■ EXIT
Chapter 4 目覚める者


「おい、お前。大丈夫か?」

オージェは、苦しむデカルトにそう声をかけながら駆け寄った。 幸い呼吸は安定してきたようだし、症状も和らいできているようなので、オージェはほっと安堵の溜め息をついた。

ベガが宇宙に上がり、ソレスタルビーイング号及びその周辺に停泊していた巡洋艦とのランデブーを果たした後、キールを初めとする主な士官は全て、ソレスタルビーイング号への出向を命じられた。今頃は、作戦指揮官であるキム中将、そしてソレスタルビーイング号の視察及びエウロパの破砕に訪れていたカティ=マネキン准将らと会談している頃合いであろう。

「誰だ…………!」

和らいでは来たものの、苦しげに、それでいて敵意を感じさせる瞳がこちらを真っ直ぐに睨みつける。

「そんな話は後だ。立てるか? 医務室へ向かうぞ」

オージェは手を差し延べるが、デカルトはそれを取らない。

それは彼のプライド故か、情けをかけられたことに困惑したためか。
それは、彼自身にすら解らない。

「………問題ありません。元より私は実験動物に過ぎない。情けは無用です」

「しかしっ…………………っ!?」

「っ!? これはっ!?」

叫び、オージェがデカルトの肩を掴んだその時、2人の間に記憶が、思いが、走馬灯の如く駆け巡る。

一瞬の出来事。
しかしそれだけで、2人は全てを理解してしまった。

2人は革新者。

その2人に、会話など不要。

思いは革新した身体を通して伝わる。
解り合う新人類=Aイノベイターたる力だ。

「………なるほど、貴方も同類というわけか」

「イノ、ベイター………!?」

ニヤリ、と笑みを浮かべるデカルトに、驚愕に数歩後ずさるオージェ。

図らずも正反対の反応を返した2人。
恐れを抱いたオージェに対し、デカルトはオージェに対し興味を得たらしく、嘗め回すようにこちらを見る。

「そう堅くならなくても結構。別に貴方をどうこうしようなんて考えちゃいません」

「………お前は、連邦兵だろう?」

「それ以前に、実験動物(モルモット)ですから」

そうニヒルに笑うデカルトの視線に、オージェの背筋にぞくりと冷たいものが走った。

この男は、自分と同じだ。
しかし、同時に自分とは違う。

化け物と化してしまった自分を卑下しているのは同じである。

しかし、周囲の人間に対しての価値観は全く違うのだ。

オージェは自分を卑しい化け物と称し、周囲の人々に対し憧れにも似た思いを抱いている。だからこそ人と関わるのを避け、そんな、彼からすれば崇高な人々が穢れるのを恐れ、人を避けた。

だが、目の前の男はそうではない。

自分を化け物とおいているのは同じだろう。
だが、そもそもの周囲の人間から見た場合の立ち位置が違う。

自分は実験動物、モルモット。

しかし一方で、周囲の―――――未だイノベイターたりえない人間達を劣等種≠ニ見下している。

自分のせいで周囲が穢れることを恐れるオージェに、自分こそが進化した人類であり、それ故に彼らのモルモットたりえるのだという男。
愚鈍と傲慢。

自分と同じであり、自分とは全く正反対の人間であった。

「まるで、自分を人間ではないとでも言いたげな口ぶりだな?」

「そう言う貴方こそ。とても自分を人間と認めているとは思えない」

会話を交わす間にも、両者の目には眩いほどの金が輝きを放っている。

もはや互いの思考は相手に筒抜けだが、それでもオージェはよかった。
この男を知りたい気持ちもあるし、自分を知ってもらいたい気持ちも少なからずある。

オージェ自身も気付かぬ内に、解り合うことを望んでいたのだ。

「まあ、探り合いはこの辺りにしておきましょう。作戦は聞いたのでしょう? ガンダムパイロット殿」

「ああ。しかし、お前はそれでいいのか? 今回の作戦、お前は軍に使い捨てにされたも同じだ」

「とやかく言う権利は実験動物(モルモット)にはありはしません。まあ………それでも、死ぬ気はありませんがね」

「…………そうか。ならばいい」

てっきり悲観的になっているかと思ったが、杞憂だったようだ。

むしろ、危ないのは自分の方か―――――。

「貴方も気をつけておいた方がいい。奴らは脳量子波に引かれる」

「知っている。だが、俺も生憎だが死ぬ気は全くない」

「そうですか。では、お互いに頑張るとしましょう?………それでは」

終始ニヒルな笑みを絶やさぬままに、デカルトは軽く礼をするとその場を後にする。

その後ろ姿にオージェが見るのは、嫌悪。

自分と似た思考をしていながら、それでいて周囲を見下すような思考を併せ持つ彼に、オージェは嫌悪を抱く。

しかし同時に、その中にほんの少しだけ垣間見えた人間≠ヨの執着に、オージェは悲しい思いを抱きながら、彼とは反対の方向へ向かって歩き出した。

同じ思考を抱えつつも、全く違う道へ向き直り、2人の革新者は戦場へと赴く。



☆ ★☆★☆★☆



「………さあ。弁明があるなら聞かせてもらおうか」

再び時と場所は移り、ベガ艦内。

ELSとの接触行動を図るため、火星付近の艦隊と合流すべく爆進しているその中のオージェの部屋で、現在審問紛いのことが行われていた。

腕を組み、真剣な眼差しを向けるオージェの眼下にいるのは、椅子に座らされたナナオの姿。

何故、地上の基地で降ろされたはずの彼女がここにいるのかといえば、答えは簡単。

警備兵が目を放した隙に、荷物に紛れて潜入していたのである。

彼女らしいといえばらしいアクティブ且つ大胆な行動にオージェは呆れを通り越して感心してしまったのだが、果たして彼女がそこまでしてベガに残ろうとした理由が理解できず、こうして尋問しているのである。

ちなみにオージェも、時も場合も弁えずに人の思考を読むほど野暮ではない。

本当に知りたい場合、知る必要に迫られたときのみその力を解放してきた。

ちなみに、ナナオの思考を読んだことは今までほとんどない。

「うぅ………だって、先輩が空で戦ってるのに、私だけ降りるなんてっ……」

「それは、お前を危険に巻き込まないためにだな………」

「でもっ、先輩だって危険ですっ!」

「俺なら大丈夫だ」

「そうかもしれないけど………先輩なら大丈夫って解ってるけど……でも、やっぱり心配ですから!」

「お前…………」

ついには泣き始めてしまったナナオに、やりすぎたか、と思った一方で、化け物の自分をそこまで信じて、心配してくれたのかと胸が熱くなる気持ちがした。

オージェはそのままナナオをそっと抱きしめる。

「すまなかった。だが、なるべく無理はしない方がいい。ただ、ここにいてくれ。それだけで俺には充分な支えになるからな」

「…………はい」

しばらくそのままオージェの腕の中で泣きじゃくったナナオは、密航した疲れも出たのか、そのまま眠りについてしまう。

彼女をそっとベッドへ寝かせると、タイミングよく艦内放送が響き渡った。

『艦隊、トランザム終了! 合流ポイントへ到達しました!』

「………時間か」

オージェは彼女を起こさぬよう、静かにドアの外へ飛び出した。

「…………行ってくる」

彼女を絶対に守らねばならないと改めて誓い、オージェはガンダムのある格納庫へ向かった。

もはや格納庫へ行くのも慣れたもので、寸分の狂いなく廊下を走り抜けると、ガンダムのコクピットへ滑り込み、電源を入れる。

全周囲モニターに周囲の状況が映し出され、計器類に光が灯った。

『オージェ。敵は脳量子波に惹かれる特性がある。くれぐれも無茶はするなよ』

「解っている。エーカーの部隊が合流するまで持ちこたえてみせる」

『おっ、頼もしいな。それじゃ、頼むぜ』

「了解」

キールと話している内に機体はカタパルトデッキへ移動し、足が固定された。

『ガンダム、リニアカタパルトへ固定。射出タイミングを、オージェ=ジルヴァーニュ少尉へ』

「了解。オージェ=ジルヴァーニュ、出る!」

屈みこむ体勢をとったままガンダムが射出され、両肩の擬似太陽炉から山吹色のGN粒子が放出されて推力となる。

「これが、宇宙………懐かしい匂いだ」

オージェにしてみれば、久方ぶりの黒き闇。

しかし、その先に見える艦隊とMS、それらが吐き出すGN粒子が、ここは戦場なのだとオージェへ突きつける。感傷に浸っている余裕はない。

ベガはもしELSが艦隊を超えてきたらという可能性を考え、迎撃出来る位置に下がっている。前線で戦うベガの戦力は、ジブリールガンダムと、地上の基地で新たに配備されたジンクスWくらいのものだ。

「あれは…………大きい」

ジンクスWや戦艦の中に見覚えのある巨躯を認め、オージェは感嘆の声を漏らした。

ガデラーザ。
ジブリールガンダムと同じく、イノベイター専用機として開発された、連邦軍の次期主力候補の機体。
戦艦にも並ぶ巨躯は他のMSとは明らかに一線を画し、異様な威圧感を与えていた。
データでは、MS5個小隊とも渡り合えるほどの戦闘能力を有しているのだという。

今では人類最初のイノベイターとされるデカルト=シャーマン大尉専用の機体となっているそうなので、あれに乗っているのはきっと彼なのだろうとオージェは当たりをつけた。

『オージェ=ジルヴァーニュ少尉』

不意に、通信が開く。

相手は、噂をすれば何とやら、そのガデラーザに乗るデカルト=シャーマン大尉だった。

「何だ」

『ガンダムの実力、試させていただきますよ』

「………好きにしろ」

興味なさげに対応すると、肩を竦めたデカルトと同時に、コクピットに聞き覚えのある声が響く。

『各部隊、ELSとの接触を試みよ。相手に反応があった場合は………』

『プラン3-1に移行する』

指揮官の命令を遮るデカルト。

『様子を見ていても埒があかない。………ELSの真意、見極めさせてもらう!』

言うが早いか、オージェへ向け意味深な笑みを向けると、ガデラーザの直列性に装備された大型の擬似太陽炉がOOの軌跡を残し、巨躯はMS隊や艦隊を置き去りにして先行していく。

「全く…………」

要は、ついてこいというのだろう。

彼の意外に子供っぽい一面を目の当たりにし、戦場であることも忘れてくすりと苦笑いを浮かべると、オージェもOOの軌跡を描いて太陽炉からGN粒子を吹かし、突撃した。

途端、固まって密集していたELSの一部が、ジブリールガンダムとガデラーザへと向かっていく。

『動いた!………ならば対応する!』

ガデラーザの脇から続々とGNファングが飛び出し、親ファングは小型の子ファングを射出して、ELSを次々に撃墜していく。

『この物の怪どもがああああぁっ!』

そのあまりに圧倒的な戦闘能力に、オージェは目を奪われていた。

これなら、MS5個小隊と渡り合えるというのも間違いではない。

と、少し目を離している間にも、オージェの脳量子波に引かれたELSがジブリールガンダムへと迫っていた。

「ちっ………フィンファング!」

背部に装備された16基ものフィンファングが荒れ狂い、蟻のように群がるELSを撃ち落していく。

触れてはならないと知っているため、操作は刺突ではなく、遊撃砲撃に切り替えた。

しかし、それでも取り込まれるものというのは存在するもので。

「! ぐうっ!?」

1つがELSと接触すると、頭に何かとてつもない情報が入り込み、それがフィードバックされて頭痛を引き起こす。

『頭に………響くんだよおおおぉっ! 叫んでばかりでえええぇぇぇぇっ!』

自身もそう叫びながら、ELSを屠っていくデカルトを横目に、オージェも動いた。

ライフルをノーマルモードからバルカンモードに変更し、その細かな粒子ビームでELSを打ち抜いていく。

「これが………ELS」

その真なる姿をまだ一度も見たことのなかったオージェは、山吹色のビームに撃ち抜かれていくELSを見、息を呑んだ。

これが、地球から遥か遠い外宇宙から来た生命体だというのか。

円錐形や柱形をした小型に、大きな腕を持った大型。
そのどれもが、まるで突撃を前提にしたような攻撃的フォルムをしていて、その数の多さと相まって、戦いに臨む者へ恐怖を植えつけていく。

だが、オージェは退かない。

迫る、ELSの大群。
ジブリールガンダムはそれをぎりぎりまで引き付け、ライフルをバーストモードへ変更する。

地上でも見せた、超高威力の射撃形態だ。

まるで嘗ての砲撃戦用機体、ガデッサの如き極光が4つに開いたライフルの砲身から発せられ、まるでそれらだけで1つの線を形成するように固まって迫っていたELSの大群を焼き尽くす!

「よし、戦える!」

機体に迫るELSはライフルのモードチェンジで迎撃出来るし、死角からの突撃は脳量子波によりフィンファングを操ることで対処できる。

正直未知の敵ということもあってどれだけ戦えるのか不安だったが、油断しなければなんとかならないこともなさそうだ。

ふと視線を外せば、デカルトのガデラーザも数基のファングを失うに留まり、奮戦している。

だが、それはあくまでも彼らイノベイターの2人にとってのことだった。

『母艦が取り込まれた!?』

そのデカルトの吃驚した声が響いたのは、戦闘が始まって少し経った頃だった。


モニターが拡大した映像が映し出されると、そこには金属独特の銀の光沢を放ちつつも、波打つような液状の塊に成り果てた戦艦の姿。

「ELSは、戦艦をも取り込むというのか………なんとおぞましい」

ここで初めて、オージェは自分が感じた彼らに触れてはならない≠ニいう直感の正しさを実感した。

もし知らずに触れていたら、自分もあの戦艦のクルー達と同じ運命を辿っていたのだろうか。そう思うとぞっとした。

ふと、オージェははっとしながら、後方に控えていたはずのベガを見やる。

彼らが取り込まれてしまった以上、オージェの乗ってきたベガも完全に安全とはいえない。

逸る思いでモニターを確認し―――――安堵した。

ベガは無事だった。
周囲にELSの反応も確認できない。おそらく、後方に下がっていたのが幸いし、ELSの攻撃の対象になっていないのだろう。

だが、完全に安心は出来ない。
今は、自分とデカルト、強力な脳量子波を発する2人を優先しているだけだ。
自分たちを餌食とすれば、いつ彼らの方に向かうか知れたものではない。

それを理解したからこそ、オージェは少しでも長く生き残り、少しでも敵戦力を削るべく粒子を振りまきながら踊るように立ち回った。

しかし。

『ここで死ぬ気はない………一網打尽にする!』

「! 待て、デカルト!」

確かにあのまま戦艦クラスの大きさを持つELSを残しておくのはいい状態とは言えないが、迂闊に動いては隙を作る要因にもなりかねない。

こちらは自分1人。触れられただけでアウトだが、向こう側はこちらより遥かに多い物量を有しているのだから。

だが、オージェの声が聞こえないのか、ガデラーザは真っ直ぐにELSに取り込まれた戦艦へと向かっていった。

ガデラーザの最大威力を誇る砲、GNブラスターの極光に、キム中将が乗っていたはずの、旗艦であるナイル級大型宇宙艦が貫かれ、それを取り込んでいたELSがまるで悲鳴を上げるかのように激しく波打ちながら爆散していく。

そしてすぐさま冷却に入った砲身の照準を、休む間もなく隣のバイカル級宇宙巡洋艦2隻へ向け、掃射した。

今度は2隻纏めて貫かれ、ナイル級と同様、その液状化した船体を激しく波打たせながら爆散していった。

「なんという威力だ…………っ!?」

GNブラスターの破壊力に驚嘆の意を表すオージェ。

しかし次の瞬間、言い知れぬ恐怖が彼の思考を支配する。

何故だかは解らない。
だが、その時オージェははっきりと直感した=B

彼を―――――デカルトをこのままにしてはいけないと。

「間に合えっ!」

自身に迫るELSにも構わず、ジブリールガンダムを最大出力で飛ばすオージェ。

やがて射程圏内にガデラーザを捉え―――――しかし、遅かった。

大型のELSが、その凶悪な三つの腕で、ガデラーザの巨躯を絡め取る!

『ぐっ………ああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!』

ガデラーザから聞こえる悲鳴。

ELSにゆっくりと侵食されていくその機体は、やがて獲物に群がる蟻のような小型ELSの大群に飲み込まれてしまう。

だが、オージェは直感していた。

まだ、生きている!

今助けることが出来れば、きっとなんとかなる。

そう信じ、ビームライフルをガデラーザへ向けかけ―――――しかし、コクピットに響き渡るアラートに中断せざるを得なかった。

迫るのは、変わらず耳障りな叫びを上げ続けるELSの大群。

機体を反転させながら、オージェはそのELSの数に小さく絶望する。

いくらガンダムとはいえ、いくらイノベイターとはいえ、たった1人でこの軍勢を相手にしろと言うのか、と。

デカルトを助ける以前に、自分が彼と同じ運命を辿ることにもなり得る。

しかし―――――。

「くっ、はははははははっ………」

そう考えを巡らせ、引き金を引くオージェの顔に浮かびしは―――――絶望でも諦観でもなく、歓喜にも等しい笑みだった。

人間とは、死期を悟るとこうも壊れるものだろうか。

否。この笑みは、死を臨んだオージェが人生で初めて辿り着いた境地だ。
言葉も通じない、意志があるかどうかすら定かでないこの生物達に、自らを化け物扱いするオージェは親近感すら抱いていたのだから。

「お前達は………俺を人≠ノしてくれるのか?」

ビームライフルを乱射するジブリールガンダムのコクピットの中でオージェは、中ば狂気的に問いかける。

ELS達はそれに答えるかのように、次々にジブリールガンダムに殺到した。

この化け物達と同化すれば、自分は真の意味で人間になれるのかもしれない。

死は、等しく訪れるもの。

化け物だろうが何だろうが、いずれは死を迎えることは生物としての真理だ。

イノベイターとして進化して、ちょっとやそっとでは死ななくなり、寿命自体も倍以上に延びた。

そんな体で、彼は今、死を以って化け物から人間へ近づこうとすら考えてしまったのだ。

それは極めて狂気的で、異常であると言えよう。

だが、長く自分の変化に悩んできたオージェの精神は、この3年の間に随分と草臥れていた。

死の恐怖を目の前に、そのような考えにいたってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。

だが―――――神は、彼にそんな無意味な死を与えようとはしなかった。

「! 何だ!?」

突如彼の目の前に、幾条もの桃色の閃光が降り注ぐ。

それらは、今正にジブリールガンダムへ突撃しようとしていたELSを薙ぎ払った。

「………いや、あの粒子ビームは覚えている」

ジブリールガンダムが、ビームの飛来してきた方向を見やる。

果たしてその先に、彼が思い至った機体の勇姿があった。

「…………ソレスタルビーイング」

ソレスタルビーイングのガンダム達が、擬似太陽炉とは違うオリジナルの太陽炉の翡翠色の粒子を撒き散らしながら、ジブリールガンダムの前を高速で通り過ぎていく。

以前人類革新連盟―――――通称人革連で羽根つきと呼称されていたオレンジ色のガンダムが航空機形態からMS形態へと変形し、深緑色のガンダム―――――確か、あれは狙撃戦用の機体だったか―――――が、両手に持つビームガンでELSを打ち抜く。そして、紫がかった色をして、その中で唯一連邦と同じ山吹色のGN粒子を吐き出すガンダムが、肩にある2本の有線式アームから極太の粒子ビームを発射して、小型ELSを蹴散らし大型を屠る。

そして―――――。

「久しいな。俺の革新の源」

青と白のツートンカラーの機体が、両肩からGN粒子を放出しながら飛翔した。

『ぐぅ、ああっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

『おい! 俺の声が聞こえるか!? 逃げろ! 逃げるんだっ!!』

青のガンダムのパイロットがデカルトへ向けて呼びかけているのが、彼を通じてオージェの耳にも入る。

だが―――――。

『あああぁ、あああああああああああああぁぁぁぁぁ…………―――――』

完全にデカルトの叫びが途切れると同時に、青いガンダムのパイロット―――――おそらくは青年だろう―――――の声も聞こえなくなった。

「………! デカルトッ!」

ソレスタルビーイングの突然の介入のおかげで命拾いしたオージェは狂気から我に返り、完全に銀の液体包と成り果てたガデラーザへと急行した。

幸い、ELSの一部はソレスタルビーイングに引き付けられている。
フィンファングで迎撃できる程度の量に減った今しか、彼を救う好機はない。

自分のことはいつでも投げ打つ覚悟は出来ている。
が、彼にはこんなところで死んで欲しくはなかった。

ビームライフルをバーストモードへ変形させ、照準を合わせる。

ソレスタルビーイング号にいた際、ガデラーザのデータは見ている。
正確にコクピットが露出するように打ち抜けば、まだ引っ張り出すことも可能だろう。

慎重にミリ単位で照準を操り、その滾ったGN粒子のエネルギーを―――――。

「おおおおぉぉぉぉぉぉっ!」

解き放った。

極太の光条はガデラーザのコクピット付近を寸分違わず貫き―――――そして、吹き飛ばした傍からジブリールガンダムの腕がガデラーザのコクピットへ伸びた。

デカルトはまだ健在だった。

きちんと人の形を残したまま、コクピットの役割も果たしていない空間の中で微動だに出来ていなかった。

絶妙な力加減で、ジブリールガンダムがデカルトの体を掴んで引っ張り出す。

途端に、コクピットとその付近を侵食していたELSがジブリールガンダムの腕を侵食し始めた。

「ぐっ!?」

頭痛が走るのを必死に堪え、オージェはもう片方の手へデカルトを移し、ビームサーベルで侵食された腕を斬り落とした。

侵食箇所を拡大させないための処置だったが、どうやら上手くいったようだ。

デカルトがしっかりと手に固定されたのを確認すると、オージェはすぐさま、ビームライフルをバーストモードで構えた。

「消え去れ、物の怪っ!」

叫びとともに発せられたビームが、ガデラーザであったもの≠貫き、戦艦と同様爆散させる。

その煙を隠れ蓑とし、離脱しようとするが―――――。

「くっ、やはり見逃してはくれないかっ!」

大量のELSが、尾を引くようにジブリールガンダムの後を追う。

それでも、当初よりは数は減っていた。

ちらりとモニターへ目を配ると、まるで天の川のように広がるGN粒子の川とも呼べる奔流の中に、多数のELSが確認できた。

トランザムバースト。オージェが革新に至った輝きである。

久しく見る美しき光芒。
だが、それに気を取られている余裕はオージェにはない。

何せ、ジブリールガンダムの背後にはELSの群れ。
手にはデカルトを抱えているし、あまり速度を出すことは出来ない。

追いつかれ、吸収されるのも時間の問題だ。

「…………ぐっ!?」

考えている内に、また1つフィンファングがELSに飲み込まれる。

フィードバックした頭痛に思わず俯き、はっと顔を上げた時には―――――。

「―――――………っ!?」

ガデラーザをも飲み込んだ大型のELSが、すぐ後ろに迫ってきていた。

(やられるっ!?)

今度こそ死を覚悟し、目を閉じかけ―――――刹那、大型ELSは山吹色の光に蒸発し爆散した。

そして、通信機越しに聞こえてくる威勢のいい声。

『諦めるのはまだ早いぞ、ガンダムファイターッ!』

「! 貴様、グラハムか!?」

声に飛びながら横を見ると、青いカラーリングの機体が並んで飛んでいるのが見えた。

『君は君の役目を果たしたまえ! こちらの決着はこの私、グラハム=エーカー率いるソルブレイヴス隊が引き受けよう!』

言い、嘗てのユニオンの制式採用機、ユニオンフラッグの面影を多分に残したその機体をMS型へ変形させ、グラハムは後方から迫るELSを迎撃する。

ブレイヴ。

グラハムが乗る機体は、次期主力機として開発が進んでいたそれを指揮官用にチューンした機体である。

一般採用機と違う青のカラーリングと、両腰に装備された2基の擬似GNドライブが、他とは異彩を放ってELSの銀と交わった。

ジブリールガンダムのビームライフル、そのバーストモード並の威力を持つビームがブレイヴのライフルから放たれ、群れていたELSが次々に解かされ消え去っていく。

『行け! 弔い合戦は、我らの役目だ!』

「…………すまない!」

思わぬ助けに内心歓喜し、オージェは機体を反転させた。

そして、ツインドライブを最大で吹かし、一気に加速してベガへと帰る。

こうして、ベガ―――――及びジブリールガンダムとオージェの初のELSとの対話は、幾つかの危険を孕みつつも―――――漸く、終局した。



☆ ★☆★☆★☆



「全く、無茶をしますね」

戦域を離れたベガの医務室の中で、女性がそう呆れたような溜め息を漏らす。

今オージェは椅子へ座らされており、緑のボブカットに眼鏡をかけた女性医師から治療を受けている。
先ほどの呆れた呟きは、彼女が発したものだ。

「だが、あれしか方法はなかった。ガンダムを傷物にしたのは………悪いと思っているがな」

「そうですね。でも、連邦唯一のイノベイターを失わずに済んだ。その一点では、むしろ勲章ものなんでしょうけど」

そう言いながら、彼女はどこか納得いかない様子だ。

おそらく軍人として彼の行為の正当性は理解は出来るのだろうが、医者としては、死ぬほどの無茶をして戦場で誰かを助けるという行為に呆れるしかないのだろう。

人を救う仕事をしているのだから、気持ちは解らなくもないが。

そして、そんな浮かない彼女の視線の先には、特殊なベッドに横たわるデカルトの姿。

ELSに侵食された彼の体は、よく見なければ彼だとすぐには判断できぬほどの有様だった。 体表面の殆どを結晶体が覆い隠しているのだから、一見すれば人かどうかも判断が難しいかもしれない。

「一応バイタルは安定していますし、体に取り付いたELSも活動を停止しています。1週間もすれば目を覚ますのではないかと」

「そうか」

素っ気無く答えながらも、嬉しそうに微笑むオージェの表情に、仏頂面をしていた女医も、今度は「仕方ないな」とでも言いたげな笑顔で溜め息をついた。

「とりあえず、貴方も休まれてはいかがです? 明日からはガンダムの整備も残っているのでしょう?」

「………そうだな。では、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」

そう言って、オージェはデカルトから視線を外し、医務室を後にした。

今日は自分も、いろいろなことがありすぎた。
少し休ませてもらわねば思考が滅茶苦茶になりそうで、オージェは早足で、ナナオのいるはずの自室を目指す。

すると。

「…………何だ?」

何か呻き声のようなものが聞こえてきて、オージェは表情を強張らせた。

別にただ聞こえるだけなら、オージェは気に留めようとはしなかっただろう。

戦艦が取り込まれるという、あんな光景を目の当たりにしたのだ。
クルーの誰かがそういった映像、事実に耐え切れなくなったとしても不思議ではない。

問題は、その場所だ。

呻き声が聞こえてくるのは、オージェの部屋なのである。

無論、彼の部屋にいる者など、1人しかいない。

「ナナオ、どうした!」

大急ぎで部屋のドアを開け、オージェは中へ駆け込む。

中では、ベッドでナナオが頭を抱え、蹲るようにして震えていた。

「あ……せ、先輩………はぁ、はぁ」

苦しげな吐息を漏らすも、こちらを向こうとはしないナナオへ、オージェは自ら近づく。

「何があった、ナナオ! おい!!」

駆け寄って肩を揺らすも、ナナオは震えるだけで何も反応を返さない。

と―――――。

「う、あぁ………いろんな人のこころが、私のなかに、はいって、き、て……!」

「何を言っているんだ? おい、しっかりしろ!」

「あ、うぁ…………せ、せんぱ、い………」

苦しげに、必死にオージェの呼びかけに応えようとして、ナナオが顔を上げると―――――。

「っ!? なん、だと…………!!?」

その双眸に飛び込んできた光景に、オージェは彼女を気遣うのも忘れて衝撃に後ずさる。




彼が見たもの。 それは、苦しげに脂汗を浮かべる彼女の両目に宿った―――――鋭い、金の輝きだった。
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■ 次の話 ■ 前の話
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