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ミシェイルの野望 第10話 「モスティンの野望:前編」


タリス国に滞在しているミシェイルはモスティン王の許しを得てタリス国内に 竜騎士隊が戻ってくるまでに、僅かに残った竜騎士隊を使って詳細な調査を開始していた。

その目的はマケドニア派遣軍の駐屯に適した場所の選定と、可能な限りの地形掌握である。タリス城から地方の町まで掛かる時間、王都から浜辺や山岳に掛かる時間…調べることは多岐にわたった。情報の記録には大量生産が始められた洋紙と新単位が大きく活躍していた。

海賊や山賊相手とはいえ、知らない土地で戦う以上、備えは多い方が良い。
それに地形に溶け込む海賊や山賊を討伐するには最低限の土地勘が必要なのだ。

建国したばかりで国力に余裕の無いタリス国では国内全域を網羅するほどの兵力は無かった。それ故にタリスにとって地形に左右されることなく緊急展開が可能でしかも強兵としての名高い竜騎士の隊規模の派兵と、海洋拠点としての再開発案は渡りに船だったのだ。

マケドニア国にとっても利益が有る事から、ミシェイルは出し惜しみするつもりは無かった。飛竜によって行われている航空交易によって生み出されていく莫大な富が、ミシェイルの野望の一端である、このような長距離派兵を国民に負担を掛ける事無く実現していたのだ。

ミシェイルはタリス王城内に宛がわれた自室で各方面から集められた情報を分析していた。

「必要最低限の情報はこれで集まったか…」

机の上に置かれた、40cm程の四脚に支えられ、2枚のガラスと折りたたみ式の鉄製のフレームに挟まれた横150cm、縦60cmのタリス国内の概略地図を見下ろしながらミシェイルは呟く。ガラスの上に入手情報を、馬の毛で作られた筆先を持った筆で書き加えていく。あえてガラスで挟んだ理由は、情報変更の際にガラスの上を布で拭くだけで修正出来るからだ。しかも下にランタンを置けば、夜間においても鮮明に見ることができるのだ。これはミシェイルがマケドニアから持ち込んだものだ。

ミシェイルは更に、マケドニア王城内に現在の地図の10倍サイズのガラスに覆われた戦略地図を設置して、そのガラス上に各兵団や戦略拠点などの概略駒の配置やインクによる必要情報の明記によって多様化した戦術・戦略レベルにおいての情報を24時間体制において把握する工事が進められている。

これは戦時に於いて優れた戦闘指揮所となるであろう。


地図を見下ろしながらミシェイルは呟く。

「いきなり王都付近に常駐するのは住民にいらぬ不安を与えてしまうだろう……
 しかし、中継拠点用の機材の生産すら始まっておらぬ」

ミシェイルはマケドニア軍駐屯地に一定の条件を設けていた。

第一に、一般市民の居住地域から2kmは離れること。
これは飛竜の吼え声などによる騒音問題の対処と一定の距離を置くことで、タリス国民に無用な威圧感を与えない為だ。

第二に、必要物資を購入できる港を有する町と確りとした街道で繋がっていること。
悪路を輸送する場合の無用な輸送コスト増を避けるためだ。全てを空中空輸で賄うことは到底無理だ。陸路や海路を使わなければ兵站破綻になってしまう。

第三に、要衝であること。
これは当然である。何の戦略価値の無い場所を守っても資金の無駄なだけだ。


……これは国外駐屯の良いテストケースだが…実際やるとなると大変だな。
それが、ミシェイルの第一の感想だった。
今ほど初めての展開場所が友好的な王国の領土内で良かったと思った事は無い。

非友好的な場所や通貨すら違う場所だったら、敗北より酷いことになっていただろう。


ミシェイルの真剣な姿をシーダはソファーに座りながら真剣に見ていた。
心なしか頬っぺたが赤らんでいたりする。

シーダは父モスティンの薦めもあって、より多くの時間をミシェイルと過ごすうちに 彼女もミネルバと同じく、ミシェイルに心惹かれていったのだ。兄という存在に憧れていた深層的な欲求も影響していた。

男女の恋愛という要素は薄く、兄を慕うようなシーダの微笑ましい行動であったが、シーダの想いは日を追うごとに強まっていった。

その中で、シーダの父であるモスティン王が入室してきた。

「これはモスティン王、ようこそいらっしゃいました」

「ミシェイル殿、邪魔するぞ」

モスティンはミシェイルの臨時執務室となった客室に入ってある物に目が行く。
ミシェイルが書き加えているガラス張りの地図に大きな衝撃を受けた。

ミシェイル王子は紙の量産だけでなく、我々が思いも付かなかった地図の有効利用法まで既に習得しているのか!

即時修正可能な地図の存在…
今までの記録技術と比べて、即応性と柔軟性の素晴らしき事…

モスティンはミシェイル王子の若さに似合わぬ充実した資質に驚いていた。
優れた経済政策を行える知識と行動力、先見性に富んだ技術視野の広さ、構想の豊かさ、武勇の高さ、そしてシーダが懐くほどの優しい人柄…

モスティンは王子と敵対したときの事を考えると、一瞬背筋に冷たいものが走った。
そして、オズモンド王の申し出を前向きに答えた自分の判断に安堵していた。

この時、モスティンの中に同君連合として将来的にはミシェイル王にタリスを任せる選択肢が有力なものへと昇華したのだ。

「ミシェイル殿、シーダを少しお借りしますぞ」

「分かりました」










モスティン王はシーダを自らの執務室まで連れて行く。
そして部屋に入ると愛娘の目を見ながら喋り始めた。

「シーダよ…ミシェイル王子の事はどう思うか?」

「立派で素敵なお方だと思います!」

シーダは父王の言わんとしている事が判らなかった。

「なるほど…では異性として慕っているのか?」

「ミシェイル様を……分かりません。
 でも…お兄様のような……憧れのような…」

「ふむ…シーダよ…
 ミシェイル殿が許婚だったらどう思う?」

シーダの顔は見る見る内に紅潮し、心拍数が速くなる。
少女の愛らしい頬っぺたを紅潮させて、もじもじとしながらも言い放った。

「…嬉しいです…」

シーダの言葉を聴いたモスティンは満足そうな笑みを浮かべた。
そして、優しく娘に対して語りかける。

「ミシェイル殿自身はまだ、預かり知らぬことだが…
 ミシェイル王子の父君であるオズモンド王が、そなたとミシェイル殿の婚姻を考えているようだ。
 無論、ワシも大賛成だ…
 強さと優しさを兼ね備えた王子との、これほどの良き縁談は他には無いだろう」

「っ!」

「真っ赤になるとは分かりやすいわ!」

「もっ、もう! お父様ったら…」

モスティンは今まで、愛するシーダの将来を心配していた。
建国したばかりで国力の小さいタリス国では、国家安全保障の概念から、他国の海外の有力な貴族との婚姻が避けられなかった。モスティンは日々強まっていく焦燥感の中で、大国マケドニアのオズモンド王からの申し出は天の救いに等しかった。聡明で強さと優しさを兼ね備えたミシェイル王子ならばシーダを不幸にする事はないだろう。

「お前がタリスから居なくなるのは寂しい…年齢から見ても少し早いだろう…」

「お父様…」

モスティンは寂しそうな表情をする娘の頭を優しく撫でながら言葉を続ける。

「しかしだ…今を逃せばミシェイル王子程の逸材は他の王家や貴族に取られてしまう。
 幸いにもミシェイル王子の態度を見る限り、
 お前には好意的な感情を持っているのを感じられる」

「本当ですか!」

好意を持ってる相手に好かれて嫌な顔をする乙女は居ない。
特殊な事情があれば別だが、シーダは特別な事情も無く至って普通だ。


タリス国を建国したモスティンは、過去の経験から相手の感情を読むのに長けており、ミシェイルがシーダに対して、妹を案ずるような一種の愛情を持っていることを見抜いていた。

モスティンは思う。やや希薄だが双方において愛に陥る土壌は出来上がっている。ならば、我々がその感情と心理を刺激と行動の相関関係を介して様々な方法で愛情まで導いてしまえば良い。

「ああ、間違いないぞ。
 お前の決断次第では王子と結ばれるのも夢ではない!」

「ああぁ…ミシェイルさま…」

シーダの表情は夢見る少女そのものだ。
彼女は父王モスティンの言葉を受けて、幸せな未来を夢見ているのだ。

モスティンは幅広い交友関係によって色々な海外情報に通じていた。
王室に嫁いだ女性の人格・感情が無視されて、後継者を産む身体器官として取り扱われた話や、愛人との関係に溺れて滅んでいった話など…
栄華と残酷さに満ちた世界を知っているだけに、この喜びは表しきれない。

モスティンは少し悪戯小僧のような表情をした。

「シーダよ…既成事実いう言葉を知っておるかな?」

モスティン王はタリス国と娘の未来の為に、あらゆる手段を取るつもりだったのだ……
双方の王の暗躍によってミシェイル王子とシーダ王女の関係が急激に変わろうとしていた。
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【あとがき】
モスティン王が壊れてきた(笑)

次回予告(嘘)
モスティンの野望:後編 シーダの決意

アイオテの盾(特効無効)を装備していないミシェイルが、彼の弱点である、妹属性の攻勢に耐え切れるか!?


【主要メンバー状態】

シーダは本当の気持ちに気が付きました。
モスティン王は真の意味においてオズモンド王と共闘を開始しましt(誤字にあらず)
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