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女帝 第09話【訓練】





C.E.71年2月2日

ハマーンが指揮するアークエンジェルはザフト艦の迎撃を理由にヘリオポリスから緊急出撃を行っていたが本当の理由は違っていた。ハマーンもA-84計画を知っており、ヘリオポリスでの非合法情報収集にて得たオーブ側が行っていた技術盗用の可能性を示す情報をいち早く、第八艦隊へと渡すのが理由だったのだ。

ハマーンの読みどおりハルバートン少将は予想通りの速さで、 ヘリオポリス方面へ向けて急行していた。

「両舷半速減速(ハーフアスタンツー)、相対速度合わせ」

「減速(ダウン)」

「レーザー受信(コピー)、座標軸固定確認」

アークエンジェルが速度を落として第8艦隊との合流に備える。宇宙では加速と減速の繰り返しによって移動し、途中で合流する場合はこのような手間が必要だった。ハマーンにとって艦長職は本業ではなかったが、その行いぶりは本業にも勝るとも劣らない。

操舵手を務めるアーノルド・ノイマン少尉が言う。

「座標固定、このまま進めば約72時間後に合流となります」

「ノイマン少尉、ご苦労だった。
 よし…時間が出来たな。
 副長、しばらくこの場所を頼むぞ」

「了解であります。
 ところで、大尉はどちらに?」

尋ねられたナタル少尉が言った。
彼女はハマーンによって副長に命じられている。

「鷹と少年を鍛えてくるのさ」

「な、なるほど…」

ナタルとノイマンの声が同時に流れた。

アークエンジェルで鷹と言えば「エンデュミオンの鷹」と称されるムウ・ラ・フラガ大尉しか居ない。そして少年とは施設侵入で逮捕した少年の事を指していた。昨日と同じ厳しい訓練を想像した、二人は心の中で冥福を静かに祈ったのだ。

ハマーンがブリッジを退出した後、ノイマン少尉が言う。

「そういえば、捕まえた少年…
 キム・ヤマトでしたっけ?」

「いや…名前はキラ・ヤマトだったはず」

「そうそう、キラ曹長です。
 よく志願しましたね」

「大尉の威圧に負けて志願したようなものだな……
 だが、志願しなければ国際法からして実刑は確実だった」

知らないで重要施設に入ったとしても普通は見逃してもらえないのが社会であった。つまり、ナタル少尉の言う通り、キラ曹長の件はハマーンの温情が無ければ実刑を食らっていたのだ。それに、強い自我が確立されていない惰弱で流されるままの少年では本物の軍人からの威圧に対抗できるはずも無い。

ノイマン少尉が心配そうに口を開く。

「でも大丈夫なのですか?
 兵士の現地徴用の前例はあるとはいえ、
 ザフト軍の襲撃が重なるとなれば工作員と見るのが普通では?」

「ハマーン大尉直々の取調べによって無罪と判断された。
 状況証拠では黒に近いが……
 彼の持ち物に不審な物が無く、不運な少年と見ても問題ないだろう。
 まぁ結局のところ志願するしか道は無かったというわけだな」

これらの一件では、 入隊書類の日時がハマーンによって改変され、キラ・ヤマトの大西洋連邦入隊がザフト軍襲撃直前となったが、ハマーンは書類操作の事実をあえて隠ぺいせずに、第8艦隊との合流後にハルバートン少将にて提出する報告書に詳細に書き記していた。周知の事実である出来事を下手に隠せば弱みになるが、公表して事後承諾を得れば既成事実となるのが組織であり、うまくしていく事が組織における政治力と言える。

また、他人に過ぎない一人の少年にここまで手間を掛けたのは可能性を見抜く能力に長けたハマーンが、キラが有するパイロット能力を見抜いたのが理由であった。ハマーンは自らのカンによってフラガ大尉に次いでパイロット候補生として入隊させたキラ曹長が良いパイロットになると確信していたのだ。














フラガ大尉が操縦する試作ガンバレルパック搭載型GAT-X105ストライクとキラ曹長が操縦する大西洋連邦カラーに塗られたZGMF-1017ジン改が宇宙空間を動き回っていた。コーディネーターであるキラ曹長はともかく、モビルアーマー乗りだったフラガ大尉がMSに乗れたのはナチュラル専用OSの普及だけではなく、ヘリオポリスにて時折にストライクのガンバレル試験運用のテストパイロットを担当していた事が大きいだろう。

ただし、キラが搭乗するジンにはデュエルの補修部品を使用しており、原機と比べて性能が向上している。またジンを使用していたのは、鹵獲されてしまったG兵器は撃破寸前まで追い詰めたものも、アークエンジェルの陽電子砲発射によって生じた大爆発を隠れ蓑にして逃げられてしまい、他に使えるMSが無かったからである。

「キロ1(フラガ機符丁)よりHQ(ヘッドクォーター)、
 目標は何処か?(ターゲット・ポジション)」

フラガ大尉がアークエンジェルのCICに尋ねた。
その問いかけに反応がある。

「こちらHQ(ヘッドクォーター)、
 キロ1-1、誘導を開始します(アンダーライン・コントロール)
 …方位(ヘディング)2-04-2にて探知、以上(オーバー)」

ハマーン機単独に対してフラガ機、キラ機とアークエンジェル管制の編成での演習である。本来ならば管制を受けた方が圧倒的に有利であったが、相手がハマーンとなると話は変わってきた。むしろ管制を受けなければ補足できずに見失ってしまう可能性が大きい。

「ここまで動きを読まれるとはっ
 坊主、方位(ヘディング)2-44-1から来るぞ! ちぃ、早い!」

「りょっ、了解!」

幾ら管制によって適切位置に誘導されるとはいえ、若干の時間のロスが生じるのだ。情報伝達を受ける頃にはハマーン機が裏をかくように移動してしまう。例えるならば先読みによって先の行動を予測されるフラガ隊は手札を読まれているポーカーを行う様なものである。

「キロ2(キラ機符丁)、射角2-44-2に向かって撃て!」

フラガ大尉の指示にキラ曹長が従う。

ジンが回避しつつ模擬弾を撃ちまくると、それに応じる様にフラガ大尉がストライクの背中に装着している試作ガンバレルパックを作動させた。

「有線式ガンバレル」は突出した空間認識能力が無ければ使えなかったが、メビウス・ゼロの活躍とハマーン大尉からの推薦を受けて、ストライカーパックシステムのガンバレルパックの試作型が作られていた。戦訓を無視する軍隊には勝利の女神は微笑まない。

また、史実と違ってメビウス・ゼロの適性を持った多くのパイロットが生き残っていた事も大きな要因である。これは従来のガンバレル管制システムと違い、額から生体電気信号を読み取って、それをデジタル信号化として操作するものであった。これは身体障害者が主に使用する脳波キーボード・マウスに使用されているニューラルデバイスの改良型であり、枯れた技術だけに信頼性が高いのが特徴であろう。

フラガ大尉が叫ぶ。

「よしっ、そこだ!」

ストライクから4基の有線式ガンバレルが飛び出す。
従来型と違って脳波による自動補正を受けているだけに、ガンバレルの誘導精度は桁違いに高い。寸分狂わずハマーンが操るGAT-X105-Eの四方に展開して行く。

自らの機体を包囲するように展開するガンバレルを感じ取ったハマーンは楽しそうに言う。

「私の回避先にてオールレンジ攻撃の射線を引くとは流石だな。
 それに昨日よりも動きが良い…
 だが惜しかったな…例え射線に誘い込んでも、当たらなければどうという事は無い」

繊細な操縦桿の動きに合わせてGAT-X105-Eが最小限の動きで四方からの攻撃を回避して行き、更には完全に死角と思われる攻撃も予測していたかのように回避する。実弾の代わりに発信されたレーザー信号が見事に空ぶる。

「ウソだろっ オイ!」

「なんであんな回避が出来るんですかっ!?」

フラガ大尉の叫びにキラ曹長も心の底から同意して口に出す。
3日前から始まった実戦さながらの演習で幾度も見せられた神業のような回避行動に慣れることは無かった。

「知らないよっ!」

そう言いつつ、フラガは回避行動に入る。
対応は正しかった。

直前までいた空間にハマーン機からの火線が走る。

攻撃の回避に成功したにも関わらずフラガの表情は険しい。彼の脳裏には自機速度と相手速度を考慮して敵味方の位置が克明になっており、今の攻撃が意味する事を理解していたからだ。

フラガは考える。

必殺の攻撃に見えたが、あれは陽動攻撃!
本命は自分より容易に倒せるペア機の撃破に違いない。
攻撃可能方向は3箇所…どこだ!?

1秒にも満たない時間でフラガ大尉は結論を出す。

「方位(ヘディング)2-24-5から来るぞ!
 左下25度だ、坊主っ 全速で避けろ! 」

「えっ?」

「遅いっ!」

キラ機のコックピット内にけたたましい警報が鳴る。ハマーン機からのレーザー照準を感知した逆探反応であった。必死に機体を操作するも、すぐに警報の種類が変わる。演習プログラムによってキラ機に撃墜判定が下されたのだ。

流石にフラガ機は良く戦い、簡単には撃破されなかったが、最終的にはハマーン機に追い詰められ、撃破判定を食らうこととなる。しかし、演習はそれで終わりではなく、問題点を洗い出して幾度も、実戦さながらの訓練はなおも続けられていくのだった。
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【あとがき】
ガンバレルパックの開発弊害としてランチャーストライカーとソードストライカーの開発が停滞してします。というかランチャーストライカーとソードストライカーはいらないような気がするけどね(笑)


【Q & A :キラがなぜ少尉じゃないの?】
パイロット候補生なので曹長にしました。
士官教育を受けていないので、流石にいきなり少尉は無理…

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年05月21日)
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