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Chapter 7 開戦


オージェとナナオが、地球上で誓いを交わしていた頃。

軌道上では、ベガの出撃準備が着々と進められていた。

既にガンダムやイカルスは格納庫への収納を完了し、後は全体的なシステムチェックが済めば、すぐにでもELSに対する絶対防衛線まで出撃することが出来る。

しかしながら、今ベガの戦力は圧倒的に不足していた。

ジブリールのパイロットたるオージェの不在がその最たる理由だが、ただでさえガンダムもパイロットへそれなりの腕を要求する上に、イカルスはジブリールのパーツとも呼ぶべき存在。

この戦力では、先程連絡のあった、直径が月ほどもある超巨大ELSと、それを守るかのように展開した小型及び中型ELSの大群に太刀打ちすることなど叶わぬだろう。

「出てっても、みすみすやられるだけか………」

「たとえ思っても、そういうことは口に出さないで下さい、隊長。士気が下がります」

艦橋の艦長席にどっかりと座りながらら呟いた言葉を、別の席でコンソールを叩いて艦の状況を細かくチェックしていたフィリスに間髪いれずに一蹴されて、キールは苦笑し肩を竦める。

「冷たいねぇ………」

「事実を述べているまでです」

もはや、取り付くしまもない。

仕方なく、キールは自分も艦長席に備え付けられたコンソールに向かいながら、ふと、思い出したようにフィリスへ訊ねた。

「何かお前………さっきから、機嫌悪くないか?」

「気のせいです」

またぴしゃりと、振り返ることなくキーを叩きながら言うフィリスに、キールはぴんときて、かまをかけることにした。

「オージェのことで怒っているのか?」

その一言に、フィリスのキーを叩く指の動きがぴたりと止まる。

面白いまでの反応に、キールはまたも苦笑した。

「一目惚れ、だったんだよな」

「…………負けて、しまいましたが」

俯きがちにそう絞り出された言葉に、キールはそうか、と一言返す。

それを境に少しの間その場を静寂が支配したが、ややあって、フィリスの側からぽつり、ぽつりと胸の内を語り始めた。

「初めて、だったんです。あれほど、心に響く言葉を聞いたのは」

フィリスの言う言葉、というのは、キールも知っていた。彼もまた、あの時艦の中でその言葉を聞いていたのだから。

というか、おそらく彼女がオージェに惚れた理由が、その言葉に勇気付けられたからであろうことも。

その言葉に奮い立たされたのは、自分も同じだったからだ。

「大丈夫だ。彼のその言葉だけで、あの時の私の恐怖は嘘のように消え去っていきました。私だけではない、その時艦橋にいたクルーの誰もが、彼の言葉に勇気を取り戻したように思えます」

「…………そうだな。だからだろ? お前が奴のことを好きになったのは」

問いに、こくん、と頷くフィリス。
もはやその手はキーから離れており、艦の状態を示す艦内見取り図の中の紅い点が、時折点滅する。

「………隊長。私は、これでよかったのでしょうか?」

「さあな。それは俺にも解らんさ。………けどな。お前はその選択を、間違ったことだと思うのか?」

キールが問うと、フィリスは頭を横に振ってから、彼女には珍しい、消え入りそうな声音で言った。

「………でも、解らないのです。ナナオ=フジシマを攫った犯人が彼を狙っているのは明らか、なのに………なのにっ……」

ついには堰を切ったように泣き出してしまったフィリスを、キールは椅子から立ち上がり、歩み寄ると後ろから優しく抱きしめる。

「………辛い選択だったな」

そう言いながら、腕の中にフィリスを固く抱きしめてやる。

それを境に、フィリスは泣きじゃくった。

そこにあるのは、いつもの彼女ではない。
一体何が正しくて、何が間違っているのか。

自分がしたことは、本当に正しかったのか。間違っていたとすれば、どうするべきだったのか―――――。

その選択の向かう先が、恋焦がれていた男であったが故に殊更苦しんだ彼女の心は、止め処ない涙を流し続けた。

そして暫くして―――――漸く泣き止んだフィリスは、キールの抱擁を振り解いて、羞恥に頬を染めた。

「…………お、お見苦しいところを、お見せしました……」

「別に構わんさ。誰だって、誰かに縋りつきたくなる時くらいあるだろう?」

「それが隊長だったのは、私個人としては凄く意外なのですが…………」

「どういう意味だ、それは」

疑わしげな視線を受けながら、でも、とフィリスは微笑み、顔を上げた。

「でも………なんだか納得出来る気もします」

「何だそりゃ」

苦笑するキール。
返ってきた答えは全くもって辻褄の合わぬ正反対の言葉だったが、それでも彼女がはにかみながらも微笑んでいるのを見れば、それでもいいかという気になってくるのだった。

そうして、部屋に暖かい空気が流れだした、ちょうどその時。
デスクに備え付けの通信機に、内線が入ったことを知らせるコールが鳴り響いた。

先程までの空気から一転、表情を引き締めたキールは、画面に並ぶBRIDGEの文字を見て、ボタンを押して回線を繋げた。

「俺だ」

『隊長、出撃準備が整いました。艦橋へお願いします』

「了解だ、すぐに行く」


敬礼をした部下の姿がモニターと同様消失するのを確認すると、キールはフィリスへ視線を向けた。

彼女もまた、そんな彼に真剣な表情で見つめ返し、頷く。

解っている。そう、言外に言っているように感じられた。

「………行くぞ。たまには、隊長らしい仕事をしないとな」

「はっ!」

これから彼らが向かうのは、戦場。

生き残れる確率は低い。だが、彼らは大切なものを守るべく、力を手にした軍人だ。

戦場へ赴く覚悟を胸に、ベガは緩やかに速度を上げていく。

生きる希望を求めて、艦(ふね)が―――――漆黒の空を駆けた。



☆★☆★☆★☆



「………識別コード、認証。准将! ベガが防衛線に到着。戦列に加わるとのことです!」

「そうか。感謝すると返信を」

「はっ!」

外宇宙航行艦、ソレスタルビーイング号。

その艦橋でコンソールを叩いていたオペレーターの1人が、ベガの到着を艦長席に座った女性に伝える。

黒髪を後ろで纏め、眼鏡の奥から鋭い視線を覗かせる彼女の名は、カティ=マネキン。

地球連邦軍きっての智将であり、3年前のアロウズ治世下の戦いにおいての功績が認められ、准将の地位に席を置く腕の持ち主だ。

彼女が今そこにいるのは、言うまでもなく彼女がこの防衛作戦の指揮官であるが故だ。 視察していたソレスタルビーイング号は武装を終えた上で、そのまま作戦に参加することとなり、新たに大きな粒子砲を増設された。

だが。それでも、カティの胸の内から不安は消えない。

何しろ相手は、未だ嘗て人類が接触することのなかった未曾有の脅威。
どんなに優秀な指揮官であろうとも、慎重にならざるを得ないだろう。

むしろ―――――。

「どうやら、最初の賭けには勝てたようですな」

―――――この異星体の、大群と呼ぶのすらおこがましい数を相手にするのに、自信満々にいられる者がいたら見てみたいとすら思える。

「ここからが始まりだ」

絶対防衛線を敷いたエリアを、ELSが避けてくるのではないかという懸念もあった。

だが、その月ほどの巨躯と、その周囲にショウジョウバエのように群がる小型の群れは今、現実にカティの目の前にいる。

まずは、運は彼らに味方した。

ここから先は、いかに自分達が彼らを退けられるかにかかっている。

心の内で安堵の溜め息をつきながら、オペレーターの報告を受けて同様に安堵したと見える黒人の将校が言うのにそう返し、カティは命を下した。

「各艦、目標が射程圏内に入り次第、攻撃を敢行する。粒子ミサイルはELSとの接触を避け、近接信管にセット。取り込まれてはかなわん」

火星付近でキム隊がELSと接触した際、ミサイルも取り込まれたと報告が入っている。 二の轍を踏むほど、カティは愚かな指揮官ではない。

―――――と、そこへ。

『行ってきます、大佐!』

モニターが開き、彼女の部下であり夫でもある男―――――パトリック=コーラサワーの人懐こい顔が映し出された。

「准将だと何回言えば…………」

カティが大佐であった頃からの付き合いであるこの男は、お調子ものな所為か未だに彼女の階級を間違う。

もう3年も経っているというのに間違うというのは、彼がよほどの天然なのか、はたまたもはやそれが彼なりの彼女の呼び名と化しているのか。

おそらく両方なのだろうな、と思っているカティだったが―――――そこでふと、状況を思い出した。

そうだ、これは死闘となる。

生きて帰ることが出来れば大したものだ。
大仰な言い方とは決して思っていない、今自分が―――――否、人類が臨んでいるのはそんな戦い≠ネのだ。

故に、ここでかけるべき言葉は1つ。

「…………死ぬなよ」

『了解です!』

敬礼とともにパトリックのモニターが消えると同時に、オペレーターからの連絡が入る。

「各艦、長距離ミサイルの発射準備、完了しました!」

「よし。全艦、第1波ミサイル攻撃、開始!」

「了解。ミサイル、発射します!」

カティの命に応じたオペレーター達が、各艦へミサイルの発射を支持する。

それにより一斉に放たれた山吹色の輝きを放つ弾頭は、ELSの熱源を感知して、それらに触れる前に起爆する。

宇宙の闇を、まるで花火が一斉に炸裂したかのように、紅蓮の光が染め上げる。

―――――しかし。

その紅蓮の炎の中から、変わらぬ姿で銀の影が姿を現し、ソレスタルビーイング号艦橋は騒然とした。

「ELS、健在です!」

「何らかのシールドを展開した模様!」

「まさか、我が方のGNフィールドの特性を理解して………!?」

オペレーターの報告に、黒人将校が驚愕に思わず腰を上げた。

ELSは成長している。彼らの想像以上のスピードで、今も―――――。

その事実に浮き足立ちかける艦橋内に、すぐさまカティの凛とした声が響いた。

「大型粒子砲、発射準備! MS隊で近接戦闘を仕掛ける!」

カティの指示を聞き届けたオペレーターが、すぐさま各部隊へ指令を伝達する。

「全MS発進準備! ELSに取り込まれぬよう、各機はフィールドを展開して使用せよ!」

オペレーターの指示が届いた艦から、MSが次々に出撃していき、背部のGNドライブからGN粒子を吹かせ、それが黒い背景に山吹の彩りを加える。

「大型粒子砲、チャージ70%!……チャージ90%………チャージ、100%!」

「照射、開始!」

「照射、開始します!」

粒子砲が臨界し、巨大なエネルギービームが漆黒を切り裂き、ELSの大群をも蹴散らして―――――その後方に控えた巨大な月ELSを捉える。

月ELSに直撃した粒子砲は見事その上部を貫き、ソレスタルビーイング号艦橋からは歓声が上がった。

勝てるかもしれない。
そんな希望が、彼らの中に芽生えた瞬間であった。

「艦隊、粒子砲で迎撃しつつ、MS隊も同時攻撃!………掃討作戦に移る!」

カティの力強い言葉に鼓舞されるかのように、発進したMSがELSへ向かっていく。

最後の戦いが、幕を開けたのだ。



☆★☆★☆★☆



「やれやれ………おっかないものだな」

ミサイルの炎を貫いて現れ出でるELSの姿に、艦橋にいたキールは冷や汗を浮かべながらそう零す。

無機物であるが故の無表情で、ミサイルという名の脅威をものともしないその姿は恐怖を煽り、ベガの艦橋に座るクルー達は唖然としてその映像を見ていた。

キールでさえ、先程の呟きもやっとの思いで発したものなのだから、彼らがそうなるのも無理も無いのだろうと思う。

だが。彼らは仮にも、この艦を預かる軍人。

いつまでも惚けていては、命取りであると知らねばならない。

だからこそ、ここで自分が気丈にならねばならん。

そう自らを奮い立たせ、キールは素早く指示を出した。

「俺達も出るぞ。ジンクス、発進準備! それと、例のやつ≠ノも出撃の準備をさせておけ!」

「は……はっ!」

オペレーターが敬礼で返し、キールの命を伝えるべくコンソールに指を走らせたのを確認すると、キールは自らのインカムを艦長席に置き、立ち上がる。

「今回は俺も出る! 後は任せたぞ、フィリス!」

「はっ!」

命に敬礼し、席に座るフィリスの肩を、キールは優しく叩いた。

「………いい顔になってきたじゃないか」

「隊長のおかげです」

「ははっ、そうか」

「死なないで………下さいね?」

「努力しよう。………じゃあな」

死地への別れにしては、大層軽く、重みの篭っていない言葉。

だがフィリスは、この男はこれでいいのだろうと思った。
おかげで、自分の手の震えも止まっているのを、感じていたから。

キールの出て行った後の艦橋で、フィリスは両手を握り合わせた。

皆の無事を願い、祈るように。

願いよ、届けと言わんばかりに、毅然と顔を上げたフィリスは、命を下す。

艦長として、兵として。

そして、大切なものを守りたいと願う―――――1人の人間として。


☆★☆★☆★☆


艦橋を出たキールは一路、ロッカーを目指した。

その中の1つ、一番奥に設置されたものの前で、キールは止まった。

それは幾つも並んだロッカーの中で、唯一整然として何の手も加わっていないもの。 否、確かにそう見えるのも無理はないのだ。

実際、そこは触れることすらタブーとされた、開かずの間なのだから。

「………まさか、またこいつを着ることになるとはな……」

言いながら、キールはロッカーの鍵を開ける。

中にあったのは、1着のパイロットスーツ。ただ、それだけ。

しかしキールがそれへと向けている視線を見れば、いかにそれが大切なもので―――――また、それがいかに疎ましいものであるのかが解る。

「親父…………」

彼の父は、連邦の指揮官だった。

最初は、いい軍人と呼べる存在であったように思う。
守るために戦うことを願っていた、そう考えれば、いい軍人であったのかもしれない。

だがエリート意識が強かった彼は、段々と、独立治安維持部隊という名の軍隊とその階級制度が生み出す悪弊に染まっていった。

気付けば彼の中から何のために戦うのか≠ニいう問いは消え失せ、恒久和平を謳いながら思うがままの独裁を行った、アロウズという組織体制に完全に取り込まれていたのだった。

そんな父に反抗してか、彼は父の意思に背き、指揮官ではなくパイロットとして軍に籍を置くことに拘った。
このパイロットスーツは、その時のものだ。

3年前の大戦で父が殉職し、更にはオージェまでもが失意の後に軍を辞めた末、キールに残ったのは、無力な自分を嘆く空っぽの心だけだった。

だからこそ、このスーツに袖を通すことも、もうないと思っていたのに―――――。

そこまで回想し、キールはブルーになりかけた思考を首を横に振って振り払うと、素早く着替えた。

彼の父が―――――まだ理想を語っていた頃の父が、キールがMSパイロットとなった記念に贈ってくれた特注の黒きパイロットスーツは、全くその頃のままの着心地だった。

ヘルメットを着け、バイザーを降ろす。

そのままキールは、MSデッキに足を運んだ。

そこに立っているのは、2機の機神。

スターダストガンダムと、メティオガンダム。
自分と、後もう1人、共に戦うこととなった勇士が搭乗する機体だ。

「隊長!」

「待たせたな。奴は?」

「既に搭乗済みであります!」

パイロットスーツ姿のキールを前に、どことなく嬉しそうにはきはきとした口調でそう返すメカニックに、「そうか、ありがとう」と短く返事をすると、キールはスターダストガンダムに繋がるリフトで上へ上がると、コクピットに滑り込んだ。

「脳量子波コントロールシステムは使用できませんから、非イノベイターの操縦にも耐え得るよう、OSを弄ってあります。スペックは幾分落ちてしまいますが………」

「構わん、操縦できんよりましだ」

一緒に上って来たメカニックの言葉にそう返すと、コクピットを閉じ、メインスイッチを入れて機体を起動させる。

進んで軍務に関わろうとしない―――――言うなれば、やる気のないキールの率いるこの隊は、軍上層部からはあまりいい評価をもらっていなかった。

だから、彼らの仕事はとりわけ、こういった役に立つかそうでないかの判断もつかぬ実験機のテストが殆どだった。

この機体も、粗方そういう理屈でここへ来たのだろうな、と考えると、キールの口からは自然に溜め息が漏れる。

スターダストの開発嗜好は、高機動戦闘の可能性を追求した、超高機動仕様と聞いている。

そう言えば聞こえはいいが、要は「現時点での技術力で、どこまでの機動力をMSで実現できるのか」という、極めて実験性の強い機体なのである。

確かに、脳量子波コントロールシステムなし、という条件が齎すスペックダウンを加味した上でもその理論上のスピードには舌を巻かざるを得ないし、それが実現すればかなりの高機動機となるだろうが、それはあくまでも理論どおりにいけばの話。

今回は並のテストとは違い、いきなりの実戦だ。
戦闘中にいきなりバラバラ事件、などという事態は勘弁してほしいものである。

まあ、そうぼやいていても始まらないか。

そう再び溜め息をつくと、キールは隣に控えたもう1つのガンダム=\――――メティオガンダムへと回線を繋いだ。

「よう、そっちはどうだ?」

『貴方ですか。こちらは上々です。全く、助けていただいた上に彼らを屠るチャンスまで与えていただき、光栄の極みですよ』

訊ねると、大層嫌味な声音が返って来た。

嫌味な部分は受け流し、キールはスターダストをカタパルトへ勧めながらさらに訊いた。

「しかし驚いたな。まさか間に合うとは思わなかったぞ………デカルト=シャーマン?」

そう、こちらも盛大に嫌味な口調で返してやると、ワインレッドの機体に乗るイノベイター―――――デカルト=シャーマンの口角が釣りあがる。

実は彼らが軌道エレベーターで受け取ったのは、装備だけではなかった。

治療の終わったばかりのデカルトを本作戦に参加させるよう、上層部からの直々のお達しがあったのだ。

幸いベガでは搬入したMSのパイロットが不足していたし、せっかくだからイノベイター専用機であるガンダムのパイロットとしてここに置くことを了承したのだった。

それ程―――――まだ病み上がりの兵を戦場に出すほど、上層部は今回の件を重く見ているという証拠だろう。

『助けられた分はちゃんと返させて頂きますよ、隊長殿』

「なら、戦果を期待させていただこうか」

そう、モニター越しに不敵に微笑み合っていると、いつの間にかカタパルトへの固定が完了していた。

『カタパルト、ボルテージ上昇。射出タイミングを、両パイロットへ譲渡』

「了解」

オペレーターに返事を返し、キールは前方を見つめた。

そこに広がっているのは、等しく闇。
出れば即刻死の危険が待っている、死の闇だ。

それは、キールにとって久方ぶりのものであり―――――友であるオージェが、飛んでいた場所でもある。

だからこそ、どれだけ恐怖を感じたとしても、ここで彼が引き下がるわけにはいかなかった。

キールはきっ、と前を見据えると、言い放つ。

「キール=グレイナル、スターダストガンダム。出るぞ!」

姿勢を低く構えたメタリックグレーのガンダムが、カタパルトを走り、山吹色のGN粒子を吹かせて宇宙を駆ける。

「メティオガンダム、デカルト=シャーマン。発進します」

続けて、スターダストが出たのとは反対側のカタパルトからワインレッドの影が飛び出し、スターダストと並んで飛行を開始した。

「俺の、戦場………舞い戻ってきたぜ!」

叫び、スターダストの持つビームライフルからビームが放たれ、前面に展開していた小型ELSを貫き爆散させる。

それに気付いた別のELSが、その驚異的スピードで、一撃離脱したスターダストを猛追した。

しかし―――――追いつけない。

さすがに、速度を追求しただけのことはある。

背部のブースターから噴射される粒子はジンクスら通常の機体のそれを大きく超えており、故にELSの接近を一切許さなかった。

そうして、一直線に迫ってくるELSをスターダストはビームライフルで確実に撃破していった。

「よし。俺はまだ………戦えるぞっ!」

連射式に設定されたビームライフルでELSを次々に屠っていくスターダストに負けじと、メティオも動いた。

デカルトの脳量子波に導かれるように迫るELSの群れへ、メティオの背部にマウントされたランチャーの銃口が向けられる。

そして。

「消え去れ、物の怪があああぁぁぁぁっ!」

迸る極光。

その輝きは迫るELSをあっという間に飲み込み、その灼熱で蒸発させる。

重火器型ガンダム、メティオガンダム。

隕石≠フ名に相応しく、それが放つ熱線は全てを焼き尽くし、全てを蒸発させる。

周囲のELSを、メティオの全身に装備されたミサイルポッドから放つ近接信管設定のミサイルで薙ぎ払うと、デカルトはコクピットで不敵に笑った。

いける。戦える。

そう確信し、更なる追撃を行おうとする2人。

―――――しかし、変化は唐突に起こった。

「何だ…………!?」

艦橋でその光景を見ていたフィリスは、思わぬ光景に目を疑った。

小型ELSが、別の小型ELSに次々と突撃し、吸収しているのだ。

「おいおい、共食いかよ………」

軽い口調で、そう皮肉る通信士のジェイク。

確かに、一見共食いにも見える光景だが―――――。

「いや、違う…………」

フィリスは、首を横に振った。

「これは……………!」

彼女らの目の前で、共食いをするかのようにそれぞれを取り込んでいたELSが段々とその姿を変えていく。

段々としっかりとした形を模っていくELS。

その思いもよらない姿に、キールは瞠目した。

「な………に……!?」

変化したのは、人型の機械兵。

全体的に黒く、暗い印象を与えるその機兵は、紫色の目でこちらを虚ろに睨む。

次の瞬間。

機兵―――――MSと化した彼らの手のビームライフルが、紫色の輝きを撃ち出した。
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