女帝 第01話【目覚め】
ハマーン・カーンは飛び起きて辺りを見回した。
辺りは暗い。深夜だろうか?
「ここは……
私は…キュベレイをモウサ(アクシズの居住ブロック)の壁に激突させて、
死んだはず…クッ…頭痛が…なんだ、この…き、おくは…」
ハマーンは激しい頭痛を感じながら、見覚えの無い記憶が頭の中に入ってくる事に耐える。
やがて頭痛がある程度治まった。痛みはまだ取れきっていなかったが、
現状確認をするために目に付いた情報端末に向かった。時計を確認すると深夜3時である。
「まさか…別世界とは……
夢とは思えぬし、死後の世界にしては現実感があり過ぎる。
大西洋連邦宇宙軍第8艦隊所属、ハマーン・カーン大尉…
年齢は同じく22歳か…」
ハマーンは自称気味に呟くも、黙って状況に流されるつもりも無く、
自らの状況を切り開くために動くことを決意した。22歳にてネオ・ジオンの摂政を務めた人物である。人々の上に立つのが相応しい人物といえた。
「さて、これから……どうする?」
気が落ち着くと、ここが中立コロニーのヘリオポリスの自室だと判った。上司は良識と暖かみのある人物で知将と名高い、デュエイン・ハルバートンで、G兵器の開発の為に同僚のマリュー・ラミアス大尉と共に派遣されていることも。自分の役目は初期動作システムの構築を手伝うテストパイロットである。
そして、記憶の確認と情報端末にて、ハマーンが知ったことは、元々居た世界よりも腐っており、更には現在、この世界では戦争が勃発していることだった。
地球は統合されておらず、大国同士が連合という形で寄り合っており、宇宙にはザビ家の独裁よりも酷い、ナチュラルを見下す傾向が強い新人類を自称する選民思想に染まったコーディネイターが運営するプラントという組織があった。また、地球連合とプラントの双方で暴利を貪るジャンク屋ギルドもある。
「私が連邦側に近い、連合に所属しているのも皮肉だが…
G兵器はガンダムそのものだが、ジュドーと同じ機体に乗るのも悪くはあるまい。
しかし、好都合でもあるな…」
アクシズやジオン残党軍と違って、地球連合の中核をなす大西洋連合は地球連邦と比べれば見劣りするとはいえ、この世界の地球圏においては最強と言っても良い国力があった。残党軍と小惑星を改造した要塞のみで地球連邦と戦った、あの時と比べれば遥かに条件的に恵まれているのだ。国力の有無というのは戦略に於いて絶対的に必要だと言えるであろう。
民主主義という選挙という名の合法的クーデターが約束されている大西洋連合では、名声を高めて合法的に発言権を手に入れていけばよい。そのためには大きな武勲が必要であったが、戦時下という現状においては、常人と比べて逸脱した実力を有するハマーンからすればMSと専属部隊があれば、武勲などは幾らでも作り出すことが出来る。
皮肉を言いながらも、ハマーンは計画を纏めて行く。
第1
G兵器の1機を私の専用機にする。
第2
連合掌握の為にハルバートン派の強化。
第3
第一世代コーディネイターの誕生の阻止。
第二世代以降のコーディネイターは緩やかにナチュラルに回帰させる。
第4
ジャンク屋ギルドの廃止。
第5
地球圏の統一。
血のバレンタインといわれる、
地球連合軍による核兵器使用はハマーンにとっては小さなことであった。
一年戦争時のジオン公国は核兵器、化学兵器、細菌兵器、質量兵器を使用する無差別攻撃によって地球連合と比べて1万倍以上の人類を死に追いやっていたからだ。ハマーン本人もタブリンにコロニーを落して大惨事を引き起こしている。
宇宙世紀の戦争と比べれば、この世界の戦争は、スケールが小さかった。
綺麗事では政治は動かせない。
戦争は政治の延長に過ぎないのだ。政治の為に戦争が存在する。
「ふふ…この世界で、強い子に会えるといいな」
新しい目標を立てたハマーンは気を引き締める。その瞳には大きな意思が宿っていた。
後に、伝説となるハマーン・カーン大尉の野望が今動き出したのだ。
その日の朝から、ハマーンは精力的に動いた。
今までもナチュラルとは思えないようなMS操作技術を持っていたが、
先日よりも更に動きが滑らかになっている。今のハマーンは、コーディネーターを凌駕するニュータイプ能力に目覚めているから当然であったが、そのような事情を知らないマリュー大尉や技術スタッフは、ただただ驚くばかりであった。
「ハ、ハマーン、昨日と比べて動きがかなり良くなっていたわ!」
技術屋らしく作業衣を着ているマリュー大尉は興奮気味に言うと、ハマーンは冷静に答える。
「制御系のOS…特に動作系だが、まだまだ実戦に耐えるものではないな。
すべての動作を一括にて行うのではなく、そうだな…
マニュアルとオートを組み合わせたものを作るべきだろう」
「あ、相変わらず冷静だわね…
とにかく判ったわ。
動作系をそのように調整して行くとして、基本ソースは来週には完成すると思う」
「頼んだぞ」
ハマーンとマリューは同じ階級だったが、
日ごろから嫌味を感じさせない感じで、当たり前のように尊大な態度を取っているハマーンにとっては、階級など飾りに過ぎない。それをカバーする能力があったからだ。
尊大ながらも、ハマーンはグリプス戦役から培っているパイロット経験を生かした助言をマリューに伝えていく。
ハマーンが言わんとした事は、当たり前の動作はコンピュータに任せて、人間は必要な操作に集中するべきであると…
第一次ネオ・ジオン抗争の記憶を生かしたハマーンによる介入は、G兵器の開発期間を確実に短くして行く。
開発において一番時間がかかるのは、方向性を定める試行錯誤を重ねる事であり、開発するべき方向性が判明していれば、余分な作業が省ける。
このように、コズミック・イラより進んだMSと触れてきたハマーンの助言はMS開発において宝石に等しい価値を持っていたのだ。
それから月日が流れる。
ハマーンは尊大であったが、
グレミーの反乱を経験したせいもあって、以前と比べて部下に対しての配慮が増していたのが大きく、持ち前のカリスマで支持者を広げていたのだ。
ハマーンとマリューの手によって、G兵器は幾度の調整を受けて、訓練を施せば一般的なナチュラルでも操縦可能な程にOSが進歩していた。
しかし、その新型OSをもってしても、ハマーンの反応速度に追いつけなかったのだ。
報告を受けたハルバートン少将は、ハマーン大尉のMS操縦能力の特殊性を認識して、
ハマーン大尉からの上申に応じるように、G兵器の中でもっとも機動性と反応速度に優れた
GAT-X105ストライクの予備パーツを組み合わせて、改修した機体をエース機の試作として作製する用にG兵器開発チームに対して命令する。
試作機であるために、ハマーンの要望が全面的に取り入れられ、出来上がったGAT-X105-Eは元機であるストライクと大きく違った性能になっていた。
回避能力に絶対の自信を持っているハマーンは、実体弾に対して絶大な防御力を得るのと引き換えに膨大な電力を食うPS装甲は採用せず、余剰エネルギーを稼動時間の延長に加えて、ビームライフルとビームサーベルの出力強化に回していた。
真っ白に塗装された機体は戦場では非常に目立つが、ハマーンは目立つ事によって武勲と名声を得るつもりであり、変えるつもりはない。
自らの機体が出来上がると、ハマーンはG兵器の開発完了後に通常部隊をあわせた実験部隊を編成して戦訓を得ることを
ハルバートン少将に上申した。ハルバートン少将は上申内容の合理性を認めて直ちに了承し、全面的な支援を約束する。
即答したのはどれほど素晴らしい兵器であっても、実地試験を行わなければ本当の価値はわからない。ハルバートン少将はその事を痛感していたのだ。
ハマーンは、G兵器が格納されている格納庫の一角にて、
他のG兵器のパイロットとして着任する、パイロット兵5名を待っていると、警報が鳴り響く。
爆音の原因を確かめるべく、ハマーンは窓の外を見ると、ZGMF-1017ジンが重突撃機銃を乱射して周辺施設の破壊を行っていた。
「敵襲か! 目的は何だ……くっ、G兵器か!」
ハマーンは、ザフト軍が国際問題になるのを看破して、
わざわざ中立国のコロニーを襲撃した理由を僅かな思考で察した。自らがザフト軍の指導者ならばG兵器の性能を知れば同じ事を行ったであろう。
だからと言って許すわけではない。
ハマーンは、近くにいた兵士に命令を伝達する。
「敵の目的はG兵器の鹵獲、もしくは破壊である!!
歩兵部隊を率いて格納庫の警備に迎え!
私は直ぐに向かう、お前達も急ぐのだ!」
「りょ、了解しました!」
突然の敵襲で狼狽気味であった、連合軍兵士は我を取り戻して命令の遂行に取りかかかる。優れた指揮官の下に弱兵は居ない。指揮官が優秀ならば羊ですら狼に勝るのだ。
命令を下し終えたハマーン自らも格納庫へと向かう。
ようやく手に入れた愛機を失うわけには行かない。
すれ違う兵を指揮下に入れて駆け抜けていく。ハマーンは、走りながら2名の下士官に臨時の分隊長を命じて、2個分隊を編成する離れ技も見せている。
ハマーンが格納庫に突入したとき、
ノーマルスーツを着た集団がアサルトライフルを放ちながら格納庫へと突入してきた。
咄嗟の判断を見誤った非武装の作業員達が撃たれていく。
遮蔽物に身を隠せなかった報いであろうが、苦楽を共にしてきた部下達が殺されて黙っていられるほどに、ハマーンは大人しくはない。
ハマーンは、手短に命令を下す。
「第一分隊、ストライクの防衛!
第二分隊、出口の維持を行え! 復唱は不要だ」
「アイ・サー!」
命令を下された臨時の分隊長は、まるで一兵卒から叩き上げの少佐から命令された時のように、最高の敬礼を返した。ハマーンの命令ならば喜んで生死を問わず、プラントの首都ウェリントンまで侵攻するであろう。彼女のカリスマに魅せられたと言っても良い。
命令を下したハマーンは、視界の先に自らの愛機に乗り込もうとする不届き者を捉えた。
「貴様! 私の機体を奪おうとするのか」
ハマーンから強烈なプレッシャーが発せられ、
GAT-X105-Eに乗り込もうとしたザフト兵が動きを止める。ザフト兵が動きを止めたのは自らの意思ではない、体が意思に反して動かないのだ…まるで獅子に睨まれたウサギのように…
「許さん…死ね!」
「ぐぁっ」
ハマーンは動きを止めたザフト兵に、一切の情けを掛けることなく、持っていたハンドガンにて射殺すると、
弾丸をかいくぐりながら自らの愛機へと駆けて行った。その間に、他の機体が鹵獲されていく。
コックピットに入ってシステムを起動すると、第一分隊の奮戦によって守りきったストライク以外の機体の喪失と、傍らに負傷したマリューの姿を捉えた。
よく知った人物の負傷に、より大きな怒りが湧き上がる。
味方に対しては優しさは増したが、その分だけ敵に対する厳しさが増していた。
ハマーンは、深く息を吐いてから、息を吸い精神を落ち着かせると、低い声で呟く。
それだけに怒りの深さが判るであろう。
「俗物共が…
私の計画を踏みにじった代償を受け取ってもらおうか」
純白の機体が優雅に立ち上がった。
超常的なMS操作技術を有するハマーンが殺意を漲らせて動かすのだ。
G兵器を奪い取ったザフト兵達は、勝ち戦に有頂天になっており、今はまだ予想だにしなかったが、
その代償の重さを直ぐに知る事になる…
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【あとがき】
ハマーン様が主人公です!
息抜きに書いているので、更新頻度は低いですが、よろしくお願いします!
最初はコロニーレーザーで焼かれたレビル将軍か第一連合艦隊をそのまま、飛ばそうと考えたけど…やっぱりハマーン様にしましたw
彼女はガンダムの中ではワイアットに次いで、魅力的なキャラ。
グレミーの反乱を経験して、ちょっとだけ優しくなったハマーン様を、頭のねじが何処か可笑しいガンダムシードの世界の人間として、飛ばしてみました。しかし、三隻同盟って如何見ても、テロだよな……宗教的な妄信すらも感じられて怖いぐらいに…
ハマーン様が見れば、どうなることやら…
【ブルーコスモスはどうするの?】
個人的には、アズラエルは好きなので…存命したいですが、
ある程度方向を変えないと難しいですね。
【GAT-X105-EのEって?】
「エンプレス」「エクスペリメント」のどちらかですw
(2009年09月06日)
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