女帝 第08話【国防産業連合理事】
C.E.71年2月1日
ヘリオポリス戦終結から1週間が過ぎたC.E.71年2月1日。大西洋連邦首都ワシントンにあるアズラエル財閥所有のオフィスビルの最上階にて高級スーツを身にまとった一人の青年が大佐の襟章を付けた大西洋連邦の軍人と話している。
「ヘリオポリス戦でザフト軍を撃退したパイロットの
戦闘レコーダーのデータが手に入ったんだね」
「はい。
先日、一足先に高速艇でアラスカへと届けられました。
これは、そのデータのコピーになります」
戦闘レコーダーとは軍用機などに搭載されているコックピット内の情報や通信情報などを逐一記憶しておく装置の事である。軍用機が墜落しても簡単には破損しないように厳重に保管されており、この装置は墜落原因などを調べる際に重要なものとなるのだ。
もちろん、ハマーンも戦闘レコーダーのことは精通しており、ニュータイプ能力を示唆するような内容は事前にデータから削除していた。C.E.よりも進んでいたU.C.の科学技術にネオジオン軍の最高責任者として触れていた経験と、この世界に来て以来からG兵器という試作機開発に携わってきた彼女にとって試作機チェックを装えば情報削除などは造作も無く行える事である。
ハマーンがこのようにニュータイプ能力を秘匿するのはコーディネーターのような存在と同一される厄介ごとを避けるためでもあった。馬鹿げた考えであるが、組織で生き残るには重要なことである。時として異分子を容赦なく排除するのが組織なのだ。
「空の化け物(プラント在住コーディネーター)を僅か1機…
しかも圧倒的な展開で撃退か……僕には信じがたい内容だねぇ……
で……大佐は見たのかな?」
「レコーダーの内容は凄まじいとしか言いようがありません」
「ザフト軍を撃退した、そのパイロットは
本当にコーディネイタではなくナチュナルなんだね?」
「それは間違いありません。
両親ともにナチュラルで社会的地位も確かなものです」
「じゃあ、大佐が持ってきてくれたデータを、
期待して見ることにするよ」
鷹揚な態度で答えた彼は、このオフィスビルの持ち主でありアズラエル財閥の御曹司ムルタ・アズラエルである。若干29歳にして財閥の長を務め、また国防産業連合理事の任に就いており、その影響力はお膝元である大西洋連邦のみならず、ユーラシア連邦に及ぶ。
アズラエルは自らの影響力をもって、G計画が始められたころからヘリオポリスに於ける情報を入手しており、その情報入手の延長線として、今回の防衛戦に関する戦闘レコーダーのデータを入手していたのだ。このウィリアム・サザーランドという大佐もアズラエルの影響下にある軍人の一人であった。
タイミングを見計らって、傍らに控えていたサザーランド大佐が端末を操作して戦闘記録(レコーダー)の概略記録をディスプレイに再生する。
………………
……………
…………
………
……
…
アズラエルはハマーンの戦闘レコーダーの内容が進む毎に、その内容に魅せられていく。己の精神はハンマーで殴られたような衝撃を受け、戦闘記録以外の情報は脳内に一切入ってこなくなる。それほどにアズラエルにとって見る価値のある内容だったのだ。
神技と言うに相応しい技量で弾幕を避け、優雅な踊りのように攻勢に転ず戦闘兵器。
『逝く前に、私の力をその目に焼き付けられる事を光栄に思うがいい! 』
人を惹きつけるようなカリスマすら感じさせるパイロットの声。
『弱いな。これで新人類を自称するとは、おこがましい…
実力無き驕り…これが増長した者たちの末路か…哀れだな』
コーディネーターを歯牙にもかけない生権与奪を握る能力。
寡兵にも関わらず、数に勝るコーディネーターを未熟と言い放つ揺るぎない自信。
『まずは1機……
こんな所で朽ち果てる己の身を呪うがいい』
気品を感じさせつつも、
まるで断罪者のように全周波数帯の無線通信にて言い放つ姿勢。
『ほう、無駄の無い射撃だが…この私には当たらぬ』
数に勝る敵を赤子の手を捻るように翻弄し、更には敵の必殺の射撃を褒めつつも、冷静な態度で回避していく能力。
記録情報の再生が進むごとにアズラエルの気分は高まっていく。
これは痛快だ。傑作じゃないか! たまらない!!
アズラエルの血が滾り、脳内麻薬の分泌が激しくなる。
最高のショーだ!
気分の高揚は増すばかりであった。
アズラエルの高揚は次の場面で更に高まる事になる。
グリマルディ戦線で地球連合軍第三艦隊にて大きな打撃を与え、ネビュラ勲章を授与していた、ザフト軍で獅子奮迅の活躍をしていたクルーゼが相手であっても、ハマーンは焦ることなく戦いの流れを終始圧倒し、何事も無かったように下していくのだ。
ナチュラルであっても正面から戦ってもコーディネーターを下していく現象。
常識を覆すような出来事にアズラエルの心にあった蟠りにヒビが入る。
アズラエルは自分たちナチュラルの底力、可能性を突き付けられ、心の底から少しずつであったが、幼少期にコーディネーターから受けたコンプレックスが氷解して行った。アズラエルが有しているコーディネイターへの劣等感という感情が固執が全て無くなったわけではないが、今後は増幅することは無いだろう。
これまでの人生観の一部を揺るがすような、しかし好ましい新鮮な刺激を受けた事によってムルタ・アズラエルを待ち受ける未来は、この時点ではまだ誰も知り様も無い事だが大きく変わる事になるのだった。
戦闘レコーダーの全てを見終わったサザーランド大佐はアズラエルに対して口を開く。
「アズラエル様、如何でしたか?」
「最高だね。
大佐も見ただろ、あの忌々しい空の化け物を軽くあしらう様子を」
「確かにあれは何度見ても爽快ですな」
心底から同意するようにサザーランド大佐は言った。
「大佐。僕はハマーン大尉と話がしたくなったな」
「はっ?」
「無理なのかい?」
アズラエルが一介の軍人に過ぎないハマーンを気に掛けるのはハマーンのコーディネーターを圧倒する能力だけではない。若年にして国防産業連合理事の任に就いた経営者としてのカンが大きい。ここでハマーンと会わなければ大きな損失になると告げていたのだ。
「いえ。
確かにハマーン大尉が所属するハルバートン派とのしこりは有りますが、
不可能ではありません」
「頼むよ。
軍部がごねる様だったら僕の名前を出せばいい」
「畏まりました。
早急に手配いたします」
サザーランド大佐は軍会議に出席するためにアズラエルの前から退出すると、しばらくしてアズラエル一人しか居ないはずの部屋に小さな笑い声が響きだす。
「クッ…クックックッ………」
さも可笑しそうに肩を震わせながら、その笑い声……いや、嘲笑が大きくなっていく。
「ハハハハ………アハハハハハハハッ!」
「たまらないっ!! 傑作じゃないか!!
爽快だよ!!
アーッハッハッハハッ!!! ざまあみろッ」
呼吸を荒げつつもアズラエルは笑いを止めない。
「クックックッ、ジョージ・グレン!!」
アズラエルは目を見開きコーディネーターの先駆者である人物の名前を言い放った。
ナチュラルの新たなる可能性を示す、ハマーンを目にしたことでアズラエルの心には最早迷いは無い。過去の蟠りと決別するように言い放つ。
「あんたが育てたバケモノはっ
結局っ!
ナチュラルを超えることはできなかったじゃないかっ!!」
「アッーハハハハハ―――ッ!!!」
アズラエルは歓喜に顔を歪ませながら心底から笑い続けた。
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【あとがき】
アズラエル様が覚醒しました(笑)
【アズラエルが優秀!?】
アズラエルはコーディネーターに対するコンプレックスを持っているとはいえ、彼の経営者としての交渉能力、判断力、洞察力などは並みのコーディネーターより上でしょう。その理由として、親の七光だけでは29歳にして国防産業連合理事の任に就く事など不可能という点にあります。
意見、ご感想お待ちしております。
(2010年04月03日)
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