ミシェイルの野望 第12話 「モスティンの野望:後編」
イリナによるシーダの対ミシェイル訓練から1日が経った。
モスティン王は自らの執務室に高級娼婦のイリナを呼び寄せて特別訓練の進捗具合を確認していた。イリナがソファーに座る姿は、高価であるが絢爛さは控えられた上品な調度品と照らし合わせても見事なまでに釣り合っていた。
紅茶を飲む仕草も絵になっている。
美しさだけでなく気品と教養を兼ね備えたイリナは並み居る高級娼婦の中でも特にリピーターが多い。しかし、不思議な事にイリナは栄達の最短距離とされているアカネイア貴族との関係を断固として持とうとはしなかった。
どれほど大金を積まれても、旨くあしらっていたのだ。
モスティンはイリナに話しかける。
訓練に時間を掛けられないのがもどかしいのだろう。
余り長引けば、ミシェイル王子が本国に帰還してしまい、チャンスが遠のいてしまうからだ。
「イリナよ、シーダの状況はどうであるか?」
「時間が限られているので、シーダ様の清楚感を損なわない用に手ほどきを行いました。
技術はともかく、心構えを持って頂けるのが精一杯だと思います」
「大丈夫…なのか?」
モスティンの問いかけに、イリナは昨日の特訓の風景を思い浮かべた。
うふふ…
シーダ様の未成熟だけど、小さな白桃のような乳房に上に載るチェリーのような…
涙ながらに焦れつつ恥らう表情がとても愛らしくて、本当に可愛い表情でしたよ?
モスティン様は焦りすぎです。
「大丈夫ですよ。それにですね…
いきなり私のように満足させる事は未経験者では不可能です」
「ふむ…」
ふう…とイリナは深呼吸を行った。
そして、モスティンに対して諭すように丁寧に考えを述べていく。
「モスティン様、間違ってはいけません。
シーダ様は処女です。処女はそれに相応しい振る舞いをしなければ不自然ですよ?」
「しかし…」
「王の心配は良く分かります。
し か し ! 性知識に乏しくも、清楚な少女が勇気を振り絞って、
愛しい殿方と交わすキス、そして感情の高ぶりを感じながら捧げられる処女!!
コレほどに燃える要素がありましょうか!?
いいえ、あるはずもありません! ある訳がない!
一度っきりの大イベント! そ う で す よ ね モ ス テ ィ ン 様!」
イリナは身を乗り出してモスティンに対して考えを述べた。彼女は閨事に関する事は一切の妥協を許さない。
ただの追従型では一流の高級娼婦になる事は出来ない。
それだけでなく、イリナは高級娼婦だが従軍シスターとしての資格も有している希少な才能を有する才女なのだ。
不能だった男性貴族を技術と知識を生かして再生させたり…
恐ろしく使い方を間違っているが、ライブの杖を駆使して体力の限界まで頑張ったり…
その他色々と、とにかく性に関する活躍はとても広く深かった。
モスティンがイリナと知り合ったのはタリス建国の際の諸侯統一戦の時であり、金や地位で動かないイリナがモスティンと親しいのは、この時からの付き合いが大きい。
そして、モスティンは知り合ってから今日に至るまで、ベット上での交渉やこのような状態のイリナとの弁論で勝った験しが無い。
「う…うむ…」
「イヤですわ…ついつい熱くなってしまって…」
イリナは恥ずかしそうに顔を伏せた。
モスティンはその仕草に可愛らしさと色っぽさを感じた。
「わ、わかった…お前の言う事に間違いは無かろう」
「ありがとうございます」
イリナはにっこりと答える。
悩んでも仕方の無いモスティンは、自らの身をもってイリナの閨事に関する実力と知識
を知っており、信じることにした。
プロフェッショナルの意見を尊重するモスティン王の決断によって
計画は次の段階へと移る。
事はオズモンド王とモスティン王のシナリオ通りに進んでいた…
タリス王城内の自室にてミシェイルは考えに耽っていた。
同じタリス城内では、自分とシーダを結びつける陰謀が進められている事など夢にも思っていなかった。
ミシェイルは駐留拠点になりそうな場所の探索は部下に任せて、自分はその後の詳細な政策を練っていた。婚約という政治要素の加味のよってミシェイルの戦略は飛躍していく。
「タリス国の再開発に必要なのは余剰食糧だな」
ミシェイルは資金投資による介入型開発ではなく、無理のない農地開拓による食料増産を考えていた。
経済のすべての基本は余剰から始まる。
食料事情に余裕が出れば、余裕が出た分だけ農作行に従事しなくても良い民が増える事になる。それらが加工業などの二次生産業に従事できる労働力の確保へと繋がるのだ。
当然だろう、食べるのに精一杯な地域では、その他の産業が育つ余地などは無い。
そして、更なる余剰食糧の生産と二次生産業の発展が促されれば、経済規模が拡大して、商工業同士の商売へと繋がっていく…これが経済ピラミッドの原点となるのだ。
ミシェイルはマケドニア経済とタリス経済を結びつけて、関税という枠組みを取り払った経済交流を行おうと考えているのだ。ミシェイルの優れている点は、一方的に売りつけるのではなく、双方の基軸産業を壊さないように配慮がなされている点だ。
彼が始めているアカネイア聖王国に対しての裏工作と比べて全く正反対の対応である。
これも、身内に対しては深い慈愛を持っているミシェイルの優しさなのだ。
ミシェイルにとってタリス国の位置づけは、当初よりも高いものへと変化していた。
「硝石を人工的に作り出せば莫大な利益になるが…」
糞尿などには窒素が含まれており、糞尿を草木とともに醗酵させて硝石を得る方法である。ミシェイルは
塩漬け豚肉の食中毒の原因となりやすいボツリヌス菌の繁殖を抑制するためだけでなく、火薬製造における酸化剤として使用するつもりなのだ。
今から取り掛かっても、大規模生産が出来るまで5年か…
いや、止めておこう。
自国で秘密裏に行うならいざしらず、他国で大々的にやるとなると、気が触れたと思われる。
それに、糞尿王子などと異名がつくのも面白くないからな。
ミシェイルが考えに耽っていると、モスティン王が挨拶の後に室内に入って来た。
「ミシェイル殿、失礼しますぞ…おお、精が出ますな」
モスティン王はミシェイルが地図に書き込んだ多数の情報を見て感心する。
「これは、モスティン王、少々散らかっていて申し訳ない」
「よいよい…
それよりも、今日はマケドニア軍が駐屯するに適した場所があるのを知らせに来たのじゃ。
間違いなく王子が求めている条件に当てはまるぞ」
「真ですか!」
ミシェイルの表情が明るくなった。
事実ならば悩みのひとつが片付くのだ。控えめだが、ミシェイルの喜びは当然とも言える。
確かにミシェイルは駐屯地選別問題を片付けることが出来た…
しかし、それより大きな問題を背負うことになるのだが、その事をミシェイルは予想だにしなかった。
マケドニアから部隊を率いて飛びだったミネルバは
見晴らしの良い野原で野営を取る事にした。
ミシェイルがタリスに向かったようなベテランのみの少数行動とは違って、2個中隊で古参兵と新参兵の混在
という部隊の行軍は、それ程に早いものではなかった。
もっとも、空路移動は陸上移動に比べれば恐るべき速さであるが…
日が暮れる前に野営準備も終えたマケドニア兵は各々のテントで体を休めていた。
その中心に位置する少し大きめな将軍専用のテントの中で、ミネルバはテントの中で拳をギュッと握る。
彼女の目は強い決意と意志に満ちていた。
「部隊の疲労状況を考えると野営も仕方が無いわね。
…それに、脱落者を出した状態で着いたりしたら兄上の顔に泥を塗ることになるし…」
「でも…ね……どんな方法を使ってでも、明日の夕方にはタリスに着いてみせるわ」
ミネルバは笑みを浮かべる。
その笑みは、14歳の笑みとは思えないほどに妖艶な魅力に満ちていた。
「兄上…明日にはミネルバが参りますので…まってて下さいね?」
ミネルバはタリス国の方角に向って呟いていた。
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【あとがき】
イリナは実は両刀使い(笑)
しかし、モスティン王の壊れっぷりは原形とどめてないなw
次回、シーダの決断…そして…
【主要メンバー状態】
モスティンの第一計画は最終段階を迎えました。
シーダは準備を完了しています。
ミネルバがタリス国に向けて移動中。
イリナはシーダを狙っています。
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