■ EXIT
Chapter 5 解き放たれし狂気


「ナナオ、お前…………」

オージェは驚愕に、信じられないとばかりに数歩後ずさる。

否。事実、信じられないのだ。
彼女は普通の人間。
どこにでもいる―――――ただの自己主張の強い女性でしかないはずなのに。

だのに、彼女の目に光る金は、紛れも無い自分と同じ化け物≠フもので―――――。

「せん、ぱい…………」

―――――と。唐突に上がったナナオの苦しげな言葉に、オージェは漸く我に返る。

はっとして、涙の溜まった目でこちらを見上げていたナナオを抱き寄せ、語りかけた。

「落ち着け、ナナオ。落ち着いて、心の中に流れてくる声を、情報を捌くんだ」

「どうやっ、て……………」

「余計なものは受け流せ。本質を、思いの本当の姿を捉えるんだ」

「思いの、ほんしつ………ぐぅぅ……あああぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」

「ナナオッ!」

一層大きな叫びを上げ、のけ反るナナオ。

その尋常でない反応に、オージェも思わず声を張り上げた。

そして、一時の沈黙の後―――――。

「………はーっ、はーっ…………」

まるで忘れていたように荒い呼吸をし、ナナオはオージェへ正面からよりかかった。

そして。

「先輩の、思い………感じます」

「ナナオ…………」

いつもの騒々しい声ではないし、吐息は未だに忙しなく苦しげだ。

それでも、彼女が変革の力を制御することが出来たことに、オージェは心の底から安堵した。

「暖かい…………」

ナナオは自ら、オージェの背中に腕を伸ばす。

それは―――――彼女が今まで生きてきた中で、初めてのこと。精一杯の勇気。

オージェにも、それは十分に解っていた。ただ、気付かない振りをしていただけ。

今この時すら、オージェはそれに応えるのを躊躇った。

だが―――――。

「…………ああ」

今、この一時くらい、人の愛に甘えてもいいのだろうか―――――。

そう、免罪符にも似た思いを胸に、オージェは胸の中の温もりを抱きしめ返した。

そして―――――。

「……………」

その一連の出来事を、ドアの傍で聞いていた人間が、1人。

「彼女には………敵わないな」

腰までもある長い銀髪をなびかせ、その人物はそっとその場を後にした。



☆★☆★☆★☆



「軌道エレベーターに戻る?」

「ああ」

意外な顔をしてたった今自分が言った言葉をそのまま反復するオージェに、キールは頷いた。

場所は、所変わってキールの部屋。

その決して広いとは言えない部屋の中に、キール、オージェの他、通信士のジェイク、艦長のフィリスといった面々が面を連ねている。

何故このような場にジェイクがさも当たり前のように同席しているのかという疑問もあるが、キールの地球に戻るという趣旨の言葉を訝しんだオージェはそれどころではなかった。

「何故だ? 木星からのELSの大群を迎撃するのではないのか?」

ELSを野放しにする気か、という言外の問い。

それにキールは、首を横に振る。

「違う」

「では、何故だ?」

「単刀直入に言えば、戦力の増強だ。実はジブリールは、まだまだ実験的要素の強い機体でな。様々なオプションを後付け出来るようになっている」

そう説明しながら、キールはモニターを映し出す。

そこにはジブリールの全体図と、そこに装着可能なオプションのプランがあった。

機体の図の周囲を取り巻くように別のパーツの図が表示されていて、そこから伸びる線は図の各部位に伸びていた。

さらに脇に、強化パーツとその装着部位、そして簡単な各パーツの備考が書き連ねられている。

「それと、ジブリール以外の新たなMS戦力もロールアウトされるらしい。パイロットはまだ決まってはいないが、その試験運用に俺達の部隊が選ばれた」

「………なるほど。どうやら俺達は、また厄介者扱いされてるみたいだな」

「上層部は解っていないのだ。隊長はいつも世界の融和に尽力されているというのに、このような扱いを…………!」

テストパイロットは危険を伴う。

誰も扱ったことのない最新鋭機をテストする。
言うだけなら格好いいものだが、裏を返せばそれだけ潜んでいるリスクも大きいというものだ。
既に安全が保証されている、制式採用機に乗るのとは訳が違う。

最悪、飛行中に機体が空中分解を起こす可能性すらあるのだから。

「よせよせ、お前ら。そんなの今更だろ?」

「ですが…………!」

「俺がいいって言ってるんだ。この件については、もう話すこともない。………だろ?」

そうキールが諭すと、まだ何か言いたいこともあったらしいフィリスも黙るしかない。

そうして、彼女を無理矢理にでも諭したキールは更に続ける。

「後もう1つ、デカルト=シャーマン大尉の身柄の引渡しも任務には含まれてる。上にとっては、格好の研究材料だからな。丁重に送り届けるようにとのお達しだ」

言葉の節々に、どことなく嫌味が含まれているのはいかにもキールらしい。

さっきはああ言っていたが、漏れ出ている感情とその態度から、少なからず彼とて上層部をよくは思っていないことがよく解ったオージェだった。

だが、それを咎める気にはならない。

彼とて、如何にデカルトが確認されている限りで人類最初のイノベイターであるとはいえ、それを非人道的に扱う軍のやり方には納得できなかったからだ。 先の任務の前、軌道エレベーターに立ち寄った際、オージェはキールに、軍におけるデカルトの待遇などについての資料を回してもらったことがあったが、見た途端オージェは顔を顰めた。

これでは、以前人類革新連盟に存在していたとされる、人類を超えた兵士―――――超兵を生み出す機関、超人機関と同じではないか、と。

「まるで運び屋、だな」

「まあ、そう言ってくれるな、ジェイク。ELSは、未だかつて人類が経験したこともない未曾有の脅威だ。それならこちらも、用心してし過ぎるということもあるまい?」

ジェイクが皮肉ると、珍しく苦い顔をしてそう答えるキール。
その答に、ジェイクもまた頷いた。

「同感だな。現に最初に接触したキムのおっさんの艦隊もやられちまってるんだ。あの物量も相当だしな。正直、面と向かったら、ジブリールとベガの火力だけで乗り切れるかも怪しいところだ」

「そういうことだ。幸い、敵さんも3ヶ月もの猶予を与えてくれたことだしな。万全の態勢で臨むとしようぜ」

「了解した。では、向こうへ着いたら知らせてくれ」

そう言い残し、もう用はないとばかりに立ち上がり、早々に部屋を後にするオージェ。

そんな彼を、

「オージェ」

キールが呼びとめた。

立ち止まり、振り向いたオージェと視線が交錯する。

「………お前、大丈夫だな?」

どれ程対峙していただろうか。
キールからの唐突な問いに、オージェは顔を顰めた。

「行けば、イノベイターの置かれている現状を見ることになるぞ。それでもいいのか?」

「………元より、選択する権利は俺にはない。俺は………軍人になってしまったのだからな」

「皮肉か?」

「そうとってもらっても構わない」

オージェの頑なな態度も無理はないと、キールは心の内で同意する。

自分もオージェも、3年前には軍の数多くの理不尽に触れてきた身だ。

それ故に、元よりオージェに拒否権などないことも重々解っていた。解った上で、キールはオージェに問うたのだ。

大丈夫か、と。

「俺は………正直、お前がガンダムに乗るのだって、反対だったんだ」

3年前―――――この男が変革したことが解ったあの日。
他人の思考が読める、そんな超人的な力を手にしたことに苦しむこの男に、自分が出来たこととは何だ?

ただ、理不尽な軍から遠ざけ、安寧を与えてやっただけではなかったか。

それでは―――――根本的には、何1つ変わるはずがないというのに。

「解っている」

だが、目の前の親友は、それでも苦境に抗うという。

その、悩み多いながら、力強い瞳で。

「だが、俺は見つけなければならない。俺のような………化け物が生まれた意味を。この世の存在全てに意味があると言うなら、俺の変革にも、きっと………意味があるはずだ」

「…………さすが、だな」

はっきりと言ってのけるオージェに、呆れたように苦笑するしかないキール。
随分と苦しんでいる癖に、何を自信満々にほざくか、と。

だが、それを聞いて安心した。

「なら、やりたいようにやれよ。答が見つかるといいな」

それまでは、俺が出来うる限り助けてやる。

そう、心の中で付け足し、キールは笑う。

「ああ。………ありがとう」

そう言って、オージェもまた微笑むと、じゃあ、と言ってその場を後にする。

その彼の礼が、キールの発した言葉へのものか、それとも彼の心の声へのものか。 それを推し量ることの出来ないという現実に淋しげな苦笑いを浮かべると―――――キールは、室内へと帰っていった。



☆★☆★☆★☆



『それで、貴方は軍に協力するのですか?』

『まあ、そうなるな』

しんと静まり返った室内に、無言の会話が音もなく響く。

ベガ首脳陣との会談の後、医務室にやってきたオージェ。といっても目的は自身の治療のためでも、他人の付き添いでも―――――どこかの軟派通信士のように、美人女医をナンパしに来たわけでもない。

オージェがここへ来た目的。それは、目の前のメディカルポッドにあった。

『しかし驚いた。口で話すことは出来ずとも、こうして脳量子波を使って会話することは可能なんだな』

『私もです。さすがは実験動物………といったところでしょうか』

『その言い方はいい加減やめろ』

もし表情が動くのならば、確実にニヒルな笑みを浮かべているであろう皮肉が、ポッドの中に横たわる男性―――――デカルトから届き、オージェは顔をしかめた。

数日経ち、こうして脳量子波で会話が出来るようになったのは幸いなことだが、聞かされるのがこう皮肉ばかりでは堪ったものではなかった。

『ですが、宜しいので? あのガンダムのパイロットとして赴くとは、貴方のことを知られる可能性が高い』

『解っている。だが、ジブリールのパイロットとして戦うと決めた以上、逃げることなど出来ない。何より、今は人類全体の存亡がかかっている。化け物の俺の力が、必要とされている時だ』

『化け物………ですか』

オージェの言葉に、何を思ったか含みを持った声音のデカルト。

『…………何だ?』

『いえ。ただ………随分とご自身を卑下なさると思ったまで』

『事実を言ったまでだ』

『でしたら、私も化け物ということになりますね?』

『………そうなるな』

さすがに思慮の浅い発言だったかと反省し、低頭しそうになるオージェ。 しかしながら、目の前で眠る男から届いたのは、くくく、と声を殺すような笑い声だった。

『………何が可笑しい?』

『くく………いや、失礼。ここまで思考がシンクロするとは、正直考えもしていなかったもので』

『…………そうだな』

『くくく……だが、嬉しいですよ。久方ぶりだ、こうして素の自分と向き合ったような気になることが出来たのは』

そう言ったデカルトの言葉には、いつものような厭味な気配は殆どなかった。

『話せて嬉しかったですよ、ガンダムパイロット。いえ…………オージェ=ジルヴァーニュ少尉?』

『ああ。俺もだ』

それからは互いに他愛もない世間話を交わし、オージェは医務室を後にした。

「俺とお前は正反対だ。同じでありながら、決して相容れぬ存在。人間とは…………そういうものだろう?」

なあ、デカルト。

医務室のドアへ振り返り、呟いたその言葉は誰にも届かず虚空をさ迷った末―――――消えた。



☆★☆★☆★☆



ナナオは、まだ完全に覚醒した訳ではなかった。

オージェやデカルトのように、完全なるイノベイターとして革新を果たしていない。

これはオージェの推論だが、ナナオの脳量子波は元々高いレベルにあって、あの時直接は戦場にいなかった彼女も、あの青いガンダムの発する翡翠色の輝きによって、半覚醒状態に至ったのではなかろうか。

尤も、彼とて医者でもなければ科学者でもないから、真相を知るものは誰1人としていはしないが。

そして、そんな当のナナオはといえば―――――。

「もふもふもふぅ………ふふふーっ♪ あったかいですぅー♪」

オージェの布団にくるまって、ご満悦のだらけきった表情を隠そうともしていなかった。

あれから数日。
軌道エレベーターへの航行の間、ナナオは度々オージェの部屋を訪れていた。

それも、以前にも増して多く。

オージェと同じ、イノベイターとなれた。
不完全とはいえ、同じ、変革した存在に―――――。

不謹慎なことかもしれないが、それが彼女には堪らなく嬉しかった。

と、そこへプシュー、という音を立ててドアが開き、当の部屋の主、オージェが姿を現す。

「ナナオ。またここにいたのか」

「あ、先輩。お邪魔してまーす♪」

やれやれ、と苦笑しながら、オージェは備え付けられたデスクの椅子に腰掛ける。

「全く。すっかりここはお前の部屋だな。お前の部屋はどうした?」

「えへへ。もういっそ、こっちに引っ越してきましょうか♪」

「止めろ。俺の寝る場所がなくなるだろう?」

「一緒に寝ればいいじゃないですかぁー」

「…………勘弁してくれ」

冗談ではない、とオージェはうんざりした様子で溜め息をつくが、ナナオがえへへー、と舌を出すと、なんだかそれ以上言う気も失せた。

仕方がないので、オージェはここへ来た本題を述べた。

「………軌道エレベーターに着いたぞ」

「え、もうですか?」

きょとん、としたナナオがもう、と言ってはいるが、火星付近から艦を発進させてもう暫く経つ。

そろそろ着いたとしても、なんら不思議はないはずだ。

「じゃあ、私軌道エレベーターのショップでちょっと買い物してきます。何か欲しいものとかありますか?」

「ないこともないが………久々の買い物だ。お前が見たいものを見てくればいい」

「えー………うん、まあ、そうですね。解りました!」

手早く自分の荷物を纏めると、簡易的に身だしなみを整えて、ナナオは部屋の入り口に立ち―――――。

「………一緒に行きます?」

「残念だが、俺はジブリールの調整に駆り出されているから無理だ。俺の分も楽しんで来い」

「はぁーい」

うんざりとした様子でそう返事をするナナオは、開いたドアから外へ出る。

「もう…………先輩のガンダム馬鹿っ!」

そう、頬を膨らませ、拗ねながら発されたナナオの呟きを部屋の中で聞いたオージェは苦笑すると、すぐに表情を引き締めた。

これから自分は、ベガのクルー以外の軍人へ会いに行く。

火星付近での任務の時以上に、人に接する機会は多い。
その際は施設の中を見て回っていただけであったが、今回は強化パーツやMSの搬入ということで、ベガ以外のメカニックと接する機会も必然的に多くなる。

いくらその彼らがキールの信頼しているメカニックであるといっても、いつ、彼がイノベイターと知れるかも解ったものではない。

デカルトから脳量子波で聞いた限りでは、相当の扱いを受けていたようだ。オージェとて、その仲間入りをしたいとは到底思えない。

無論、あの捻くれた彼のことだから多少の誇張表現はあるかもしれないが、それでも決していいものでないことは明らかである。

「よし。………行くか」

自らも準備を終えると、オージェは部屋の外へ出て行く。

内心で、新しく配備されるMSや装備を―――――楽しみにしつつ。



☆★☆★☆★☆



「ぐー………すぅ……」

オージェの部屋から離れた場所にある、しかし場所は同じベガの艦内にある薄暗い部屋。 その闇によく似合う静けさの中に、似つかわしくない男の鼾が惜しげもなく響いていた。

ここは独房。

軍において罪を犯した兵士や、軍が捕らえた犯罪者を収容している牢である。

その中で、1人の男がその獰猛な猛禽のような目を、ただ今絶賛爆睡中の看守の男へ向けている。

年齢は30台半ば程。
くすんだ金髪を肩まで伸ばしたその男は、嘗て地上でベガを襲った野盗のリーダー。

そう。あの、GNドライブを4つ搭載したジンクスのパイロットであった男だ。

元はそれほど伸びていなかった顎の髭も、彼が独房に入れられて何日も経過した今では、無精髭が伸び放題になっていた。

「ちっ、暢気なものだぜ。俺は未だにどうなるでもなくこの様だってのに、その目の前で平然と居眠りたぁ………」

忌々しげに、男はそう吐き捨てた。

それは決して、自分を小馬鹿にしているような看守の勤務態度だけではない。

何か、根本的に彼を―――――否、彼と同じ連邦軍を嫌っている節があるようだ。

「全く、牢屋は床も硬ぇし居心地悪くて仕方ねえな」

言いながら、男はごろんと床に横になる。

忌々しいのには違いないが、この看守の居眠りは今回が初めてではない。

上司には上手く誤魔化せていたようだったが、目の前にいた男にはそれが苦し紛れであることは言うまでもなく解っていた。

であるから、幾度となく繰り返されたその居眠りが目の前実行されようとも、男はもはや別段気にすることはなかった―――――が。


―――――チャリ。


「…………ん?」

この場にするはずのない音が響き、男の視線がそちらへ注がれる。

「何だ…………?」

看守の足元で、何かが光っていた。

男は身を起こし、近寄れるだけ近寄ってそれを見た。

それは、鍵だった。
おそらく、看守に与えられた独房の鍵。

ポケット辺りに入れていたものが、居眠りでこっくり、こっくりとしている内に滑り落ちたのだろう。

試しに手を伸ばしてみると―――――その鍵は、男の手の届く距離にあった。

「こいつは………! はっ、最高だぜ! 俺はまだ…………終わっちゃいねえ!! ぎゃはははははははははっ……ははははははははははっ!!」

牢に、静かなる男の狂った笑いが響く。
その笑い声は、自由になれる喜びで満ち満ちていた。

その数分後。

男は、独房を脱走した。



☆★☆★☆★☆



「うーん。これにしようか………それとも、あっちかなぁ……」

一方、こちらは買い物に出かけたナナオ。

オージェの部屋を出て数分。
早くも軌道エレベーターに備え付けられたショップにて買い物を楽しんでいたナナオは、服選びに没頭していた。

着のみ着のままここまで来たオージェもナナオも、持っているのは最初に彼らが着ていた服のみ。
そろそろ、替えの服がほしかったところだ。

オージェはキールから与えられた軍服があるからまだいいが(それでも、何故か彼自身は着ようとしないが)、自分は今着ている服のみ。
洗ったりシャワーを浴びる場合、一旦はベガの作業員服を着用せねばならず、それはナナオとしては非常に宜しくない。

そして、今選んでいるのは―――――。

「うーん。先輩の服、どっちがいいかなぁ…………」

オージェの服であった。

自分の服は、理想どおりのものがあったからか思いの外早く決まった。

しかし、異性であるオージェの服選びが思った以上に難航している。
どうせあの朴念仁、自分が買っていってやらねば服など自分から買おうともしないだろうし、ならば自分が選んでいって吃驚させてやろう。

そう意気込んだはいいが肝心の本人はいないし、想像だけで選ばねばならなくなってしまったのだ。

「…………ま、いっか。こっちにしよ」

そう、どういう考えでその選択に至ったか、左手に持っていた黒を基調とした服を選び取り、右手の服を元の位置に戻すと、ナナオはレジへ駆けていく。

目的の品を購入すると、ナナオは服の販売スペースを出、適当にぶらついていた。

「時間は………ありゃ? まだこんな時間だったんだ」

腕時計を見れば、オージェに言われていた定刻にはまだ結構な時間がある。

「もうちょっと……何か見ていこうかな」

とは言っても、化粧品などの消耗品は殆ど買い終えてしまった。

これ以上何を見て回ろうか。
そう悩んでいたナナオだったが、不意に目に飛び込んできたものに、その足を止める。

「あ………綺麗」

そこは、アクセサリーショップだった。

宝石をあしらった高価なものから、ビーズ等を原材料とし、庶民でも簡単に手の届くお手軽なものまで幅広いものがあった。

「いいなぁ…………」

結婚指輪にオススメ、と書かれたコーナーの前で、ナナオがそう目を輝かせ―――――次の瞬間、値札を見てがっくりと肩を落とした。
「こういうのもらうの、憧れるよね………」と、一瞬でも思った自分を呪った。
おそらく、二度と自分には縁のないであろう値がついていたからだ。

誰にもらうのか、というのは、訊くだけ野暮な質問だろう。

そうして、見るだけでも充分に目の保養になる品々を見ながらゆっくりと移動していくと―――――。

「………あ、これ……」

以前ソレスタルビーイングが掲げていたシンボル。

それによく似た、広げた翼のようなアクセサリーがナナオの目を引いた。

「……………」

暫し、品物と値段を見比べる。

値札には、ナナオの手持ちでも充分手が出る程度のお手ごろ価格が印刷されていた。

「………よし」

何やら決意した様子で、ナナオはそれをレジへ持っていく。

「包んでください」

「畏まりました」

代金を払い、定員が丁寧に包装してくれたアクセサリーを大切にバッグへしまうと、ナナオはいそいそと店を出た。

「はわー、買っちゃった………」

誰もいないトイレの中で、アクセサリーの入ったバッグを抱きしめ、一喜一憂するナナオ。

―――――背後からの、怪しげな視線には気付かずに。

「ああ、でもどうしよう。コレ渡して先輩喜んでくれるかな………。ううん、喜んでもらおう。そうだ、よし………」

迫る危機にもまるで無頓着に、ナナオは艦へ帰った後を見据えて決意を口にしていく。

そして、そうしている間にも、影はゆっくりとナナオへ忍び寄り―――――。

「がっ…………」

不意に頭部を襲った衝撃に、何が起こったのか理解する間もなく、

「お休み。お嬢ちゃん」

ナナオの意識は―――――そこで、ぷっつりと途絶えた。



☆★☆★☆★☆



「ほわー、こりゃ凄ぇ………!」

艦橋にいたはずのジェイクが、オージェの隣で感嘆の言葉を漏らす。
そのオージェもまた口には出していないが、彼と似た反応を示していた。

今彼らの目の前にあるのは、今回配備された新型の数々。

2つはMSで、1つはジブリールの強化パーツなのだが、その両者共に、ベガのクルー達の予測を遥かに超えた代物であったのだ。

まず、MSからして驚きだ。

何せ、配備された新型のいずれもが、ジブリールと同じ―――――ガンダムタイプであったのだから。

「まさか、うちの艦にここまでガンダムが揃うとはねえ…………。じゃじゃ馬とはいえ、上も随分粋な計らいしてくれるじゃないの?」

手元にある2機のデータを見ながら、ジェイクがそう呟く。

2人から見て手前にある、背に大きなブースターウイングを背負ったメタリックグレーの機体。名を、スターダストガンダム。

そしてその奥、背中に背負うように装備された超威力の粒子ビームランチャーと、その砲身に勝るとも劣らない長大さを誇る実体剣を始め、多数の武装を搭載していると見える重武装なワインレッドの機体、名をメティオガンダム。

どちらも脳量子波による制御を必要とするため常人では扱いきれるものはごく僅かしかおらず、結局のところお蔵入りになっていたMSらしい。

そんな厄介なものが運ばれてきた時点で、この部隊がいかに軍にとって厄介者で、いかに不遇な扱いを受けているのかがよく解るだろう。

「で、こっちがジブリールへか。また大層なもんを………」

「そうだな」

一方、2人が次に向き直ったのは、今ジブリールの傍に安置されている小型の戦闘機型メカ―――――名を、イカルス。

ジブリールの背部に取り付きGNドライブとドッキングすることで、イカルスに装備された小型の別動力と直結。粒子生産量を格段に上昇させるのだという。

更に、これを装着することで使用出来る武装や、新たなとある特殊システムの説明も受けた。

「でも大丈夫なのか? この機体がここにあって、お前がここにいると知れたら、上にお前のことバレちまうんじゃ?」

「その辺りは問題ない。このメカニック達はキールの知り合いのようだし、キールも口は堅いと信頼していた。それに、あのガンダム達はイカルスとは別で届けられたものだからな」

「ふーん………。ま、その辺は一介の通信士の俺が気にするこっちゃないことぐらい承知してるけどな……」

そういうわけで、後は頼んだ。

そう言い残し、ジェイクは本来の持ち場である艦橋へ戻っていった。

そうして彼を見送って、オージェは改めてガンダムを見た。

元々期待されて生まれてきたというのに、手が余る今ではすっかり厄介者扱い。 まるで自分のようだと、重ねずにはいられない。

「ガンダム…………」

感傷に浸るオージェ。

しかし。その思考は、不意にポケットで鳴ったPDA―――――携帯情報端末の音に遮られた。

(ナナオ…………?)

発信番号の場所には、登録してあるナナオの名前が表示されている。

荷物持ちでも頼まれるか、と覚悟しながら、オージェは通信に応答した。

「………俺だ」

SOUND ONLYと表示されたモニターに呼びかける。しかし、返事がない。

「おい。どうした?」

不審に思い、今度は語気を荒げる。

しかし、やはり反応はない。

(悪戯か…………?)

しかし、ナナオがそんなことを意味もなくするなどするはずもない。

そう考え、思考を巡らせていると―――――。

『オージェ=ジルヴァーニュ、だな?』

男の声で、そう声がした。

「…………何者だ?」

警戒しながら、オージェは男の声に応じる。

『なぁに、大したものじゃねえよ。ただアンタにとっちゃ、とんでもねえことかもしれねえがな』

「何?」

オージェの中で、もしやという思いが募っていく。

逸る気持ちを抑えて続きを促すと、不意にSOUND ONLYと書かれていた画面に、映像が映し出される。

―――――後ろ手に縛られた、自分のよく見知った女の姿が。

「っ!?」

『アンタの可愛いお嬢ちゃんは…………俺が預かった』

驚愕するオージェの目の前で、事態は静かに―――――しかし急速に、急転していった。
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