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神使 第11話 『地獄の鎧 前編』


カール騎士団の動揺を誘う為に、魔影軍団は数百体のさまよう鎧を主体にしていた別働隊を編成し、発見されない様にやや迂回ルートを取りながらカール騎士団の背後へと回りつつあった。別働隊自体の数は少なかったが、背後を突かれれば精強なカール騎士団とはいえ、思わぬ損害を受けてしまうのは想像に難くない。

その計画が成功しかけた時、事態は急変する。
突然の大氷結に見舞われて、別働隊は大混乱に陥っていたのだ。
整然と進んでいた鎧の軍団の多くが氷結状態と化す。

その直後に発生した大爆発によって、
氷結していた鎧が衝撃波に晒されて四散していく。

リリスの上級氷結呪文(マヒャド)と、
イリナの極大爆裂呪文(イオナズン)による魔法攻撃である。

カール騎士団と合流しようと進んでいたイリナ一行だが、移動の途中で別働隊を感知し、その目論見を阻止する為に合流を一時中断して、別働隊の迎撃を決意していたのだ。騎士団が優勢ならば急いで合流する必要が無い。優勢を脅かす憂いを断つ事こそ重要だった。 そして、ステルススキルによってギリギリまで別働隊に接近して放った、二人の魔法は完全な奇襲攻撃となり、別働隊の統制を著しく乱していたのだ。後方で再編成を行わなければ、組織的な反撃は難しいだろう。

極大爆裂呪文(イオナズン)の大爆発によって大きなクレーターが出来上がり、そこから撒き上がった土埃や鎧の破片が辺りに降り注ぐ。ポップはあまりの威力に目が点になっていた。

その状況の中、先頭に居たイリナは振り返って言う。

「敵は大混乱だね。
 よ〜しっ、一撃離脱は止めて、
 このまま指揮を取る隊長を叩いて一気に潰走させるよ!」

「中央突破ね! 腕が鳴るわ」

嬉しそうにリリスが応じながらも、リリスがグリンガムのムチを振って、襲いかかってきた、さまよう鎧を迎撃する。ムチを食らった鎧は破片を撒き散らしながら倒れて動かなくなる。

「とっ、突破だって!?」

ポップは火炎呪文(メラ)で敵を牽制しながら驚きの声を上げた。ポップは驚きながらも、直ぐに戦に集中する。これは、成長と言うよりも、いつの間にか戦争に参加していたと云う信じがたい急展開に直面したばかりで、多少なりともポップの精神が麻痺していた要素が多くを占めている。

山火事の前には小屋の小火など目立たない事例と似ているだろう。
一種のやけっぱちというかもしれないが。

リリスがポップを落ち着かせるように言う。

「ポップ、落ち着いて。戦には機というものがあるのよ。
 混乱に陥った今は攻め時。
 これは男女の駆け引きと同じなの」

「そうそう、今なら指揮官を叩くのも容易なんだ」

「……」

これまでの行動を見てポップは溜息を吐いて二人の説得を諦めた。
もっともポップの表情は恐怖で真っ青だったが。

憶病だったポップが現在に至るまでに逃げ出さなかったのは、逃げ出した際のイリナから課せられる実戦形式の特訓というリスクが重く圧し掛かった事に加えて、リリスの色気によって逃げるタイミングを逃していたからだ。リリスは、ポップの視線や表情から、ポップの趣向をある程度掴んでいたので、胸元をさり気なくアピールして、気をそらさせて逃げるタイミングを殺いでいた。つまり、色気仕掛けである。良い女は男を立てつつコントロールするのだが、リリスの行いはその模範的例であろう。

そして、下手に逃げ出しても周りには魔王軍が徘徊しているという悲しい現実もある。こうなれば、結果的には強者に付いて行く方が安全である。一言で表現するなら、恐怖の安全。

イリナは右手で星屑の剣を振るいつつ、素早く呪式を汲む。複数弾の爆裂呪文(イオラ)を構成すると、それを全周囲に向かって解き放つ。爆裂呪文が着弾すると閃光と共に轟音が辺りに轟いた。イリナは爆裂呪文によって再び巻き上がった土ぼこりで自分たちの姿を 見つかり難くする。

ステルススキルを使わずに土ぼこりで済ますのは、ある程度戦いながら進むことでポップに経験を積ませようとしたイリナの配慮である。それに、ステルススキルは戦闘行動を行ってしまえば途切れてしまう。

こうして土ぼこりに紛れる形で、最前列にイリナ、最後尾にリリスとポップを挟む込む様な隊列で、戦闘に慣れないポップをカバーするように進む。イリナの星屑の剣がさまよう鎧を切り裂き、リリスのグリンガムのムチが唸る。密集すれば爆裂呪文(イオ)がぶつけられ、分散すれば魔王軍が各個撃破されていく。

「雑魚相手では可能な限り大呪文は使わず、低級呪文で切り抜ける事!」

「そうよ、魔力は有限。
 巧みに温存した者だけが生き残れるのよ」

イリナの言葉にリリスが付け加える。

リリスのグリンガムのムチを辛うじて回避した、さまよう鎧にポップの火炎呪文(メラ)が炸裂する。度重なる実戦で、ポップは戦闘の流れを身を持って学んでいたのだ。彼らは三人パーティーと云う少ない数だったが、その内の二人が桁違いの強さだったので、ポップは戦場の中でありながら、若干の余裕を持つ事が出来たのも大きい。

さまよう鎧の一団を突破したイリナ一行は、周辺の鎧とは違って、
やや鈍い銀色をしている敵の隊長と思われるモンスターを発見した。

「どうやらあの"地獄の鎧"が別働隊を率いている様子ね」

周辺の鎧とは明らかに雰囲気からして各上というのが判る。
しかし、イリナやリリスの二人からすれば遥かに格下。

倒すのは容易い。だが、ポップの才能を高く評価しているイリナは、可能な限り彼の才能を伸ばしたいと考えており、地獄の鎧をポップの実戦教材として使おうと考えたのだ。これも人材の有効活用であった。

「よし、特訓の一環として最後はポップが締めくくろう!」

「はぁっ!?
 俺が一人であの物騒な気配を放つ鎧と戦うのか!?」

「大丈夫、
 防御力以外はポップが前に倒したガーゴイルより少し強い程度だよ」

イリナの言葉はどの角度から見ても、
ガーゴイルより強いという説明にしか聞こえない。
ポップが何かを言おうとするも、リリスが色っぽく後押しを始める。

「いいわね!
 男を立てるなんて女の本懐だわ。
 周りの敵は任せて、期待してるわよポップ」

「もし不安なら、地獄の鎧との戦いの代わりに、
 後で実戦形式の特訓でカバーする事も出来るから無理しないでね」

優しいイリナは選択肢を限定させず代案を忘れない。
イリナからの"優しい配慮"がポップの決意を促す。

(馬鹿言うな!
 あんなクレーターを作るイオナズンを放つイリナと戦えるかっ!)

上級蘇生呪文(ザオリク)の使用を前提としたイリナの言葉がポップの鮮明に脳裏に浮かぶ。代案の方が危険過ぎたのだ。迷う暇も無かった。少しでも迷いを見せれば危険な譲歩が始まってしまう。

心の底から不本意だったが、正反対の内容を話し始める。

「よ、よし、やるぜ!
 い、いやぁ〜 今まで隠していたけど、
 前から俺は地獄の鎧と戦いたくてウズウズしてたんだ!

 今から戦うと思うと…た、楽しみで仕方が無いぜっ
 涙が出る位になっ、本懐だよ、チクショー」

どもりながらも、イリナの言葉に力強く応じたポップ。
後半の内容は支離滅裂だったが。

その返答に対してイリナは純粋に褒め、
ポップの心境を読み取っていたリリスは苦笑しながら応援する。

このようにポップが力強くモンスターとの戦闘に応じたのは、彼の中ではイリナとの実戦形式の特訓が最大の禁忌、もっとも危険な事象として認知されていたからだ。その情報はこの短時間で上向きに修正済み。なにしろ、上級蘇生呪文(ザオリク)の使用を前提した上で、凶悪な威力を誇る極大爆裂呪文(イオナズン)を容易く使いこなすイリナとの実戦形式の特訓ともなれば、どの角度から見ても危険すぎる。そのような恐怖の特訓に比べれば、強そうな魔王軍のモンスターと戦う方が優しく思えた。それはもう心の底から。

もっとも、ポップの目には少し涙が浮かんでいたが、幸いにも地獄の鎧の前に進み出ていたので、涙はイリナには見られる事は無かった。もし、イリナに見られていたら、実戦形式の特訓に切り替わっていたであろう。

ポップのやる気を見て、イリナは昨日よりも前向きなポップに嬉しく思う。大きな誤解だが、結果としては前向きの姿勢に見えたのだ。イリナは頑張るポップに報いる為にも、これからもビシバシ鍛えてあげなきゃいけないと、改めて決意する。

このように壮大な勘違いがイリナの中で進んでいた。
ポップがイリナの考えを知ったら悲鳴を上げたに違いない。
どのような選択を選んでも厳しい特訓が待っているのだから…

そして、ポップが対面する地獄の鎧は、一般的な地獄の鎧とは違っていた。

魔影軍団の軍団長ミストバーンによって一般的な地獄の鎧に比べて強化されたモンスターだったのだ。当然のようにイリナとリリスは通常の地獄の鎧と比べて強化されているのを見抜いていたが、今のポップの実力ならば何とか勝てる力量なので伝えなかった。なかなかのスパルタである。それに、下手に事実を告げてポップを委縮させては意味が無い。

保険としてイリナはポップの防御力を上げる為にスカラを掛ける。
スパルタだが、この配慮こそがイリナの優しさの表れであった。

ポップはイリナの気が変わらないうちに地獄の鎧の前に向かってアバンから与えられた、呪文の威力をある程度増幅させる能力がある小型の杖のマジカルブースターを構える。

(一人で勝てなかったら、確実に実戦形式の特訓を受けさせられそうだっ
 こ、こうなったら、やってやる! 絶対に倒してやるっ)

厳しい特訓を避ける為の死闘が幕を開けようとしていた。
極めて珍しい戦いの動機と言えるが、ポップにとって真剣勝負そのものだったのだ。
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【あとがき】
神使の久しぶりの更新です。
一部、二部という分離をやめて統一して継続に変更。

ともあれ、最大の禁忌によって、色々と修羅場に遭遇していくポップですが、この時の経験によって仲間を見捨てて逃げる行いが予防される事になるでしょうw

それに逃げたら特訓だからね(笑)


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(2012年01月16日)
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