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ミシェイルの野望 第14話 「シーダの決断:後編」


ミシェイルとシーダが良いムードで東の砦に到着した頃には昼頃に達していた。ミシェイルは飛行に不慣れなシーダを気遣って、速度を抑えていたために、普段よりも遅い飛行速度だったのだ。シーダとしては長くミシェイルと密着できたので全く問題は無かった。

「これが東の砦か…駐屯するには丁度よい規模だな」

ミシェイルは上空から砦に対する感想を簡略に述べた後に、しばらく竜で上空を旋回してから、手綱を操ってゆっくりと減速していき、翼を羽ばたかせながら、飛竜をベルクフリート(主塔)のレンガ作りの床に着陸させた。飛竜の着地所としては決して広くない場所だが、飛竜を手足のように操れるミシェイルにとっては大した苦ではない。

ミシェイルが、思ったことをわざわざ口に出したのタリス国の王侯の一員であるシーダに対する配慮であろう。使われていないとはいえ、自国の施設を褒められれば嬉しいものだ。

慣れた仕草で飛竜の鐙から降り立ったミシェイルは、シーダに手を差し伸べて飛竜からの外乗をエスコートする。

「シーダ姫、どうぞ」

「ミシェイル様、ありがとうございます」

シーダは頬を赤らめながらミシェイルの手を握って降り立った。

「シーダ姫は、この砦についてお詳しいのでしょうか?」

「良くは知りません。ごめんなさい…」

役に立てなかった事に気を落としたシーダだが、それを見てミシェイルは慌ててフォローする。

「私も知らないので一緒に散策しましょう」

「はい!」

ミシェイルはモスティン王から借り受けた鍵を取り出して、ベルクフリートの屋上に備え付けられた小さな扉の鍵を開ける。 主塔の形は横断面が円形をしており高さは27メートル、直系は9メートルであった。ミシェイルは自らは先頭へと立って内部へと入っていく。

「思ったより状態が良好だな…」

主塔の頂上から周囲を見張る、見張り兵の待機室に到達したミシェイルは思わず口に出して言う。確かに放置された砦にしては内部の所々が綺麗なのだ。特に生活に関連する部分が…

「人の気配も無いのに、埃が積っていないのは、どういう事だ?」

「砦の状況を確認する為に定期的に城の兵士がここに来ているみたいです」

「なるほど…安全確認という訳か…
 確かに砦に山賊などが勝手に住み着いたりしては問題ですね」

シーダはモスティンから伝えられた内容をそのまま返した。モスティンは娘に、閨事の為に必要最低限の準備を整えてあるとは言えなかったのだ。純情なシーダでは嘘を突き通す事が出来ないと判断したモスティン王は、さしあたりの無い理由を考えてをシーダに伝えていたのだ。

ミシェイルはシーダの説明から砦の放棄はタリス国の軍事費の削減の一環で放棄したが、 国内治安上の観点から定期的な確認を行っていると、自ら納得させる。まさか既成事実を作らせるために整備されたとは聡明なミシェイルであっても、このように予想の斜め上を行く、ような事情は想像すらできなかった。

ミシェイルは見張り兵の待機室を出ると4階へと降りていく。

この主塔は5階建てで、4階は砦主の私室などがあった。シーダは熱の篭った視線で静かにミシェイルの姿を見つめていた。しばらくして、ミシェイルはシーダの様子がおかしい事に気が付く。とりあえずミシェイルはシーダを休ませるために、見回ったフロアの中で、一番清潔な状態で保持されていた4階の砦主の私室の一部屋まで移動する事にした。


「大丈夫ですか?」

ミシェイルから声を掛けられたシーダは心臓が、トクン、と高鳴った。

心臓は春が鼓動するようにリズムを増していく。耳の奥に鼓動が聞こえるほど、心臓が脈打っている。これ以上の我慢は出来ないと感じたシーダは決意した。

「ミシェイル様…」

言葉を紡ぐ度に心臓の鼓動が早くなっていく。

「この手紙をご覧下さい」

シーダは服の中に大事にしまっていた一通の手紙を取り出してミシェイルに差し出した。

「これは…?」

「オズモンド王からのお手紙でございます」

ミシェイルは疑問に思いながらも、
シーダから渡された手紙に施されていた封を解いて読み始める。



『ミシェイル、お前には知らせてなかったが、シーダ姫とお前は許婚という関係なのだ。
 驚かそうと思って黙っていた事を謝ろう。

 当然だが、突然の出来事で驚いていると思うが、シーダ姫との婚姻は良縁に違いない。
 私の見立てからすれば、お前との相性も良いだろう。
 それにミネルバもお前の婚姻発表を聞いて安心するはずだ』



ミシェイルが最初の2行を読んで思った感想は「なんだこれは!」であった。
斜め上を行く、このような急展開では、大抵の人物は驚くであろう。
ただし、その感情には怒りは無かった。

最初の行からして驚きの文章であったが、ミシェイルは最後まで読むつもりだ。
そして、3行目でやや納得した。

確かに戦略的にマケドニアとタリスの結びつきは海洋戦略に大きな恩恵をもたらすであろう。
ミシェイルの戦略が進めば、タリス国を介して、より広範囲の交易通商路、漁業地域、穀倉地帯を手に入れることが出来るのだ。

通常の条約よりも、婚姻を絡めて結ぶ条約の方が諸外国が納得する。
それに、マケドニア国とタリス国との兵力移動も大兵力で無い限り、他国の目を気にせずに柔軟に行える。

4行目の相性関連に関して疑問に思ったが、諸侯会議の際に父王がモスティン王との交友にてシーダ姫の人となりを知ったのだろうと辺りをつけた。これは何かしらの理由が無ければ納得できないミシェイルの性癖とも言えた。


予想もしていなかった急展開に驚きながらミシェイルは続きを読んでいく。

確かにシーダ姫の事は気になる存在だった。
可憐だが、天真爛漫で行動を重んじる行いもミシェイル好みで、間違いなく愛情すら感じ始めている。

しかし、まるで現状を見越したような内容に、ミシェイルはモスティン王による手紙の偽造の可能性を考えたが、間違いなく父王の筆跡であった。各所に見られる癖も父王特有のものであったし、筆跡を似せた文章の偽造など簡単に真似できるものではない。

極めつけが手紙に施してある蜜蝋の封印処置がある箇所にマケドニア王家の印が押されていたのだ。王家の印の偽造は大きな国際問題なのだ。

第一、合理的な動機が思いつかない。
無理に婚姻を急がなくても条約締結は確実なのだ。このような状態での謀略などデメリットしかない。モスティン王はその様な愚鈍でもないのも、ミシェイルにはよく判っている。

そして、ミシェイルが本国へ帰れば直ちに判ってしまう嘘など付く理由も無く、シーダの行動に純粋な好意しか感じられず、なんら下心が見当たらない。偶然と片付けるには難しいが、ミシェイルは納得するしかなかった。

戦略と言う観点に囚われていたミシェイルは父王の隠れた嫁探し作戦、それに乗った娘の幸せを考えたモスティン王の合同策という予想だにしない出来事を見落としていたのだ。

そんなオズモンド王の妙な計画であったが、その奥深さはミシェイルは知る由も無かった。

ミシェイルの父のオズモンド王は、モスティン王に渡した土産の中に、幾つもの状況に対応した何通りかの手紙を入れていたのだ。

つまり、 ミシェイルとシーダの関係が良好の場合の手紙、普通の手紙、幾つかのパターンを想定して準備していたのだ。全く持ってオズモンドの計画には無駄が無い…いや、この場合は才能の無駄使いとも言える。

ミシェイルの迷いを感じ取ったシーダは、その天秤を自らの方に持っていくために、生まれて初めての勝負に出た。

「私は許婚の件に関係なく、ミシェイル様の事をお慕いしております…」

ミシェイルはシーダの決意に満ちた表情に入り混じった少し火照った表情から目が離せなかった。モスティンによって命じられたイリナが仕掛けた、特別配合の薬草の効能が本格的に効き始めてきたからだ。そして、ミシェイルよりも体の小さなシーダは既に薬草の効能が全身に行き渡っていた。

シーダは、ゆらりと、ゆらりと、足を動かしてミシェイルに近づいていく。

もはや、シーダはミシェイルの事しか考えられなかった。
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【あとがき】

さて、話の展開をどこまでやるべきか(笑)
まぁ、シーダが処女を失わなくても、失っても大勢に影響は無けどねw

タリス編が終わればまた内政重視の話になります


【主要メンバー状態】
シーダは勝負に出ました。
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