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ミシェイルの野望 第08話 「海洋通商路」


マケドニア城内に設けられた情報部にて、
執務を行っていたマチスは交易網の安定の策を練っていた。

マチスは思う。

地図の作成、交易路の治安度の確認、沿岸部の測定、熟練魔道士の確保、中継拠点を設置する場所の選定、大望の成就にはやる事が多いと。

「マケドニアからタリスを結ぶ海洋通商路で厄介なのがワーレンになりますね…」

マチスは机の上に広げた地図を睨みながら呟く。
マケドニアはアカネイア聖王国が海洋交易の真の利点に気が付く前に優位に立たなければならなかった。

海賊の横行を許している現状から、海洋交易の利点に気が付いている様子は無いが、侮ってよい相手ではない。アカネイア聖王国というアカネイア大陸最大の人口圏を背景に 王都パレスの東に位置する大陸最大の貿易港を有するワーレンという都市が存在していたからだ。小さなきっかけで目覚める可能性がある。

国力で圧倒的に勝っている相手を御するには慎重さと相手の意表をつく大胆さが不可欠であった。そしてあらゆる手段を講じて、相手の自由行動を防がねばならない。

ワーレンがマケドニア経済戦略にとって放置できない都市ならば当然であった。
どれ程に重要かと言えば、ミシェイルは最悪の場合は隕石召喚魔法「メティオ」の同時多方面使用によるワーレンに対する戦略爆撃すら視野に入れていた位だ。


マチスは情報部総監という地位についているが、それはマチスの本当の業務を補佐するために就いているに過ぎない。 すなわち国家戦略の実現である。全ての戦略の基礎となる情報を集めなければ何も始まらない。戦略の原点とは地図上において戦争を計画する技術であった。

ミシェイルは策を練る者と、情報を集める者を一人に集約する危険性を理解していた。
それは、己の策を実現したいが為に危険な情報をあえて無視する危険性だ。

故にミシェイルはマチスに情報分析を行わせたのである。これも人材が育てば徐々に分担化していく計画である。ミシェイルが全般の戦略を練り、ミネルバが戦略偵察情報を収集し、マチスが情報を分析して戦略を実現するための計略を行う。

ミシェイルが考えた国家戦略とはすでに分担化しなければ到底実現できる規模ではなかった。そして、国家戦略とは大雑把に分類すれば4つに分けられる。

第一に国是・国家価値ともいえる、国家の安全、個人の安全、地域安定、国土防衛、戦争の脅威排除、生活水準の向上などが挙げられる『国家基本利益』

第二に国家首脳が国家存続のために重要だと考える軍事、経済、技術に及ぶ条約締結などを視野に入れた国益を追求する『国家利益』もしくは『国家応用利益』

第三に政治、外交、軍事、財政、経済、生産、風習などの能力を整合的に方針としてまとめ上げる『国家方針』

そして、それらの3つを纏める、政治戦略、軍事戦略、経済戦略、心理戦略、情報戦略、外交戦略を視野に入れて国力の効果的な運用を実現する『大戦略』である。


ミシェイルの示したマケドニア国次期戦略案は以下のように纏められている。

マケドニア近海を中心にペラティ近海、ガルダ近海と交易路を支配するための強力な海軍、空軍の整備である。四方を海や海峡に囲まれたマケドニアにとって最良とも言える軍備であろう。ミシェイルは、膨大な人的資源を必要とする陸軍の増員は必要最低限に留めて、浮いた予算、資材、人員は海上交通路の支配を通じた貿易を後押しする為に使用するつもりなのだ。

この戦略を元に整えられた兵力は後に長距離戦略偵察によって支えられる外洋海軍、海外緊急展開軍の原点になる。

マチスは国次期戦略案を実現するために 第二の『国家利益』に関する策を練っていたのだ。

「ペラティ平定までにワーレンに何かしらの楔を打ち込んでおかないと厄介な事に……
そうなる前に手段は確保しておくべきですね、たとえ計略を使わないにしても備えて損はない…」

考えを纏め終えるとマチスは机の上の鈴を鳴らして伝令役として待機している白騎士隊の一人を呼び寄せる。マチスの権限はミシェイルとミネルバに次いで大きなものが与えられていた。周囲の反対は小さかったのは、マチスの父が大貴族でしかも領地持ちだったからである。

しばらくすると執務室の扉がトントンと叩かる。

「パオラ、入ります」

パオラという名の少女は 胸の辺りまで伸びたエメラルドグリーン色の髪の毛に、 整った顔立ちに髪と同じ色をした瞳をしており、体つきも天馬騎乗に適したほっそりとしている。 そして、パオラが着ている服は白騎士団の象徴ともいえる白銀の胸当てと肩当てだけでなく服も白で統一されていた。可憐な少女が着ても似合う軍装である。

天馬騎士は伝令役として各方面で活躍しており、ミシェイルの肝いりで大増員すら始められていたのだ。しかし天馬騎士としての素質をもった人員は直ぐに満たす事は出来ない。そこでミシェイルは目の行き届くマケドニア王都近辺の飛行に限って低年齢であっても優秀ならば騎乗資格を与える仕組みを整えたのだ。軍系統は白騎士団に属するが、所属がミシェイル王子管轄王都連絡隊になっている。

選別範囲は王都に限らず地方の農村でも行われた結果、急募ながらも約200人に及ぶ天馬騎士として素質をもった少年少女が集められた。例に漏れず9割方は少女であったが……

それでも選ばれた彼らは男女問わず皆が喜び通しだった。当然であろう、大部分が生活が厳しい地方の農民の庶子だった彼等からすれば、準騎士見習いは 農作業とは比べ物にならない給与の良さで、活躍次第では出世すら出来るので、垂涎の的だ。


パオラも地方の大多数の例に漏れず農家の生まれであり、大抜擢を行ったミシェイル王子に対して大きな感謝の念を持っている。

ほとんどがまだ基礎訓練中であったが、異様なまでの天馬騎士の適応率を有するパオラのような例外も存在していた。彼女のような存在は14歳まで続けられる基礎訓練は週2日まで短縮され、準騎士待遇で任期に就くことになる。

ミシェイルは優秀な人材を遊ばせておくつもりは無いが、それでも パオラは出生と年齢を考えれば異例の出世とも言える。

「パオラ、この命令書を郊外の駐屯地にいるリュッケ将軍まで届けてください」

「了解しました!」

マチスは数度の伝達でパオラの良い人格と 能力の正確さを知っており、それなりに重要な伝達内容を記した封書や命令書を託す様になっていた。そして、ミシェイル王子も騎士として終わらない器を有するパオラの事を目にかけている。ミシェイルの人物眼は確かであり、後にパオラは卓越した能力を持った騎士のみに許されるパーソナルカラーを使える程に成長するのだ。

パオラはマチスから封印処理が施されている命令書を受け取ると、急いで城外にある馬繋場に係留されている天馬の元へと駆けていった。

駆け足で馬繋場についたパオラは天馬騎士の半身とも言える愛馬の元へ駆け寄って声を掛けた。

「ティティ、お仕事よ」

天馬騎士は愛馬とのコミュニケーションは決して怠らない。

パオラはティティを離床専用の広場まで連れ出すと、蹄の蹄油の具合を確認してから愛馬を安心させるために天馬の頭を優しく摩りながら正面から瞳を見つめる。愛馬を安心させるとパオラは天馬の左側に立つと左手で手綱とたてがみを一緒につかむと、左足を鐙にかけて右手で鞍を掴んで右足で踏み切って鞍を跨いで座った。

そして、常歩を確認するため4拍子の一番ゆっくりとした歩調で愛馬の体調を確認し終えると、パオラは手綱を操って常歩発進を行い飛びだって行く。これは、非常時でない限り、天馬騎手の安全を守るために制定された手順だ。

鮮やかな手並みで安定高度に達したパオラは駐屯地の方向に向けて飛行を開始した。
見事なスカイブルーの色模様を見せる空に、気持ちの良い風が流れていく。

「良い風だわ」

温暖なマケドニア地方は秋に入ってもそれなりに暖かく、南の方から吹く風が冷たい北風を押しのけ、豊かな自然をマケドニアに提供していた。
パオラは、その空の風がとても気に入っている。

「もっと…頑張ってミシェイル様のお役に立ちたい……
 いけないいけない…任務に集中しなきゃ!」

パオラは雑念を払って任務に意識を集中した。
彼女は手綱を操作して増速した。

それから1時間後、マチスは執務室に出頭した二人の少年兵と面談していた。
二人の少年兵はパオラの伝令によって、リュッケ将軍の管理する駐屯地からこの執務室まで呼び出されたのだ。

「貴方達はその年齢に関わらず優秀な訓練成績を収めています。
 そこで特別任務を与えたいと思っています…もちろん特別手当が付きます。
 いいですね?」

「はい」

「分かりました」

「では、シーザとラディ、貴方達の最初の任務は傭兵として生活を行い、
 穏便な方法で貿易都市ワーレンに溶け込むことです。
 成功報酬も別途に用意します。期待してますよ」

「了解です!」

「了解しました!」

マチスが音もなく放った策は後に大きく芽生く事になる。
…大計は一日にして成らず…










パオラはその後、マチスから3件の伝令業務を言い渡され、その全てを当日中に終わらせていた。その手際は熟練天馬乗りと比べて何ら遜色が無い。

「じゃあ、今日の汚れを落としましょうか」

馬繋場に戻ったパオラはティティの膝の下に着いた少量だったが土を洗い流し、 蹄を丁寧に磨いていく。特に、蹄叉という三角形の部分の溝は念入りに汚れを落としていく。

「次は…汗の対処っと…」

汗をかいた部分は濡らしたタオルで丁寧に拭いていき 優しくブラシをかけて毛並みを整えていく。
それを終えるとパオラは蹄に付いている 蹄油の具合を確かめて少量の蹄油を塗っていく。全ての行程を終えると馬繋場内に宛がわれているティティの馬房に足を伸ばして、新しい藁やおがくずを敷いて快適に過ごせるように整えていく。

天馬や軍用馬は寝る場所やトイレの場所が定位置に決まっているほどに綺麗好きだ。

「これでよしっ…と」

日頃から掛けていく天馬に対する愛情が信頼関係を築いていくのだ。

「また明日も宜しくね」

パオラは愛馬を優しく撫でながら馬房まで連れて行く。
途中、ティティはパオラに首を摺り寄せ愛咬を行った。これは 馬が最大の愛情を示す態度であり、それを受けたパオラは嬉しそうに微笑んだ。

天馬に対する手間を惜しまないパオラは良き天馬乗りなのだ。
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【あとがき】
ペガサス三姉妹の長女パオラが登場〜
天馬の名前「ティティ」は勝手につけましたw

今回の話は「ミシェイルの野望」なのに「ミシェイル」が登場しない…
その理由は、分担作業でも「進んでますよー」という雰囲気を出したかったからw


【主要メンバー状態】

マチスは対ワーレン工作に着手しました。
パオラはミシェイルに好意を持っているようですw
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