■ EXIT
ミシェイルの野望 第04話 「大賢者」


オズモンド王はアカネイア聖王国からマケドニアに帰還すると、
予想にもしなかった驚きの連続が待っていた。

最初の驚きは息子のミシェイルが、王たる私に許可なく無断で宝物庫の宝を開けて、およそ120万ゴールドに及ぶ資金を捻出していた事である。しかも湯水のように使用すらしていた。それだけの金があれば3750本の鉄の剣を買うことが出来る。 浪費という言葉では収まりきらないお金の使い方にミシェイルを罰しようと呼び出したが、此処からが本当の驚きだった。

「ミシェイル、これは如何なることか説明してもらうぞ!」

「父上、お待ち下さい! 兄上は……」

「ミネルバ! お前には聞いておらん!」

オズモンド王は庇おうとするミネルバを一喝した。


しかし、妙だ…

元々から仲が良かったのは知っているが、何かミシェイルに対する色気を感じ気がする。まるで恋人を気遣うような視線………まぁ、私の気のせいだろう。どうやら帰路時の疲れによって生じた邪念だな。私はそれを振り払って気を取り直す。 そして視線を娘ミネルバから息子ミシェイルに移すと、そこには狼狽の欠片すら見せない、堂々とした態度で息子が佇んでいた。


「ミネルバよ、案ずるな……父よ、もちろん説明はさせて頂きます」

「当然……納得の行く訳であろうな?」

「無論」

ミシェイルは全く臆する事無く私の前に現れただけでなく、 使用したお金の一つ一つの使い道を段取り良く説明して行ったのだ。

私は息子の先見性に舌を巻いていた。 隙の無い報告書、理にかなった政策だけではない、技術についても見事というべき結果をだしていたのだ。

高級品として貴重な文献以外では使用出来なかった洋紙の 安定した品質による量産化、既に試作品が完成している手際の良さだ。そして、大量生産された紙を生かすための活版印刷 という技術は高価な書物の量産化という歴史上存在しなかった手法ゆえに、大きな利益を生み出すのは間違いない。

特に気に入った点は、紙の生産に必要な亜麻の大多数を父なる国であるアカネイア聖王国から輸入する点だ。マケドニアだけでなくアカネイアも栄える素晴らしい良案に私は年甲斐も無く感動すらしてしまった。

「ミシェイルよ……
 そなたはアカネイアに反感を持っていたはず。
 この暫くの間で何があったのだ?」

「誤解なきように、私の務めは反アカネイア的な考えをするのではなく、
 マケドニアの発展に力を尽くす事にあります……父上」

「…おおお………」


ミシェイルは事実を全て語っていなかった。
音声化されて無い部分にこそ、真実が隠されていた。

アカネイアからの真の独立を考えているミシェイルが、あえてアカネイア産の亜麻を集中的に使用するのは彼の地の穀倉地帯を可能な限り亜麻の産地に変えて行くためであった。

しかも、後に間諜によってアカネイア産の亜麻が洋紙の生産に最適という流言すら広める計画すらあった。また、亜麻の繊維はリンネル製品でも使用されており、決して需要は小さくない。そこに紙需要が加われば、必然的に穀物を作っていた農地が減っていく……同時にミシェイルはあらゆる手段を講じて国外産の穀物をアカネイア聖王国に浸透させていくのだ。

穀物価格が低下すれば、地方領主は金収入を維持するために 確実に売れていく亜麻の経済性を激賞していく。当然の事ながら亜麻は食べ物ではない。 一度、穀倉地から転換を図った土地は簡単には穀倉地に戻せないのだ。ミシェイルの計略が進むにつれてアカネイアは知らず知らず食料自給率を落としていくことになる。

現段階に於いて、ミシェイルのこの案はマチスとミネルバしか知らなかった。
当然、父王提出用の報告書には、アカネイアに不利になるような情報は全くかかれていない。

「ミシェイル……立派になりおって……」

「父上……全てはマケドニアの民と家族のためです」


最後の言葉には全くの偽りも含みも無かった。

ミシェイルの真摯な言葉に心打たれたオズモンド王は、この日を境にミシェイルに対してより多くの権限を与えていった。武直なオズモンド王はただただ、心底からミシェイルの成長を喜んでいた。ミネルバも父王が納得した様子を見て安堵し、喜んでいた。

執務の為にミシェイルが王の間から退出すると、ミネルバも兄の後を追って退出していった。二人の姿が見えなくなるとオズモンドは誰に聞かせるでもなく呟く。

「何があったかは判らぬが、ミシェイルの献策ぶりは見事なものだ。
 ミシェイルも15歳になったし……  そろそろ、良き伴侶となる女性を探しておかねばならぬな」

少しの間を置いてオズモンドは名案のように何かを思いつく。

「よし、息子の驚く顔を見るために秘密裏に進めようぞ。
 はははは、楽しみなことだ……」









翌日

マケドニアの澄み渡る空模様を見せる中、ミシェイルは お供を付けず単独で愛竜に跨って、かなりの速度で飛んでいた。

彼の目的地はマケドニア王国首都から北部の町の離れに住む、アカネイア三大司祭の一人に数えられる偉人の大賢者ガトーである。

大賢者ガトーは、その実力は抜き出ているだけでなく、数百年前から存在しているとも言われている謎の多い人物でもあった。ガトーは教育者としても一流で、弟子の中に三大司祭に数えられるガーネフ、ミロアが名を連ね、優秀な魔道士や司祭も数多く輩出していた。

ある意味、幼少の頃からガトーの元へと通って、
学問を学んでいたミシェイルもガトーの弟子とも言えるであろう。

マケドニア領空を飛竜に跨り、飛行しながらミシェイルはガトーについて考えていた。

ミシェイルは異世界の指導者ギレンの膨大ともいえる戦略に関する知識 を経験則とも言える領域で受け継いでいたが、ミシェイルが意識して使える知識には条件があった。

使用可能な知識は ミシェイル自身が認知している分野とそれに連なる知識に限定されていた。 判りやすく言えばミシェイルは自分の知識の中にある語彙で、ギレンの知識領域に検索を掛けて引き出すようなものだ。しかし、かの異世界には魔法も マムクートも存在しない。

ここにミシェイルの限界があった。
詳しく知らなければ、推測しようが無い。

逆に言えば、彼がこの短期間でこのアカネイア大陸の思考の圏域を遥かに超えた発想が出来たのは、ミシェイルが元々から持っていた知識の深さを意味していた。彼は幼少の頃からアカネイア聖王国の不条理なる楔から逃れるために、体を鍛える傍らで必死に勉学に励んでいたのだ。彼は文武両道の良き例とも言える。

ミシェイルは大まかな事しか知らない魔法分野と、竜族たるマムクートに関しては一抹の不安を感じており、自らの構想の実現化に向けて偉大な賢者に教えを乞おうと考えていたのだ。不安材料は早期に取り払わなければならない。取り払うことが困難ならば、早期に対応策を講じなければならない。そのための来訪であった。









「なっ、なんですと!
 マムクートとの共存を図る知恵が欲しいと!?」

ミシェイルはガトーに対してドルーア地方の安定化と教化の考えを大賢者として誉れ高きガトーに伝えると、当然ながらガトーは驚いた。その理由は100年前のマケドニアの民はドルーア帝国支配階級であったマムクートの奴隷として扱われていたからだ。歴代マケドニア王室はドルーア地方を忌避していたにも関わらず、ミシェイルは正面から向き合っていた。

「ガトー様、私は思うのです。
 過去の恨みで未来を閉ざすのは、度し難い愚か者だと……
 そして、それは未来の希望や可能性を自ら閉ざす悲しい行為だとも……」

ミシェイルも目上の大賢者ガトーの前では俺という一人称は使用しない。

ガトーは驚きを覚えつつも、真偽を探るために王子に対して尋ね返した。 ガトーは一切の虚偽を見逃さない為に全神経を集中して王子に問いかける。その反応を見るために。

「それで王子は"全て"のマムクートと共存を図るつもりですか?」

「それは違います。
 人間との"共存の意思"があるマムクートと共存したいのです」

ガトーはミシェイルの変化に驚いていた。

視野の広さ、頭の回転の早さ、冷静な思考、全身から感じられる強い意思、深さを感じさせる瞳、あふれる求心力、そして幻想におぼれない徹底した現実主義に……もし、先ほどミシェイル王子が「全てのマムクート」と応えていたら、ガトーは助言だけに留めたであろう。

しかし、その答えは良い意味で裏切られた。

久しぶりに会ったミシェイル王子の成長ぶりはガトーの冷静な視点から見ても歴代マケドニア王どころかアカネイア歴史上の数々の英雄ですら霞む程だった。

大賢者ガトーはアカネイア暦550年の時に、アカネイア北部・マーモトード砂漠南部に 魔道都市ガダインを作り上げ、そこに魔道学院を設立して多くの人々に魔法を伝えた。しかし、マムクートに対する自衛手段として伝えた筈の魔法を、人間は事もあろうに同じ人間同士の戦争に利用していった。

その有様に幻滅してマケドニアの田舎に隠居していたガトーであったが、ミシェイルの存在によって心に再び希望の光が灯ったのだ。その希望の炎がガトーの心を大きく揺さぶっていき、本心から未来の英雄王とも言えるミシェイルが作り出す王国……いや、王国という規模では収まらない構想が生み出す世界の行く末を見てみたいと思った。

「………」

僅かな沈黙の後、ガトーは意を決して口を開く。
その言葉には重みはあったが、決して悲壮感は無かった。

「王子よ、私と共にラーマン神殿に向かうのじゃ……
 全ての鍵はそこにある!」

「ラーマン神殿には一体何があるですか?」

「神竜族の生き残りが居る、今言えるのはそれだけだ……」

「判りました」

神竜族とはアカネイア大陸におけるマムクート3大種族を成す神竜族、火竜族、魔竜族の中で竜族最強とも言える総合力を有している。 その能力はラーマン神殿に祀られ、人々に崇められているほどだ。

ミシェイルは幼少の頃にガトーから学んでおり、その程度の知識は有している。

最も、大まかな種族を知らずして共存という考えを言い出せるわけが無い。また、マムクートに共通しているのは、ドラゴンとしての力を解放する「竜石」を使わなければ人間とほとんど変わらない外見を有している事と、数百年以上の極めて長い寿命を持つことの2点である。

神竜族の存在の示唆 この展開はミシェイルにとって予想外だった。あらゆる可能性を模索して可能な限りの対処を施す。自らの知識補填の一環として、大賢者の知恵を借りるつもりだったが、ガトーの予想以上に協力的な態度に、状況はミシェイルすら想定していなかった予想外の展開を見せ始めていた。

「では、参るぞ!」

ミシェイルはガトーが使用する長距離間を移動する魔法によってラーマン神殿へと飛んだ。
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【あとがき】
現段階に於いて銃器を出さないようにミシェイルのギレン知識に縛りをつけましたw

2話の例として、羊用紙の非効率→紙の必要性→洋紙量産技術 になります。
ただ、炭鉱爆発事故を少しでも調べたら・・・木炭粉による"粉塵爆発"原理の理解→黒色粉火薬とか粉塵爆弾とか作れてしまうので、ギレン知識は連想クイズに近いかもww


【主要メンバー状態】
オズモンドはミシェイルに期待しています。
オズモンドはミシェイルの嫁探しに着手しました。
ガトーがミシェイル王子に対して積極的な協力者になりました。
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