Chapter 9 ガンダム
オージェとキールが再会する数分前。
オージェの乗った戦闘機は、ベガのMSデッキへ収容されていた。
途中、幾度かELSの襲撃に遭った機体はあちこちがELSのビームに焼け焦げていた。操縦しているのがオージェでなかったら、爆散していたかもしれない。
その戦闘機のコクピットは既にもぬけの殻。オージェとナナオの2人は、既にベガ艦内の床を踏み締めていた。
「では………行ってくる」
「先輩…………私も、行きます」
「しかし、危険だ」
「承知の上です」
オージェを見つめるナナオの目は、真っ直ぐで、曇りもない。
いつまでも共にいると約束したのだ。
今更離したくはない。離すつもりも―――――ない。
そんな純粋な想いを向けてくる彼女を、オージェが拒む理由などもはやない。
彼女とて、変革を迎えようとしている者。巻き込みたくないという想いはあるが、これまでは決して抱くことのなかった想いをオージェは抱いていた。
それは、信頼。
同じ人間―――――革新者としての、言いようのない頼もしさ。
今までは、自分を化け物と卑下していた。
だから、その化け物に彼女が変わろうとしている事実が疎ましく思えた。
だが、今は違う。
自分は化け物ではないのだと、他の誰とも違わない―――――1人の人間に過ぎないことを知り、久方ぶりにオージェは心のままに泣き、笑った。
だからこそ、今なら理解出来る。
彼女の想いが、本物であることが。
そんな彼女の純粋な想いを拒絶するなど、今のオージェには到底出来ぬことであった。
だから。
「………後から来い」
「はいっ!」
嬉しそうに笑みを浮かべると、ナナオはメカニックの下へ駆けていく。
ジブリールガンダムに用意された追加武装、イカルス。
それ単体では戦闘機の形をしているそれにはコクピットもまた存在し、当然の如く人の手で操縦することが出来る。
サポートメカであるため、より複雑な動きを必要とするガンダムよりも操作は簡単であるから、ナナオにも操縦するくらいは可能だろう。
確か、以前取材の際に似たような戦闘機のコクピットを見たことがあったはずだ。
否、それ以前にナナオは今、革新の領域に片足を踏み込んだ女だ。きっとやってくれる。
「―――――………いや」
―――――自分が、彼女を守り抜いて見せよう。
いずれにせよ、この戦場に身を置く限り安全な場所などどこにもない。
ならば、自分が守り抜こう。
それが、大切なことに気付かせてくれた彼女への恩返しなのだと。
そう決意を新たにし、メカニックから説明を受けるナナオを一瞥すると―――――オージェは、自らの剣へ向けて踵を返した。
向かうべきは、戦場。
今も友がその命をとして戦っている―――――戦場だ。
☆★☆★☆★☆
「はあっ!」
ジブリールという名の天使が舞い降りた後、ベガ周辺宙域の戦況は一気にキール達の側へ傾いた。
ジブリールのビームライフルが小型のELSを確実に捉え、死角から迫る敵も、GNフィンファングから逃れることは出来ない。
ガデラーザELSのファングELSをあらかた掃討したオージェ。
そこへ、よくも悪くも狙ったようなタイミングで頭を痛みが襲った。
「ぐっ!?」
まるで、何かが頭の中へ流れ込んでくるような。
一時的に許容量を超えた情報を一度に叩き込まれたような痛みに、オージェはのけ反る。
『オージェッ!』
通信機越しに聞こえたキールの叫びに、痛みを堪えて機体を操る。
先程までジブリールがいた場所を、ガデラーザELSの放ったGNブラスターが突き抜けていった。
「はぁっ!」
痛みを強引に振り払い、オージェはジブリールを駆り突撃をかける。
ビームライフルを高威力のバーストモードに展開し、ガデラーザELSの体躯へターゲットサイトが重なった途端に放った。
極太の光条はガデラーザELSの巨躯へ寸分違わず吸い込まれ、直撃する。
しかし、やはりその射線に局所的に発生したGNフィールドが、粒子ビームの尽くを弾いてしまった。
「GNフィールド!?」
『む、無駄ですよオージェ=ジルヴァーニュ………』
驚愕するオージェに、メティオからノイズ混じりの通信が届く。
「デカルト!? お前、身体は大丈夫なのか!?」
話している隙にもビームを放ち強襲するガデラーザELSに対応しながらオージェが叫ぶと、時々乱れる映像の中のデカルトは、いつものように自嘲気味に笑った。
『ELSと、融合したおかげで……彼らの叫びは、私の脳量子波を脅かすことは…なくなりましたから。とはいっても、今は……この様ですが、ね』
「待っていろ、今助けてやる!」
『もう、遅いですよ』
大破したメティオの下へ向かおうとしたジブリールの前に、ガデラーザELSが立ち塞がる。
放たれるGNブラスターに、ジブリールはGNフィールドを展開しながらの後退を余儀なくされた。
『それに、助けられてばかりというのは………私とて、寝覚めが悪い。実験動物なら、実験動物らしくっ………ケージの外の人間の、ため、にっ……死んで、やりますよ………』
大破し、半分外の空間が覗くメティオのコクピット内で、デカルトは力を振り絞り、震える手を動かした。
「………トラン、ザム」
皹の入ったメティオのコンソールに浮かび上がる、TRANS-AMの文字。
途端、赤銅の色をした機体は、その全てを赤熱したように輝いた。
これこそが、トランザム。
ソレスタルビーイングの創設者であり、GNドライブやガンダムを造り出した希代の天才科学者、イオリア=シュヘンベルグが、オリジナルの太陽炉のブラックボックスに隠していたシステム。
GNコンデンサに貯留していたGN粒子を一挙に解放することで、一定時間、機体性能を大幅に向上させる。
細かい理屈はオージェ自身使ったこともないのでよく解らないが、解説書を見た限りでは、通常運用時の実に3倍以上ものスペックを引き出すことが可能だ。
まさに、太陽炉搭載型MSの切り札である。
「はあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
最後の力を振り絞り、トランザムで残像すら見える機体を駆りデカルトは突撃する。
既に機体は、先程の至近距離からの掃射で左腕と両足、機体各部の火器を失い満身創痍。
しかしそれでもと、デカルトは最後に残った主武装のランチャーを右腕でしっかりと抱えながら、トランザムで強化された機動性を利用して巧みにガデラーザELSへと迫った。
『吹き飛、べえええぇぇぇぇっ!』
解放される、膨大なエネルギー。
視界を塗り潰す程の極光は、それだけでガデラーザELSへと巨大な風穴を開けんばかりの勢いで、漆黒の星の海を駆け抜けていく。
当然の如く、ガデラーザELSはGNフィールドを張った。
オリジナルであるガデラーザの機動性を遺憾無く発揮するも、避けようとしない。
それはGNフィールドという大きな力を手に入れたELSの、ささやかな慢心だったのか、それは解らない。
しかしメティオのこの渾身の一撃が予想を遥かに超えた威力を持っていたことは完全にELSにとって想定外のことであり、それ故に動きを止めて防御に専念するしかなかったその数秒間は、オージェにとって絶好の好機となった。
メティオのビームを防いでいる箇所以外に、GNフィールドが現れる気配はない。メティオのビームを防ぐので手一杯で他に割いている余裕がないのだろうと、オージェは推測しながらフィンファングやライフルの照準をガデラーザELSへ向けた。
これにガデラーザELSはさすがにまずいと悟ったか、残存する限りのありったけのファングELSを解放した。
狙うは、ビームの発生源であるメティオ。
強大過ぎるビームの反動で、身動きが取れていない。
ましてや、今のメティオは大破している状態。これほどの超高威力に耐え切れる耐久性は持ち合わせていない。
事実、今も少しずつ、砲撃の反動に耐え切れなかった機体のパーツが吹き飛び爆散していく。
「デカルト! 無理するなっ!」
自分がなんとかする、だから下がれと、そうオージェは下がる。
だが、
『おっとオージェ、ここは俺の出番だろっ!』
そこに、スターダストがフォローに入った。
『トランザムッ!』
全身に紅き光を纏い、右腕に構えたスターダストがビームライフルを手に突撃する。
トランザムの力で可能となった、圧倒的なまでの速射をファングELSに浴びせる。
次々にその数を減らしていくファングELSを油断なく叩き落としながら、キールはオージェへ向けて叫んだ。
『今だ、オージェッ!!』
無言で頷き、オージェもまた使う。切り札を。
「トランザムッ!」
赤熱する、ジブリールの金色の機体。
機体と同様、紅くたぎったフィンファングからはビームライフルのバーストモード並の光条が放たれ、ガデラーザELSの巨躯を四方八方から穿つ。
幾つもの山吹色の光の柱に貫かれ、爆散していく巨体。
ガデラーザELSはその巨躯を、宇宙の黒に散らせていく。
その爆発が、ガデラーザELSの断末魔の叫びのように思えて―――――オージェは、頭痛に顔をしかめた。
『終わった………か』
ファングELSを相手にしていたキールのスターダストが背部からGN粒子を噴かせ、近寄ってくる。
しかし、デカルトは―――――。
「デカルトッ!」
―――――いた。
右腕も頭部も失い、もはや胴だけになった機体で、それでもこの脳量子波は忘れるはずもない。
『デカルト! おいっ!』
脳量子波を介して呼び掛けるが、返事はない。
しかし、彼の脳量子波は感じられる。
死んではいない。その事実が、オージェを僅かに油断させた。
だから、仕方がないといえばそうなのだろう。
『オージェ! 後ろだっ!』
隣にいたスターダストにジブリールは大きく突き飛ばされ、先程までジブリールがいた空間にいるスターダストへと、数発の光弾が直撃したことも。
『ぐあああぁぁぁぁっ!?』
「キールッ!」
大破し、衝撃に大きく後退していくスターダストに叫ぶと、コクピット内に熱源の接近を告げるアラートが鳴り響く。
それに、オージェは反射的にフィールドを発生させ―――――直後、スターダストを襲ったものと同じ光弾が降り注ぎ、視界を爆煙で覆った。
『先輩っ!』
注意深く煙の向こうを見つめていると、ジブリールと同じカラーリングの戦闘機―――――イカルスに乗ったナナオの声が響く。
しかし、それにオージェは答えない。
否、答えることが出来ない。
目の前にいるであろう何か≠ゥら、とてつもなく異質なものを感じていたからだ。
空っぽで―――――しかし、無垢故の強大なる狂気に身を包んだ、そんな異質≠セ。
オージェのただならぬ様子にか、それとも彼女自身も何かを感じたのか、ナナオもそれ以上言葉を発することはない。
ただ、オージェに倣うようにして―――――未だ煙に包まれた向こう側を、じっと見つめていた。
やがて煙が晴れてゆき、視界は再び、宇宙の闇が支配する。
しかし、その中に際立って映る1つの銀だけは、それまでにオージェが見たどの光景にも似つかなかった。
MSではない。MSに擬態したELSとも違う。
大きさはそれらと比べても遜色のないものであり、人の形を象っているという点で共通してはいる。
しかしながら、その外見は実に奇妙なものだった。
明らかに人間の姿をしていると理解は出来るものの、擬態ELSにしてはまだ全身が銀色で、変態しきっていない。
頭部には人間の髪のような造形があるというのに、顔はまるでブロンズ像のように色を宿していなかった。
「お前は、一体…………………まさかっ!?」
その姿を見て、1つの考えにたどり着くオージェ。
しかし、彼の側はその答えを述べる時間を与えてはくれなかった。
さっ、と、まるで何かの合図のように、人型ELSが右手を上げる。
―――――サア、オイデ?
「声っ………!?」
『せ、先輩っ! この声って………!』
ナナオの声に答える余裕もない。
オージェは、目の前で次々と展開していく事態に、ただ見入っていたのだ。
親玉の号令に従うように、周囲の膨大な数のELSが人型ELSの周囲を取り巻き始める。
その様子は、まるでデカルトのガデラーザがELSに取り込まれた時のようで、一匹の羽虫に群がる蟻のように見えた。
その中心で、人型ELSは、静かに―――――そして、着実に形を変えていく。
その様子を、オージェとナナオは砲を放つことも出来ずにただ、眺めているしか出来なかった。
やがて、コロニーの中心―――――声の主のいる場所が、激しく発光を始めた。
その姿はゆっくりと、しかし確実に晒されていき―――――。
「………なっ!!? あ、あれはっ……!?」
あまりの驚きに、オージェですら声も出ない。
それもそのはず。
人型ELSが変貌した姿は、彼に最も因縁深く―――――彼が相手取るのに、これ以上の相手はいまいとすら思える姿。
白と青紫を基調とし、右腕には大剣と一体となったビームライフル。
頭部には、兜をかたどったような特徴的なアンテナと、2つのカメラアイが光り、背部には戦闘機様の装備と、紫の光を放出し続ける2つの突起がある。
それは、嘗て連邦に二個付き≠ニ称され、恐れられ―――――そして、オージェを革新の境地に至らせた根本たる存在。
ダブルオーライザー。
ガンダムを超えたガンダム≠フ姿が―――――そこにあった。
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