロンブス級補給艦6隻が出発することになる。

第5任務艦隊はサイド2方面に向けて加速をしつつ、可能な限りの艦隊運動演習を繰り返していった。 寄せ集めの戦力で戦う苦労をルウム撤退戦で学んだワイアットは努力を惜しむつもりはない。当初は危惧されていた第5任務艦隊の士気もルウム奇跡の撤退を指揮したワイアットの存在もあって、かつてないほど高まっている。

「陣形の組みなおしに時間が掛かりすぎるな…
 予定ポイントまでまだまだ時間は有る。幸いにも推進剤にはまだまだ余裕があるので、
 再度の艦隊陣形の訓練を行おう。訓練不足の償いは実戦で支払うことになるからな…」

「了解しました」

ワイアットの指示に秀才として名高いロドニーは的確に動いていく。 彼は知らず知らずして、勝利に対しての努力を惜しまない"名将"としての道を歩み始めていたのだ。









0079年01月20日
サイド5や他方面より撤退した連邦軍残存艇はサイド2付近へ集結を完了すると、直ちにサイド7方面へと退避を開始した。

その同時刻にて、総司令部からの命令に従ってサイド6やサイド2付近のL4ポイントで敵機の残骸を回収中の連邦軍情報収集艦EWB-65はコックピット以外に殆ど損傷の無いMS-06Cの確保に成功する。


0079年01月21日

「付近に独航状態の連邦の巡洋艦がいると?」

「ええ、長距離光学観測にて船影を捉えました」

「敵艦はどの様なコースを取っているのだ?」

「航路から計算すると恐らくルナU方面かと…」

「混乱から立ち戻るまでに、一隻でも多くの連邦艦を沈めなければならぬ!」

「では?」

「ああ、我が戦隊を敵艦の航路に合わせろ、最大加速だ!
 航海参謀、補給艦の手配も頼むぞ」

「了解!」

ムサイ級軽巡洋艦5隻からなるジオン哨戒艦隊は連邦軍の情報収集艦EWB-65に向けて猛然と加速を始めた。

自らの圧倒的な勝利を確信して…


それと時を同じくして無情にもマゼラン級戦艦ネレイドでも情報収集艦EWB-65とジオン哨戒艦隊を補足していたのだ。 連邦艦隊が情報収集艦EWB-65より遠方にいるジオン艦隊を補足出来たのは、戦艦に搭載された優れた光学望遠システムのお陰である。

実質は軽巡洋艦のムサイ級と主力戦艦のマゼラン級では搭載できるシステムの規模が違う。

ジオン哨戒艦隊が先に第5任務艦隊を捉えていたら、間違いなく撤退していたであろう。

現実は残酷である。

ワイアットはジオン哨戒艦隊の減速力・加速力から完全に逃げ切れない位置を確保したのを確認すると レーザー通信にて第5任務艦隊全体に向けて演説を開始した。ワイアットはジオン艦隊に気付かれる事よりも、艦隊の士気を鼓舞することを優先したのだ。

「諸君! 卑怯なるジオン艦隊が撤退中の友軍に対して牙を剥こうとしている!
 我々は彼らを見逃してよいのだろうか?

 否! 我々は彼らを許しては為らない!!
 人類を守るために戦い、疲弊した友軍を何があっても助けなければならないのだ!

 そして、我々の勇気と献身が後の勝利に繋がるであろう。
 各自の奮闘に期待する」

この放送は情報収集艦EWB-65とジオン哨戒艦隊に等しく届いていた。
前者は歓喜を持って受け入れ、後者は絶望に包まれていた。

ワイアットの演説によって、
第5任務艦隊はサイド3にまで突進しそうなぐらいに士気は高まっていく。

ジオン哨戒艦隊が捉えた長距離光学観測では、救援中の連邦艦隊は少なく見積もっても戦艦3、空母2、巡洋艦多数であり、それ以上の数の可能性の方が圧倒的に高かった。更に運が悪いことに、今から減速と反転を行って退避行動をとっても逃げ切れないのがはっきりしている。

前方にしか艦砲を撃てないムサイ級の弱点が早くも露呈した瞬間だ。


第5任務艦隊の圧倒的に有利な状態にもかかわらず、ワイアット中将の近くに居た一人の幕僚が心配そうな顔をした。
実戦参加は今回が初めてであり、ルウム戦役の損害を知っているだけに不安なのだろう。
緊張する気持が判るワイアットは不安を和らげるために諭すように言う。

「キミ、これは簡単な算術である。
 戦艦4隻と軽巡洋艦5隻…砲戦では、どちらが強いかね?」

「戦艦ですね」

「そうだろう?
 戦艦戦隊が敵艦艇を蹴散らし、巡洋艦戦隊と航空戦力はジオンの航空戦力を相手する。
 我々はジオン艦艇を撃滅した時点で勝利なのだよ。
 後はジオンの航空戦力を彼らが息切れするまで防ぎきればよい。
 帰還する場所のない艦載機が何時までも戦える程、戦場は甘くは無いのだ」

ワイアットは英国紳士風のジョークで締めくくる。

「それにだ、
 古来よりレディ(艦)は贈り物(砲戦)が好きだと相場は決まっている、
 フッフッフッフ…」

昔より軍艦を女性に見立てる風習があるのを知っている幕僚達の間に笑いが広まる。ワイアットが行った最後の締めくくりでネレイドのCIC内の極度の緊張は良い意味での緊張へと切り替わって行くのを見ていたロドニー准将はワイアットの指揮ぶりに深く感心していた。
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