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ミシェイルの野望 第13話 「シーダの決断:前編」


タリス国の上空にて1騎の飛竜が飛んでいた。その飛竜にミシェイルが飛竜に跨っており、年齢に見合わぬ優れた乗竜術で見事な安定飛行を行っていたが、彼の何時もの飛行と比べると低空飛行であった。

その理由は飛んでいるのは彼一人ではなく、
ミシェイルの後ろにはシーダがしがみ付いていたからだ。

一応、飛竜の鞍は二人乗り用の物へと変えられており、シーダもミシェイルと同じように腹帯の横にある鐙(あぶみ)に足を入れている。更にきちんと転落防止用の綱も自らの腰に着けていた。

「シーダ様、落ちないように、しっかりと掴まってて下さい!」

「はい!」

声を掛けられたシーダは嬉しそうに返答する。
愛しい男性と二人っきりで密着しながらの飛行。
そして気持ちの良い風が彼女の機嫌をこれほど無い位に高めていく。

シーダは愛しい人の体温をもっと感じるために、
ミシェイルの腰に回していた腕の力を少しだけ強くした。

対するミシェイルは平気そうなシーダの声に安堵した。彼が心配するのも当然だった。ペガサス騎乗資格や飛竜騎乗資格を有している騎士ならともかく、8歳のシーダはそのような資格も無い。

当然だがシーダは飛行訓練を受けるような年齢ではない。
天馬・飛竜の騎乗に関して他国と比べて郡を抜いているマケドニア王国の第一王女ミネルバですら9歳から騎乗訓練を開始したのだ、飛行文化の進んでいないタリスでは竜騎士どころか天馬騎士ですら珍しい。

例え王侯出身であっても、8歳では躾けられた馬での乗馬訓練を少々受けている程度であろう。

飛行経験の初めての者や経験不十分な者が離陸時の緊張が途切れた時に陥る高所恐怖症に見舞われたら目も当てられない。空中でのパニックは重大事故に繋がる。ミシェイルは飛竜の操作には絶大な自信を持っていたが、彼は、未経験者であるシーダの身を案じていたのだ。

ミシェイルは可能な限り飛竜を揺らさないように操作しながら思う。


ふう…
東の砦視察の件がここまで飛躍するとは予想外だった。

モスティン王のとの会話でいつの間にか、シーダ殿との同行視察になってしまった…
しかし…悪意ではない何かの意図を感じるな…

世の中で様々な経験を積み、物事の裏表を知り尽くしている建国王と比べて俺の経験はまだまだ不十分だな。

しかし、飛竜に乗っているシーダ殿の態度…
これは、まるで昔のミネルバと同じようだな…

初めてにもかかわらず。むしろ、空の気配を楽しんで居られる。
ひょっとしたら、並みの騎士よりも高い天馬騎士か飛竜騎士の適正があるのかも知れぬ。

「シーダ様は天馬騎士としての才能があるのかもしれませんね」

「本当に!」

「はい」

「えへへ、ミシェイル様に褒められちゃった」

ミシェイルの気分は妙に軽くなっていた。想いが言葉となって簡単に口から出て行く。考えてから行動する、落馬事故以降のミシェイルからは想像もつかなかったが、ミシェイル自身も自覚は無かった。

「それに、シーダ様は空が好きなのですね?」

「はい、風の感じがとても気持ちが良くて…とても好きな感じです」

ミシェイルはシーダの嬉しそうな表情に少しドキリとした。
少女そのものであったが、髪を抑える仕草に対して妙な色気を感じたのだ。

シーダの仕草にミシェイルは、愛らしさもミネルバと同じだと思い、冷静さを装っていたが、内面では大きく驚愕していた。

っ! 妹と同じように感じて、この高鳴りはなんだ!
ではない、シーダ殿の事を好いているのか!?
8歳だぞ…むぅ…今日の俺は何かに動転しているのだな…そうに違いない。


ミシェイルは原因の判らない焦る気持ちを必死に押さえ込んでいた。
そのような状況においても、外面に出さなかったミシェイルの精神力は感嘆に値する。

そんな中、シーダはミシェイルが感じていた愛情の葛藤を知る由も無かった。 シーダが知ったら涙を流して喜んだであろう。誰も居ない自室であったら ベットの上で横になりながら、ニコニコしながらヌイグルミを抱きしめて、足をジタバタしたりして、全身で喜びを表現したに違いない。

そうでなくても、高所にも関わらず、シーダの心は大きな開放感と、感じる喜びに弾んでいた。その弾みようはミシェイルが操る飛竜の翼のようだった。

それもその筈、シーダの懐には父王から渡された切り札が隠されていたのだ…
ミシェイルが決して拒めないであろう切り札が…

普段より大胆なシーダは殆ど育っていない胸を押し付けるようにして、ミシェイルの背中に嬉しそうにしがみ付く。シーダの瞳は嬉しさのあまり少し潤んでいた。









タリス城にあるモスティン王執務室にて、イリナとモスティンは話し合っていた。

「イリナよ…首尾はどうだったか?」

「はい、シーダ様とミシェイル様には遅効性の特別薬を飲んで頂きました」

イリナの仕掛けた薬は巧妙だった。

イリナはモスティンの指示によりシーダに対して多種の薬草を交えて製作した遅効性だが色々な効果が出てくる特性の興奮剤を紅茶に混ぜて飲ませていたのだ。恐ろしい事にこの特性の興奮剤は無色無臭であった為にシーダは興奮剤を飲んだという自覚は無い。特訓の合間に飲んだ何時もの紅茶を飲んだと思っている。

シーダが普段よりも開放的で度胸があったのもイリナの処方した興奮剤のお陰である。

また、ミシェイル王子に入れた薬は少量に留めて、あくまでもシーダに魅力を感じて行為に至ったと思わせるような配慮がなされている。強すぎる薬を盛った場合は間違いなく、王子が冷静に戻った時に疑いを受けてしまう。

「知られてはいないな?」

「無色無臭で遅効性です。
 飲んでしまっては熟練の薬剤師でも判断できませんわ…
 効果に関しては砦に入って暫くしてから本格的に効いてくるでしょう」

「イリナよ、大役ご苦労であった」

「いえ、これもシーダ様の為です」

「済まぬな…」

「モスティン様、本当にこれで良かったのですか?
 シーダ様ならば、時間を掛ければ王子の心を掴む事が出来ると思うのですが…」

「嫌な予感がするのだ、このような感覚を感じたときは間違いなく起こる」

「それに備えて手を打ったと?」

「うむ…
 そなたの杞憂も判るが、既に矢は放たれておる」

「そうですね…」

「色々な困難に当たるであろう…
 だからこそ、今後ともシーダの事をよろしく頼むぞ!」

「判りました、謹んでお受けいたします」

「下がってよい」

「判りました」

イリナが退出して暫くするとモスティン王は東の砦の方を見つめながら独白するように呟き始める。その声は徐々に大きくなって行く。

「くくっ…くっくっくっ……はっはっはっ、突き進まなければ、そこにあるのは停滞だけだ!
 それだけでは先に進むことはできない。望むなら進むしかないのだ!!
 同志オズモンドよ! 我々の勝利は目前なりぞ! 我らの策に敵う筈もなし!!」

モスティンは目を見開いて両手を広げて続ける。

「さぁシーダよ! 時は満ちたり、機は熟せり! 我等にお前の決意を見せてくれ!
 ワーハッハッハッハッ!!!」

モスティン王は嬉しさと期待から狂ったように叫び続けた。
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【あとがき】
モスティンは狂王になってきた(笑)
モスティンの暴走っぷりは凄くなってきたが…17世紀のイギリスの貴族などの上流階級の婦人の間で乳房丸出しのデコルテが大流行した事に比べれば普通だなw



【主要メンバー状態】
ミシェイルとシーダとは興奮状態です。
ミネルバは通常の三割り増しの速度でタリス国へ急行しています。

【りみっとぶれいく状態】
ミネルバ→ミシェイル
シーダ →ミシェイル
イリナ →???
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