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ワイアットの逆襲 第02話【艦艇改修案】


ルウム戦役の戦いの後、ワイアット少将は残余の連邦艦隊を率いてルナ2に向けて退避中に中将昇進の報を受けると同時に、ジャブロー出頭を命じられる。

ルナ2に到着したワイアットはルウム会戦に参加した艦艇の整備と損傷艦の応急修理を基地司令ワッケイン少将に命じると、ジャブローからの呼び出しに従って高速艇に乗ってジャブローへと向かう。

ワイアット中将の心は非常に高ぶっていた。

そう、この時までは…

0079年1月18日、地球連邦軍本部ジャブロー

ジャブローとは南米アマゾン川流域の地下にある巨大な鍾乳洞から小さなの鍾乳洞を幾つも連結して、その中に作られた一大軍事拠点の事を指す。

ジャブローは、ただの地下要塞ではない。強固な地盤の深地下にあるため通常兵器はもとより核兵器の直撃に耐えるだけでなく、ジャブロー中枢部は直撃で無い限り、至近距離であってもコロニーの落下にすら耐えられる強大な防御力があった。また、万全ともいえるレベルで守られた防空ユニットによって強大な防空能力を有している。

しかも、軍事施設を始めとした艦隊規模の艦艇が停泊できるだけのドック施設だけでなく、大型艦艇の建造すら可能な造船施設に加えて各種艤装品の生産すら可能な生産設備、研究施設、大規模兵器工廠までも備えている。

ジオン公国の国力では逆立ちしても、 持つことの出来ない大規模要塞であろう。

コロニー落としに失敗したジオン公国軍に、もはやジャブローを攻略する力は無かった。

そもそも、ジオン公国軍が歴史に悪行を残すことになるブリティッシュ作戦によって、人類史上初のコロニーを弾頭に見立てた質量攻撃を行ってまでジャブロー破壊を狙ったのは、要塞攻略用の戦力が無かった事が全ての原因である。

要塞攻略には周辺の防御ユニットの無力化を行っただけでは攻略にならない。

MSを投入しても最終的な占領には歩兵部隊による内部施設の制圧が必要だったが、連邦地上軍によって守られている地下要塞に入り込んで無事で済むわけが無かった。それに、物量戦になってしまうジャブロー周辺の制空権を取るのもジオン公国の国力からして不可能である。

だからこそ、ジオン公国軍は、ジャブロー中枢の正確な情報が無いにも関わらず、 ブリティッシュ作戦を敢行したのだ。それぐらいに、ジオン公国が地球連邦軍本部ジャブローに対して持っていた恐怖感は並大抵のものではなかったとも言える。


ジオン公国軍が最優先破壊目標に選定していたジャブローに到着したワイアット中将は出頭命令に従って早速、ゴップ大将のいる執務室まで足を運んだ。そして、ワイアット中将は、そこでゴップ大将から伝えられた内容に驚愕の声を上げた。

「閣下っ、
 今……なんと仰いましたか!?」

「第一連合艦隊の残余の一部艦艇を君の指揮下に入れて再編成すると言ったのだよ?」

「そ、その艦隊の指揮は誰が!?」

「ワイアット君、君に決まっているではないか。
 ルウム戦での奇跡の撤退、慧眼とも言える対MS戦術の考案…
 そんな君を遊ばせておくのは才能の無駄遣ではないかね?」

軍政官として優秀な能力を持つゴップ大将は戦争の行く末を心配しており、友軍の損失を減らすべく有能な将校を可能な限り前線へと送り込みたかったのだ。

人的資源が豊富な地球連邦とはいえ、無限ではない。

将校にもなる人物に真の愚鈍はおらず平凡か有能に分けられる。
その能力をどれだけ真剣に自らの保身に使うか組織の為に使うかで大きく変わっていく。

ワイアットは前者の究極系となっていた。

未来を知り、やり直す機会を無駄にしない事を妄執じみた信念にしていたのだ。歴史どおりにジャブロー勤務になると思っていたワイアットは内心狼狽したが、直ちに精神を立て直すと素早く計算し、生存率を上げるべく交渉を持ちかける。艦隊勤務は避けられないならば、可能な限り万全な体勢で乗り切ることを決意した。

「判りました…しかし、既存の艦艇の改装と戦訓を取り入れた新造艦の建造、
 そして航空戦力の充実を図らなければ被害が拡大するだけです」

「ワイアット君、それは十分に判っておる。
 技術将校のコーウェン少将と共に2日以内に改装案を煮詰めて
 ヴィックウェリントン社に提出しておいてくれ。

 ああ、それと…君の艦隊は試験的な新機軸を投入するテストケースにもなる。
 それと艦隊幕僚の補充を忘れずにな」

「判りました、早速取り掛かります」

ワイアットはゴップ大将に敬礼を済ませると、急いでコーウェン少将の下へ走って行った。

その精力的に動くワイアット中将を見て、
ゴップ大将はオフィスの窓から地下空洞に広がる基地を見下ろしながら呟く。

「連邦軍もまだまだ捨てたものじゃないな…
 これで、若者の戦死が減ればよいが…そう思わぬか? レビルよ…」

ゴップ大将は安否の知れぬレビルに対して呟いた…

ゴップはワイアットを大きく誤解していた。勝利に貢献する勇将として映っていたのだ。しかし、大きな間違いでもなかった…今後、ワイアットが於かれる環境は、知恵を絞り勇戦しなければ生き残れない最前線という名の特等席だったからだ。

ワイアットは精々、攻勢時に投入される艦隊戦力と思っていたが、それは甘い考えである。防戦や強襲にも容赦なく投入されていくこと事は現時点のワイアットはまだ知る由も無かった。









ワイアット中将とジョン・コーウェン少将は熱く語り合っていた。

「確かに対空機銃が実弾よりもレーザーの方が弾薬や誘爆の心配は無くて良いですな。
 あとは出力問題ですか…」

「だろう?
 出力に余裕が無かれば主砲の数を減らせば良いのでは?」

「確かにこれなら核融合炉を交換せずとも対空能力の向上は可能です。
 うむ、十分にいけますぞ!
 しかし、中将が言うような大型戦艦は無理です……
 技術的問題ではありません」

「では、何故!?」

大型戦艦の建造に心を躍らせていたワイアットは思わず聞き返した。

「大型ドックの殆どは損傷艦の修理と計画済みの新造艦建造で手が一杯なのです。
 修理に関しては早急に終わりますが、今から新規戦艦の設計を行っても時間が掛かります」

大型戦艦とはワイアットの愛すべき乗艦、バーミンガム級戦艦のことだ。

その戦艦の内訳は、優れた艦隊指揮能力と、強力な個艦能力を有している大型戦艦。大型メガ粒子砲連装5基、大型メガ粒子砲単装1基、メガ粒子砲単装8基、レーザー連装砲12基、12連装ミサイルランチャー2基と単艦戦闘能力に置いては0083年時においては最強と言える砲戦能力と艦隊指揮能力を誇っていた。

最強の戦艦で艦隊を率いるのは男のロマン!
しかし現実はロマンを容易く裏切るのである。

「くっ…しかたあるまい」

造船所の現状からバーミンガム級の早期建造をひとまず諦めたワイアットは渋々ながらロマンの先送りを決断する。提出プランを煮詰め直して、コーウェン少将と共に連邦宇宙艦隊の中核を為しているマゼラン級戦艦、サラミス級巡洋艦の防空能力を改善する計画書をまとめ上げていく。

特出すべき点は既存の艦の改修では時間とコストのかかる核融合炉の交換は行わず、対空火器の増設に留めている事だ。新造艦の大量産に比べれば連邦の国力からすれば容易い。

マゼラン級戦艦に関しては、効果に疑問のある連装副砲2基を廃止し、その余剰出力を対空レーザー砲に換装して、連装メガ粒子砲6基、連装レーザー対空砲28基、4連装ミサイル発射管2基に変更する。特に死角が少なくなるように設置された対空レーザー砲は強力な個艦防空能力を有するであろう。

サラミス級巡洋艦に関しては、 単装メガ粒子砲を1門、90o連装機銃をすべて廃止し、単装メガ粒子砲5基、連装レーザー対空砲10基、8連装ミサイルランチャー2基、艦首部2連大型ミサイル発射管8基に変更。単艦ではなく、戦隊〜艦隊防空によって防空網を形成する考えに基づいて対空火器が配備されているのが特徴で、僚艦と陣形を組んだ時こそ真価を発揮するように配慮がなされている。砲戦能力はやや低下するが、防空力は著しく向上するように改修する。

双方とも核融合炉出力の関係上、主砲数を減らして対空能力を図っていた。

これは対空兵装に関しては0083時の艦艇設計に近いものといえる。
しかも戦争中期から参加する新造艦に関しては融合炉も高出力の物に変更されており、砲戦と防空の両方のさらなる強化が進むことになるのだ。

「艦艇改修はこの位であろう?」

「そうですな…それと中将、
 SCV-27A計画の要であるペガサス級強襲揚陸艦のプランを御覧になりますか?」

SCV-27A計画とは0077年度戦力整備計画で承認され、宇宙世紀0078年2月にジャブローAブロック1号ドックで起工が始められた新鋭の航空母艦の建造計画である。

「良いのか?」

「ゴップ大将の許可は取ってあります。
 通常の艦載機からMS搭載も可能なように設計が色々と変更されてますが…
 詳細はそちらのモニターに表示します」

コーウェンが端末を操作すると、モニター上にペガサス級の基礎プランが映し出される。

「幸い、初期生産は融合炉と船体基礎フレームでしたので変更が効きました。
 この調子で行けば5月には就航する予定です」

そのプランを見たワイアットは疑問に思った。

580o実体弾式連装主砲2基、連装メガ粒子砲2基、前部ミサイル発射装置24基、後部ミサイル発射装置6基、対空機銃座36基……
航空母艦や強襲揚陸艦にしては過剰な兵装…そして、それを生かす名案も。

「なぁ少将…少し疑問なのだが、
 空母や強襲揚陸艦が護衛艦も連れずに作戦行動を行うのかな?」

「軍事的な常識では考えられません」

「そうだろうな…
 少なくとも単艦の空母や強襲揚陸艦が580o実体弾式連装主砲などと言う、
 兵装を使っている時点で此方の航空戦力や護衛戦力が壊滅しているのでは?

 空母にしろ強襲揚陸艦にしろ、主任務は搭載兵力を効率よく展開することだ。
 砲戦などは周囲の艦艇に任せばよいだろう?」

「確かに…」

「その兵装を載せる空間を格納庫に変えた方が艦隊戦力として確かなものになると思うのだよ。
 これでは間違いなく第二次世界大戦時にあった、
 重装軽空母グラーフ・ツェッペリンか航空戦艦伊勢の二の舞になるぞ。
 何もかもジオンの真似するのではなく良い点だけ真似ればいい」

ジオン公国は万能性の追求の結果、巡洋艦にすらMSを搭載してあらゆる局面に対応できようにしていた。しかし巡洋艦という艦艇にも関わらず、艦載機運用機能を詰め込んだ結果、量産性の低下、防御力の不足、砲配置の不備による射界が制限されるなどのデメリットも多かった。

地球連邦軍艦艇はMS非搭載であることを批判されやすいが、 軍艦として最も大事な居住環境、航海性能、量産性、整備性だけでなく汎用性すらも高かった。 連邦軍においては、常に多数隻の任務艦隊で運用される場合が多く、単艦性能よりも艦隊としての戦闘力が重要なのである。

艦隊戦で最初に行われるのはルウム戦役で実証された通り、長距離攻撃であるミサイル戦と砲撃戦だった。どのような回避行動を取ったとしても航空戦力やMSが接近する前にその何割かは艦隊攻撃によって撃墜となるのだ。当然ながら艦砲やミサイルは艦艇に対して有効な打撃になる。

これは連邦軍の軍事ドクトリンの優秀性を証明すると同時に、冒険を行わず堅実な設計を続けていく連邦軍艦政本部の艦隊思想がいかに優れているかを物語っていた。

サラミス級に至っては改良を重ねて、この先80年以上もの長期間にわたって使われるのだ。

「分かりました、艦載機運用能力を充実するための設計変更を指示しておきます」

「頼むぞ。何かあったら私の名前を使え!」

ワイアットはそう言うと言葉を続ける。

「最後に一つ、心配事の一種だが…
 ペガサス級のエンジン部分に関する設計を、もう一度見直したほうが良いと思う」

「何故ですか?」

「4連装熱核ハイブリッドエンジンシステムにミノフスキークラフト…
 どちらも我が軍では運用実績がない。
 基礎と応用は別であり、熱核ロケットと違って慎重を期すべきだと思うのだよ」

ワイアットは一番艦のペガサスのエンジン部分の設計問題によって建造が大幅に遅れてしまった歴史を知っていたのだ。避けられる問題ならば避けておいて損はないと判断したワイアットは助言という形で知らせる事にした。

戦史や歴史に詳しいワイアットならではの知識である。どのような知識であっても無駄なものは存在しない。

後にエンジン部の問題を事前に知ることが出来た連邦軍艦政本部は面子を守ってくれたワイアットとコーウェンに好意的な感情を持つようになる。

「確かに万が一何かがあれば建造に影響が出ますな…了解しました」

「宜しく頼む」

理論的に説明しているワイアットには隠れた紳士的な本音があった。

(連邦軍のMS戦力の要となったペガサス級の砲戦能力が低下すれば
 バーミンガム級の実現も早まろう…
 ふっふっふっ、私の高度な戦略は素晴らしい)

このようにワイアットの妙な分野でも脳細胞は冴えを見せていたのだ。

動機はどうであれ、ワイアットは0083時の戦訓を自らの予想としてコーウェン少将に提出した。

その影響は、実史では同じ艦型であっても建造時期によって大幅に変更が行われたペガサス級に顕著に現れていく。

ルウム戦役で名を馳せたワイアットの言葉は起工済みのペガサス級強襲揚陸艦の「ペガサス」「ホワイトベース」「サラブレット」「トロイホース」「グレイファントム」「ブランリヴァル」「アルバトロス」の7隻の運命を大きく変えた。

ペガサスやホワイトベースからして実史のペガサス級の中で優れた搭載能力を有するグレイファントムのような作りになるのだ。

そして、艦艇改修案を纏めた計画書がヴィックウェリントン社に渡されると 戦時下とはいえ驚異的とも言えるスピードで艦艇改装用の機材の生産が始められる。ゴップ大将はジャブローだけではなく地球全域の生産施設を効率よく活用して短時間で必要機材を揃えるつもりだった。

その為のジグの配置や資材の手配も既に各方面に伝達積みだったのだ。その裏には水面下でゴップ大将の政治力を使った目に見えない援護があったのだ。これは、軍政官として辣腕を振るうゴップ大将の能力の高さ証明している。

改装は当然ながら損傷艦の多いワイアット中将指揮下の第七艦隊から行われていく。

さらにワイアットは空いた時間を活用して、ハービック社とヴィックウェリントン社で生産しているFFS-3シリーズの戦訓を生かした改修案加えて、MS開発案ともいえる仕様書を作り始めていた。その内容は「V作戦」の焼き直しのようなもので、MSの投入を早めるために砲撃戦用MS、中距離支援用MSの開発がオミットされており、近接戦闘用MSのみに絞られていたのだ。
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