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女帝 第11話【第二次ビクトリア攻防戦 前編】





C.E.71年2月9日

ザフト軍はアフリカのビクトリア湖付近にある地球連合軍のビクトリア基地に対して攻勢を開始していた。C.E.70年3月8日に行われた第一次ビクトリア攻防戦から約11ヶ月ぶりのビクトリア基地に対する攻略戦である。

このビクトリア基地にはマスドライバー「ハビリス」があり、これを奪い取れば地球連合に於ける月から衛星軌道に掛けての補給線を大きく阻害できるだけでなく、ザフト側はアフリカ方面に眠る地下資源を本国に運び出すことが可能になるのだ。

プラントの経済事情を考慮すれば、
是非に奪い取らねばならない拠点と言えよう。

そこでザフト軍は従来からアフリカ方面に展開させていた部隊に加えて、対ビクトリア基地攻略戦に向けて東アジア共和国にアフリカ利権の一部を代償に援軍を要請する。

それにより東アジア軍から2つの軍団、第26集団軍と特戦司が派遣されていた。 第26集団軍は中国人民解放軍の時代から機械化と装備更新が優先されている部隊であり、使用兵装はやや旧式だったが重装備化が進んでいた部隊である。東アジア軍の中核は中国人民解放軍からなっており、その優先度が引き継がれていたのだ。またと特戦司は各種妨害活動を主目的として韓国陸軍の時代から特殊作戦を重点に於いて整備が続けられてきた部隊である。

プラント最高評議会から東アジア共和国に対して、
アフリカ利権の一部を確約された事によるやる気と言えた。

しかしメリットもあったがデメリットもそれなりに存在している。

メリットは兵力の大幅な増大で、
少数精鋭を基本とするザフト軍でも戦線を張る事が出来るようになったのは大きい。

そしてデメリットも大きかった。

確かに兵力は大幅に増大したが、ザフト軍の軍政下に置かれた都市の治安は劇的に悪化していたのだ。ザフト軍の多くは自分達の悪行には目を背け、自分達のみが正しいと信じる思考狭搾に陥っている民兵軍である。それに加えて東アジア共和国からアフリカに派遣された兵力もザフト軍と比べて遜色の無い凶悪さを有するのだ。

このような組み合わせで占領地の治安が安定する方が有り得ない。

決して誇張ではなく東アジア共和国が中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、モンゴル国が集合した連合体である。これらの軍隊がアジアの歴史に於いて、どのような事を行ってきたかは歴史が証明しているだろう。

彼らはアフリカに展開すると本能のように略奪を行い、隠蔽工作を兼ねて略奪した村々を重砲で吹き飛ばして行ったが、全員を殺しきれるわけも無く、ザフト軍と東アジア軍を憎む復讐者を各地で生み出していく事になる。このように、ザフト軍と東アジア軍、野蛮性と凶暴性においては突出しつつも、それに甲乙つけがたい陣営の組み合わせであった。化学薬品で例えるならば「混ぜるな危険」という警告を無視した薬品を化合した結果に近い。  何しろ、特戦司はかつての国柄の思想を色濃く受け継ぐ部隊で、儒教以外の宗教を軽視し、占領地にあったイスラム教の礼拝堂(モスク)ですら、ベトナム戦争でのカオダイ(高台)教寺院と同じように略奪していたのだ。

その代償としてプラント、東アジア、大洋州連合の3勢力はイスラム世界の敵愾心を最高価格にて購入する事となった。もちろん返品は不可能である。

ともあれ、その略奪の凄まじさは生半可な領域ではなく、従来から存在していた現地の反連合抵抗組織ですらも親連合抵抗組織へと改編していくほどであった。本当の災厄を目にすれば横暴であっても連合がどれほど寛大であったかが否応にも判ってしまったのだ。

東アジア軍による蛮行劇は略奪と平行し、拡大を続け、これから短い期間にて「空の化け物」としてブルーコスモスが揶揄していたプラントに住むコーディネーターを上回る脅威としての認識が地球圏に広まっていく事になる。









C.E.71年2月10日 午前10:40分

地球連合軍の増援部隊としてウィリアム・サザーランド少将が率いるアークエンジェル級「エクスシア」「キュリオテテス」「デュナメイス」からなる戦隊が高度3000メートルを保ちつつ飛行し、防衛戦の任に就いていた。第13任務部隊の現在地はケニア共和国海岸州のモンバサを抜けてスピーク湾南東のラマダイから東に65kmの地点にあるセレンゲティ国立公園のイコマを通過した地点である。ここまでくればビクトリア基地のあるビクトリア湖付近まで目と鼻の先の距離と言えよう。

サザーランドは大佐であったが米軍時代からの伝統を受け継ぐ大西洋連邦軍の臨時階級制度によって少将へと昇進になっている。

この制度の凄いところは能力によっては軍曹が大尉になるケースすらあるのだ。

旗艦エクスシアの戦闘指揮所(CIC)に居るサザーランド少将は、
作戦参謀と打ち合わせを行っていた。

「敵はルワンダ方面からの圧力を強めつつあるか……
 ビクトリア基地を守備する第7軍の状況はどうなっている?」

「一部は突破を許したものの、
 第13独立部隊による援護により、
 ムワンザ湾からシニャンガにかけての防衛線を維持しています」

第7軍とは大西洋連邦軍が合衆国軍時代から保持している部隊で、その前身はアメリカ欧州陸軍アフリカ方面軍である。軍団の基準、規範、指針、理念は「海で生まれ 血の洗礼を受け 栄光の冠を授かる」を謳う1943年7月10日からの戦歴を誇る精鋭集団であった。編成は第1機甲師団、第2海兵遠征軍、第2ストライカー戦闘団、第12戦闘航空旅団、第170戦闘団、第172戦闘団、第17空軍、地中海艦隊からなる。

C.E.70年5月2日に行われた第一次カサブランカ沖海戦にて大打撃を受けた地中海艦隊であったが、全滅した訳ではない。東地中海上に位置するキプロス島のキプロス軍港を拠点に根強い抵抗を続けていたのだ。

またムワンザ湾とはビクトリア湖南東に位置する湾岸で、シニャンガはムワンザ湾から南東100kmにありダイアモンド鉱山が点在している場所であった。現在は兵站線を守る最前線として機能している。

「では、突破したザフト軍はどの辺りか?」

「マブキとカコラの中間です」

「ムワンザを守る第2ストライカー戦闘団を側面から叩くつもりか…
 ここを抜けられると戦線が150kmも下がってしまう」

「はい。
 ここを取られますとアルーシャ州に対する圧力が強まり、
 しいてはインド洋への連絡路が危険に晒されます」

作戦参謀が言うようにビクトリア湖南端のムワンザから南東200kmの高原にあるアルーシャ州はインド洋に面したタンガニーカの北東部の最大都市であり、輸送の要衝でもある。しかもグレートリフトバレーといわれる落差100mを超える急な崖が随所に続く、自然の要衝と言える場所であった。地球連合軍はビクトリア基地に対する兵站路はインド洋、アルーシャ、モンバサを結ぶラインで構成されており、この地域の喪失はビクトリア基地に対する補給を著しく損なうだろう。

状況を把握したサザーランド少将は質問を変える。

「戦況からして客観的に判断しても、
 持ちこたえられても4日…いや3日が限界だな」

「仰るとおりです。
 第17空軍の阻止攻撃で辛うじて保持している状態と言っても過言ではありません」

「第8艦隊から分派した2隻の到着は何時頃になる?」

「およそ8時間後になります」

「そうか……  無いもの強請りをしても仕方があるまい。
 当面は現有戦力にて火消しを行う」

「はい」

「あとは…ナクル戦線か。
 確かにナクル戦線も重要だが、
 ムワンザ戦線を抜かれれば20万の友軍が包囲殲滅される危険性がある。

 アフリカに於ける我々の手札は限られている。
 ナクル戦線は日本軍と現地に向かわせたスウェン小隊に任せるしかあるまい」

「なんとかして貰うしかありませんね」

彼らが言うナクル戦線とは、ナイロビから北西150kmに位置する南方にナクル湖を有する、数百万のフラミンゴが巣作りをすることで有名なナクル湖国立公園がある地帯に張られた戦線であった。一時期は観光客増大による水質汚染によって環境破壊が進んでいたが、日本国のODA(政府開発援助)によって水質浄化施設が設置されており、本来の状態を取り戻していた場所である。しかし観光地として復活し、繁栄を得られたのも長くは無かった。AFCによって世界各地の観光業が軒並み壊滅的な打撃を受ける事となったのだ。

生活基盤を破壊され、家族と職を失ったアフリカの民は多く、
綺麗事を言うのみのプラント政府とザフト軍に対する、その恨みは大きかった。

余談だが西暦の時代から脈々と続けられてきた日本国のODAにてインフラ整備などの支援により、全アフリカにおける日本国の評価は高い。

またスウェン小隊とはアズラエル理事長の肝いりで作られた地球連合軍第81独立機動軍に所属する、スウェン・カル・バヤン中尉が率いる特殊戦MS小隊の事であった。その編成は、スウェン中尉が搭乗するAQM/E-X01エールストライカーを装備したGAT-X105を筆頭にGAT-X102デュエル(ミューディー・ホルクロフト少尉)、GAT-X103バスター(シャムス・コーザ少尉)からなる特殊戦MS小隊の事であった。その実力は第81独立機動軍でも抜きん出て高く、今回の重要作戦に抜擢されていたのだ。

アズラエル理事長は軍部のコネを活用するだけでなく、
ハマーンの元に優秀な彼らを送り込み、
活躍させる事で彼女との接点を増やそうとしていた。

アズラエル理事長の行いは、
必要戦力を提供しつつ、次の機会を掴む事すら視野に入れている。

合理的で無駄が無いのは流石は一流の企業経営者と言えるだろう。

またサザーランド少将が現段階で掌握している最強のカードであり、アズラエル理事長の妙な計画に関連するスウェン小隊をナクル戦線に派遣したのは、戦線であってムワンザ戦線では戦線維持を行うべく広範囲に展開可能な数を必要としており、ナクル戦線では戦線後方に回り込もうとしているザフト遊撃部隊を撃滅するという軍事作戦の相違点にあった。

索敵撃滅戦には索敵能力、速度性能、突破戦力に優れた戦力が活躍する。

この事をよく理解しているサザーランド少将は、戦力の有効活用を行うべくスウェン小隊をナクル戦線に派遣していたのだ。必要な場面に必要な戦力を的確に送り込んでいることから、サザーランド少将の優秀さが伺える。

サザーランド少将が言う。

「ともあれ、所定目的を果たすまで何としても耐えねばならぬ」

「6日後には工兵部隊によるモンバサ近郊にて構築中の野戦陣地の第一期目標に達成すると報告が上がっております。最低限、それらが出来上がるまでザフト軍を足止めしなければなりません。防御陣地が無ければ、最終的には押し切られてしまいます」

「防衛戦にて相手を消耗させ、
 それで得た時間でモンバサにて新しい戦線を構築するまでの辛抱だな。
 もっともその後も大変だが……」

「我々軍人に楽な任務はありませんよ」

「違いない」

彼らが言うように地球連合軍の目的はビクトリア基地を死守する事ではなかった。防衛戦によってザフト・東アジアの両軍に於ける機動戦力を大きく疲弊させる事と、ザフト軍に大きな枷を背負わせることが目的だったのだ。 ザフト軍がビクトリア基地を占領してもモンバサ方面に連合軍が立て篭もる限り、ビクトリア基地の機能は完全に生かしきれない。採掘した資源を満載した輸送船をマスドライバーにて打ち上げを行っても、その大半が撃墜によって灰に帰するのが火を見るより明らかであろう。

打ち上げの多くが失敗するマスドライバーなどお荷物でしかない。
むしろ無い方が良い位である。

そのような事態を避けるためにはマスドライバー「ハビリス」の周辺空域の制空権を守るためにザフト軍は広範囲に及ぶ警戒線を維持しなければならなかった。国力に劣るプラントでは大きな負担になるだろう。そして、長距離レーダーを使おうにもザフト軍は自分たちが散布したニュートロンジャマーによって使えない。早期警戒線を構築するには小規模の戦力を多方面にわたって配備せねばならなかった。

しかし、そのような分散配置は連合軍側からすれば各個撃破の対象でしかない。

もっとも、モンバサでの防衛線を構築する前にビクトリア基地方面に於ける連合軍側の戦線が崩壊すれば、全ての計画が水泡を帰す危険性があった。本来の計画ではアフリカのソマリ半島に展開する第3軍の第4歩兵師団をモンバサに展開させる予定だったが、地中海方面からのザフト軍の攻勢によって頓挫していたのだ。最悪の場合は第7軍がモンバサにて包囲殲滅される可能性すら皆無ではない。

このようにビクトリア基地を巡る戦いは激しさを増していった。
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【あとがき】
中華人民共和国軍や大韓民国軍の行動パターンは近代に於ける大規模戦だったベトナム戦争時の行いを参考にして決めました。

また、東アジア共和国の軍の移送にはジャンク屋ギルドが協力してます。
ジャンク屋ギルドの滅亡フラグがまた一つ立ちましたね。

ともあれ、次の話はスウェン小隊と日本軍を予定しています。
ハマーン様の登場はもう少し後になりますが、ご容赦ください。


【Q & A :シャムス・コーザって中尉では!?】
隊長と部下が同じ階級なのは変なので少尉にしました。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年12月12日)
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