ミシェイルの野望 第16話 「行動分析」
竜騎士隊と共にタリス国に到着したミネルバは、兵達の駐屯の手配を終えると、休息も取らずにモスティン王に挨拶する為にタリス王城の謁見の間に向った。
ミネルバは、タリス国よりも強大なマケドニア王国の第一王女とはいえ、礼儀を心得ており、タリス国のモスティン王に対してもに相応の例を尽くすつもりなのだ。
驕り高ぶったアカネイア聖王国貴族を身近で見てきたマケドニア王室は、高みより見下ろす態度の醜さを良く学んでいたといえる。
「マケドニア王国第一王女ミネルバ、条約に従い兵を率いて馳せ参じました」
「うむ…大儀であった。
今日は両国の関係がより一層進む、よき日である」
ミネルバは大理石の床に右膝をついて、右手を胸の前に固定したまま、身動きもせずにモスティン王の謁見を受けていた。周辺を取り巻く空気は厳粛であったが、ミネルバにとって何ら苦痛ではなかった。あと少しで敬愛する兄に会える気持ちが、ミネルバの心の中に余裕を作り出していたのだ。
「モスティン陛下…有り難きお言葉であります」
ミネルバの返事には14歳とは思えないほどに、ドキリとする女らしさが感じられた。
恋は女を変えるのだ。
それからしばらく会話が続く。ミネルバはモスティン王の言葉に対して、細心の注意を払いつつ、少し柔らかい笑みを浮かべながら丁寧に応えて行った。ミネルバの表情は、見知らぬ者が見ても、気品の中にも温かみを感じさせ、緊張を和ませる雰囲気が伝わるに違いない。ミネルバはミシェイルの妹として相応しく立派に振る舞おうと努力していたのだ。
まして、モスティン王は兄の進める海洋戦略の一翼を担うタリス国の王であり、不評は避けなければならない。ミネルバの心配りはこれほどに無いほどに高まっていた。
会話の流れが止まる頃に、ミネルバはタイミングを見計らって本命とも言える質問をモスティン王に行った。
「一つ、ご質問があります」
「何か?」
「先週より、このタリス国に滞在している、わたくしの兄ミシェイルに関することです。
わたくしの兄上は、どちらに居らっしゃるのでしょうか?」
ミネルバの心は高まって、兄に対する強い想いが心の中に溢れてきた。
『長かったです…さぁ、お兄様…貴方のミネルバが、もうここまで来ていますよ?
お勤めを果たした私を…このミネルバを褒めて下さい。』
もし、このタイミングでモスティンがミネルバの内心を知ることが出来たら、目の前に控えているミシェイルの妹が
シーダの最大のライバルに為りうる存在だと理解したに違いない。そのような事は当然知る由も無く、モスティンはただ、遠方から部隊を率いて来たミネルバを案じて、優しい言葉をかける。
「ふむ…城内に執務室を設けて励んでおる。
とりあえず、長旅で疲れたであろう?
後で案内させるのでそれまで、こちらで用意した部屋でゆっくりと休むが良い」
『すぐには会えないのですね…でも、少しの我慢で会えるなら耐えられる』
兄の居ない寒い一週間を耐え切ったミネルバは、もう僅かなりの時間を耐える事など容易いと、自分自身を励まして納得することにした。
「判りました…
それまでに入浴を行いたいのですが、お手数ですが、手配の方をお願いできますでしょうか?」
「判った。
夕食の前までに案内させるとしよう」
「ありがとうございます」
モスティン王に集中しているミネルバは知る由も無かったが、謁見の間の両脇の天井から釣り下がっている、袖幕の隙間から一人の少女が、気配を完全に隠して悟られること無くミネルバを見ていた。
『ミネルバ様って…凛々しくて綺麗だわ…可憐なシーダ様とは違った美しさ。
でも、一瞬だけ見せた…あの瞳の模様…
あれは……もしかして……でも、それが事実なら…』
その視線に敵意があればミネルバは気付いていたかも知れないが、少女には全くと言ってよい程に敵意は無かった。その少女が見つめるのはミネルバの表情だけでは無い。全身の筋肉の動きをも見極めるような、繊細で高度な観察術であったのだ。
ミネルバは冷静さを装っていたが、内心の何処かで落胆していた。
もっとも、その様な事は、表情には出さずに一礼の言葉を述べて、謁見の間を退出するために立ち上がった。
「わかりました。
部屋にて休息を取らさせて頂きます」
どちらにしろ、今夜中に会えるのだ。
むしろ前向きに入浴を行って、磨き上げた体の状態で会えると、開き直っていたのだ。
ミネルバが謁見の間を立ち去った後、謁見の間の両脇の天井から釣り下がっている、袖幕の死角から一部始終を見ていたイリナはモスティン王の前に進み出る。先ほどからの謁見を見ていたイリナはミネルバに対して感じるものがあった事を述べるためである。
一流の高級娼婦は人の心に機敏なのだ。
「モスティン様、ミネルバ様に関してお話があります」
「どのような事だ?」
イリナの真剣な眼差しにモスティンは表情を硬くした。モスティンは、イリナがこのような真剣な顔をする時には、重要な事があると過去の経験から知っていたのだ。
「ミネルバ様ですが…反応から間違いなくミシェイル様を慕っています」
「あれほどの兄であろう、慕うのは当然ではないか?」
モスティンは何を当たり前な事を聞いているのかと不思議な表情を浮かべる。
それを見たイリナは半瞬、沈黙してから少し重い口調で言葉を続ける。
「いえ…そういった類であれば良いのですが」
「まさか、男女の様なものか?」
モスティンの言葉は貴族の中で時より起こる近親相姦を指していた。
「はい…しかし、もう少し見極めなければ断定できません。
ですが、どちらにしても強い想いなのは確実です」
「しかし、よくわかったな?」
「私も同じような経験がありましたので…」
「っ! まっ真か!?」
「うふふ…愛の前には障害などあって無きに等しいですわ
モスティン様、そうですよね?」
モスティンはイリナの深い眼光に一瞬だが気圧されてしまった。
「う…うむ…」
「こほんっ、話を戻しますね?」
モスティン王が頷くと、イリナは言葉を続ける。
「ミネルバ様の気持ちは大きなイレギュラーになる可能性があります。
その事を踏まえて、シーダ様とミネルバ様の仲を良好に保たなければ…」
「大きな問題に発展するのだな?」
「その通りでございます」
イリナが優雅に頷く。
モスティン王が納得した表情で次の質問を行う。
「イリナ…お前が言いたい事は良くわかった。
で…イリナの事だ…何時ものように何か案はあるのであろう?」
「はい。
上手くいけば、シーダ様とミネルバ様の関係を良好にしつつ、
シーダ様の婚姻を推し進めることが出来ると思います」
イリナは自らの考えを整理して、モスティン王に対して、要点を抑えつつ手短に述べ始めた。それを聞いたモスティンはイリナが提示した案の有効性を認めて、全面的な支援を約束した。
この、水面下にて進められるイリナの計画が、後に将妃と呼ばれるミシェイルの事を心から慕い、支えていく、国籍や人種だけでなく、種族という枠組みすらも超えた、八将妃と呼ばれる8人の美しい女性達が誕生する原点となるのだった。
これからの出来事は、後に統一王と呼ばれるミシェイルの大きな分岐点になり、ミシェイルは彼女達を筆頭に、多くの仲間達と共に対アカネイア戦争、暗黒戦争、対外戦争という数々の困難を乗り越えていく事になる。
完
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【あとがき】
2009年03月22日(最終修正日、2009年08月19日)
これまでミシェイルの野望を読んで頂き、ありがとうございます!
ミシェイルの野望は人気が低調でしたので、16話にて完結となりました。
次回作はもっと楽しんで頂けるように精進するので、今後ともよろしくお願いします。
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