Chapter 10 決着
「あ………あれはっ……!」
ダブルオーライザー。
アロウズ統治下の頃、ソレスタルビーイングが開発し、GNドライブが2つ装備されていたことから、2個付きと称された青きガンダム。
ジブリールにも実装されているツインドライブシステムは、元を辿ればこの機体に初めて搭載され―――――その圧倒的性能は、アロウズの当時の太陽炉搭載型主力機、ジンクスVやアヘッドを軽々と凌駕する性能を誇っていた。
ELSとして蘇ったその姿は、偽物といえど十分に見る者を畏縮させる圧力を放っている。
「先輩………あれ、は?」
「……………かつて俺を革新に導き―――――人類を変革へ導いた、ガンダム≠セ」
「あれが…………!?」
若干の畏怖を込めて放たれた、ナナオの問い。
彼女も感じているのだろう。
あのMS―――――かつては人類の希望とすら思われたその機体から、言いようのないまでの得体の知れない感覚を。恐怖を―――――。
そんな彼女の問いに答えるように、頭に響くような声が聞こえた。
『ヤア、人間サン。初メマシテ。………イヤ。久シブリ、ノ方ガイイノカナ?』
「声っ………!?」
「あの時のっ…………!」
頭に響いてきた声は、少年のような高音。くぐもったように変化しているのは、彼の意識がまだ完全ではないのか―――――。
「まさか………貴様なのか!?」
ダブルオーライザーELSに向けてそう脳量子波より語りかけながら、オージェはビームサーベルを抜き放ち、切っ先を突き付ける。
その光の先に―――――いかに彼といえど、貫かれれば即座に命を失うであろうそれ≠ノ、ダブルオーライザーELSは動じることもなく、尚も脳量子波を介して語りかけた。
『ソウ。僕ハアノ時君達ニ出会ッタ。ソシテ………君達ガ対峙シテイタ男ト、1ツニナッタ』
「やはり、あの時のELSかっ!」
ナナオをさらった男を取り込み、人型へと変化を遂げたELS。
それが今、まるで進化を欲するように更なる同胞を内に取り込み、人としての進化の先駆―――――ガンダムへと、姿を変えたのだ。
『君達ニハ感謝シテイルヨ。君達ノオカゲデ、僕ハ悟ルコトガ出来タ。変革ヲ果タスコトガ出来タ』
「変革だと…………!?」
『ソウ。ソシテ理解シタ。人間ハ等シク、争イヲ宇宙ニ撒キ散ラス存在。彼ト1ツトナルコトデ、僕ハソレヲ身ヲ以ッテ解ル<Rトガ出来タ』
ダカラ。
そう切って、ダブルオーライザーELSは唐突にビームを放つ。
ダブルオーライザーの主武装は、近〜中距離のレンジに対応したオールラウンダー、GNソードV。
今はライフルモードで構えられたそれから、ジンクスタイプと同じビームが放たれジブリールを襲った。
「くっ…………!」
間一髪GNフィールドが間に合い、紫色をした光条は山吹色の粒子が作り上げたシールドが弾いて霧散させる。
『見ナヨ、コノ力。コレコソガ、君達人間ノ力ダ。君達ガ生ミ出シタ、憎シミノ力ダッ!』
「それは違う! 力は、等しく力でしかない。それが負の力となるか否か………。それは力を手にした者が決する!」
『ジャア………僕ノ力ハヤハリ負ダネ。僕ガ1ツニナッタアノ男ノ心ハ、闇ソノモノダッタ。君達モ感ジタダロウ? コウシテ僕ノ声ヲ聞キ、会話ヲスルコトガデキル、君達ナラ…………』
確かにそうだ。
あの時―――――ナナオをさらったあの男と対峙した時、言いようのないほど巨大な負を感じた。
下手をすれば意識を丸ごと飲み込まれてしまいそうなほどどす黒く、燃えるような赤に彩られた―――――そんな地獄が、彼の中には渦巻いていたのだ。
そんな、ある一方に偏った淀んだモノを、ある意味で無垢な存在であるELSが取り込めばどうなるか。想像出来ないオージェではない。
それに今、その実物を直接目の前にしているのだから、理屈でなくとも―――――脳量子波による感覚的なものであっても、それは十分に理解出来るものだった。
だから。
「ナナオ………ドッキングだ」
「ふぇっ!? わ、解りましたっ!」
低く、腹の底から沸き上がるような声音で言うと、呆然としていたらしいナナオが我に返り、慌てて計器を弄る音が通信機越しに聞こえてくる。
イカルスが反転し、表示された誘導線に従ってゆっくりとこちらへ近付いてくるのを見、オージェもまたジブリールを操作した。
両の肩に装備された擬似GNドライブは後方へ向けてシフトし、それにイカルスの両翼部が直結し、GN粒子回路が連結される。
ジブリールの額と、ジブリール及びイカルスの計器モニターに、『COMPLETE』の文字が表示された。
ドッキングが完了し、顕現したその姿の名は、ジブリールイカルス。
図らずも、眼前のガンダムと似た様相を呈しているが、形状や設計思想は似て非なるものである。
まず、形状は戦闘機というよりまるで鳥翼のように広がるイカルスの飛翔翼が、ジブリールに元々そのように装備されていたGNフィンファングと共に展開されたことにより、より神々しく、そして神秘的な大天使≠フ翼を演出している。
そして、まさに天使の纏う翼と化したイカルスは、オーライザーのように太陽炉を安定させる機能は持ち合わせてはいない。
ジブリールに搭載されているツインドライブシステムは、かつてイノベイドの長であったリボンズ=アルマークの専用機、リボーンズガンダムにも搭載されていた完成系と同型のもの。
そもそも安定化させる必要のない中で開発陣が追求したのは、武装バリエーションの拡充に加え、粒子生産能力の向上である。
ツインドライブシステムの採用によって、ジブリールの粒子生産量は、通常のそれの2乗という驚異的数値を既に獲得している。しかし、GNドライブはあくまでも擬似的なもの。度々補給を受けねば、ドライブの粒子生産能力は失われ、戦闘不能となってしまう。
そこでイカルス開発陣は、イカルスにGNコンデンサだけでなく別途で動力を設けることにより、大きく活動時間と粒子量を強化することに成功したのである。
言うなれば、連邦ガンダムの究極体。
革新の先駆たるそれ≠ニ戦うには、最高の得物だ。
それが解っていたから―――――オージェはその時、恐怖を感じつつ、一方でこの運命の悪戯に感謝すらしていた。
「………ジブリールイカルス」
「………ダブルオーライザー」
「「参る!」」
両者は互いに剣を構え、口上と共に―――――交錯した。
☆★☆★☆★☆
その頃、ベガはまだ善戦していた。
幾つかが弾幕を突破、GNフィールドすら突き抜けてくるおかげで汚染率は35%を超えていたが、それでもクルーが希望を捨てることはなかった。
どのみちここを守らねば、どこにも逃げ道などないのだ。
ならば、せめて全力で戦って―――――生きてみせよう。
ELSという巨大な敵を前に、皆思いは同じだった。
しかし、この物量は凄まじいものがあり―――――故に、士気が下がることもまた必然。
一瞬たりとも気の抜けぬ状況に、皆、疲労が色濃く現れ始めていた。
「ちぃっ………動け、動けって!」
その傍で、ダブルオーライザーELSによって吹き飛ばされてきたスターダストのコクピット内で、キールは苛つきを隠そうともせずに怒鳴りながら、なんとか機体を動かそうと計器類を弄る。
不幸中の幸いというか、頭部破損、左腕と両足の破損というボロボロの状態にされても、GNドライブとビームライフルを握る右腕は無事だった。
しかし、どこか駆動系でもやられたのか、先程から機体はうんともすんともいってはくれなかった。
現在はなんとか制御に成功したドライブと機体各部のスラスターで、辛うじて姿勢制御を行っている。そんな状況である。
「なんとかこれで、カタパルトまで辿り着けりゃあいいんだが………」
このままでは、せっかくライフルが残っていても照準を合わせることも出来ない。
艦に戻ることさえ出来れば、予備の四肢と交換して再度出撃が可能だ。
そう信じ、残ったスラスターの推進力を必死にベガへと向けた。
―――――と、その時。キールの目に、とある光景が飛び込んできた。
巨躯の放つ火線をくぐり抜け、白銀に輝く槍のような存在が1つ。
キールにはそれが、彼の大事なものを虎視眈々と付け狙う―――――魔物に見えた。
「やめろおおおぉぉぉぉっ!」
カタパルトへ向けていた機体の推力を振り切って、キールは最後の力を振り絞る。
視線の先で、ELSの銀が鈍く輝いた。
☆★☆★☆★☆
「2時方向よりELSの一群、来ます!」
「ミサイルで迎撃! 生き残りは、ビームバルカンで応戦っ!」
一方こちらは、ベガの艦橋内。
疲れが見え始めているとはいえ、響くのは皆威勢のいい叫びと怒号。
それは、生きたいと願う故の火事場の馬鹿力か。
確実に言えるのは、彼らの誰もが生きたいと強く願っていることだけだ。
故に、誰もが声を張り上げる。
生きるために。繋ぐために。
「ジンクス、フェラー機沈黙! カイル機、シグナル消失しました!」
「推定される我が軍全体の損失は?」
「50%を超えました!」
オペレーターからの報告に、フィリスは苛立ちから小さく舌打ちする。
元々負け戦であろうことは自明のこととはいえ、よもやこれほど短時間の間に半数以上もの戦力を失うことになろうとは、一体誰が想像出来ただろうか。
おそらく、最高司令官としてソレスタルビーイング号にて指揮を執っているであろうカティ=マネキン准将にも予測出来ぬ事態であったに違いない。
そう自らに言い聞かせねば、すぐさま心を砕かれそうな、そんな絶望的状況だった。
出来ることなら一時だけでも休息をとりたいところだが―――――。
「中型、正面より来ますっ!」
「くぅっ!」
戦艦ほどはあろうかという大きなELSが、馬鹿正直な程真っ直ぐにこちらへ向かってくるのが見えた。
逃げ出したい程の威圧感。だが、ここを突破されては地球へ落ちる可能性がある。
意地でも、通してはいけない。
「艦砲準備! 迎撃する!」
ベガ艦首に内蔵された円筒状の巨大な砲塔が姿を現し、真っ直ぐにELSへと向けられる。
GNブラスター。
ガデラーザに装備された超威力のビーム砲、その試作型である。
ベガには多くの試作機や武装が『テスト』と称して回されるが、これもその1つ。しかも1度は撃ったこともあり、実力と安全性は保障済みで、ほぼ完成形に等しき性能を誇っていた。
チャージがなされ、GNブラスターにエネルギーが充填される。
「発射準備、完了っ!」
「発射!」
解き放たれる、巨大な光。
漆黒をも衝くそれは真っ直ぐに中型ELSの巨躯へ迫り、飲み込んで少しずつ蒸発させていく。
月程の大きさと言われ、今尚その圧倒的なまでの威圧感を与えてくる巨大ELSの出現によって、大型から中型にランクダウンした眼前のELS。
しかしその分類は、あくまでもELSの種類に応じて定められたものだ。
戦艦をも飲み込むほどのサイズを誇るそれが脅威にならぬはずもなく、故にGNブラスターがそれを貫き塵芥と化す眼前の光景を目の前にして、喜びに湧くことも半ば当然なのかもしれない。
――――― 一瞬の油断が生まれたとしても、不思議ではないのだ。
「! 艦長っ! 小型ELS、ブリッジに接近!」
「迎撃しろ!」
「間に合いませんっ!」
オペレーターの悲鳴に、フィリスは愕然とした。もはや回避することは叶わず、砲で迎撃することも出来ない。
今、彼女らに出来ることは―――――。
(キールッ…………!)
迫り来る脅威に対し、ただ目を閉じることだけ。
『フィリスッ!』
モニターから、キールの焦った声と、こちらへ急加速してくるスターダストの姿が見える。
駄目だ、貴方はこちらへ来てはいけない―――――。
そんな彼女の願いも虚しく、星屑が如きグレーの機体は、銀の光沢を放つ異星体との間に割り込んだ。
キールに、何の目算もない。
ライフルを構えるべき右腕は動かず、GNシールドも左腕と共に吹き飛んでしまっていて、突撃を防ぐ術もない。
それでもキールは諦めない。
せめて、この身だけでも―――――彼女の盾になってやろうと、白銀の暴力の前に立ちふさがった。
そして、ついにその白銀がグレーの色をしたスターダストの胸を貫かんとし―――――。
『あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
―――――突如、キールのいるコクピットの中を衝撃が襲い。
「なっ!? があっ!!?」
スターダストの外界を映し出すモニターの中で、星の瞬きと戦火の光が凄まじい速さで横切っていく。
それは決して空間が歪んだという類ではなく、彼自身が―――――否、彼を乗せたスターダスト自身が大きく吹き飛ばされたのだという証明であることはキール自身よく理解していたが、その理由は皆目検討がつかない。
それでもまずは、滅茶苦茶になった機体の制御をどうにかせねばなるまい。
そう考え、スラスターを全開にして姿勢制御を試みる。
機体各部よりGN粒子を噴かし、漸く止まった機体の中で彼が見たのは―――――。
「デカ、ルト…………!?」
自分の代わりに、ELSの銀に飲み込まれていく―――――ワインレッドの煌きだった。
『くっ………くくくくくっ……劣等種を庇って自らが墜ちるとは………私もついに焼きが回ったか……』
通信器越しに聞こえてくる、ノイズ混じりの声。
それは紛れも無く彼の乗るメティオからのものであり―――――そして、彼の最後の言葉となった。
通信機器をELSに取り込まれたのか、モニターに移っていたデカルトの姿は消え、ザーッとノイズを上げながら、画面の表示はSignal Lostへと姿を変えた。
「せっかくオージェが拾ってやった命を、無駄にしやがって………」
もはやただの漆黒と、文字の羅列に成り果てたそのモニター画面を固く見つめながら、キールは独りごちる。
思えば、とことん嫌味で捻くれた奴だった。
しかしオージェを通して解りあった彼は、紛れも無く人間≠セった。
非イノベイターか、イノベイターか。そんなものは関係ない。
そこにあったのは、対等な人と人とのつながりだけだった。
だから―――――。
『………馬鹿、野郎……』
聞こえてくる、無念を大いに滲ませたキールの言葉に、艦橋でそれを聞くフィリスもまた、辛そうに顔を背けた。
☆★☆★☆★☆
「はあああああぁぁぁぁぁっ!」
『アアアアアアァァァァァッ!』
ジブリールイカルスと、ダブルオーライザーELS。
両者の戦いは、激化の一途を辿っていた。
両者一歩も譲らぬ、力と力、信念と狂気のぶつかり合い。
その間に言葉は要らず、ただひたすらその得物をぶつけ合うのみ。
「墜ちろっ!」
ジブリールイカルスの放ったノーマルモードのビームライフルの光条が、ダブルオーライザーELSのいた空間を薙ぐ。
紫の粒子を噴かせながら軽々と回避に成功したダブルオーライザーELSは、そのまま速度を緩めることなく一気に肉薄し、GNソードを袈裟懸けに振るった。
『ハァッ!』
「ちぃっ!?」
振るわれる剣は、実体剣。
いかにGNフィールドの防御力が高いとはいえ、それは偏にビームやミサイルなどの遠距離兵器に限ってのこと。
GNソードのような実体剣や、密度の大きいものはそれをすり抜け、中にいるMS本体にダメージが通ってしまう。
それを理解しているオージェは、GNソードを受け止めるのではなく、横に飛ぶことで回避行動をとった。
ダブルオーライザーELSはさらに、振り切ったGNソードをそのまま真横に構えるように上げ、彼の右に―――――ジブリールイカルスのいるその方向へ振り払う。
「くっ!」
仕方なく、ジブリールイカルスはその剣閃を、自身もビームサーベルを抜くことで受け止める。
山吹と鉛、2色の刀身がぶつかり合い、激しい光と火花を発した。
やがて両者は弾かれるようにして離れ、ある程度距離をとったところで砲撃を放った。
「貴様の……貴様らの求めるものは何だ!? 何を求めて地球(ここ)へ来たっ!?」
叫ぶように問いかける傍ら、ジブリールイカルスのビームライフルの銃口が4つに開き、帯電したそれが、極太の粒子ビームを吐き出した。
それを身を捻って躱し、ダブルオーライザーELSは反撃とばかりにビームライフルを放つ。
『僕達ノ母星ハッ………消滅シカケテイタ。ダカラ僕達ハ母ナル星ヲ捨テ、新天地ヘト旅立ッタ!』
ビームをGNフィールドで受け止め、続いて連射してきたビームはすぐさまフィールドを解除して回避行動をとる。
互いに大きく前へ突撃し、再び各々の剣をぶつけ合った。
再度衝突する、山吹色と鉛色の刃。
衝突の激しさを物語るように、虚空にGN粒子が弾け、宇宙空間を山吹に、紫に染め上げていく。
「だから、地球へ来たというの!? 地球を丸ごと乗っ取るために!」
ナナオの叫びと共に、両者は再び交錯するようにすれ違い、離れる。
振り向き様にジブリールイカルスの放ったビームがダブルオーライザーELSの足の1本を飲み込み、ダブルオーライザーELSの光条が、ジブリールイカルスの翼の1つをもぎ取っていく。
それでも構わず、ダブルオーライザーELSは背部のオーライザーからマイクロミサイルを―――――否、ミサイルの形をしたELSを射出した。
到底、ビームライフル1本だけでは捌ききれない数。
オージェは舌打ちすると、ウイングと共に翼のような形で展開していたフィンファングを解放した。
ファングとミサイルELSが、一直線に互いの敵へと向かっていく。
射出されたフィンファングは、ミサイルELSを迎撃するためにビームをその先端から迸らせ、ミサイルELSは、その身の犠牲をも惜しまず、ただジブリールイカルスを撃墜するべく突撃していく。
『違ウ!』
否定の言葉を口にしながら、ダブルオーライザーELSは飛び出した。
ミサイルELSと並行して飛ぶその姿は、まるでそれらを従えているようにすら感じられた。
ミサイルELSをフィンファングに任せ、全て迎撃したところでビームサーベルを抜き放ち、ダブルオーライザーELSの剣閃を受け止める。
再び巻き起こるスパークに、モニターに映るダブルオーライザーELSの身体がオレンジの光を照り返した。
「何が違うと言う!?」
『我々ハ、理解シヨウトシタンダ。人間トハドノヨウナモノカ!』
再び互いに反発するように弾かれ、続いて幾度もぶつかり合う。
幾度も、幾度も―――――互いの想いを確かめ合うように剣閃が煌き、刃が踊り、山吹と紫の2色の光は、幾度となく交わり合った。
『ソシテ理解シタ。アノ男ヲ取リ込ンダコトデ、元々高イレベル二達シテイタ僕ノ脳量子波ハ、一気二覚醒ヘト押シ上ゲラレ、ソノ思考ガ僕へ人間トハ如何ナルモノカヲオモイシラセテクレタ!』
なんと愚かな生き物か!
そう言い放ち、同時に背部のオーライザーからビームを撃つ。
それをシールドで受け止めながら、オージェはコックピットの中で舌打ちする。
『人間トハ、実二愚カナ存在ダ! 学ブコトヲ知ラズ! 悪戯二戦火ヲ拡大サセッ! ソシテ、己ガ禍根ヲ拭イ去レヌママ、我々ノ宇宙ニマデ進出シヨウトスル! ソレガ…………ソンナコトガ、許サレルハズモナイッ!!』
怒鳴るように吐き捨てると、途端、ダブルオーライザーELSの身体が紫に発光する。
今も紫色の粒子を吐き出す場所―――――吸収したものが粒子タンク装備型であったためか、太陽炉ではなかったが―――――から噴き出す紫色の粒子の量は格段に上昇していた。
正体がELSの擬態である所為か、形態は違う。
しかし、これは―――――。
「まさか………それはトランザム!?」
『愚カナ人類ヨ。己ガ技術二ヨリ滅ビ去ルガイイッ!』
そう叫び、OOの軌跡を描きながら、ダブルオーライザーELSはGNソードVを展開して、再びジブリールイカルスへ肉迫した。
先ほどまでとは格段に違う圧倒的な加速に一気に距離を詰められ、無防備な金色と白銀の機体をGNソードの光沢が狙う。
『は、速っ………!?』
「くぅっ!?」
通信器からナナオの声を聴きながら、間一髪、ビームサーベルによる防御が間に合い、直撃は避けることが出来た。
しかしそれだけでは勢いを殺しきれず、徐々に機体は押され始める。
オージェは、イノベイターの直感により理解した。
否。イノベイターでなくとも、それは言うまでもない事実。
この状況―――――本気を出さねば、確実に負ける!
「……トランザムッ!」
ダブルオーライザーELSとは対照的な真紅へとその機体色を変化させ、途端、ジブリールイカルスの出力が跳ね上がる。
戦闘中、2回目のトランザム。
本来、擬似太陽炉は永久機関ではなく、時々外部動力に接続し補給を受けなければ、粒子生産能力は失われてしまう。
技術の進歩によって、もはやオリジナルとほぼ同等の性能を得るにあたった擬似太陽炉が唯一オリジナルの太陽炉に劣っている点はそこだが、ジブリールイカルスはその弱点を克服していた。
イカルスに搭載された、小型の外部動力。それがジブリールに搭載されたツインドライブに接続され、常時必要な際に外部動力からの供給を受けられるようになっているのである。
さすがに反永久機関とまではいかないが、それでもこのシステムにより粒子生産能力を格段に回復したジブリールが、再びトランザムを行うことが出来るのもまた、有り得ない話ではなかった。
トランザムにより出力を大幅に向上させることに成功したジブリールイカルスは、押されかけていた剣を再び押し戻す。
右腕にマウントしていたビームライフルを腰部の後側に固定すると、2振り目のビームサーベルを抜き放ち、2撃目を放つ。
しかしそれも、GNソードVにより左腕のビームサーベルを弾かれ、続いて右腕のそれをも受け止められたことであっさり止められてしまう。
『ソウトモ。破壊コソガ、人類ノナシテキタ血塗ラレシ歴史! ソンナモノガ……一体ドウスレバ、輝カシイ未来ナドヲ紡ギ出セルトイウッ!?』
続いて残った1振りも弾き飛ばされ、追撃のビームがジブリールイカルスの左脚を吹き飛ばす。
衝撃に呻きながら―――――しかしそれでも懸命に―――――オージェとナナオは叫んだ。
「そんなこと………そんなことないよっ!」
『ナニガチガウ!?』
「人間は、確かに愚かな行いを繰り返してきたのかもしれないっ!」
ビームライフルを再び構え、フィンファングと連携してダブルオーライザーELSを追い詰める。
それをダブルオーライザーELSは粒子を噴かりながら巧みに躱し、反撃とばかりにGNソードVでフィンファングの1つを斬り付けた。
斬り付けられたファングが真っ二つになり、続いて素早くライフルモードに変更されたGNソードVから放たれた紫色のビームが、更に1つのフィンファングを捉え、爆散させた。
「けど! それでも皆、それを間違ったことだって気づいた人達が、一生懸命それを変えようと努力してきたんだよっ!?」
『ソレハ、タカガ一部分ノ人間ノ考エニ過ギナイ。結局ソレデハ人間ハ止マラズ、間違イヲ繰リ返スンダ。僕ガ吸収シタ、アノ男ノヨウニッ!』
続いて、ビームの発射寸前で臨海状態にあったファングをオーライザーのビーム砲で蹴散らすと、ダブルオーライザーELSは突撃した。
『ダカラ、壊スッ! 全テヲ壊シ、コノ星ヲ僕達ノ手デ、作リ替エテヤルッ!!』
ジブリールイカルス本体がトランザムしたことで、真っ赤に染まったファング達が、通常より圧倒的に威力の増したビームの雨を降らせるが、それをものともせずに突っ込んでくる。
それに、オージェとナナオはこれまでもELSに対し感じていた頭痛と同時に、とてつもない畏怖を感じていた。
ELSから伝わってくる―――――とてつもない憤怒の感情。
おそらくは、取り込んだあの男の強すぎるそれが、ELSの脳量子波に感応して、彼に感情という形で発現したのだろう。
イノベイターとしての直感でそう理解は出来るが、それでも―――――長年人の感情に晒されてきたオージェですら、畏怖せざるを得ない程圧倒的に大きく、また、どす黒い負の感情であった。
それに一瞬気圧されたが、なんとか構え、GNシールドでGNソードVを受け止めることに成功する。
「そんなこと…………」
さらに、それだけでは終わらない。
ダブルオーライザーELS本体ごとGNソードVを後方へ受け流すと、がら空きになった彼の背部へ向けて、バーストモードへ変形したライフルを構え、渾身の一撃を解き放った!
「させるかああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ダブルオーライザーELSの背部へ、ごう、と吸い込まれていく極太の光条。
光は寸分違わず直撃コースを辿り―――――。
『やった!』
直撃した―――――はずだった。
しかし。
「『なっ!?』」
声が重なるオージェとナナオの目の前で、信じられない現象が起きた。
ダブルオーライザーELSの身体が、まるで霧か何かのように粒子となって消えていく。
オージェには、完全に消え去る間際のダブルオーライザーELSが―――――不気味にほくそ笑んでいるように見えた。
『え? え? 消え、た…………?』
「いや………」
突然の出来事に何が起こったのか皆目検討がつかず、複数のモニターの中からダブルオーライザーELSの反応を探るナナオ。
しかし―――――彼女より大きく優れた能力を持ったイノベイターであるオージェには、全て理解できていた。
そう、理解は出来る。だが、頭が―――――感情が、それを拒む。
認めたくはないと。当然だ、誰しも認めたくはないだろう。
『………チェックメイト』
自身の敗北など。
「くっ…………」
自身の、死などというものは―――――人間にとって―――――否、生物にとって、絶対に認めたくないものであるに違いない。
背後からダブルオーライザーELSの声が聞こえる前に、既にオージェは機体の反転を始めていたが、それでも間に合わない。
既にダブルオーライザーELSはGNソードVを振りかぶっており、ジブリールイカルスは回避することも、迎撃することも―――――防御することすら、叶いはしない。
「………まだだ」
『…………はい』
絶体絶命の窮地に立たされたオージェの、何気なく呟いた言葉。
しかし、イカルスに乗るナナオは敏感にそれに反応し、あろうことか微笑みまで浮かべながら―――――モニター越しに返事を返す。
「そうだ。俺はまだ……………まだ、死ねないっ……!」
自らを死に至占める剣の輝きが、後もう少しというところまで迫る。
そんな状況でも、オージェの革新者としての金の瞳は、まだ光を失ってはいなかった。
「死ねるものかあああぁぁぁぁぁぁっ!」
決意、しかしどうしようもないその想いを叫ぶ声が木霊した其の時、オージェと、叫びに感応したと思われるナナオの瞳が一層の金色を放つ。
そして、次の瞬間―――――。
奇跡が、起きた。
『ナ……………!?』
何が起こったのか理解できない。
そんな声を上げる、ダブルオーライザーELS。
何が理解できぬというのか。
あのままいけば、彼の剣は確実にジブリールイカルスの背後を捉え、それを駆る2人の革新者の命を瞬く間に奪っているはずだというのに。
だがまさしく、そこに広がる光景は、ダブルオーライザーELSより思考というものを奪うのには十分過ぎるものであった。
散らばるのは、真紅の色をした粒子の奔流。
それは、何だ? どこから、それは沸き起こってきた?
答は、すぐに出た。
ダブルオーライザーELSの背後。
何もない漆黒の空間に突如、同様に真紅の色をした粒子が集まっていき、大きな人型を形作っていく。
そして、その全てが再び1つになったとき、そこに現れたのは―――――。
『「はあああぁぁぁぁぁっ!」』
金色の色を宿したその身を、真紅に滾らせた―――――ガンダムだった。
いつの間に手にしたのか、その手には激しくバチバチと火花を散らすビームサーベルを大きく掲げ、ダブルオーライザーELSへ真っ直ぐに振り下ろす!
『ナッ、馬鹿ナッ…………!?』
漸く気付いたダブルオーライザーELSが、振り返り斬撃を放とうとするが、既に遅い。
今度は、全く逆転した立場に立たされたダブルオーライザーELS。
砲での迎撃も、もはや間に合わぬであろうその距離から、今―――――剣が降りおろされた。
そこに、技巧もへったくれもありはしない。
ただ、力のままに―――――力も、思いも、全てをぶつけるべく放たれた、大上段からの単純な1振り。
それが、ダブルオーライザーELSの身体についに直撃し―――――深々と斬り刻んでいく!
『コノ………人間風情ガアアァァァァァァァッ!!』
と同時に、ダブルオーライザーELSが動いた。
しかしその動きは―――――攻撃に向かうものではない。
そう、それはまるで―――――。
「ぐ、うぅっ……!?」
『きゃぁっ!?』
『フフフ…………ツカマエタ♪』
大切な誰かを抱きしめるような―――――そんな、自然な動きだった。
大きさはそのままに、ダブルオーライザーの姿はどこかへ消え去り、元の人型ELSの姿に戻ったELSの身体が、ゆっくりと―――――ジブリールイカルスの機体を侵食していく。
―――――途端。オージェの頭の中で、大きな衝撃が弾けた。
「あがっ!? が、ああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!?」
『先輩!? だ、大丈夫ですかっ!!?』
突如絶叫を上げて頭を抱え、オージェは激痛に悶え苦しむ。
痛い、痛イ、いたい、イタイ………ッ!!!!
どれだけ叫んでも決して癒されることのないまでに、強烈な痛みが思考を蝕み、今この状況をどうにかしよう、そう考えようとするオージェの思いを軽々とへし折っていく。
故に、
『フフフ。コノママ、君達ヲ僕ノ一部ニシテアゲル。ソシテ、僕達ノ造ル新タナ世界ヲ………人間ノイナイ、争イノナイ世界ヲ、共二見ヨウジャナイカ。フフフ……アハハハハハハハッ!!』
『先輩っ! 返事をしてください、先輩っ!!』
人型ELSの勝ち誇ったような笑い声も、涙を浮かべて呼びかけるナナオの声も、オージェには理解する余裕もない。
「あ………が……」
やがて、痛みが肉体の限界を超えた頃。
ゆっくりと侵食されていく機体のコックピットの中で、オージェの意識は闇に落ちていった―――――。
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