女帝 第02話【ヘリオポリス防衛戦:1】
GAT-X102デュエルを鹵獲したイザーク・ジュールは自爆装置を解除すると、ヘリオポリスの工場ブロックにある格納庫から出る。他の機体も続く。この短時間で保安システムを突破するのは流石はコーディネーターと言えるであろう。
「ラスティ、状況はどうだ?」
純白の機体に向かったはずのラスティ・マッケンジーが格納庫から出てこないことに
不審に思い通信を送った。しかし、返事が無い。まさかと思いつつもイザークは再び問いかける。
「どうしたラスティ?」
「…残念ながら、私はラスティという輩ではない」
イザークに返ってきた通信は底冷えするような冷たさを感じさせる女性の声だった。声だけでもイザークは少し怯みそうになるが、ザフト軍クルーゼ隊に所属する赤服のエリートパイロットとしてのプライドがそれを許さなかった。
恐怖心を紛らわすために、イザークは叩きつけるように言い放つ。
「貴様ぁ、地球軍っ!?」
「そうだ…
しかし、このハマーンを前にして、舐めた真似を……許さん!」
格納庫から出て改めて見た、ヘリオポリスの破壊の度合いを見てハマーンは言い放った。
通信機を通して感じてしまう威圧感のあまり、思わずイザークは通信を切ってしまう。イザークの心境は、テレビチャンネルを操作していて、うっかりホラー映画のチャンネルに合わせてしまった状態に近いであろう。
不幸だったのは、イザークの相手は空想の産物ではなく、現実世界の住人だった。
そして常人ではなく、ハマーン・カーンなのだ。
ハマーンは一方的に通信してきながら、途中で会話を切り上げた無礼な相手に怒りを感じた。
バッテリーは余り無かったが、矜持に従って無礼は罰しなければならない。バッテリーが少なければ最少の動きで仕留めればよいのだ。
ハマーンの操作によってGAT-X105-Eは右手にビームサーベルを持って、そのエネルギーを解き放つ。
言葉に続いて行動すらも敵対意思を明確に宣言したのだ。
それを見た、イザークは周辺の仲間に対して警告を発する。
「ラスティは失敗だ、向こうの機体には地球軍の士官が乗っている!」
「なに、ラスティは!?」
ジンに乗って援護に来たミゲル・アイマンは思わず聞き返した。
イザークの代わりに応えたのは、先ほど鹵獲したGAT-X303イージスに乗るアスラン・ザラである。彼は質問に対して無言で頭を左右に振る。
それを見たミゲルは顔をしかめるが、戦場のど真ん中で感情に耽るわけにはいかず、辛い気持を押しとどめた。
ミゲルは鹵獲作戦に参加した者たちの技量を信じていたが、鹵獲したばかりで詳しい性能すら把握していない状況で戦わせる危険性を考慮して言い放つ。
「なら、あの機体は俺が捕獲する。お前達は先に離脱しろ!」
彼は、予想外のことが起こって、これ以上の戦死が発生するのを避けたかったのだ。
「ミゲル、気を付けろ…」
イザークが珍しく忠告した。
負けず嫌いで他者の言動に過敏に反応し激昂する性格であったが、ハマーンの威圧感を当てられては人生経験の乏しい少年兵では対抗できるはずもない。それゆえに、オールドタイプであってもハマーンの恐ろしさが僅かながらであったが察することが出来た。
「分かった」
イザークに応じながらも、ミゲルは自信に充ち溢れていた。
ミゲルは高機動性を生かした一撃必殺を身上とする戦闘スタイルから、「黄昏の魔弾」の異名を持つエースパイロットで、カスタマイズが施された専用機のジンを与えられる程だったが、整備上の都合で今回は普通のZGMF-1017で出撃している。
当然ながら、実力と共にプライドも高い。
「愚かな……
私が貴様らを逃がすと思っているのか?」
ハマーンは言い放つと、ビームサーベルを構えて、邪魔するように立ちふさがるジンに向かって急加速を行う。
その動きには一切の迷いはない、超熟練者に相応しい鋭いものだった。ミゲルは予想外の行動に驚く。
「ナチュラルが向かってくるだと!? くっ!」
連合機の反応に合わせて、咄嗟に76mm重突撃機銃のMMI-M8A3を構えたのは流石といえよう。
素早く構えられた重突撃機銃のからは次々と火線が吐き出され行く。並みの相手ならこれで終わったであろうが、無駄な努力であった。
「甘いな」
ハマーンは次々と打ち出されていく76mm弾丸を、余裕そのもので速度を落とさずに掻い潜るように突破していく。ハマーンからして、ジュドー、シャア、シロッコ、カミーユのような者達の攻撃と比べると微風に等しかった。
「ウソだろ!?
突進しながら全て躱していくなんて!!」
ミゲルは驚きながらも咄嗟に後方に向かってスラスターを全開にしつつ距離を稼いで、追いつかれる前に腰に搭載してあったMA-M3重斬刀を引き抜くと、至近距離まで迫ってきた連合機に対して重斬刀を振るう。しかし、その一撃はビームサーベルによって弾かれるどころか空しく中を切るのみだった。
「逝く前に、私(わたくし)の力をその目に焼き付けられる事を光栄に思うがいい!」
「馬鹿なっ!?」
最小限の動きで、先読みしたように回避するという神業に相応しい技を見せつけられたミゲルは驚愕する。すべての行動が人間業とは思えない。ミゲルは絶対的な差を見せつけられ、心の中に拭い難い絶望が広がっていく。
ハマーンのような超上位のニュータイプの行動には無駄が無い。
回避から攻撃に移るプロセスは既に構築されていた。
ミゲルが重斬刀を振り外したときには、ハマーン機が繰り出した右側からのビームサーベルがミゲルのコックピットの面前まで迫っていたのだ。
「う、うわぁあああ」
必殺の間合いで放たれた攻撃をミゲル機は回避できなかった。彼は、愚かにもハマーン・カーンの行動を妨げた代償を支払ったのだ。例え、ミゲルが専用機、いや…同じ機体を持ち出したとしても同じ結末であったに違いない。
しかし、ビームサーベルによる攻撃にも関わらずジンは爆発しなかった。ハマーンはコックピットを貫いた瞬間にサーベルのエネルギーを遮断して、無駄なエネルギーの消費を抑えたのだ。恐るべき反射神経と言えるであろう。
これにはエネルギーの節約だけでなく、機体を鹵獲する意味もあった。
鹵獲された意趣返しともいえる。
ザフト軍が誇るエースの一人を瞬く間に片づけたハマーンは、
4機のG兵器が飛び去った方向を見据えてつぶやく。
「ザフト…これ以上、偶然は続かんよ」
ハマーンはスラスター出力を最大にして、追跡を開始した。
鹵獲された中には、絶対に渡してはいけない機体があり、全機を取り戻す事は出来なくとも、ハマーンはそれだけは確実に沈めるつもりだったのだ。
コロニー内を暴れまわっていたジン2機がハマーン機を確認して向かってくる。
76mm重突撃機銃を構えたジンが攻撃を行うも、ミゲル機に劣る技量しかなかった、彼らでは如何することもできない。
「私の邪魔をするな、退けぇい!」
回避しつつ、開いてる距離を一気に縮めると、ミゲル機と同じように乗員だけを殺傷するようにコックピットをビームサーベルで切り裂く。最少のエネルギーと動作で撃破したジンが推力を失って地上に落ちる前に、ハマーン機はその機体を蹴って軌道変更すら行う。
続けさまに繰り出す神技を駆使して、
対応させる間もなく、残る1機のジンも瞬時に撃破した。
「弱いな。これで新人類を自称するとは、おこがましい…
実力無き驕り…これが増長した者たちの末路か…哀れだな」
撃破した機体には見向きもせず、ハマーンは言い放った。
現在のハマーン機の武装は75mm対空自動バルカン砲塔システムとビームサーベルだけであった。しかし、ハマーンが有する超常的なMS操作技術と結びついたビームサーベルは、それだけで凶悪ともいえる力を発揮していたのだ。
「オ、オイ…後方の友軍がやけに静かじゃないか?」
イザークと仲が良い、GAT-X103バスターに乗ったディアッカ・エルスマンは、他の3機のG兵器と共にコロニーの港湾区画に到着したころ、先ほどあれ程までに広がっていた爆発や火線が鎮まっている異様な事態に気が付いた。ザフト軍が操っているとはいえ、システムを完全に書き換えるまでは現在は連合機であり友軍とのデータリンクが出来ない。
近距離通信ならともかく、遠距離通信などは難しく、通常周波数帯にて行わなければ、連合軍の無線と混同してしまう。それゆえの情報の孤立であった。
「鹵獲したばかりの機体では戦えない。
万が一に備えて、もう少し速度を上げて艦に戻ったほうが良いな」
いやな予感を感じたイザークが慎重論を言う。ディアッカとアスランが同意し、普段は穏やかな性格でアスラン・ザラと仲が良いニコル・アマルフィも同じように同意する。
珍しく意見が一致した4人であった。
しかし…
「お喋りとは、迂闊だな?」
全周波数帯にて威厳と迫力を感じさせる女性の声が流れてきた。
鹵獲後に聞いたハマーンという女性の声と同質のものであり、イザークは怖気を感じる。
(あの時の声だ!)
イザークが感じた恐怖のような感覚は、他の3人も同じであった。緊張感のあまり、それぞれが静かに唾液を飲み込む。出来る限りお互いが背後を守るように密集して、警戒態勢に入る。
根拠が無いが生命の危険を感じる説明しがたい雰囲気が満たされる中、凄まじい速さで純白のMSがニコルが乗るGAT-X207ブリッツの真後ろに現れ、信じられない速度で攻撃動作に移った。
「ニコルッ! 後ろだぁ!!」
「え?」
アスランの魂の叫びのような警告を大声で叫ぶ。
警告空しく、純白のMSは既にビームサーベルを振りかざしている最中であった。
アスランの警告によって、ようやくニコルは何が起こっているか理解する。
理解と対応は同意語ではない。
ハマーンの動きが早すぎるのだ。4機で出来る限りの全周警戒を行っていたが、ハマーンが相手では僅かな死角ですら命取りになる。
GAT-X207は敵陣深くへの電撃侵攻を目的として開発された機体である。その為に新機軸の光学的ステルスのミラージュコロイドを搭載しており、ハマーンとしては絶対に渡すことのできない機体であった。手加減して万が一にでも見逃す事になれば、自分の野望にとって大きな壁になるであろう。故に破壊してでも相手に渡るのを阻止しなければならない。
だからこそ、必殺の一撃を繰り出していた。
「遅い」
ハマーンの研ぎ澄ました感覚によって放たれたビームサーベルの軌跡は芸術的ですらあり、死神の鎌のように鋭い。ハマーンによる攻撃は、寸分の狂いもなくフェイズシフト装甲が施されていない各区画の隙間を起点にして行われていた。
攻撃は機体の首の付け根から胸まで達している。
「に、逃げ…て……」
最後の力を振り絞って、ニコルは仲間たちに伝えようとするも、ショートしたコックピット周辺機材の放電に巻き込まれて通信途中で息絶えた。手ごたえから致命傷と確証したハマーンはブリッツに対する攻撃を終える。
「ニコルぅううううう!」
親友であるニコル機の惨状を見て絶叫するアスラン。
ニコル機を下したハマーンは静かな怒りに充ちていたが、心は冷静そのものだった。
「まずは1機……
こんな所で朽ち果てる己の身を呪うがいい」
アスランの想いは届かなかった。
想いで戦場の流れを変えられるほど甘くない。
損傷に耐え切れずにニコル機が爆散する前にハマーンは次の行動に移っていた。
技量と確固たる意志こそが世界を動かすのだ…
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【あとがき】
ミゲル、ニコルが戦死。
まぁ、ハマーン様が相手なら当然でしょうw
【ハマーン様ならミラージュコロイドを気配で見破れるのでは?】
ニュータイプには効かないですが、ハマーン様は大いなる野望のために、ミラージュコロイドの技術は大西洋連合の独占技術にしたいのですw
(2009年09月07日)
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