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ミシェイルの野望 第11話 「モスティンの野望:中編」


「きせいじじつ…?」

「色々な解釈が取れる言葉だが、男女の恋の絆を強くする意味としても取れるのだ」

「素敵な言葉ですね…」

モスティンは真顔で詭弁を語っていた。

しかしシーダにとって、それは甘い言葉となって心に溶け込んでいく。
"既成事実"という言葉はシーダの心を奮い立たせて勇気を与えていった。彼女はまだ8歳という若さであったが、モスティンによって炊きつけられた意志は、並みの大人の意思を超える強さになっていた。

貴族の義務の一つである政略結婚。

シーダも幼いながらも教育によって重要性は理解していた。

憧れの相手との素敵な恋愛を夢見ていた彼女であったが、そのような想いはただの夢でしかなく、何時かは貴族の義務を果たさなければならないと、シーダは幼いながらも何処かで理解してた。その避けられない義務が本人の望むような相手となるならば、この熱意も当然のものであろう。

夢が夢じゃなくなる!
シーダの小さい体に熱い想いが巡っていく。

モスティンは娘の意思の高まりを感じ取った。建国を成し遂げた歴戦の勇士は湧き上がる気迫を見逃さない。 モスティンは満足そうな表情をしながらシーダに言った。

政治の海を泳いできた王にとって、気持ちの高ぶった子供の心を誘導するのは簡単だ。
しかもシーダ自身が望む方向なのだ、失敗するわけが無い。

「シーダよ、ミシェイル王子はマケドニア駐留軍が駐屯出来る拠点を探している。
 そこで…ワシは東の砦を王子に貸し与えようと思うのだ。
 これはお前にとっても絶好の機会なのだ!」

「機会…ですか?」

「あの王子の行動力ならば自らの目で砦を確認しに行くと思わないか?」

「思います」

「つまり、シーダよ…お前の意思次第なのだ。
 砦でミシェイル王子と二人っきり…この意味は分かるな?」

モスティンは小さく言った。
言葉を聴いたシーダは電撃に撃たれた様な衝撃が体に駆け巡る。

「っ! はっ、はい!」

閨事に疎いシーダであっても、父の言葉の意味を理解した。
シーダの顔は真っ赤になっていたが、決して視線は父王の目からそれていなかった。
意味を理解したシーダにとって、東の砦で行動を移すことは確定事項であった。

想いの強さが伺える。

モスティンは既に策の準備を終えていたのだ。

ミシェイル王子が駐留拠点を探すために調査を行っている事を知ったモスティンは、オズモンド王の誘いに従って、事前に東の砦にある一部屋の清掃を終えていた。
そして怪しくない程度に必要最低限のものを整備させたのだ。 これはモスティンがオズモンド王からの手紙を読んでから、水面下で準備を整えていたからこそ出来る芸当だ。

これは建国王の名に恥じない状況の読みの良さであろう。
駆け引きを見る目も凡庸ではない。

オズモンド・モスティン連合はミシェイルに対して大きなアドバンテージを有している。
お互いに封建制とはいえ、オズモンド王はマケドニア国の有力貴族の支持を得ている王であり、ミシェイル王子の父であり政略結婚を決める立場であった。モスティン王もタリス国の王であり、シーダ王女の政略結婚を決める立場であった。

さらにシーダ王女もミシェイル王子と結ばれる事を望んでおり鉄壁の布陣とも言える。
戦力比は3対1…

モスティンは東の砦の貸与権を切り出すタイミングによって、ミシェイル王子が砦に視察に出かける時期を決めることが出来る。そして、モスティンはタリス王で穏やかな政治で民から慕われている。『天の時』『地の利』『人の和』 モスティンは既に勝利条件を満たしていた。

「とは言っても、男性経験のないお前は、心とも無いであろう…
 ワシがミシェイル王子の心を掴む事の出来る策を授けよう!」

「本当ですか!」

「うむ」

シーダは父王の策を真っ赤な顔をしながら聞き取ろうとしていた。
純粋なシーダであったが貴族教育の一環としてある程度の閨事は知っていたのだ。

「その前に、シーダにあわせたい人物が居る」

モスティンは机の上の鈴を鳴らして執務室に侍女を呼び出して指示を下した。侍女が室内から退出してしばらくすると、侍女によって一人の少女が連れられてきた。役目を終えた侍女が一礼すると室内から出て行った。

「紹介しよう、彼女は高級娼婦のイリナだ」

「始めまして。シーダです」

「イリナと申します。シーダ様、宜しくお願いします」

イリナはシーダに対してにっこりと笑いながら、一点の非の無い礼を持って答えた。
シーダも知識として知っていたが、高級娼婦と呼ばれる人種と直接会うのは初めてであった。

イリナはアカネイア大陸で珍しい銀色の髪をしていた。

容貌は目鼻立ちの整ったかなり美しい娘で可憐さと、成熟した女性の優美さが混在していた。その肌は美しい絹の様な艶を放ち、髪と共に光を纏ったように輝くその容姿は、何者も近寄らせない神々しさに溢れていた。

瞳は天国の石と呼ばれる宝石サファイアに近い色をしており、見るものを魅了する良く晴れた青空のようであった。瞳の奥底からは強い意志と知性が感じられる。

にっこりと笑った表情は女性のシーダから見ても魅力的だった。
娼婦という職業にも拘らず、不思議と純粋で透明な美しさが感じられる。

もっともシーダも十分可愛らしい。
その容姿から後3年ほどすれば、かなりの美少女になるのは容易に想像できる。


高級娼婦といえば、あらゆる技で男たちを喜ばせ、さらには、高い知識を持って特権階級に属する男たちと語り合うのだ。一般の娼婦とは一線を画す存在だ。

さらにイリナのような王宮に出入りできる高級娼婦は、高級宿屋を基点に王侯貴族相手の愛人として暮らしている貴族に準じる高貴な存在なのだ。

彼女の様な存在は、美貌だけでなく教養や作法を磨き上げて個人として誇り高く生きている者が多い。そして、厳しい戒律を守り、きちんとした職業人として名誉職として尊敬もされている。特に性を持て余した青年貴族達の支持は絶大だ。

貴族の妻や娘が王の愛人になる事は、彼女達だけではなく、その夫にとっても栄誉であり喜ばしい事であった。そのぐらいの名誉職なのだ。イリナは11歳でその職まで上り詰めた、稀代の才能の持ち主であったのだ。

「イリナよ…シーダに幼少の体であっても出来る閨事を教えてやってくれ」

「畏まりました」

「えっ、えええ!??」

シーダは驚きの声を上げて、顔を今までに無いほどに真っ赤に染め上げていく。

「何を驚いている?」

「でっ、でも!」

「シーダよ…今ここで勇気を出さなければ、
 ミシェイル王子の心を射止める事などは到底できやしないぞ?
 それにだ、最初の一歩を歩み出す事ができれば、不思議と後は自然と流れて行くものだ」

「シーダ様なら出来ますので自信を持って下さい。
 不肖イリナ、非力な身ですが、全力でシーダ様のお手伝いさせて頂きます」

「っ…わっ、判りました! イリナさん、未熟者ですが色々とご教示してください」

「はい」

イリナはシーダを安心させるために、返事と共ににっこりと微笑んだ表情はシーダにとって、先ほどの自己紹介の時よりも美しく見えた。そして何処か色っぽさも感じられるが、イリナの真摯な気持が込められた返事は、シーダの心を力づけていく。

シーダはイリナの存在をとても頼もしいものに感じられた。

ミシェイルにとってこのような策謀が裏で動いているとは知る由も無かった。 アカネイア大陸で完全に把握しているのは、婚約計画の大筋を練ったオズモンド王と、その計画に賛同したモスティン王だけだった。
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【あとがき】
モスティン王は暴れん坊(謎)

可能な限りオリジナルキャラは出したくなかったので、 途中までフィーナを幼少の高級娼婦にしようと思ったけど…

貧しい地方で生まれたフィーナは両親の借金で売られて娼婦
   ↓
人気が出て高級娼婦
   ↓
お金を溜めて身請けして自由
   ↓
子供の頃からの憧れの踊り子に転職

という、あの時代で現実的な流れを考えたけど…やめたw
フィーナのファンが怒りそうだし(汗)

という訳で…脇役の名前ありオリジナルキャラを出しました。
あの執事にも名前付けようかなぁ…
マケドニア側のキャラが余りにも少ないので、もう少しだけオリジナルキャラが増えると思います。
『貴族の妻や娘が王の愛人になる事は、彼女達だけではなく、その夫にとっても名誉であった。』
これは実際の中世ヨーロッパを参考w



【主要メンバー状態】

シーダは保健体育の授業を受けるようですw
モスティンはシーダの望む政略結婚を実現するために暴走してますww
イリナはシーダに対してなにやら親密な感じを持っているようです。

【現在の年齢、大雑把だけどw】

??歳:イリナ (オリジナルキャラ)
15歳:ミシェイル

14歳:ミネルバ
14歳:エリス

13歳:レナ

12歳:パオラ

09歳:カチュア
09歳:マルス

08歳:シーダ
08歳:エスト
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