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Chapter 8 異形の席巻


MSに擬態したELSは、等しく驚異的な戦闘力を誇っていた。

あるものは、その右手に構えたライフル1本から撃ち出す青紫色をしたビームで、次々に連邦軍MSを捉えて漆黒の宇宙に山吹の花を咲かせ、またあるものは自ら特攻をかけ、持てる本来の性質によってパイロットごとMSを取り込んでいく。

「ELS、まさかこれほどとは………!」

今も、自身の駆る機体のすぐ傍でELSのビームに貫かれ爆散した旧世代型のティエレン宇宙仕様を横目に、キールは毒づいた。

細かいことを考えず、ただ単純に戦力差を分析するならば、人類は圧倒的窮地に立たされていた。

ELSの戦力は圧倒的である。数はざっと見積もっても、おそらく人類の10000倍はあろう。MSに擬態している個体の戦闘能力は連邦の主力であるジンクスタイプと互角―――――もしくはそれ以上。擬態していないELSですら、トランザムを起動したMSに易々と追いつく速度を誇っている。触れるだけで目的を達成するその恐るべき特性を考えれば、その速度は悪魔のようだと形容してもまだ生易しいほどであろう。

一方の連邦が有する戦力は、ジンクスタイプだけではない。
先程爆散した旧人類革新連盟主力MS、ティエレンのように、この戦場にはジンクスだけでなく、AEUイナクトやユニオンフラッグなどといった様々な種類の旧型MSが駆り出されている。

これを見れば、如何に連邦がこれだけの戦力を用意することに苦労したのかが理解出来る。

だが、そんな勝手な不都合を目の前の敵が待ってくれるはずもなく、また1体、ELSが擬態したジンクスがライフルを構えスターダストに迫った。

「ちぃっ!」

ビームを左右に機体をスライドさせてかわしながら、急速に後退しつつライフルを放つ。 連邦で唯一、ELSの追従を許さぬスピードはジンクス型ELSを寄せつけず、すぐさま放ったライフルの光条が貫き粉々に爆散させた。

しかし、それでは終わらない。

ELSが爆散して開いた穴へ、またすぐに別のELSが割り込んでビームを連射してくる。

「ちっ………デカルトッ!」

『承知』

キールの叫びに反応したデカルトの駆るメティオが、すぐさまフォローに入る。

チャージの済んだランチャーを、くるりと反転して逃走するスターダストを猛追するELSを狙い撃った。

高火力に一瞬の内に蒸発するELS。
極太のビームが屠るのはそれだけに留まらず、運悪くその射線の先にいたELSをも飲み込んで爆散させた。

「サンキュー。こりゃ、借りが出来たな」

『どういたしまして』

礼もそこそこに、再び両者は散った。

ぼーっとしていれば、その隙に接近してきたELSにやられてしまう。

嫌というほど思い知らされたその教訓を、実践しない2人ではなかった。

スターダストが高機動と速射で翻弄し、メティオが高火力で圧倒する。

ジンクスタイプのMSに乗る一般兵レベルは敵のスペックに押し切られている者が多かったが、少なくともこの2人に関しては問題はなさそうだ。

とはいえ、敵の物量はこちらの万倍。 いかに個人の質が良かろうと、それが直ちに戦局の打破に繋がるとは到底言うことは出来ない。

むしろ、状況は変わらず絶望的とすら言えた。

「ベガ、現在の状況はっ!」

ELSの群れをビームライフルで屠りながら、叫ぶようにキールはベガへ回線を繋いだ。

こうして時折母艦の状態を確認せねば、いざという時に救援に向かうことが叶わなくなるためだ。

『大丈夫、汚染率はまだ2%程度だ。この程度じゃ沈まないぜ!』

ジェイクの叫び返すような報告を聞き、若干安堵の色を浮かべたキールだったが、僅かでもELSの接近を許してしまった事実に歯噛みする。

自分達MSの仕事は、母艦へのELS接近を阻止すること。究極的には、地球圏への侵入を阻止することである。

しかしながら、何度も述べているように敵の数は圧倒的で―――――故に、なんとしても守りきらねばならなかった。

あれだけの数の異形が地球に降り注いだら、地球は一体どうなってしまうのか。想像するだけでもおぞましい。

そうして、再びELS達の方を向くと―――――。

「っ!? また融合する気かっ!?」

見れば、更に複数のELSが融合し巨大化していく。

そうして少しずつ巨大化していき、出来上がった巨躯は―――――。

「くっ、今度は巡洋艦かっ!」

長く伸びた四角錐状のフォルムは、確かに連邦の巡洋艦のもの。

それも他のELSと変わらず、紫色をしたビームを放出してくる。

スターダストとメティオがいる場所にも、それは襲来した。

「うおぉっ!?」

『ちぃっ………!』

モニター越しにデカルトの舌打ちを聞きながら、キールは機体からGN粒子を吹かせ、MSタイプとは比べものにならない規模のビームを避ける。

その威力は等しく、連邦主力艦の艦砲と同等。

「恐ろしいこと。敵さんは、こちらの武装を根こそぎ奪い取る腹積もりらしい」

『ならばその前に叩くのみ!』

「前に出過ぎるなよ。これは防衛戦だ、出過ぎられてもフォローしきれんぞ」

『解っていますよ』

本当に解っているのかと疑いたくなるほど気の抜けた返事にキールは溜め息をつきながら、火器を放射してELSを屠っていくメティオを見る。

返事があれでもきちんと言葉は理解してくれたようで、ベガから離れすぎない程度の位置でビームを放つメティオ。

大丈夫だ、教訓を蔑ろにはしていない。

それに安堵しつつ、キールとスターダストは前を向いた。

そこには、今や見渡す限りの黒き背景を埋め尽くす、銀色の異星体達。

彼の獲物の姿があった。

「さあ…………駆ってやるぜ!」



☆★☆★☆★☆



「2時の方向よりELSの一群接近!」

「ミサイルで迎撃! 近接信管、忘れるなっ!」

「正面、ビーム来ます!」

「GNフィールド粒子量を局所的に増大後、回頭20!」

次々とオペレーターより伝えられる報告に全てほぼ一瞬で対応するフィリスの叫びにも近い命が、ベガの艦橋に響く。

迎撃を繰り返しても尚減らぬELSに、フィリスは歯噛みしつつ指示を飛ばし続ける。

前線ではおそらく隊長であるキールやガンダムのパイロットとなったデカルト、その他にも大勢のパイロット達が奮戦しているのだろうに、この攻勢。

艦の中にいても息つく間もないこの戦況に、やり手の仕官と云われたフィリスもただただ辟易するしかなかった。

「汚染状況は!?」

「まだまだ6%。大丈夫、戦えます!」

時々、そうやって思い出したようにELSによる艦の侵食の度合いをオペレーターへ訊ねる。

やはりというか、汚染状況は先程よりも若干悪化していた。

「なんとしても奴らを寄せ付けるな!」

「はっ!」

生き残りを賭けて、というだけではない。

キールやデカルトの帰る場所であるこの艦を、落とさせるわけにはいかない。

その一心で、フィリスは指示を飛ばし続ける。
それこそが、今自分に出来る精一杯と信じているからだ。

このベガは幸いにも、ほぼ全区画に火器を仕込んだ宇宙用の艦船であり、ほぼ全方位からの襲撃に対応できるよう設計されている。

外見は一般のナイル級大型宇宙艦を平らにして緑に塗ったような形だが、その火器の多さから、全く別の戦艦のような様相を呈していた。

あらゆる射角へ対応できるその性能は、戦闘が始まってこれだけの時間が立っても低位置を保っているこの汚染率を見ても納得できるだろう。

しかし、低位置とはいえ汚染があるのもまた事実。

故に、気など毛ほども抜けない。抜くはずもない。

だからこそ―――――次の瞬間、彼女の目の前で起こったさらなる不幸≠焉A決して彼女の手の届く領域ではなかった。

「な……何だ…………!?」

彼女の目の前。

ベガの艦橋、その上面に張られた3つの大型モニターの内の1つに、融合し巨大化していくELSが映し出される。

それは、それまでのどの型にも似つかわしくない―――――しかし、彼女らにとっては大いに見覚えのある影。

デカルトの愛機、ガデラーザの姿があった。



☆★☆★☆★☆



「な、ん……だとっ……!?」

「これは…………!」

それぞれのガンダムのコクピットで、次々に形を変えていくELSを前に2人は驚愕の意を表すように瞠目する。

既にそのサイズは戦艦のそれにまで達しており、しかし形作っていく形状は連邦のどの艦(ふね)にも似つかない。
そう、言うなれば、巨大なMA(モビルアーマー)のような―――――。

『おのれ………おのれええええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!』

「デカルトッ!?」

怒りの咆哮を上げ、まだ完全に変態を完了していないELSへ向けて突撃するメティオ。

激情のままにGN粒子を吹かし、ランチャーをチャージして途端に放った。 山吹の色をした極太の粒子ビームが、波打つ銀の液体包に迫り―――――。



バシュゥゥゥゥゥ…………!



「こいつはっ………!?」

「ちぃっ…………」

局所的に発生したGNフィールドが、メティオの放った光条を弾き光子として散らせる。

「学習しているというのか、ELS………!?」

GNフィールドは、今度こそ完全に変態を果たしたELSの姿―――――ガデラーザにはなかった装備。

おそらく他のMSを取り込む内に、それらの中にあったGNフィールドの仕組みを理解、脳量子波や融合を経て他の個体へと伝えたのだろう。

だからこそ、ガデラーザELSもまたメティオのランチャーを防ぐことが出来たのだ。

「ちっ、厄介なものをっ!」

大量のGN粒子を撒き散らしながら、スターダストを駆ってキールはガデラーザELSへと迫る。

ガデラーザのブースターは驚異的な出力を誇っていたが、スターダストは速度を追及して造られた機体だ。

当然の如く追いつき、隠し腕から放たれるビームマシンガンを避けつつある程度接近したところで、ビームライフルの照準を合わせたが―――――。



ビキイィィッ!



「なっ!?」

突如、機体を襲う衝撃。

計器を見れば、スターダストの左腕にELSが取り付き、少しずつ侵食していくのが解った。

「いつの間に…………まさかっ!?」

あらゆる角度から、敵の死角を付け狙う。

それを可能にする武装がガデラーザには搭載されていた事実を、キールは完全に失念していた。 先の方から本来の色である白銀を現して、スターダストの全てを取り込まんとするELSの取り付いた左腕を、腰にマウントされたビームサーベルで斬り落とし、キールは自らの迂闊さに舌打ちした。

左腕を失った程度で爆散するガンダム≠ナはないが、何よりも手数と威力を必要とするこの戦いでこの損失は痛い。

しかも相手は、無数とも言える小型のGNファングELSを操る。 更にはその1つ1つがオリジナルと同様にビームを放ちながら、本体と共に360°あらゆる角度から突進してくるのだ。

そして極めつけは、それが2体存在するという事実。
脅威にならないはずがなかった。

「ちっ、本当に厄介な…………!」

言いながらビームを紙一重で避けつつ、残った右腕に構えたビームライフルを乱射してファングELSを迎撃する。

速射式のマシンガンタイプのビームが撒き散らされ、ファングELSを次々飲み込んで爆散させた。

しかし、これでは生き残ることは出来ても、ガデラーザELS本体をどうにかするなど不可能だ。
今はこちらを標的にしてくれているからいいが、ベガに向かわれたらこちらには対抗策がない。

なるべく早く、本体を撃墜する必要があった。

『くっ………よもや私の前に、その姿で現れようとは……』

先程のように叫ぶことはせず、あくまでも静かに怒りを露わにするデカルト。

自分の機体をこんな形で汚されて、腸が煮えくり返る思いなのだろう。

『虫唾が走るんだよ………俗物があああぁぁぁぁっ!』

叫び、ランチャーをチャージしながら腰に装備されていたバルカン砲を乱射しつつ突撃をかけるメティオ。

迎撃に差し向けられたファングELSをバルカン砲で強引に撃ち落し、更に接敵すると、メティオは背に背負った対艦刀を抜き放つ。

対艦刀とは、実体剣の周囲にビーム刃を生やした、「戦艦をもぶった切る」を謳い文句とした大剣形の装備のこと。
本来ならELSのような特性の敵を相手に接近戦はNGだが、キールのスターダストも自分を標的にしているガデラーザELSへの対応で精一杯で、フォローに回ることが出来ない。

そうしている間にも、メティオはガデラーザELSへ向けて肉迫し―――――。

『はああぁぁぁぁぁぁぁっ!』

咆哮とともに、それをガデラーザELSへ向けて振り下ろした。

しかしその斬撃は、その空間へ局所的に構築された紫色のGNフィールドに阻まれ、激突してスパークを散らす。

『まだまだああぁぁぁぁっ!』

しかし、デカルトの攻撃はそれだけに留まらなかった。

対艦刀の刃で光る山吹色のビーム刃を解除する。
こうすることで対艦刀は実体剣となる。実体剣に、GNフィールドなど関係ない。

メティオの対艦刀はガデラーザELSのGNフィールドを突きぬけ、その一瞬でビーム刃を復活させると、フィールドの下のガデラーザELSの本体を切り裂く!

更に爆発が起きてGNフィールドの消えた本体へ、とうにチャージの済んだランチャー、腰と頭部に装備されたGNバルカン等、有りっ丈の火力を全て、至近距離で叩き込んだ!

『ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!』

「デカルトッ!」

敵のガデラーザELSと相打つように巻き起こった爆発に、キールの注意が一瞬逸れた。

だが、その一瞬こそが命取り。

少なくともこの戦場では、彼は目の前の敵から目を背けることなどしてはならなかった。 敵の数は圧倒的であり、恐怖もなければ躊躇もない。

ただひたすらに、標的へ向かって突撃するだけ。

故に、一瞬とはいえ動きの止まったスターダストは恰好の獲物であり―――――故に、彼らがその好機を逃すはずはないのだから。

彼を取り巻いて虎視眈々とタイミングをうかがっていたファングELSだけではなく、ガデラーザELS本体までもが、目の前の獲物を仕留めようとせんばかりに、一気に肉迫する!

「これは………なかなかに迫力があるな」

ごう、という音が聞こえてきそうなまでに圧倒的威圧感を放つ突進に、死期を悟ったキールはコクピットの中で目を閉じた。

『キールッ!?』

五月蝿いほどに鳴り響くアラートと、艦橋でのフィリスの叫びが彼の脳裏に木霊する。

ああ、すまない。
君との約束―――――生きて帰るのだという約束は、果たせそうにないと。

キールは死に迫った身体で、驚くほど冷静にそのようなことを考えていた。

それは走馬灯のように、死期を悟った彼だからこそ至った境地であったのかもしれない。

或いは、諦めから来る自嘲がそうさせたのか。

いずれにせよ、彼の心は彼自身も驚くほど冷静で、クリアに澄み渡っていた。

そうして、ELS達がスターダストの鈍い黒に迫った、その時―――――。






「諦めるのは、まだ早いぞ。キール」






「…………っ!?」

瞬間、彼を取り巻いていたファングELSが全て消し飛び、メティオのランチャーにも匹敵する砲撃が、ガデラーザELSを押し出して軌道をずらす。

ガデラーザELSの巨体はスターダストを飲み込むことなく、彼のすぐ傍を通り過ぎていった。

「な…………」

何が起こったのかという疑問も、当然の如く彼にはある。

しかしながら、通信機越しに聞こえてきた声こそが真に彼を驚愕させるものであり、故に彼は瞠目せざるを得なかったのだ。

だが。彼の思考を覆っていたのは驚愕だけではない。

それは―――――歓喜と、安堵。

「…………全く。漸く帰ってきたのかよ。心配させやがって……」

漸く理解したその口から放たれたのは、苦笑交じりの安堵の声。

おそらくそれを聞いてモニターの向こうで同様に苦笑を浮かべているであろう親友を、キールは憧憬をもって見つめた。

その苦笑の中に、嘗て彼が失った活力あるその姿を、見出すことが出来たから。





「………………よう、オージェ」

スターダストを庇うようにライフルを構えた金色と白銀が、神々しく輝いた。
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