Chapter 3 もう1人の革新者
「脳量子波による機体制御に、常人を超えたG環境。更には並外れた操作性と空間認識能力を必要とする武装、GNフィンファングの搭載、か。…………これは、明らかにイノベイターをパイロットとすることを主眼に置いた設計のようだ」
自室のデスクで報告書を読みながら、キールはそう言って頬杖をつく。
報告書に書かれている内容とは、基地崩壊の経緯、ジブリールガンダムの詳細。その全てが、事細かに記してある。
無論本物の報告書は施設と共に消滅してしまったから、今彼が手にしているのは目撃者であるオージェに提出させたものだが。
それでも、何かときな臭いものも多い本物よりは、非常にクリーンかつオープンに書き連ねてあることは間違いなく、キールとしてもどうせ読むならこちらの方がよかった。
何かとあの基地は嫌な噂が多かったし、なくなってせいせいしたとすら思っている。
そんな基地にまさかガンダムなどという掘り出し物まであるとは予想もしていなかったが、同時に納得した。
インフラも整備されていない状況で、おいそれとイノベイターの存在を世界にしらしめるわけにもいかない。
そんな中、いろいろと噂が立っていたあの基地は、それなりに都合のいい隠し場所だったのだろう。
いざとなれば、基地もろとも始末することとて可能なのだから。
「おーおー、怖いねぇ…………」
組織というものは、時に突拍子もないほどに冷酷な判断を下すことがある。
かつてアロウズが起こしたブレイクピラー事件―――――かなりの数の市民が残ったままの軌道エレベーターを、メメントモリと呼ばれる衛星兵器で破壊しようとした事件―――――のように。
地球連邦も、まだ完全に浄化されたわけではないのかもしれない。キールがそう考えたのも、無理からぬことだろう。
「おまけに、これとは…………」
呟きながら、キールは別のモニターウィンドウを開く。
そこに写っていたのは、基地の廊下で無残にも金属化した元同志の姿。
「カメラはジャーナリストの魂だ」を大儀に掲げ、ナナオがちゃっかり撮影していた1枚を半ば取り上げる形で譲り受けた。
なんでも、彼女の勤めている編集部の編集長の言葉の中で唯一共感出来る言葉だそうで、出すのを非常に渋られたが、キールの側にしてみればそんなこと知ったことではない。
ELS。
それが、連邦政府が公式に決定したこの金属体の呼称である。
政府からの伝令によれば、この金属体は元は生物であり、先日、ソレスタルビーイングの外宇宙航行艦の視察へ出向いていたカティ=マネキン准将旗下の部隊が破砕したという、以前木星へ向かって打ち上げられた有人探査船エウロパの破片に紛れ込んでいたのだとか。
本来ならば大気圏内に入る際の空力加熱によって燃え尽きるはずであったそれが燃え尽きることなく地表へ落下したのも、そのELSが紛れ込んでいたために探査船の質量が圧倒的に増加していたためらしい。
外宇宙からの、未知なる金属体の襲撃。
一体どこのSF映画だと鼻で笑ってしまうのは簡単だが、この目の前の写真が、これは現実なのだという事実を否応なしに突き付けてくる。
また、エウロパのように彼らを運んでくる存在が、今後出現しないとも限らない。
「全く、頭が痛い」
そう言って、キールは頭を抱えた。
ELSのことだけではない。
任務で訪れた基地はそのELSに壊滅させられ、そこから発ったと思えば今度は野盗に襲撃される。
漸くこうして基地へ辿り着けたと思えば、捕虜を引き渡して補給を済ませれば後は好きにしろときている。
無論、実際はそこまで直接的で不躾な物言いというわけではないが、かい摘まんで言えば―――――詰まるところはそういうことだ。
まさに踏んだり蹴ったりな展開に、キールは溜め息をつくしかなかった。
と、そんな時。
「隊長、失礼致します」
「フィリスか。入れ」
声だけで判断したか、返事をして手元のリモコンでドアロックを解除すると、開いたドアから入ってきたのは、艦長席に座っていた銀髪の女性であった。
「書類、一通り目を通しておいたぞ」
「お手数取らせ、申し訳ありません」
「いや、いい。こういうのは、自分で読んでおかないと信用ならんところがあるからな。勿論、お前のことは信頼しているが」
「恐縮です」
恐縮、と言いながら、フィリスの顔には笑顔が浮かんでいる。
「ははっ、いいねぇ。やはり美人には笑顔が一番だ。何かいいことでもあったのか?」
「えっ!? べ、別にそういうわけでは…………」
少しからかうような表情でキールがそう言ってやると、フィリスは面白いように頬を染める。
それに「ほほう」とわざとらしい声をあげ、
「…………オージェ」
「!!?」
かまをかけるつもりで出した親友の名に、またまた面白いようにフィリスの肩が跳ねた。
(本物だな、こりゃ…………)
苦笑するキール。
フィリス=ラフェールといえば、知る人ぞ知るエリート女艦長だ。
軍規に厳しく、それでいて部下を思いやる心を持ったクールで毅然としたその人格、そして他を寄せつけぬ美貌の持ち主である彼女は、ベガのみならず連邦軍内で彼女に近付いたことのある者全ての憧れとなっていたのだ。
その彼女が、よもや自分の親友にとは―――――。
「そうか、お前があいつにか…………」
「あ、あの、隊長。このことは……………」
「あぁ、別に誰にも言いはしないさ。しかし…………」
「し、しかし………?」
ニヤニヤと見つめるキールの視線に何となく嫌な予感を感じ取ったフィリスは、変わらず頬を染めながら身構える。
だが。
「…………ははっ、そんなに顔赤くして。可愛いじゃないか、艦長殿?」
「……………いい加減はっ倒しますよ?」
冗談さ、と肩を竦めるキールに、フィリスの口からは溜め息しか出なかった。
☆★☆★☆★☆
ガンダムは、GN粒子で動く。
それこそ動力を始め、火器から推力に至るまで、ありとあらゆるものがGN粒子の力に頼っている。
今ではガンダム以外の量産機だけでなく、戦艦をはじめ様々な兵器がその恩恵を受け、より高い性能を発揮しているわけだが。
それはこのベガも例外ではなく、火器や粒子ミサイルに使われる他、MSに搭載されている太陽炉への動力補給も艦に積まれた特殊動力から行う。
しかし、そのGN粒子とて無限ではない。
ソレスタルビーイングのGNドライブ―――――オリジナルの太陽炉と呼ばれる代物は半永久的にGN粒子を生産し続けるのだが、連邦軍に出回っている、そのコピーとも呼べる存在―――――所謂、擬似太陽炉と呼ばれる機関は、それは不可能だ。
動力が枯渇すれば補給が必要で、それはこのベガも例外ではなく、今ベガに搭載されている大型の擬似太陽炉には基地から特別な動力機関が取り付けられ、ドライブを稼動するのに必要な分の補給を受けている真っ最中であった。
そんな作業員が走り回る格納庫で、オージェは数人のメカニックと共にジブリールガンダムの整備をしていた。
先の野盗との戦闘においても目立った損傷は見当たらず、精々粒子残量が目に見える程度のごく少量が減っていたくらいのものだったが、それでも念には念を入れねばならない。
いざという時になって出撃出来ません、では洒落にならないし、不完全のまま出撃して、機体がバラけて墜ちましたでは、もはや目も当てられない。
「よし、駆動系に異常はない。次は、各武装やジェネレータ、GNコンデンサーの点検をしよう」
「了解です。では、少尉はコクピット内から計器とのコネクションの点検をお願いします」
解った、と頷いてやると、メカニックは早速GNコンデンサーの点検へ向かっていく。
GNコンデンサーとは、その名のとおりMSにおけるコンデンサーの役割を果たす部位である。
GN粒子を一時的に蓄積しておくことが出来るもので、各種武装の出力調整などに重要な装備だ。
それはそうと、オージェは少尉になった。
復隊という形をとったので、審査などは軽いもので済み、また野盗を捕らえた功績とやらで、一階級昇進となったのだ。
これでついに一将校か!―――――などと彼が素直に喜ぶはずもなく、逆に自身の優遇ぶりを気味悪がってすらいた。
もしや、自分のことが―――――イノベイターであるという事実が、連邦軍に漏れたのではないかと。
だが、キールはそんな彼にそれはないと言った。
ベガのクルーにはそのことは話していないし、そのことを知っている、キールをはじめとする士官にも箝口令を敷いてある。
まず、漏れることはないと。
オージェにもそれはよく解っていたから彼らを疑うことはなかったが、それでも不安は消えなかった。
GNコンデンサや諸々の検査が漸く終了すると、メカニックが食事へ誘ってくれるのも断って、オージェは真っ直ぐに自室へ向かった。
ここでも、基本的にオージェは他人との不干渉を貫いた。
それは他人から見ればよほど気難しく―――――また、よほど拒絶的に映ったに違いないとオージェ自身は思う。
実際は断る際の申し訳なさ気な態度に、メカニックもそれほど気にはしていなかったのだが、ああ見えて妙に心配性なところのあるオージェは内心で嫌悪に陥っていた。
他人を自ら拒絶しておきながら、それに苦悩するオージェ。
だが、そんな彼も―――――。
「あっ! お帰りなさい、先輩♪」
幸い、1人ではなかった。
「ただいま」
当然の如く自分のベッドへ突っ伏すナナオに苦笑するが、別段咎める気にはならない。
見知らぬ人間が多い中、自分が唯一気の許せる相手であることぐらい、理解出来ないオージェではない。
彼は確かに他人に不干渉かもしれないが、だからといって誰かを悲しませて黙っていられるほど世を捨ててもいない。詰まるところ、そういう人間なのであった。
「どこに行ってたんですか?」
「ちょっと、野暮用でな」
「………はぁ。またガンダムの整備ですか。好きですねぇ……」
何かと戦いを恐がる傾向にあった彼女なので、少々ぼかして言ってみたのだが、見透かされていたようだ。
「………イノベイターでもないのに、そういうところは鋭いな」
「女の勘、ってやつですぅー♪」
「はぁ…………」
女の勘とは万能だな、などと皮肉ってみようかも思ったが、やめた。
ただでさえ互いに気が張っていて、今の今で漸く落ち着いたところなのだ。
不用意にその平穏を掻き乱すのは愚かだと、自制した。
「ね、ね、先輩! ご飯食べに行きましょうよっ!」
自らの正当性を示すかのように、12時を指した時計を指差すナナオ。
もう昼だ。そろそろ食堂でも、ランチを出している頃だろう。
元より彼女と食事を共にするつもりであったオージェに拒否する理由はなく、そうだな、と答えると、彼女を連れ添って食堂へと向かった。
このベガ、狭いようで意外に広い。
少しでも知らない区画へ入ると、すぐに道が解らなくなる。
「…………蜂の子は頼むなよ」
「えぇー!?」
しっかりと釘を刺すのを忘れずに、オージェは見知った廊下を歩いていった。
☆★☆★☆★☆
食堂へ着くと、既にそこは人で溢れかえっていた。
時刻が時刻なので当然なのだが、これでは空いている席を探すだけでも一苦労である。
ランチの注文を終え、どうにか席を探そうと辺りを見回していると―――――。
「失礼。オージェ=ジルヴァーニュ少尉とお見受けするが」
やけに堅苦しい声音で、そう話し掛ける声があった。
振り向いてみれば、そこにいたのは初めてベガとの邂逅を果たした際にも見かけた、銀の髪が麗しい女性。
確か、名は―――――。
「フィリス=ラフェール艦長………で、合っているか?」
「! 覚えてくれていたのか!」
途端、厳しげな顔に僅かに差す赤み。
オージェはそれに気付いてはいなかったが、隣にいたナナオは敏感にもそれを感じ取る。
そして、こう思った。
(ライバル登場っ!?)
ナナオの心は、まるで稲妻に打たれたかのような衝撃を受けた。
今までの仕事場、編集部には女は自分1人であったし、オージェには浮ついた話の1つもなかったから、彼女は完全に失念していたのだ。
オージェという1人に、好意を抱く女性が出現する可能性を。
「あ、貴方一体何の用なんですかっ!?」
「き、急にどうした、ナナオ………?」
思わず張り上げてしまった声に、オージェが何事かといった表情になるが、それでもナナオは引くわけにはいかない。
するとフィリスもそれに気付いたのか、オージェに向けるのとは明らかに別種の―――――そう、喩えれば仇敵を見るかのような厳しい視線を浴びせてくる。
「何、ちょうど席も空いているし、一緒に食事でもいかがかと思ってな」
「そうか、それなら………」
「遠慮しておきますっ!」
オージェが答える前に、ナナオが再び声を張り上げる。
「お、おい、ナナオ?」
「行きましょ、先輩! ここなんかよりずぅーっといい場所へ! さあさあさあ!!」
「あ、ああ……………?」
訳の解らぬままナナオに連れられていくオージェを、黙って見送るしかないフィリス。
「くぅ、失敗か………」
彼女にとっての不幸中の幸い。
それは言いながら一瞬だけ見せた、しゅんとして残念がる、恋する乙女そのものを写したかのようなその表情を、誰にも目撃されることのなかったことかもしれない。
ちなみに彼女へオージェを食事に誘うよう入れ知恵をしたのが、キールであることは―――――もはや言うまでもないことであろう。
☆★☆★☆★☆
食事を終えると、オージェはキールに呼び出された。
オージェとしては別段呼び出される用事も思い浮かばないが、果たして何があるというのか。
「オージェだ。入るぞ」
部屋の外の通信機器から室内へ呼び掛けて、中へと入る。
するとそこには、キールの他に後もう1人―――――金髪の男がこちらを振り向いた。
「おう、来たか。紹介しよう、オージェ=ジルヴァーニュ少尉だ」
「ほう、貴官が」
珍しいものを見るかのようにしげしげとこちらを見定めると、金髪の男はどこか憎めない笑みをその大きな傷の付いた顔に浮かべた。
「グラハム=エーカー。連邦軍では、僭越ながら一個小隊を任されている身だ」
「オージェ=ジルヴァーニュ少尉であります」
「聞き及んでいる。かつての大戦時にレグナントが落とされて以来、初のガンダムパイロットだそうだな」
「はい」
握手を交わし、その際少しだけ彼の思考を覗かせてもらった。
なるほど、中々に奇妙奇天烈な思考をお持ちのようだ。
だが―――――信用は出来る。
少なくとも、自分を好奇の目で見ることがあっても、それについて別段無粋な真似が出来る人間ではない。
それは彼がオージェへ抱いている好奇心が、イノベイターとしての自分ではなく、ガンダムに対し向けられているからだろう。
グラハムと名乗ったこの男の思考からオージェが読み取ったのは、そのくらいのことだった。
「いろいろ聞きたいことはあるだろうが、まずはお前を呼んだ用件を説明するとするか」
まるで今のオージェの気持ちを代弁するかのような苦笑を浮かべたキールがそう言うので、オージェとグラハムはそちらへ向き直る。
「貴官らにやってもらいたい仕事は幾つかある。既に宙では、ソレスタルビーイングがかの金属異星体、ELSと接触したというのは耳にしていることと思う」
オージェは頷いた。
そのニュースであれば、食堂のモニターテレビで政府が開いた記者会見で既に目にしている。
―――――尤も、政府はそれを行ったのがソレスタルビーイングだとは、一言も言ってはいなかったが。
「それについて、我が艦とエーカーの部隊にも任が下った。ベガ、列びにエーカー隊は補給完了後、ELSの危険性調査…………必要なら、地球へ飛来するそれらに対しての防衛行動に移ることとなった。よってこの後2時間後、我が艦は宇宙へ向けて発進する」
「待て。その前に…………」
「解っている。ナナオは、ちゃんと俺が責任を持って送らせておく。だから心配するな」
ナナオだけは関係のない一般市民なのであるから、基地へと着いたらちゃんと降ろす。それが、オージェが復隊するにあたって提示した条件だった。
キールのことは昔から信用しているし、無論約束を破るような相手でないことも理解はしている。
だがそれでも、ナナオはオージェが巻き込んでしまった人。いやがおうでも心配はする。
「…………すまない」
「何、構わないさ。エーカー隊は、我が艦が発進した後、機体の調整が完了し次第発進となっているが。それでいいか?」
「承知した。では、私は一足先に巣穴へ戻らせてもらうとしよう」
言って、グラハムはドアへと踵を返し、
「…………今度は、君と結ばれた愛機をじっくり見せてくれ。ガンダムファイター」
と言い残し、部屋を後にしていった。
「………すっかり目をつけられたな、お前」
「……………勘弁してくれ」
残された2人はそう言い交わし笑う。
彼、グラハム=エーカーは軍きってのトップガンだが、同時に奇人としても有名である。
今回はそれほどでもなかったようだが、それでも彼のように暑苦しい存在に目をつけられるというのは、これほどまでに疲れるものかとオージェは内心辟易した。
不思議と後に残ったのは、嫌な気分ではなかったが。
「それでナナオの件だが…………」
改めてと、2人になったのを見計らって、オージェはナナオを降ろす算段をつけようと口火を切った。
ナナオのことだ。ただ告げたところで、「放っておけない」と言って駄々をこねるのが目に見えている。
彼女が納得するような理由を、考えておかねばなるまい。
そう思って、発した言葉。
だが―――――。
「――――ッ!? あ、ああがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「オージェ!?」
―――――苦しみの絶叫と共にそれが中断されるなど、一体誰が想像出来ただろうか。
「オージェ! おい、しっかりしろ!」
自分のデスクに突っ伏し、両手で頭を抱えるオージェに、キールは肩を揺らして呼び掛ける。
すると―――――。
「く、来………るっ…………」
言いながら、オージェはゆっくりと顔を上げ―――――。
「あれが………ELSが、来るっ……!」
「……………っ!?」
顔を上げたオージェの表情を正面から見たキールは、二重の驚愕に目を疑った。
1つは、オージェの瞳が、これまでにないほどの強い金色の光を放っていたこと。いくらイノベイターとはいえ、ここまでの強力な輝きを放つところを、一体誰が見たというのか。
そして2つ目。
それはオージェの顔にありありと浮かぶ、恐怖だった。
未だかつて―――――たとえ士官学校時代からの付き合いがあるキールですらも、彼がここまで怯えた表情を見たことがある人間はいなかっただろう。
強者と弱者、その二面的な姿を同時に見せるオージェの姿に、キールはどうしたらよいのか解らなかった。
ややあった後、漸く収まったらしく彼が「大丈夫だ」と弱い声を上げた後も、彼は呆然と友人を見つめた。
しかし、その友の言葉を思い出し、すぐに我に返る。
今彼に出来ること。それは艦橋に少しでも早くこの事実を知らせ、警戒体制をとらせることだ。
オージェは、あのELSが来ると言っていた。
今ここに迫っているのか、宇宙に出現したのかは解らないが、それでも警戒するに越したことはない。
―――――その時だった。
『隊長!』
艦橋との通信が開き、何事かとキールはそちらを見る。
しかし、キールが声を発する前に、艦内無線越しにオペレーターの上擦った声が響く。
『木星より、ELSの大群が出現! 司令部より、ベガは至急大気圏を突破し、火星付近へ向かう艦隊に合流するようにとの知らせです!』
運命が、大きく動こうとしている。
それを感じ取り、オージェとキールは静かに戦慄した。
☆★☆★☆★☆
「ぐ、ぅ………化け物共の分際でっ……!」
時と場所は移り、3日後の宇宙。
その黒き闇の中に存在感を失わぬ、一際大きく見うる影は、外宇宙航行艦ソレスタルビーイング号=B
ラグランジュ3に建造されたそれは、私設武装組織ソレスタルビーイングの創設者、イオリア=シュヘンヴェルグが建造した巨大艦船である。
嘗てこの宙域を舞台にした戦役から早3年が経過した今でさえ、連邦軍が70%程しか把握できないほどの巨躯を誇るこの艦には、生体端末イノベイド≠通じて世界中の情報を蓄積、統括し管理する量子型演算システム、ヴェーダが搭載されている。
7年前の西暦2307年、ソレスタルビーイングが全世界へ向けて行った、武力による介入。
その際、ソレスタルビーイングのガンダム達が世界を相手取ることが出来たのも、全てはヴェーダによるサポートがあったからこそと信じられている。
実際にはその下部組織であるフェレシュテや、現場の人間の類稀なる水面下の努力の賜物なのだが、ただでさえ機密性の高いソレスタルビーイングの実態を知る者はいない。
実際、3年前に再び起こった戦役の際、ヴェーダはアロウズ側のイノベイドによって統括されており、ソレスタルビーイングの側からアクセスすることは不可能であったのだから。
今、そのソレスタルビーイング号のエレベータを抜けた通路の先に、1人の男の姿がある。
端整な顔に切りそろえられた銀髪は苦しげに振り乱され、手は激しい頭痛にでも耐えているかのように頭を押さえている。
息は乱れ、表情は歪んでいた。
「おのれ………この苦しみ、痛み……宙の化け物の分際で、この私を……!」
はき捨てるように言う彼の顔に宿るは、憎悪。
彼の名はデカルト=シャーマン。
地球連邦軍大尉にして―――――。
「実験動物(モルモット)といえど………矜持はある!」
―――――人類最初の、革新者(イノベイター)とされる男だ。
金の瞳が、その進化の証を体現するかのごとく輝くその様は、オージェと比べても遜色のないものであろう。
そして。
「おい、お前。大丈夫か…………?」
顔を上げたデカルトの視線の先にあったのは、蒼き髪を無重力に任せたオージェの姿。
今、2人の革新者が―――――邂逅した。
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