■ EXIT
ミシェイルの野望 第15話 「巡洋艦構想」


砦の調査を終えた、ミシェイルとシーダは飛竜に跨ってタリス城へと戻る帰路に着いていた。

上空を移動中、シーダは終始上機嫌であった。

砦にて行われたやり取りで、婚約に関する否定的な言葉は出てこなかった事が嬉しいのだ。身体的な問題からミシェイルの諭しによって、どうにか閨事には至らなかったが、シーダは初めてのキスをミシェイル王子に捧げる事が出来たのだった。8歳の幼女が勝ち取った戦果としては上出来とも言える。

もし、シーダがミネルバのような年齢であったら、あのような状況下であればミシェイルであっても、間違いなく閨事に至っていたであろう。

そして、目敏い者が見れば気が付くに違いない。

シーダ姫の、その表情は恋が成就した乙女そのものであった。シーダは幸せに満ちた表情でミシェイルの腰に手を回していた。まだ薬草の効果が残っているのか、熱っぽい表情をしている。

もちろんそれだけではない。シーダが落ち着きを取り戻すまで、ミシェイルが包み込むように自らの胸に抱きしめていた。その事もあってシーダは心が満たされて、軽い火照りに陥るほどに満足していたのだ。性的な知識を学んだといっても、男性経験の無い幼女では、精神的な結びつきだけで十分だったのだ。


対するミシェイルはタリス王城に戻る半ば頃には、強靭な精神力で高ぶる心を鎮めて、落ち着きを見せていた。

彼は王族の結婚に関しては常に政治が絡むことを理解しており、婚約者に関しては諦観していたのだ。むしろ、降って沸いた婚約者が、 傲慢なアカネイア聖王国のような貴族が相手ではなく、愛らしくて好意的な感情を感じる事が出来るシーダ姫という事に、父王に対して純粋に感謝すらしていた。

これらの事から、不意打ちに等しい、婚約の知らせに対する不満は無い。

感謝しつつも、ミシェイルは予想外の出来事に驚いていた。
シーダ姫の予想外の行動と、その決意はミシェイルがタリス国へ赴く時点では 、全くといってよいほどに想定に入ってなかった。

そして、今まで感じたことの無い情欲が自分に湧き上がったことに驚きを覚えつつ、 幼いシーダ姫に対して取り返しの付かない事に及ばなかった事態に安堵していた。気持を切り替えてミシェイルはシーダに対して口を開く。

「シーダ様、もう少しでタリス城です」

「はい!」

ミシェイルの言葉にシーダは嬉しそうに元気いっぱいで応えた。

そして、ミシェイルの腰に回している手にギュ〜と力を込めて、胸の部位を中心に背中へと押し付けるように密着させた。これが、本来の彼女なりの精一杯の女性らしさのアピールだったが、ミシェイルには結構効いていたのだ。









太陽が傾き始めた頃にミシェイルとシーダはタリス城に着く。 それから暫くして、二人は別れて自室に戻ってた。二人にはそれぞれやる事があって、常に一緒に居られる訳ではないのだ。

ミシェイルは砦の状況を取り入れた駐屯計画を作り上げるために執務机に向う。

「砦の状態は良好…あの規模なら3個中隊ならば問題なく駐屯可能だな…
 そうなると、駐屯する兵力は、飛竜1個中隊を基軸として…あとは、歩兵2個中隊だな。

 歩兵隊と輜重隊は船で運ぶ。
 仕方が無いが兵站が整うまで、必要物資の大半を商人から購入で補う…
 こんなところか。」

ミシェイルは計画の要点をインクを付けた羽根ペンで紙に記していく。

婚約によって可能になった政治オプションがミシェイルの選択肢を広めていた。
片腕を縛られた状態から、両手が使える状態へと変わったのだ。ミシェイルの計画の完成度と充実度がより高まると言っても過言ではない。

つまり、マケドニア国とタリス国の海運力をより多く利用できるのだ。特に島国のタリスは海運が充実しており、これらを利用できる状況はミシェイルにとっても有り難かった。

そう、ミシェイルの脳裏には合同編成の輸送船団の青写真が出来上がっていたのだ。 遠距離海洋交易はこれから竣工していく新造艦によって行い、近距離海洋交易は既存の艦艇で行うのだ。商船不足もタリス国と共同で当たれば、暫くは賄えるのだ。

「ふふっ、この調子ならば1年後を目処にしていた船団貿易も…前倒しに出来そうだな」

タリス国に旅立つ前に、ミシェイルはマケドニア造船仕官に対して、技術指南書と共に命令書を提出していたのだ。ミシェイルは計画の第一段階として、国有ガレー船を帆船に切り替えるつもりなのだ。

必要になる膨大な予算は、一昔のマケドニアでは不可能だったであろう。
しかし、ミシェイルが行う航空交易がそれを可能にしていた。

ガレー船は安全性と操船能力において帆船を上回るという長所があったが、ミシェイルは幾つかの技術でマケドニアの造船技術は飛躍的な進歩を遂げることになった。

ミシェイルがもたらした技術の中で、ガレー船脱却の決め手となった技術は、地形が複雑で風向きの安定しない場所でも対応できるラティンセイルと称される三角帆に関する技術である。特に逆風でも前進出来た事が大きい。

最終的な速度においてガレー船では帆船に勝つことは出来ない。それに加えて、櫂に取られる人員が減った分、人件費が従来の三分の一まで低下したのだ。これは、食料と水の消費量の減らし、航続距離の増大にも繋がる。

ミシェイルは示威・魔法通信伝達・索敵・通商路保護・敵通商路破壊を必要十分に行える船体構造を有する航続距離と航海性能に優れた巡洋艦という艦種を制定した。

新艦種である巡洋艦のインペリウス級巡洋艦はミシェイル自身が設計を行い、ラウンドシップ型で船尾舵と船首楼の下から出るバウスプリットをも持つ。マストバーク型という如何なる風向きにも対応した新世代の船舶で、高速性を有しつつも、驚くべき事に500トンという積載量を有している。

より大型の船舶も設計可能だったが、量産性の維持と座礁の危険を避けるために船体拡大を抑えた事によって、建造期間も11ヶ月〜12ヶ月という短い期間に留めたのだ。

マケドニア本国にて練習艦と輸送艦を兼ねた先行量産型である10隻の建造が始められている。


インペリウス級巡洋艦の恐ろしいところは、装甲キッドや兵装キッドを除外すれば、最高巡航速度は14.5ノット(時速約27km)、最高速度は20ノット(時速約37km)に達する高速大型輸送艦になる驚異的ともいえる汎用性の高さがある。

これは戦争経済においても大きな武器となった。平時においては高性能輸送艦として交易を行いつつ、戦時になれば武装を施して軍艦として活躍できるのだ。軍隊の中で金食い虫ともいえる海軍軍拡と軍縮が比較的簡単に行えるのだ。


後に、マケドニア王国海軍が主力を勤める統合艦隊でも、この船の後期型が主力を勤める程の完成度なのだ。後に完成するアイオテ級戦列艦(後に戦艦)が竣工しても、インペリウス級巡洋艦の重要度は減るどころか、増すばかりだったのだ。

ミシェイルは対費用効果に非常にシビアなのだ。

それだけではない。

脱ガレー化によって従来の三分の二の船員が余剰労働力として活用できるのだ。コスト削減だけでなく、富の再生産へと繋がっていく。ミシェイルの推し進める計画では、マケドニアに従う労働力はどれほどあっても、困るものではない。現に自由民の中で漕ぎ手としてガレー船に乗っていた者の中で、希望する者は国営の木材加工業とレンガ製造業に配属されるのだ。

そして、ミシェイルが伝えた技術の中に品質管理と規格統一があった。
精度の問題から、無加工による部品や部位の再利用が不可能だった事が、可能になる。
その利点は計り知れない。

同じ型番の部位ならば、同型の船の間では問題なく流用出来る事は、稼働率や整備において計り知れない優位性を持つ。不必要なコストも削減できるのだ。この計画に関わった造船士官や造船技師は、品質管理と規格統一の困難さを理解しつつ、それのもたらす利便性と新しい幕開けに魅せられて、一丸となって取り組んでいた。

ミシェイルは、この難事業に取り掛かる前に、関係者一同の前で、成功すれば時代に名を残せると訓辞していた事も大きい。 死後もなお、教本や口伝にて伝えられる事は男子にあって、是ほどに無い位の誉れなのだ。

ミシェイルの最終目的は、国家総力戦に向けた大量生産体制の確立であったのだ。
食料戦略という策を張り巡らせつつ、それに溺れる事無くミシェイルは仮想敵に備えていた。











夕日が照らす中、竜騎士隊の一団が飛行していた。

「見えたっ!」

その集団の先鋒を務める、跨る夕日の光を所々に反射する赤い鎧を身に纏った女性が飛竜に跨りながら歓喜の声を震えるように洩らした。黄金色の夕日を浴びて上空の風に靡いている情熱的な赤い髪が特徴的だ。

「長かった…ようやくお兄様に会える…ふふ…」

そう、彼女はマケドニア本国から、タリス派遣部隊を率いて来たミネルバなのだ。

そのミネルバは、兄の期待に応えたい一心で一つの部隊統率術を編み出していた。

誠実なミネルバの下す指示は部隊の士気低下を防ぎ、それ故に指揮系統が強固だった。ミネルバの戦乙女の様な凛々しい概観と戦いで得ている名声も大きな力になっていた。

ここまでは、今までと変わらない。

それに加えて、長期飛行で体力が衰えた者を早期に見つけ出して、自らの食事の一部を分け与えて、決定的な脱落を阻止して行った。環境に適応するために群れで生活する「群本能]に近い。これが加わった事は大きい。

エリートたる竜騎士の騎士とはいえ王侯と比べれば地位は高くは無い。
それにも関わらず、ミネルバ王女が熱心に部隊を気遣う行いは、とても眩しく見えたのだ。

白騎士団とは関係の無い竜騎士隊を率いていたが、ミネルバの行いによって隊員が彼女を尊敬の対象として見るのも時間の問題であった。何時の時代においても部下の尊敬を集める部隊の力は大きい。

これらの努力が実って、長距離航法が行える竜騎士が少ないにも関わらず、ミネルバは部隊を一人も脱落させる事なく、タリス城に到着したのだった。

竜騎士隊はマケドニアにて読んだミシェイルからの命令書通りに、王城の門衛棟の前に広がる広場に対して次々と着陸を開始した。
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【あとがき】

製造工程をきちんと管理して建造すれば、インペリウス級巡洋艦ぐらいの木造帆船は1年で建造できます。インペリウス級巡洋艦の参考になったのは19世紀の帆船型商船カティー・サーク。

当然だけど、デチューンモデルですが…アカネイア造船技術の500年ぐらい先行ってるねww
装甲キッドを重装甲版に切り替えれば、防護巡洋艦としても使えてしまう(笑)

リッサ海戦の戦訓からして、非装甲艦は装甲艦に対抗できない…

また、後期型のフレーム部品用の鉄を作る製鉄用の反射炉も着工準備中(悪)


【主要メンバー状態】
ミシェイルはシーダの婚約を受け入れました。
ミネルバがタリス城に到着しましたw
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