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神使 第12話 『地獄の鎧 後編』  (仮)


マジカルブースターを構えたポップは勝利に必要な策を模索していた。幸運にもポップは、かなり手加減されていたとはいえ、圧倒的な実力を有するイリナとの模擬戦でそれなりの戦闘経験を有していたので、このような思考が行えるようになっていたのだ。その経験が無ければ、自分より強い相手に対してはすぐに腰が引け、見捨て逃げ回ってばかりの状態になっていたに違いない。

ポップはすぐざまに結論を出す。

(先手必勝!)

「上級火炎呪文(メラゾーマ)っ!」

マジカルブースターを突き出して地獄の鎧に向かって己が撃てる最大呪文を放つ。かつてのメラゾーマと違い、やや収束が掛かっており威力が向上していたものだ。地獄の鎧に向かって猛然と火球が向かう。少年と思われる人物がいきなりメラゾーマを放ったことに地獄の鎧が驚き、その一瞬の動揺によって回避行動が僅かに遅れた。

地獄の鎧に火球が炸裂する。
大きな火柱が立つも、ポップは構えを解かない。

(…イリナだってメラゾーマを簡単に無力化していた…
 状況を確認し終えるまで油断は出来ないぜ)

「っ!?」

ポップは、イリナとの模擬戦で度々経験した嫌な気配を感じたポップは地面を蹴るようにして側面に飛ぶ。ポップの決断は正しかった。メラゾーマの着弾によって生じた炎を掻き分けて"地を走るいかずち"がポップが先ほどまでに立っていた場所に走る。そのまま立っていたらポップは大きなダメージを食らっていただろう。ポップは知らなかったが、「地を走るいかずち」は特定の地獄の鎧が使う、ベギラマ級の威力を誇る特技の一つである。

「…予想外ダ。
 メラゾーマ、ヲ使イ、コノ技モ見切ルトハ…
 貴様ヲ侮ッテイタ」

この地獄の鎧は精神面でも変わっていた。

強化した主のミストバーンの趣向が強く出ていただけに、強者を敵味方問わず羨み尊敬する傾向があったのだ。挑んできた敵が未熟そうな少年と失望していた矢先に、強力な呪文を操り、己の技を回避するともなれば、認識を改めて全力で戦わなければならない。魔王軍とはいえ、稀にこのように騎士道精神に溢れる存在が居るのだ。15年前に魔王ハドラーに仕えていた地獄の騎士バルトスもそうである。

「いいっ!? こいつっ、喋ったぜっ!!
 絶対ぇ、普通の地獄の鎧じゃねぇーぞ!」

「ガーゴイルだって会話できるんだし、そんなに驚く必要は無いよ」

「じゃ、じゃあ、会話はともかく、あの技は!?」

「あの地獄の鎧はきっと技能習得にむけて鍛錬したんだよ。
 努力って凄いね!」

「んなバカな…」

「後でポップも頑張ろうね〜!」

ポップの悲鳴に対して返ってきたのはイリナの声援である。
元から強化型の地獄の鎧と見破っていたイリナは冷静だった。

(駄目だ…イリナにとっては、俺の死闘も鍛錬程度の認識でしかない…
 まて、俺は後で頑張らなきゃならないのか!?
 い、今は戦いに集中しよう…勝っても厳しい特訓なんで考えたくも無い……)

ポップは不吉な考えを振り払う。気を取り直したポップの視線の先には地獄の鎧が剣を地面に突き刺している姿があった。どうやらあの体勢で、あの技を放ったようだ。そして、左腕に装備していた盾が大きく破損していた事から、盾を犠牲にしてメラゾーマの直撃を防いで、鎧の各所に焦げ目が出来る程度にダメージを最小限に抑えていたのが判る。

(どうする!?)

ポップがどのように戦うか構想を練る中、リリスは周辺の敵を余裕を持ってあしらいながら念話でイリナに話しかけた。

『さて、押し切るほどの差が無い相手に対して
 ポップはどう出るのかしら?』

『メラゾーマを見て敵は警戒しているからね。
 先ほどのような奇襲効果は無理。
 だとしたら牽制で隙を作って反撃だね』

このようにイリナとリリスは周辺の敵と戦いながらもポップの戦いを冷静に観察している。万が一の時にはポップを援護する為だ。イリナはポップを気に入っているので万全のサポートを忘れない。そして、二度と同じ失敗を行わないようにする、アフターケアの構想も。もっとも、そのアフターケアとはアバンの修行の中で最も過酷な、一週間で普通の人を一流の人材にまで鍛えてしまうスペシャルハードコースに匹敵するものだが。

己の最大魔法を耐え切った地獄の鎧と向き合うポップ。

(ヤベェ……に、逃げてぇが、逃げたらもっとヤバイ。
 イリナが見てるっ! それにっ、無様な戦いをしてしまったら、
 実戦形式の特訓でなくても、絶対に特訓が厳しくなるに違いない!)

ポップは負けた際に課せられるだろう実戦形式の特訓に戦慄しながら、マジカルブースターに魔力を込める。次の魔法を放とうとした時、地獄の鎧の目を覆うバイザーの奥に赤く鈍い光が輝く。ポップは視界にあるものを捉えて、慌てて身をよじった。 数瞬遅れて破損した盾が通過する。それは地獄の鎧が左手に着けていた盾。

地獄の鎧は、ポップの魔法を撃つタイミングを乱す為に盾を投げたのだ。地面に激突した盾が完全に壊れる。その一瞬の隙を突いて、地獄の鎧があっという間にポップとの間合いを詰める。

『ポップの判断は悪くないけど、そこで動きを止めちゃ駄目じゃない。
 まっ、これは場数を踏むしかないけどね』

『うん。牽制の魔法攻撃を行わなかったのが不味かったよ。
 ああ〜接近されちゃったし……
 実戦的な回避訓練をやっておくんだった』

リリスは、イリナの言葉から次にポップに課すだろう訓練を完璧を思い、心の中で彼に同情した。その回避訓練とは物体に強制移動呪文(バシルーラ)や瞬間移動呪文(ルーラ)を掛けて、訓練対象者に向けて投射する訓練である。あれは手加減されてもかなり怖いのだ。

ともあれ、未来の特訓を知るよりも無いポップは、
地獄の鎧からの剣戟を致命傷にならないように、何とか避けていく。
しかし、腕や肩などは軽く切られて出血していた。

相手の地獄の鎧も無傷ではない。各所にポップが反撃として放った中級火炎呪文(メラミ)を食らっており、熱く爛れていた箇所すらある。それは人が触れば火傷する位の温度だ。文字通りの死闘だった。ポップの魔法力が尽きていないのは、イリナに鍛えられた事と、祈りの指輪による魔力回復のお陰である。

なんとか、距離を取ったポップ。
呼吸を荒くしながら呟く。

「ぜぇー、ぜぇー……こっ、このままだと、
 やべぇな……負けたら…あの特訓になっちまう…怖ぇ……」

戦いの恐怖を塗りつぶす実戦形式の特訓に感じる大きな畏怖。 勇気を振り絞るためにマジカルブースターを強く握る。

(怖ぇけどっ、イリナとの実戦形式の特訓に比べれば、遥かにマシだっ!)

確かに恐怖はあったが、実戦形式の特訓よりはマシだと納得すると、
勝利の方程式を構築するために意識を戦いに集中する。
冷静になると、対峙している地獄の鎧を見てポップは閃く。
イリナから魔法戦に応用出来る錬金術の基礎を思い出したのだ。

(よし…算段は決まった。
 祈りの指輪のお陰で、魔法力もなんとか足りる。
 後は覚悟を決め、タイミングを見極めるだけだぜ…)

極限の状態にも関わらず、ポップの顔に笑みが浮かぶ。
あの特訓を避けられるかもしれない希望が彼の心に広がっていく。
それは、とてもとても儚い希望だったが。

勝負を仕掛けるべく、ポップは油断無く近づいてくる地獄の鎧に対してメラを放つ。ポップと同じように度重なるダメージで動きが鈍っていた地獄の鎧だが、やや、余裕を持ってメラを回避した。しかし、ポップにとって、そのメラが避けられることは織り込み済み。

回避先に向かってポップは次の呪文を放つ。

「ヒャダルコっ!」

地獄の鎧に吹雪が襲い掛かる。回避が間に合わず、度重なる火炎呪文で高温になっていた鎧が急激に冷やされていく。噴きつける雪が地獄の鎧からに接触すると、その蒸発によって水蒸気が立ち上る。水蒸気によって見た目は派手だったが、致命傷には程遠い。吹雪と水蒸気の中で地獄の鎧は、魔法攻撃によって動きを止めたポップに反撃を始める。視界不良だったが、吹雪の先には敵の魔法使いが居るのが判っており、その方角に向けて地面に剣を刺し「地を走るいかずち」を放った。

(ヤ、ヤベェのが来た! だけど、これを待っていたぜ!)

地面を爆砕しながら己に向かってくるエネルギー波の端に向かって、ポップは爆裂呪文(イオ)を放つ。イオの着弾によって土煙が舞うと同時に、地を走るエネルギー波も僅かながらも反れた。その真横をポップが駆け抜ける。イリナがポップのメラゾーマをバギで逸らした模擬戦から得た経験を活かしていたが、簡単に出来ることではない。後に、ポップは大魔王が放った凶悪な魔法を指先だけで分解するまで到達する。今の行いは、彼の才能からすれば、まだまだ片鱗に過ぎなかったのだ。

『驚いた……あの子、魔法のセンスが恐ろしいほど高いわ』

『でしょでしょ〜 鍛えがいがあるんだよ』

イリナとリリスはポップを褒める。
その直後、巻き上がった土煙からポップが現れた。

「ナニっ!?」

殆ど真正面からの現れた事に地獄の鎧が驚く。魔法使いの戦いは距離を取って戦うのが定石だからだ。地獄の鎧は地面に剣を刺していた剣を抜いてポップの迎撃を行うも、初動の遅れによってポップの迎撃に失敗した。振り払った剣はポップの頭の上を通過し、ポップは、そのまま地獄の鎧の懐に入り込む。

驚く地獄の鎧を尻目に、ポップは相手の胸部に向けて手をかざす。

「すべての魔力、くれてやるっ!
 爆裂呪文(イオ)っ」

胸部に爆発が発生する。爆発による衝撃によって、構造材が破断せずに柔軟に変形する限界である塑性を超えた事で、胸部を基点に破壊面が地獄の鎧に広がっていく。温度変動幅の急激な変化によって鎧を構成する分子の結合に干渉し、その結合力が著しく低下していた事が原因だった。

これは、急激な温度差によって金属にクラック(割れ)が入るヒートショック現象である。ヒートショックは構造材だけに留まらず、急激な温度差によって脈拍や血圧に大きな影響を及ぼし、生物の生命活動すらも脅かす現象でもあった。イリナが雑学として教えた錬金術の基礎の一つ。また、イリナは「呪文の重ね掛けも時としては大きな力になるんだよ」など、従来の魔法戦に収まらない戦術も教えてすらいる。

何気に恐ろしいことをポップに教えていたイリナであった。

イオの爆発によって生じた地獄の鎧に広がる破壊面の拡大は留まることを知らず、やがて致命傷にまで拡大していく。原因は判らぬが、止まる事のない体の崩壊に己の死を悟った地獄の鎧は自分を倒した少年に向き合う。

「ミ、見事…ダ…少年ヨ…」

「…ハァ、ハァ…お、俺もあんたと戦えて……良かったぜ」

「ソ…ウカ」

その直後には崩れ落ちて活動を完全に停止した。
落ちた剣が地面に刺さる。

恐怖の特訓を逃れるという不純な動機とは言え、死闘を経験したポップは精神的に一皮剥けており、消えゆく地獄の鎧に感謝の言葉を伝えた。この戦いは、ポップにとって大きな糧へと昇華していたのだ。

緊張が解けたポップはその場に座り込む。

辺りを見渡せば、魔王軍の姿は一つもない。イリナとリリスによる猛烈な攻撃に加えて隊長の死によって命令系統が途絶え、壊走していたのだ。

笑顔でポップの正面にイリナとリリスが立つ。

「ポップ、お疲れ様っ。
 よく頑張ったね〜 」

イリナはポップを手放しで誉めて、労わる様に回復呪文(ベホイミ)を唱える。ポップの傷が瞬く間に癒えて行く。傷の手当てを終えると博愛スキルの能力で、消費したポップの魔力を回復するのも忘れない。

「これで大丈夫だね。
 っ、リリス、警戒して!」

「ええ!」

イリナは、上空から感じる僅かな殺気。微かであるが危険な雰囲気を素早く探知すると、同時に剣のようなものが飛んできた。下手に避ければポップに当たると判断したイリナは星屑の剣で、それを切り裂く。剣では無い。良く見ると、高速で伸びる指だった。超高速で伸びる鋼鉄以上の硬度を誇る両腕の爪で敵を貫くビュートデストリンガーと言われる技である。

イリナはリリスに視線を送ると、頷いてポップを守る様に立つ。
上空には白いローブの内に暗黒闘気を宿す幽霊のような人物が浮いていた。彼こそが魔王軍魔影軍団を率いる魔影参謀ミストバーンである。

イリナが小声でポップに言う。

「気をつけて。あれはかなり強いよ…
 先ほどの攻撃はポップも狙っていたから、もしかしたら…」

「も、もしかしたら!?」

「ポップがデルムリン島で倒したガーゴイルか、地獄の鎧の敵討ちかもしれない。
 暗黒闘気からして後者の確率が高いね」

否定しようにも、ポップは今先ほど別働隊の隊長の地獄の鎧を倒したばかりである。そして、空に浮く敵は、紛れもなく暗黒闘気を有する敵だったので、先日、イリナが示唆した最悪の可能性が現実味を帯びてきたと、ポップは息をのむ。

もっとも、ミストバーンがこの場所に赴いたのは、強大な魔力を感知したからであり、仇討ちなどではない。イリナとポップの深読みのし過ぎ、すなわち勘違いである。

ともあれ、この勘違いが元で、ポップはイリナが示唆した魔王軍からの刺客に対抗するためと、より貪欲に力を求めるようになる。皮肉にも、この勘違いが、ポップの飛躍的な成長へと繋がるのだった。


第一部完

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【あとがき】
クロコダインですらメラゾーマに驚くので地獄の鎧が動きを止めるのは当然でしょう。そして、勇気と友情ではなく、物理や科学知識の要素で勝ちをつなげていく話になりそうだなぁ(汗) そして、勘違いから始めるポップの伝説!

マトリフがポップに感じる第一印象も「こんなに必死なやつは始めてみたぜ…」になるかもw


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2012年01月26日)
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