■ EXIT
Chapter 2 降臨の刃


「これは…………!」

目の前に現れた眩いほどの輝きを放つ機体に、オージェは目を奪われていた。

全体的に白を基調としているのは、ソレスタルビーイングに属するガンダムにも共通している。

コクピットも存在するチェストパーツは、黒と黄色のツートンカラー。
背部には何やらびっしりと、胸部と同じ黄の色を放つ、板状の砲塔が覗く。

特徴的なガンダムヘッドでは、ガンダムに共通する独特の形をした空色のカメラアイが光っていた。

「せ、先輩。これって………」

「ああ、間違いない……」

一歩一歩近寄っていき、足を手で触る。

装甲表面の特殊金属のひんやりした感触を直に感じ、オージェははっきりと言い放った。

「………ガンダムだ」









○Chapter 2 降臨の刃



オージェもナナオもしばし、その流麗たる佇まいに見惚れていた。

ガンダムがここにあることへの驚愕もそうだが、何より照明を照り返す神秘的輝きが、2人の心を掴んで離さなかった。

「どうして、こんなところにガンダムが………!?」

「解らない。だが………ちょうどいい」

言いながら、オージェはガンダムのコクピットへ向かうリフトへと上る。

「え、ちょっと先輩!?」

「これで外の奴らを蹴散らす。お前も来い」

しれっと言い放つオージェへ、「ええぇー………」などと面食らったような声を上げるが、取り残されたくなかったのだろう。大人しく彼の言うことに従い、リフトへ身を任せた。

リフトが完全に上へ上がったのを確認すると、外部操作でコクピットを開いて中へと滑り込んだ。

「GN粒子貯蔵量………問題なし。システムオールグリーン。問題ない、動ける」

「よかったぁ…………」

機体の電源を入れ、次々に状況を確認していくオージェの声にナナオが安心に胸を撫で下ろすが、それも束の間、入ってきたドアにボコボコの窪みができていき、変形していく。

「もうあのドアも長くはもたないか。少し荒っぽいぞ。しっかりつかまっていろ」

「は、はい」

言い、シートの後ろへ回ってぎゅっとシートを握るのを確認し、オージェはガンダムを操作し、右腕を上へと向ける。

その手に握るは、黒い光沢を放つビームライフル。

壁を打ち抜き、爆炎と共に外へ躍り出る神秘の機体。

それに気付いたか、外から建物を崩そうとしていたジンクスは手のビームライフルを打ち出してきた。

群青色の閃光が、ガンダムの体躯を焼き貫かんと迫る。

「わっ、わっ、撃ってきた!?」

「………しっかりつかまっていろよっ!」

操縦桿をきり、ビームライフルを巧みに避けていくガンダム。

その動きはまるで軽やかな舞いを舞っているようにも見え、その光条は1つとてその身に浴びることは許さないとばかりに華麗に回避していく。

「ほう……ツインドライブシステム。これはなかなか」

「い、言ってる場合ですかっ!?」

「解っている」

ビームの途切れた隙をついて、照準を合わせビームライフルを放つ。

ジンクスとは違う山吹色の光条は、正確にジンクスの体躯を捉え、貫いて爆散させた。

「おぉー………!」

「まだだ。後2機!」

ライフルは当たらないと判断したのか、群青の粒子を飛び散らせて飛び上がってくる。

抜き放たれたビームサーベルで、切り裂かんと肉迫した。

「ちぃっ…………」

オージェはビームライフルを収め、背負う剣のように両肩に装着された円柱状のジェネレータを手に取る。

手を通してGN粒子が充填され、山吹色の刀身を形成した。

「………ぐっ!?…………はぁっ!」

触れられてはいけないと直感が告げたため、オージェは迎え撃とうとした機体を引き戻し、斬撃をかわして後ろへ回り込む。

そして触れられる前に、ビームサーベルで切り裂く。

「これで………終わりだっ!」

振り向き様にビームサーベルを一閃。

ナナオには何が起こったのか解らなかったようだが、実際に両断されたジンクスの姿を見ると、感嘆の声を漏らしていた。

「………終わったか」

「す、凄いじゃないですか先輩! 先輩って、ガンダムも動かせたんですか!?」

シートの後ろにいるナナオがはしゃいでいるが、オージェは沈黙したまま答えない。

というのも、オージェ自身が一番この事態に驚いているからだ。

正直、自分が知っているジンクスと勝手は同じとは思っていなかったし、実際ジンクスよりも操作性には数倍の癖があった。

だが、それを自分はいとも簡単に操ってしまった。
常人では、明らかに機体に振り回されるであろう、それを。

「ますます化け物に近づいてしまったか………」

「? 何か言いました?」

「ああ、いや―――――――」

なんでもない、そう言おうとしたオージェだったが、突然聞こえてきたアラートに遮られた。

「わっ!? 何ですか!?」

「これは…………」

モニターを操作し、アラートの元となる反応を探る。

すると―――――。

「友軍機…………ということは、連邦軍か」

モニターの映像を拡大すると、そこには大型の輸送艦が、こちらへ向けて接近してくるのが見える。

晴天とは正反対な、山吹色の輝きを放ちながら。

『こちら、地球連邦軍特殊機動連隊所属艦、ベガ。ガンダム、応答願う』

「通信…………?」

「どうするんですか、先輩?」

このまま従えば、勝手に機密となっている機体を使った自分達はお縄か。

そう考えながらも、冷静にオージェは状況を分析し―――――。

「………………降りるぞ」



☆★☆★☆★☆



「やれやれだな…………」 ベガの艦橋、その艦長席の隣に立つ男が、そう呆れたような声を漏らす。

男の歳は、20歳半ば程。

紅い髪をぼさぼさに伸ばし、黄の釣り目の視線は目の前のモニターに注がれている。

「まさかここまで来て、基地があの様とは。驚いた」

「しかし隊長、一体何が起こったのでしょうか」

彼の横の艦長席から、腰まで伸びる流れるような銀髪の女がそう問いかけた。 隊長と呼ばれた男は、うーん、と唸る。

彼らは今、このモニターに映る基地へ任務で出向するところだった。

しかし何の因果かその基地はボロボロに壊れており、火の手すら上がっている始末。

一体これはどういうことなのかと、男自身が聞きたい気分だった。

そんな中。モニターに、ある1つの影が映る。

「隊長! あれは………」

女とは別の、パイロットスーツを着た男が声を漏らす。

一方の男はといえば、その影に興味を引かれたのか獰猛な笑みを浮かべた。

「…………ほう、面白い。退屈な戦艦暮らし中に、とんだ拾いものをしたもんだ」

「どうします、隊長?」

「………とりあえず、ラブコールでも送っとけ。とびっきりのをな」

「了−解」

不敵に笑いながら艦橋を去る艦長へ、気の抜けるような飄々とした返事を返し、通信士がその影へ向かって通信を開く。

やがて山吹色の粒子を撒き散らす影は、彼らの目の前で地面へ降り立っていった。



★☆★☆★☆



ベガの主要な人員が見守る中、跪くような姿勢で地に足をつけたガンダムのコクピットが開く。
今か今かと皆が見守る中、そのパイロットが顔をのぞかせた。

同時に、沸き起こるどよめき。

「おいおい、どういうことだ………?」

「なんと…………」

「ほう、これはこれは………」

三者三様の反応を見せる、赤髪の男と銀髪の女性、そして通信士。

2人を見た彼らの反応は様々だが、皆一様に思ったことはこうだろう。

何故、最新鋭MSに一般人が乗っている?と。

だが、赤髪の男と通信士はさほど気にも留めなかったのか、寄り添うようにして地面へ降り立った2人を出迎えた。

それというのも―――――運命の悪戯故、か。

「久しぶりだな―――――キール」

「そっちこそ変わらないな、オージェ」

2人の言葉に再び瞠目するベガのクルー達とナナオ。

その傍で唯一動揺もせず肩など竦めていたのは、引き攣った笑みを浮かべた通信士だけだった。



☆★☆★☆★☆



「しかし驚いた。お前がまさか、ガンダムの中から現れるなんてな」

「それはこちらの台詞だ、キール。運命にしても出来すぎている」

ガンダムを回収したベガの中、キールの部屋の中で、オージェとキールはそう言い交わしながらドリンクを飲み交わす。

オージェ達2人から事情を聞いたキール達は、オージェの直感により基地からなるべく離れた方がいいとの判断で一路、別の連邦軍基地へと向かっているところだった。

艦やMSのエネルギーとなるGN粒子の貯蔵残量が少なくなっているのが心配なところだが、とりあえず移動するだけならさほど問題はあるまいという判断で、現在荒野上空を爆進しているところである。

「あの、どうしてお2人はそんなに親しげなんでしょう?」

そう訊きながら、自分もゲテモノドリンクを啜るナナオへ引き攣った顔で生暖かい視線を送るキールに、オージェは「あれは気にしないでくれ」と耳打ちする。

彼女の質問に答えるには、過去を話すことを避けては通れない。
気は進まなかったが、仕方なくオージェはこれまでの経歴を全て、ナナオへ説明した。

彼は元々地球連邦軍所属であり、3年前の戦いではアロウズに所属していた。

その後、カティ=マネキンを初めとした士官が蜂起すると、クーデター側に加勢。

ジンクスVを駆り、戦いに臨んだ。

「そうだったんですか………それがどうして、軍人を辞めて記者なんかに?」

とナナオに聞かれると、オージェは負傷でと答えた。

ジンクスが被弾した際の傷が原因で退役したのは事実であったし、それ以上を話す気はなかったのだが。

「ま、イノベイターを軍に残しておいたら、実験動物になるのが目に見えているからな」

「いの……べいたー?」

頭を傾げるナナオ。

キールを睨みながら肘で小突くオージェに、キールはしまった、という顔をするが、時既に遅し。

ナナオの好奇の眼差しに負け、オージェは説明を始める。

イノベイターとは、簡潔に言えば進化した人類だ。
細胞変化による肉体強化に、通常の人の倍以上の寿命。様々な身体的強化に加え、高濃度GN粒子環境下においては、他者との意識共有すら可能とする。

それを話した当初ナナオは「嘘だぁー!」と笑っていたが、オージェの示した証拠―――――人の思考を読む能力や、金色に輝く瞳を見せられると、口をあんぐりと開けて固まってしまった。

「私、びっくりですよぉ。人間の進化系なんて、SFの世界の話だと思ってました」

「ま、俺もこの目で見てなければ信じてはいなかっただろうな。なぁ、Mr.イノベイター?」

「………茶化すな」

鬱陶しそうにばっさりと斬ると、お手上げのポーズをおどけたようにとるキール。

その、ただの顔見知りとはいえそうにないやりとりに、ナナオの興味が向く。

「で、どこでお2人は知り合ったんです?」

「まあ、一応同期だったからな。今ではすっかり差が開いているが」

「お前は隊長、オージェは敏腕記者、俺が通信士だからな。全く、俺だけ出世コース外れちまったよ」

そう唐突に声が聞こえ、僅かに跳ねた金髪の、いかにも軽そうな空気を纏った男が現れる。

「ようジェイク。お前もオフか?」

「終わらせてきたんだよ。全く、お前達2人だけで話を進めていこうとするその態度、変わらねえな」

そう言って、近くの空いた椅子に腰掛ける通信士、ジェイク。

「貴方は?」

「初めまして、お嬢さん。俺の名前は、ジェイク=ファイレンス。我が艦ベガにて、通信士を勤めております」

興味本位に訊ねたナナオへ、ジェイクは仰々しく頭を下げた。

その様子を、「また始まったか」などと言いながら、オージェとキールは傍観している。

「どうです? 今度一緒に食事でも…………」

「ご飯! 行きます、ぜひ!」

食事、と聞いて反応を示すナナオに溜め息をつくオージェと、同じく3人目の同期の仲間である昔馴染みのナンパ癖に、やれやれと肩を竦めるキール。

「………苦労しているようだな、お前も」

「それはお互い様じゃないか?」

「…………そのようだな」

暢気な部下のことを思い、2人は改めて深く溜め息を漏らすのだった。

ちなみに食堂でナナオが頼んだイナゴの佃煮に、ジェイクが閉口することになるのは、この少し後のことである。



☆★☆★☆★☆



「そうだ、キール」

話すことも離し終え、オージェは自分に割り当てられた部屋へ戻る道すがら、オージェはキールへ訊ねる。

「何だ?」

「俺の処分は、一体どうなる?」

オージェの問いに、ほう、とキールは舌を巻く。

「なるほど。イノベイターとしての能力は、衰えていないようだな。俺の思考を読んだろ?」

「読まずとも解る。あのガンダム、軍の機密だろう? その重要な機体を勝手に使ったんだ。そのまま返すようなこと、出来るはずもあるまい」

「………そうだな。いい機会だから教えておこう」

そう言うと、キールは立ち止まり、真剣な表情でオージェへ向き直る。

「お前は今から、俺の指揮下のガンダムパイロットとして正式にベガに乗艦してもらう」

「………俺に、再び戦えというのか?」

聞かずとも解ってはいるが、キールははっきりと頷いた。

「解ってくれ。俺も、お前を独房に入れたくはない。だったら、そのままガンダムのパイロットとして迎え入れる方が効率がいいんだ」

「だろうな。俺もそれは解る。だが………俺は、自分を捨てた人間だ」

化け物がこれ以上、力を持ってはいけない。
化け物が自分勝手に、人の命を奪ってはいけない。

だから、それ以外の道で世界に溶け込めるよう、軍人をやめ新聞記者になった。

―――――自分の信念を、押し殺してまで。

「だが、まだ世界まで捨ててはいない。そうだろ?」

だがこの旧友は、それでも世界までは捨てられないだろうと言う。

全く的を射ていて―――――心の内をえぐられているようで、気分が悪い。

だが―――――やるしかないのだ。

自分のためではない。

巻き込んでしまったナナオのためにも。

ガンダムに乗って、勤めを果たす。それしか方法はない。

「…………解った。必要とあらば、力を貸そう」

最後に「じゃあ」、と付け足し、オージェは自室へ帰っていった。

その後姿を呆れたように見つめ、キールは溜め息をつく。

「………全く、素直じゃないな」

先程のやり取りだが、別に上層部へ隠し立てしようと思えばいくらでも出来た。

あくまでも彼がガンダムに乗っていたという事実はこの艦(ふね)のクルーしか目撃していないのだし、ここに揃っているのは口が堅いものばかり。

この艦全てを統括する隊長たるキールが命じさえすれば、いくらでも口止めは利くのだ。 ―――――若干1名、それが危うい通信士がいるにはいるが。

ともかく、それをオージェが解らないはずがないのだ。
イノベイターの金色の瞳が、先程一瞬見え隠れしていたから、こちらの思考は読んだはずだ。

それをしなかったのは―――――おそらく、同時にいつまでも隠し立てできないことを悟ったからかもしれない。

それにしても、彼が自分を化け物扱いするようになったのはいつの頃からだっただろうかと、キールは心の中で思い返す。

イノベイターへ変革した現実、その常人離れの身体能力に恐怖した過去。
それが今日の彼の人生観を形成していると解っていても、キールにはどうすることも出来ない。

彼を見守り、時に導いてやるしかないのだ。

「未知なる自分に怯え苦しむ、か。全く、下手な人間より人間らしいじゃないか。………なぁ、イノベイター?」

1人の廊下に、キールの皮肉っぽい呟きがよく響いた。



☆★☆★☆★☆



『所属不明のMSが接近中。全クルーは至急持ち場へつけ。繰り返す―――――』

アラートと共に繰り返し艦内に響く、オペレーターの声。
「自分の乗る機体くらいは整備しておこうか」と、MS格納庫のガンダムの目の前にいたオージェは、MS格納庫のスピーカーから流れる音声を真剣な面持ちで聞いていた。

所属不明のMS。

この辺りは野盗が横行していると聞くから、おそらくはその類なのではないかと、直感の下、勝手に推測を立てる。

時刻もちょうど夜。野盗が出るには、うってつけの時間帯だ。

『オージェ』

唐突に、通信機のモニターが開く。

相手はキールだった。
真剣な眼差しを向ける背後の風景から察するに、既に艦橋にいるのだろう。

通信の意図を理解したオージェは、すぐさまリフトへ駆け込みながら答えた。

「………ガンダムで出る」

『あぁ、頼んだ』

そう言い残し、モニターは消えた。

たった1言だったが、その口数の少なさがオージェには有り難かった。

ここはもはや、戦場と化したのだ。
その戦場に臨む兵に、余計な憂慮など不要。

オージェはコクピットに滑り込むと、システムを起動させる。

「脳量子波コントロールシステム、脳量子波同調。各コンバットシステム、オールグリーン」

声に出しながら、目の前に現れては消えていくモニターウィンドウを処理していく。
そしてその間にも機体はカタパルトへ移動し、射出の準備が整った。

『ガンダム、カタパルトデッキへ固定。射出タイミングを、オージェ=ジルヴァーニュへ』

「了解。オージェ=ジルヴァーニュ…………」

ガンダムが屈み込み、射出の姿勢をとると同時に、操縦桿を握る手に力が篭る。

これから自分が赴くのは、戦場。

自分という化け物が跋扈する、腐臭漂う場所。

そこに、偉大なる四大天使の名を冠するこのガンダムが舞い降りるのは、何の皮肉か。

「ジブリールガンダム、出る!」

背中の板状の砲搭達をまるで翼のように広げ、ガンダムは夜空を舞うように飛び上がる。

既に艦に配備されていたジンクスは全て発進したらしく、ジブリールガンダムはそれを追うように、肩に装備された2基の擬似GNドライブからOOの軌跡を発して夜空を駆けた。

程なくして、敵の1団がレーダーに引っ掛かった。

相手はどうやら、旧世代のイナクトやフラッグといった機体を主とした構成のようだが―――――。

『ベガ艦橋より各機へ』

戦力の分析を行っていると、SOUND ONLYの表示がモニターへ表示され、キールの傍にいた、おそらくは艦長であろう女性の声が響く。

『敵は我が艦における再三の投降勧告も受け入れず、戦いを挑んできた逆賊である。速やかにこれを排除、或いは捕縛せよ。以上だ』

通信が切れると、周囲に滞空していた味方のジンクスが次々に敵へ襲い掛かる。

ビームライフルの山吹色の光条がイナクトやフラッグの細身を次々に捉え、貫いていく。

やはり、GNドライブ搭載機との違いは歴前か、と、ガンダムを滞空させながらオージェは1人ごちる。

事実、数年前の戦いで初めてソレスタルビーイングがガンダム―――――つまり、GNドライブ搭載機による武力介入を行った時、当初まだどこもGNドライブの入手に至っていなかった各国は、彼らの扱いにほとほと手を焼いたものである。

たった4機、それだけで、全世界のMSを圧倒する性能。

それを考えれば、この野盗のMSなど的に過ぎない。

だが、それ故にこの状況は妙だ。

野盗とて、それくらいのことは承知のはず。

連邦軍の制式採用機が完全にGNドライブ搭載機へ移行した限り、連邦の艦を襲撃すればそういったMSが出てくることぐらい、容易に想定できるはずなのだ。

にも関わらず、彼らは勝負を挑んだ。

それ即ち、こちらを出し抜く秘策があるということで―――――。

『う、うわああぁぁぁっ!?』

そこまで思考したところで、味方機から突如悲鳴が上がった。

何事かと、全周囲モニターの先を見やると―――――。

「………何だ、あいつは?」

奥に、やけに図体の大きいものが、極太の粒子ビームを放って、味方のジンクスを蒸発させていく。

大きさだけなら、ガンダムの1.2倍程度はあろうか。

見た目は連邦軍の旧制式採用機、ジンクスVに間違いないが、ところどころチューンが施されているのだろう。

背部には、通常は1基のみの搭載である擬似GNドライブが、まるで凸凹の岩肌のように4基も取り付けられていた。

「ひゃはははははっ! どうだぁ! 有り金全てはたいて手に入れた、GNドライブ4基の威力は!」

野盗の1人が、コクピットにて嗤う。

ただでさえ高出力なGNドライブが、4基。

高性能とはいえ1基しか搭載されていないベガ側のジンクスとは、出力が違いすぎる。 そしてその差はすぐに、戦果という結果になって現れた。

味方のジンクスは瞬く間に、敵のビームの雨を前に成す術なく爆散していく。

その中で、オージェの駆るジブリールガンダムだけは、そのビームをものともせずに立ち回り、その隙を掻い潜ってビームライフルで反撃する。

だが。

「効かねえんだよ!」

突如、敵機を覆うように現れた粒子の膜に、ビームは弾かれた。

「GNフィールド!?」

「馬鹿な! たかが野盗如きが、そんなものを………」

敵の思いもよらない性能に、浮き足立つベガの艦橋。

「怯むな!」と艦長が叫ぶが、広がった動揺は簡単には拭い去れない。

艦長が歯を噛締めた―――――その時。

『心配するな』

凛とした声が、艦橋に響く。

『すぐに終わらせる。待っていろ』

なんでもない、どちらかといえばぶっきら棒な言い様。

しかしその声は、どこか不思議な強さを持って、艦橋にいるクルーへ自信を与えていく。 艦長は言い残して飛び去っていく神秘の輝きを放つ機体を、じっと見つめていた。



☆★☆★☆★☆



「ほぉ、俺とサシで渡り合おうってのか………」

悠然と目の前に滞空するガンダムの勇姿を前に、機体のコクピットの中にいる男はそう呟く。

通信を開いてはいないので聞こえないだろうと解ってはいても、男は抑えきれない衝動を吐き出すかのように喋り続ける。

「いいじゃねえか、面白ぇ。こいつに敵う機体なんてあるはずがねえのによ!」

散々資財をはたいてチューンしてきた、自身最高峰の機体。

それがあっさり破られるはずがないと、男はほくそ笑む。

「そうさ、俺が最強だあああああああああぁぁぁぁ!」

狂気に叫び、男はビームを発射した。

極太の極光が、真っ直ぐにジブリールガンダムを焼きつくさんと空気を裂いて迫る。

しかし。

「甘い!」

ビームは、ジブリールガンダムに届くことはなかった。

球形にその体躯を包み込んだ粒子の膜が、ビームを弾いていた。

「何っ!?」

「GNフィールドが貴様だけのものと思うな!」

ビームを防がれた事実に驚愕している男へ、その隙にジブリールガンダムが一気に迫った。

肩にマウントされたビームサーベルを抜き放ち、斬りかかる。

「くっ………」

寸前で気付いた男が、同様にビームサーベルを抜き放ち迎え撃つ。

本来ならば、GNドライブの数で勝る、男の側に有利な戦いだ。

しかし―――――男は知らない。

彼が相手にしている存在は、ただのMSなどではないことを。

「ば、馬鹿な!? 互角だと!!?」

驚愕する男に、火花を上げて鍔迫り合うビームサーベルが煌く。

確かにGNドライブの数では、男の乗るジンクスの方が多い。
そして、ジブリールガンダムに搭載されたGNドライブの数は2つ。

この時点では、確かにジンクスの方が出力の上で勝るかもしれない。だがそれは、ジブリールガンダムに搭載されたGNドライブが、他の機体に搭載されているものと同じであればの話だ。

ジブリールガンダムに搭載されたGNドライブは、ツインドライブと呼ばれるシステムに対応している。
掻い摘んで言えば、搭載する2つのGNドライブを同調させ、粒子量を2倍ではなく、2乗させるシステム。それが、ツインドライブシステム。
その動力から生み出される粒子量が、ただドライブを連ねただけの機体にそうそう負けるはずがないのだ。

「はぁっ!」

自分より一回りほど大きい機体を蹴り飛ばして距離を置くと、ジブリールガンダムはビームライフルを向ける。

四角形の銃口が4つに分かれて開き、その内側に集束したGN粒子が、通常のビームライフルを超えた極太のビームを発射した。

それをさらに、GNフィールドで防ぐジンクス。

もはや男のジンクスはガンダムの圧倒的性能に押され、防戦一方であった。

「ぐ、ぅ………この、俺がああぁぁっ……!」

「これで………終わりだっ!」

叫びと共に、ジブリールガンダムの背後に翼のように展開していた16基もの板状砲塔が射出され、その後尾からGN粒子を撒き散らしながら滞空する。

そしてその先端には―――――山吹色のビーム刃。

「行けよ…………フィンファング!」

踊り狂う、無数の遊撃砲台。

それは今、GNフィールドを抜けるべく最高のスピードで、ジンクスへと襲い掛かる。

「ぐ、ぅ、このっ…………」

男は応戦するが、所詮は小物。
16基もの数で撹乱するように乱れ飛ぶ小型の砲台に、狙いがつけられるはずもない。

あっさりと両手両足をもぎ取られ、戦闘不能に陥った機体は、力を失い地に落ちていった―――――。



☆★☆★☆★☆



「よっ、お疲れさん」

「ああ」

ガンダムから降りると、まず最初に声をかけられたのは艦橋にいたはずのキールだった。

どうやら捕虜にした男を独房へ送るのと、回収したジンクスの胴の現場視察へ訪れたらしい。
現場主義なキールらしいと、オージェは思った。

「ガンダム、あれは思った以上の兵器だ。あんなものを操縦して、ずっとソレスタルビーイングは戦っていたのだな」

あの圧倒的な性能、イナクトやフラッグでは太刀打ちできなかったはずだと、オージェは改めて評価を示す。

昔からガンダムという機体に憧れていたオージェ。不本意とはいえ、待ち望んだガンダムに乗ることが出来た興奮は大きいのだろうとキールは苦笑しながら推測した。

「そうだな。だが、お前も大したもんだ。やっぱりお前の力は、希望の力だよ」

「…………そうでもないさ」

途端にそう俯くオージェとキールの間に、それ以上の会話はなかった。

やがて部屋の前でキールと別れ、オージェは部屋へ入る。

するとそこで見たのは、彼のベッドの枕に顔を埋め、沈黙したままのナナオの姿だった。

「………な、ナナオ?」

呼びかけると、びくり、と肩を震わせて顔を上げる。

その表情は―――――涙に濡れていた。

どきりとさせられたのも束の間、

「先輩―――――――――!」

抱きつかれ、そのまま胸の中で泣かれる。

泣きながら、彼女は叫ぶように語った。

怖かったと。
戦いが。皆の命が消えていくのが。

オージェが―――――死ぬかもしれないことが。

どうしていいのか解らず、とりあえず落ち着かせようと彼女の頭を撫でながらオージェは思った。

化け物の自分でも、この小さな温もりを守ることは出来たのか、と。

彼の静かな問いに答える者はなく―――――部屋には、ナナオの泣き声だけが反響していた。
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