Chapter 1 出会い、それは運命
「ですから、この記事はここへ持っていくのがいいと申し上げているのです!」
「何を言う。これは特ダネだぞ!? やはり、トップを飾るのが相応しいに違いない筈だ!」
五月蝿い。
朝から何度、この怒鳴り合いを聞かされたか解らない。
男は煩わしい態度を隠そうともせず、自身のデスクにて黙々と作業を続けていた。
彼の周囲では、同様にこの騒々しいやり取りに疲れた様子を見せつつ、手ももはや進もうとはしないほどやる気の削がれた彼の同僚達がいた。
ここは、とある雑誌の編集部。
男のデスクの近くに置かれたテーブルを挟んで大激論を交わしているのは、編集長のサゴミズと、男の同僚にして部下のナナオである。
「まーたやってるよ、サゴミズさんとナナオさん………」
「まあ、いつものことだから止めたいとは思わないけどさ………」
「つーか、下手に止めたりなんかしたら死ぬぞ。死!」
「「「あー………」」」
ひそひそと外の同僚が話しているのを耳に挟みながら、それでもデスクに置かれたノートパソコンをキーを叩く速度と正確さが失われないのは、さすがと言えよう。
しかし、さすがに男も2人の喧嘩が煩わしくなってきたのか、不意に立ち上がり、
「2人共。いい記事にしようと喧嘩するのは結構なことだが、部下のことも考えてやれ」
「何だオージェ。お前も俺の配置にいちゃもんつける気か?」
「時と場所を考えろと言っている。お前達の喧嘩が原因で、この前の脱稿に間に合わなくなたことをもう忘れたか?」
「うっ…………」
正論を言われてもう何も言えなくなってしまった編集長に、助かったとばかりに顔を輝かせるナナオ。
しかし。
「お前もだ、ナナオ。お前の気持ちも解るが、ここは皆が仕事をしている場だ。無駄に士気を下げるような真似をするものではない」
「ご、ごめんなさい………」
しゅん、と項垂れるナナオの綺麗な茶髪を軽く撫で、オージェと呼ばれた男は自分のデスクへ戻る。
「ああ、そういえばオージェ」
「何だ?」
思い出したように声をかける編集長に、オージェはそちらを向かないままに訊く。
編集長に対し一記者が取るにはあまりにも不遜な態度だが、古くからの友人である彼は特に咎めはしない。
この編集部に入ることが出来たのも、彼の類稀なる能力もさることながら、編集長たる彼とのコネクションがあったことが大きいのだ。
「例の連邦軍基地に対する取材なんだが、日程が決まったんで伝えておく」
「次の日曜日」
「………相変わらず凄いな。どうして解るんだ、毎度毎度?」
「なぁに。勘さ、勘」
そう頭をとんとんと人差し指で叩きながら、その際もパソコンの画面から目を離さないオージェに苦笑しながら、そうかい、と席に戻る編集長。
その日の仕事は、オージェの活躍もあってか早く終わった。
☆★☆★☆★☆
「ジルヴァーニュさーん!」
仕事が終わりマンションの自室へ戻ろうとしたオージェを、先程の喧嘩の渦中にあったナナオが呼び止めた。
最近編集部に入ったばかりのこの新人は、先程も言ったがオージェの部下。
毎回こうして話しかけてきては、仕事以外でもよくコンタクトをとろうとする人懐こい性格である。
「どうしたナナオ。映画でも見に行こうと誘いに来たか?」
「す、凄い………編集長も言ってましたけど、どうして解るんですか?」
思っていたことを言い当てられ、驚きを隠そうともしないナナオ。
それに微笑を浮かべ、「勘だよ、勘」と再び頭を人差し指で叩くと、ナナオは当然の如く腕を絡めてくる。
「さ、そういうわけで行きましょー!」
「おいおいちょっと待て。まだ俺は、行くなんて一言も言っていないだろう」
「ふっふっふー、それが今回は先輩も行かざるを得ないんですなー♪」
「何?………ああ、なるほど。そういうことか」
「…………もしかして、また解ったんですか?」
ナナオがおそるおそる訊ねるので快く頷いてやると、苦い顔をされる。
が、それでも彼女は腕を組むことは止めなかった。
サゴミズの経営する編集部の発行する雑誌は有名だ。
しかし編集部といってもそれほど大きいものではないし、スタッフの数もそう多いわけではない。
だがそんな実情に反し雑誌が売れるのは、オージェの働きによるものが大きい。
どうやっているのかは周りの人間には解らないが、オージェは他人の思考を読むことが出来る。
それが、取材におけるネタの引き出しに一役買っているのだ。
そのおかげか彼の編集部は他のどの編集社よりもスクープが早く、新鮮な記事を求めリピーターが徐々に増えていった。
その彼が今追っているのは、コロニー公社が不正に労働者を雇っている、連邦軍の装備を横流ししている闇の商人がいるという2つの噂。
コロニー公社の側は場所が宇宙な上に警備が厳重で近づくことが難しいという理由から、今回は連邦軍の装備横流しの方をスクープする形で方向性が決まった。
(やはりまだ、融和政策を推し進める新政権への不満を抱く者はなくならない、か……)
思考しながら、オージェは劇場の暗がりの中で溜め息をつく。
横ではすっかり映画に熱中したナナオが、興奮気味に手を握っている。
『ライザアアァァーーーーーー、ソオオォォォォーーーーーーーーードッ! うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』
映画の主人公が無駄に熱い台詞とともに必殺技を放つと、映画はやがてエンディングへと入った。
ソレスタルビーイング。
実在した私設武装組織、ソレスタルビーイングの物語を題材にした映画だそうだ。
無論本物の戦場においてこんなに熱いし臭い台詞が展開されているわけもないことはよく解っているが、それなりに事実に基づいていることがなかなか憎らしい。
ガンダムは―――――あの至高のモビルスーツ達は、多くの傷を残しながらも世界を変えた。
仮初の平和ではあれども、確実に世界を対話に向けて歩ませ始めた彼らの働きは大きい。
ただのテロリストと一蹴する悲しい頭の持ち主もいるが、それでも彼らがやったことが世界を変え、人々の意識を変えた。
そしてゆくゆくは、人類全てが変革への道を―――――。
「聞いてるんですか、先輩!」
また思考に耽っていた頭が、急速に現実に戻される。
いつの間にか、場所はどこかの喫茶店。
オージェとナナオは向かい合うようにして席に座っていた。
「あ、ああ。済まない、ナナオ」
「いいですけどね。でもどうしたんですか? 先輩が考え事なんて珍しいじゃないですか」
いつも考えなくてもズバズバ解決していっちゃうのに。
そう言って、ナナオはいつの間に注文したのか、ドリンクから伸びたストローを吸い上げた。
「別に、なんでもないよ」
「そうですか? あー、でもあの映画よかったなぁー♪ カッコよかったですよね!」
「まあ………そうだな」
曖昧に返事を返すオージェ。
それを不満に思ったか、ナナオは頬を膨らませる。
「またそんないい加減に答えて! 先輩はどうも思わなかったんですか!?」
「思わなかったといえば嘘になるな。あの映画、事実を元に作られたとあったが………そんなネタ、どこで調達したんだ?」
「うーん………。ほら、ソレスタルビーイングが持ってたっていう航行艦! あれになんでしたっけ、あの……ほら、あれですよ!」
「量子型演算システム、ヴェーダ」
「そう、それそれ!」
以前、別件で連邦軍への取材へ赴いた時、相手の思考を読んで知った、ヴェーダの存在。
人型生体情報端末、イノベイドを全世界へ散らせて情報を蓄積、要求に応じ様々なプランを提供する―――――言うなれば、世界規模の超高性能なスーパーコンピュータと喩えればいいのだろうか。
それを記事にすることはなかったのだが、うっかり口を滑らせてしまったがために、彼女の知るところとなった。
そこまで考えて、オージェはなるほど、と顎に手を置いた。
「そうか。ヴェーダは元々ソレスタルビーイングの物。そこに彼らの情報があったとしても、不思議ではないな」
「でしょでしょ?」
「だが」
言葉を切って、オージェは更に続ける。
「ソレスタルビーイングが、そこまで迂闊とは思えんな。組織の人間の情報ともなれば、それなりの機密だ。そう簡単に到達できるようになっているとは思えん」
「まあ………それはそうなんですけどぉ」
せっかくの推測を正論で否定され、落ち込むナナオに苦笑しつつ、オージェはコーヒーを啜る。
―――――すると。
「ぐっ!?」
突然、オージェを頭痛が襲う。
「だ、大丈夫ですか、オージェさん!?」
「だ、大丈夫だ………気に、するな。もう、収まった」
「な、ならいいんですけど…………」
今まで感じたことのない感覚が、オージェを襲う。
だがしばらくじっとしていると、それも段々と収まってきた。
(疲れているのか…………)
明日は取材だ。
疲れを残してはいけないと、その日オージェはすぐに帰宅し眠りについた。
オージェが眠りに落ちているその頃、天から紅い光が舞い降りた。
その流星の如き輝きは、途中で燃え尽きることなく地面に降り注ぐ。
そしてその1つが―――――夜の闇に暗く聳え立つ、建造物の傍に落ちた。
☆★☆★☆★☆
「ここか…………」
2日後の日曜日、オージェは予定通り、連邦軍の基地へ取材に訪れていた。
運転する車の助手席には、当初は連れて行く予定はなかったはずだが、何故かいつの間にか当然のようにシートに転がり込んでいたナナオが、鼻歌交じりにノートを広げている。
「あ、着きました?」
「遊びじゃないんだぞ」
「解ってますよ〜。ただ、こういうのって普通は絶対入れてもらえないですから。いやー、やっぱり持つべきものは上司ですね♪」
無邪気にそうの給うナナオに溜め息をつきながら、オージェは基地正面の駐車スペースに車を駐車して、基地へ歩いていく。
入り口付近までやってくると、軍服を着た一団が正面から歩いてきて、彼の正面に立った。
「オージェ=ジルヴァーニュ様でいらっしゃいますね?」
「はい」
「地球連邦第6艦隊所属、グライフ=エリケナス中佐です。これより、貴方の当基地における案内は、全て私が担当させていただきます」
「宜しくお願いします」
「では、こちらです」
案内に応じ、オージェとナナオは基地内部を回った。
建前上は、連邦軍基地施設内部の取材、ということになっているので、向こう側も意外にも熱心に話しに乗ってきている。
その会話の裏で、自分の思考が読まれていることにも気付かずに。
(なるほど………廃棄されたと書類上では虚偽の報告をして、装備を横流し。その利益を利用し、連邦法に定められた基準以上の兵器を開発、か。これは、予想以上の大物が釣れたな)
気付かれないように、相手がこちらを向いていない時以外は思考をシャットアウトする。
こうして粗方の情報を集め終えると、ナナオの方は熱心に、中佐の言うことをノートへメモしていた。
おそらく彼女のことだから取材のつもりではないのだろうが、かえって助かった。
彼女のことを見ていれば、自分がメモを取っていなくても彼らは怪しむことはないだろうから。
粗方施設も回り終え、昼食の時間になると、オージェとナナオは食堂へ移動した。
軍事施設ではあるが、機密区画以外では立ち入りが許可され、移動する度に隣を歩くナナオから「ほぉー」とか、「ふぇー」などといった感嘆の声が上がる。
食堂に着きそれぞれの料理を注文すると、2人は漸く一息ついた。
「ふはー、くたびれましたぁ〜………」
テーブルへ突っ伏すナナオを横目に、得た情報を整理する。
目が金色に光り、情報を巧みに入れ替え、脳内で組み立てていくが―――――。
「…………何だ?」
ふと、こちらを見つめるナナオの視線に気付き、訊ねた。
「先輩って、なんかあんまり人と関わろうとしませんよね………。私と話してても、なんか上の空っていうか…………」
「素直に愛想が悪いと言ったらどうだ?」
「………そうやって読んでばかりだから、友達いないんじゃないんです?」
「俺に友達なんかいらん」
―――――化け物が、うつるからな。
最後にそう小声で言った言葉は、食堂の喧騒に巻き込まれて消えた。
「お待たせしました。ステーキランチと、蜂の子のソテーです」
「…………は?」
予想外の横槍に、オージェは思わず間抜けな声を上げる。
今、何か奇妙なフレーズが聞こえた気が―――――。
固まるオージェを他所に、ウェイトレスが料理を並べていく。
見れば、ウェイトレスの顔も若干引き攣っていた。
一瞬他のテーブルと間違えたのかとも考えたが、すぐにそれはないと思い直した。
彼の直感≠ェそう確信を告げていたし、片方のメニューであるステーキランチはオージェが頼んだものだ。
そして、何より―――――。
「わぁー、来た来た♪」
嬉しそうに蜂の子ソテーと相対する彼女を見れば、一目瞭然ではないか。
「お、オーダーは以上で宜しいですか?」
「あ、ああ」
呆然としているオージェとウェイトレスを他所に、早くも蜂の子を口に運んでいくナナオ。
オージェが返事をするとそそくさと帰っていくウェイトレスに、彼は届かないと知りながらも心の中で謝罪した。
ナナオ=フジシマがゲテモノ好きであったことと、蜂の子のソテーがここの料理長が冗談のつもりで作ったメニューだったということは、食べ終わってから聞いたことだった。
ちなみにあのメニュー、今までに頼んだ者は、誰1人としていなかったという。
☆★☆★☆★☆
「おい、俺の乗ってきた車知らないか?」
基地から数百メートル離れた荒野。
そこに今、連邦軍の兵士達の姿があった。
装甲車を数台引き連れて、金属探知機を使って何か≠探し当てようとしている。
今のは、その中の1人が発した言葉だ。
「知るかよ。連日の夜勤でついにボケたか?」
そう悪戯っぽく笑いながら、彼の同僚らしき別の男がそう答えると、心外だとばかりに男は顔を顰める。
「違ぇよ。あそこに置いといたはずなんだけど………おかしいな」
「誰かが乗ってったんじゃねえの?」
「はぁ………俺に何で基地に帰れって言うんだよ………」
「まあまあ。俺のやつに乗せてってやるから元気出せよ!」
そんなことを言いながら、再び作業に戻っていく2人の兵士。
ここで2人が気付いていれば、どれほどよかっただろうか。
この場に調査に訪れた兵士達の中に、欠員などいないことに。
車だけ≠ェ、忽然と消えていることに。
少なくともこの時点で気がついていれば、多くの人命が助かったのであろうから。
だからこそ、気付くべきだった。
なくなった車の付近に広がる―――――タイヤの跡に。
☆★☆★☆★☆
「これで粗方は探索し終えたが………」
一方、こちらは基地内部。
食事をし終えた2人は、しばしの間互いに自由行動をとることにした。
とはいっても機密区画にはちゃんと見張りがいるから下手なことは出来ないが、オージェにとってはその辺の人間の思考を読んでいるだけで十二分に成果に繋がる。
その場合、あのお喋りなナナオがいない方が、気が散らなくていい。
どの道彼女も基地を自由に見学したがっていたし、ちょうどよかった。
「しかし、随分セキュリティが厳重だな」
少し歩くだけで、もう兵士が番をしている光景に出くわす。
当然の処置とも思うが、これほど厳重だといろいろと疑いたくなってしまうではないか。
そんなことを考えながら、何の気なしに角を曲がると―――――。
「…………!?」
目に前に広がった光景に、思わず脚が止まる。
当然といえば当然。
何せ、廊下にいた人影が皆一様に倒れ伏していたのだ。
いや、倒れていたこと自体は特に常識の範囲から抜け出てはいない。
問題なのは、彼らの身体に取り付くようにしている、白銀の金属様の物質だった。
「何だ、これは…………」
そう言って、一歩踏み出すと。
「っ、ぐうぅっ!!?」
何か不思議な感覚が頭に流れ込んできて、同時に頭痛がオージェを襲う。
「この感覚は、この前の………!?」
喫茶店で頭痛を感じた際に酷似した感覚と頭痛に頭を押さえながら、絶望の表情で倒れている兵士達の間をすり抜けるようにふらふらと前へ進む。
「何が、起こっている………?」
覚束ない足取りで進んでいくと、先にあるのは似たような姿に変わり果てた兵士達の姿。
中にはもう誰であったのかすら判別するに難い程侵食された兵士もいた。
と、その中で彼の目に飛び込んできたのは―――――。
「ナナオッ!」
地面に尻餅をつき、何者かと対しているナナオの姿だった。
「あわわわわわ………」
すっかり恐怖に支配された身体は動こうとしないのか、ナナオは動こうともしない。
そんな彼女へ、対する赤髪の男は何言も発さず近寄っていく。
「やだ……やだ! 来ないでよ………!」
半べそをかきながら、バッグを振り回して後ずさるナナオ。
だがその抵抗も空しく、男の手がナナオへと伸び―――――。
「ちぃっ!」
次の瞬間、近くに置いてあった消火器を使いオージェは男へそれを吹きかける。
味方かどうかなど関係ない。
彼の直感が、感覚が、彼は危険だという確信を告げている。攻撃の理由はそれだけで充分だ。
効果がなかったのか、僅かな間気を逸らしただけに留まったのを見ると、オージェは躊躇いもせずに消火器を男へ投げつけた。
それなりの重量を持った紅い消火器をぶつけられた男は、表情も変えずに仰向けに倒れこむ。
その隙をついて、オージェはナナオの手を取って外へ逃げ出そうとする。
窓を破り、彼女を抱えて―――――。
「少し、我慢していろよ」
「あ、あの、先輩? もしかして………」
所謂お姫様腕抱っこの形で抱えられた腕の中で顔を赤く染めながらそうおそるおそる問いかけるナナオへ、不敵に微笑んでみせ―――――。
「いくぞ」
オージェは、窓の外から身を投げ出した。
「や、やっぱりいいいいぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
ナナオの絶叫が蒼天に木霊し、5階の窓から飛び降りたオージェは、体勢を整えると軽々着地した。
青色をした、少々跳ね気味のショートヘアがふわりと柔軟な動きで重力に従うと同時に、オージェはナナオを地面へ降ろす。
「あ、危ないじゃないですか!」
ナナオが抗議してくるが、どこか名残惜しそうにその白い頬を朱に染めながらであるものだから、怖いというより、可愛いとか、微笑ましいとか、そういう表現が似合う格好になる。
それを「まあ、そう怒るな」とやんわりと返し、オージェは辺りを見渡した。
基地は、来た時とは打って変わって不気味なほどに静まり返っている。
まるでゴーストタウンの如く、沈黙したまま鎮座する基地の建物。
聞こえてくるのは、荒野を駆け抜ける旋風、そして―――――タイヤの音。
「ナナオ、伏せろっ!」
「え………きゃぁっ!?」
オージェがナナオを突き飛ばすと、間一髪のところでナナオがいたところをトレーラーが走り抜けていく。
「こ、今度は何なんですか一体―!?」
こっちが聞きたい、とツッコミたいのを後回しにして、オージェはトレーラーを見やる。すると。
「!?」
トレーラーはぐるりと向きを変えて、オージェを照準に定めて突撃を開始した。
「狙いは俺か…………」
トレーラーから逃げながらも、冷静にそう呟くオージェ。
すると、向かい側からも、今度は軍用の乗用車が迫ってきた。
それを正面から観察したオージェは、驚愕する。
「誰も乗っていない、だと………!?」
軍用車両の運転席には誰も乗っておらず、ただハンドルだけが、まるで透明人間が運転しているかの如く動いている。
「オージェさん!」
ナナオの叫びに我に返り、オージェは前後の車両が激突する直前に、横へ飛ぶ。
トレーラーと軍用乗用車はその急激な方向転換に対応できず、正面衝突し停止した。
それを見届け、歓喜に沸くナナオ。
しかし。
ズシン。
「何っ!?」
「ええええぇぇぇっ!?」
続いて現れた巨体には、オージェも瞠目した。
深緑色を基調とした巨体に、特徴的なカメラアイ。
モビルスーツ―――――人型の巨大機動兵器だ。
確かあれは、少し前に次期主力機として配備が進んでいる、ジンクスWではなかったかとオージェは冷静にも分析する。
しかもそれは1機ではない。
一度に3機ものジンクスWが、2人を踏み潰さんと脚を上げる。
「ナナオ、走るぞ!」
「ふええええぇぇん、またですかーーーーーーー!?」
走る2人の後ろから、ジンクスWの脚が振り下ろされた鈍重な音と地響きが届いてくる。
やがて施設の中に逃げ込んだ2人を待ち構えていたのは―――――。
「またお前か…………!」
目の前には、先程逃げてきた、赤髪の男が沈黙したままこちらをじっと見つめている。
すると何の前触れもなく、オージェの瞳が金に染まった。
「………そうか。お前は元々、イノベイドだったのか」
イノベイドとは、量子型演算システム、ヴェーダの生体端末。
言うなれば、メインサーバーに対する各ノートパソコンといった位置に属する存在だ。
世界各所に散って情報をヴェーダへ蓄積する彼らは、意識データをヴェーダに移すことで生きながらえることすら可能だ。
「そこをどけ。俺達は生き延びねばならん」
覇気を含んで言い放つが、身じろぎすらすることなくイノベイドはゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる。
それに、再び感じた危機的感覚にオージェは近くに倒れていた兵士の懐からあるものを取り出し―――――不気味にも歩み寄ってくるイノベイドへ向けて投げつけた。
投げつけた物体―――――手榴弾は、イノベイドの至近距離で爆発し、爆炎がイノベイドの体躯を焼き尽くす。
ナナオを庇って伏せていたオージェは、イノベイドへ目を向けた。
腹に風穴を開けて尚、歩くことを止めないイノベイド。
だが、やがて―――――。
「終わったか」
ばらばらという音を立て、イノベイドの身体は結晶と化して崩れ落ちた。
「い、一体何なんでしょう、これ…………?」
「解らん。だが………」
言いかけ、しかしそこで突然起こった衝撃によろめく。
入り口を見れば、透明な入り口自動ドアのガラス越しに、ジンクスの脚が見えた。
「今確かなのは、進まねば俺達の命も危ないということだけだ」
「うぅ…………」
涙目で立ち上がるナナオに大丈夫だ、とオージェは言い聞かせ、2人で何か対抗できるようなものを探す。
先程のイノベイドのような存在が現れることも考慮して、手榴弾や爆薬の類を方々から拝借しながら奥へ進む。
MS(モビルスーツ)が外で建物へ突撃しているらしく、時々振動と共にぱらぱらと天井の塵が落ち、建物の軋む音が暗い廊下に木霊した。
「ど、どうする気なんですか?」
振動する度に焦った様子を隠せなくなっていくナナオに訊かれ、辺りを警戒しながらオージェは目的を話す。
「ナナオ。ここはどこだ?」
「へ?………連邦軍の基地、ですよね?」
「そうだ。軍の基地なら、MSの1機くらいは隠されているかもしれない」
「そっか、それに乗って!………って、先輩操縦できるんです?」
「さあな」
「さあって………」
「だが、やってみないよりはましだ」
そう真剣な顔で言われるものだから、ナナオはそれ以上何も言えずに押し黙る。
「………よし。こっちには異常はなさそうだ。行くぞ」
機密区画への入り口とされていたゲートを潜り抜ける。
兵士は皆白銀の物体に侵食され、その進行を阻むものは誰もいない。
扉にはパスコードが設定されていたようだが、MSによる振動の影響だろうか、壊れて辛うじて進めるようになっていた。
警戒しながら、奥へ、奥へと進んでいく。
そして、最後に行き当たった扉の前まで来た時、オージェの頭にまた何かが流れ込んできた。
しかし、今度はあの白銀の物体やイノベイドに対した時の感覚ではない。
「これは…………」
呟き、オージェはその扉に近づいた。
もうこの辺りの兵士達は皆逃げてしまったのか、誰もいない暗い廊下にはオージェとナナオの2人のみ。
そして。
「……………」
何かに取り付かれたように、オージェは扉の脇にあるパネルを操作した。
パスコードを受理した扉が、静かな音をたてて開く。
「真っ暗………ですね」
腕にくっつくようにして共に中へ入ったナナオが、そのままの感想を口にする。
何か明かりはないか。
そう思い壁を探ると、照明のスイッチを発見する。
「明かりをつける」
「あいあいさー」
返事を聞き、オージェが照明を点けると、そこには―――――。
「こ、これはっ…………!?」
v
「わー………」
普段何事にも興味を示さないオージェですらも、その息を呑む勇姿。
ナナオが横でその壮麗たる佇まいに見惚れていても、それは無理からぬことだとオージェはこの時ばかりは思う。
そこにあったのは、嘗てはオージェも一度は憧れた機体。
嘗て世界を席巻し、一度は世界を破壊、その4年後、歪んだ再生を破壊した、人類の先駆たる機体。
ガンダム≠フ姿が―――――そこにあった。
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