■ EXIT
神使 第09話 『特訓2』


昼食をとった後、イリナは魔力をコントロールする方法の基礎をポップに伝えていく。複雑な内容であってもイリナがその内容の要点を抑えつつ、判り易くに噛み砕いて伝えていくと、技術で再現が出来なくても頭の回転の速いポップは知識として理解していった。あとは修練の繰り返しであろう。

「じゃあポップ、一つ例を見せるね」

イリナはそう言うと指先に一個の光点のような光の玉を作り出す。

光弾のサイズは5o四方という小さなものでありながら、 小さく振動を繰り返しながら揺らぐ光弾はその大きさに反して 並々ならぬものを感じさせた。

イリナがポップに光弾について問いかける。

「これは何だと思う?」

「まさか、イオか!?」

「正解! でもイオはイオでも威力は全然違うよ」

そう言うとイリナは指先にある光弾を海岸沿いにある10メートル程の大きさをしている岩石に向けて撃ちは放つ。その光弾の速さは並みの爆裂呪文(イオ)よりも早い。ポップは岩石の表面にて爆発する爆裂呪文(イオ)を想像する。しかし予想に反して着弾と同時に岩石の後ろ側から衝撃波と土煙が舞う。これはポップも予想すらしなかった展開であった。

「どうなってるんだ!?」

ポップは岩周辺の大地を見るもそれほど目立った変化はなかったがイリナに言われ着弾した岩に近づくと理解する。着弾した箇所には光弾と同じ口径の深い穿孔が出来ており、それが岩の半場まで続き、その先でエネルギーを解放していたのだ。

その結果は絶大と言えよう。

通常の爆裂呪文(イオ)では爆発の衝撃波は周囲に球形に広がり、目標に対して直接ダメージを与える衝撃波は一部に過ぎない。しかしイリナの爆裂呪文(イオ)は光弾を圧縮させ、さらに光弾内にエネルギーを閉じ込めている魔力膜をコントロールする事によって圧力凝集点を操作し、飛躍的に貫通力を高めて内部で爆発させる事で無駄を無くしてる。

岩の状態を正確に理解したポップが驚く。

光弾が直撃した反対側の岩の側面は崩れ落ちていただけでなくイオが炸裂したと思われる中心個所では若干ながらも岩が融解していたのだ。ポップは制圧面はともかく範囲を絞ればその威力はイオではなくイオナズンのようだと思った。

「驚く事はないよ。
 鍛錬次第で出来る様になるから。
 ポップには凄い素質を感じるの、あとは努力のみ」

イリナは微笑みながら口に出す。

ポップの好みとは違っていたが美少女と言っても良いイリナの笑みはまぶしく、ポップのやる気が少し向上した。だが彼のやる気を後押している最大の要素はイリナが言った魔王軍による追手に対する恐怖が大きい。何しろ命が掛っているのだから必死になるしかないのだ。

ともあれイリナはポップに鍛錬を付けていく。

鍛錬と言っても実地訓練ではなく、イリナから魔力負荷を受けた状態で魔法を使う事によって魔法力に対する親和性とコントロール能力を高めていく特訓である。ポップの魔法力が尽きればイリナは博愛スキルにて魔法力を送り込み、ポップの魔法力を強制的に回復させ、短時間ながらも濃度の高い訓練を行っていく。イリナが手加減しているとはいえ、レベルの限界に達し、技能を極めている能力からして並みの魔王を上回る彼女が掛ける魔力負荷は楽なものではない。

しかし、苦労に見合っただけの効果が出る修練方法であり、ポップは苦労しつつも徐々に周囲から魔法力を集められるようになる。しばらくしてポップの手に小さな火球が誕生した。

それを見たイリナが我が事のように喜ぶ。

「うんうん、徐々にコツを掴んできてるみたいだね〜
 この状態で火炎呪文(メラ)を打たずに継続」

「う、ウソだろぉ!?
 ……す、少しでも気を抜くとっ……
 ごっそりと…ま、魔法力が削られていくのに…」

汗だくになりながらポップは応じた。
ポップの反応にイリナはアゴに手をあてて考える。
数秒後にイリナは得心が行ったような表情をして言う。

「嘘じゃないよ。
 でもポップがその特訓が苦手ならば、別の特訓でも良いよ〜
 あと魔力コントロールが効果的に上がりそうなのは実戦形式の……」

「い、いやぁ〜 この特訓は楽しいなぁ」

ポップはイリナの言葉を中断するように即答した。

その言葉を聞いたイリナは「じゃあ継続ね」と言う。ポップが楽ではないこの特訓を態度を改めて急に受けれたのは、より大きな危機を回避するためであった。何しろ、先ほどにイオナズン級のイオラを放った彼女が「それに大丈夫! 上級蘇生呪文(ザオリク)があるから安全だよ」 と言った言葉が記憶に新しく、安易に実戦形式の訓練などは受けられない。

苦しい修行が嫌なポップであっても苦しくとも死の危険が無い、魔力切れという言い訳が通用しない特訓の方が遥かにマシだった。仮死前提の特訓など恐ろしすぎる。ポップは全身全霊をもってこの特訓を死守することを固く誓ったのだ。動機はどうであれ、彼はかつて無いほどに真剣に訓練に取り組んでいる。

ポップはこうしてイリナから魔力付加を受けつつ、
回復と消費を繰り返しながら継続していく。

鍛錬を付けていてイリナは思う。

(凄い、この短時間でここまで伸びるなんて…
 ダイ君も凄かったけど、成長速度ならポップが上ね。
 うんうん、本当に将来が楽しみだなぁ〜。
 これだけの伸びならば今週中には中級爆裂呪文(イオラ)を覚えそう)

今後の成長を思うとイリナの顔に「ほにぁ」として柔らかい笑みが浮かぶ。
でも特訓は手を抜かない。

「ポップは少し慣れてきたみたいだから負荷を1割ほど上げるね」

「うげぇ」

「この短時間でここまで耐えられたポップなら大丈夫!
 才能は努力してこそ伸びるから」

「お、おう」

ポップは若干引き気味ながらも、イリナの励ましによって元気づけられたのか負荷の向上を肯定した。その決意を見てイリナは嬉しそうに頷いて負荷を強める。

宣言通りに負荷が高まるとポップは苦しそうな表情を浮かべつつも耐えていく。イリナが行った負荷は1割増しではなく、本当のところを言えば2割増だった。特別ポップに厳しのではなく、イリナはダイにも同様の特訓を課していたのだ。彼女は素質ある人材を鍛える際には常に全力全開を持って行うのをモットーにしている。それはもう嬉々として。

特訓を続けていくとイリナにテレパシーの一種である念話にて連絡が入る。

『イリナ、今大丈夫!?』

『リリス? どうしたの?』

イリナはリリスからの念話に応じた。二人は占い師などが使う遠見の呪文を改良し、遠距離連絡用の手段としてお互いの意識下にメッセージを送りあえるように改良した呪文を作り上げていたのだ。これは有事の際に指揮下にある機械剣士属などの兵力に命令を送り込む方法としても使われる呪文であった。

イリナはポップの特訓を行いつつリリスからの念話を聞く。

『暗黒闘気生命体を中心とした魔物の群れがカール王国を襲撃してきたわ。
 十中八九、魔王軍の軍勢ね。
 今は騎士団長ホルキンスと騎士団の活躍によって拮抗してるけど、
 予断を許さないわ。
 余りにも数が違いすぎるし、守るべき防衛線が長すぎる』

リリスは騎士団の奮闘を称賛しつつも楽観はしていなかった。確かに騎士団長ホルキンスは剣の腕だけでドラゴンを圧倒するほどの実力者であり、またカール騎士団も世界最強の騎士団だけに一騎当千の猛者が多かったが、圧倒的な物量による消耗戦を強いられれば遠くない将来のうちに敗北は避けられないと冷静に分析していた。

リリスの言葉が続く。

『そして、私たちの兵力はカールから離れたギルドメイン大陸南端に展開中。
 アレは威力が強すぎて防衛戦には使えない』

『そうだね。
 それに…アレは魔界生まれの兵器だから魔王軍も切り札として
 持っていると考えた方が良いね。
 此方が使って報復の応酬になったら人間界と魔界が滅んじゃう』

『同感だわ。
 此方の準備が整うまで…
 少なくとも打撃戦力の中核になる
 エルギオス級戦艦が竣工するまでは使うべきじゃないわ』

彼女達の言うアレとは「黒の核晶」の事である。より使い易い様に改良を加え、核晶兵器という名称で作られていた。

そしてイリナの推論は不幸にして正しい。後に明らかになる事だが、魔王軍は多数の黒の核晶を保有しているのだ。この段階で安易に使えば取り返しのつかない報復を招く事になったであろう。

彼女達が黒核兵器を実用化していたのには訳がある。

イリナは十数年前に人間界にて猛威をふるった魔王軍の情報をより詳しく知るために彼女は賢者の知識を総動員して探っていったのだ。そして地上界の地下深くに存在する魔界を知り、その過程で冥竜王ヴェルザーが使用した「忌まわしい伝説の超爆弾」である黒の核晶の存在を知った事が実用化の原因であった。

素材さえ手に入れば如何なるものも作り出せるのが錬金術師である。

イリナは万が一に備えて魔界の各勢力と対抗できるように、兵力を整えつつ黒の核晶の主要原材料である黒魔晶を入手して、抑止力として黒核兵器を前々から量産していたのだ。優しい世界を目指すイリナとしては相手に対抗する兵備を備えておくことは当然の行いと言えるだろう。それらが絡み合った結果、魔界の脅威を正しく認識したイリナは優しい世界を実現するべく動き出す事となった。

優しい世界とは優勢な軍事力による国際調停機関の事を指す。
それを実現する三本柱が、機械兵器、黒核兵器、国家建国の3つである。

イリナがただ平和を願う様な凡庸な理想主義者でなかったのは機械軍を主力とした平和維持軍を編成し、また魔界が誇る黒の核晶を抑止するべく、黒核兵器の大量配備によって魔界との相互破壊保障を生み出して戦争を抑止する構想を持って、実現に向けて動いていた事であろう。構想の極めつけが黒魔晶制御技術を応用して作られた魔力炉の無尽蔵とも言えるエネルギーによって行う、軍事拠点を目的とした国家建国に向けた準備である。

この構想に至った遠因として過去の経験が大きい。

彼女は記憶を失ったとはいえ幾度の討伐にもかかわらず次々と復活を遂げてしまう魔王、魔神、破壊神などとの戦いの経験がある。これは思い出せなくとも精神に作用するほどの大きな経験であり、このように思想を討伐から抑止に傾かせていたのだ。また優しいイリナの余計な流血を避けようとする考えも大きいだろう。

イリナが言う。

『となると魔王軍を止めるとなると私たち二人で行かないと駄目だね。
 少なくとも近所のおばちゃんたちが避難出来る時間は稼がないと』

『もちろんよ』

『状況は分かったよ!
 私は30分ほどで戻るからリリスは天使の翼にある重要物資の処置をお願い』

イリナはそう伝えると念話を終えた。

ポップの特訓を一時中断しなければならない事に残念な気持ちを感じるも、それを回避する同時に名案も浮かぶ。実戦は最良の訓練と言う言葉を思い出したイリナはポップを魔物退治に連れて行こうと考えたのだ。

必死に魔力負荷に耐えるポップは己が対魔王軍第二戦として経験する事になる1日に満たない短時間ながらも一生忘れる事の出来ない大激戦を経験する事になろうとは知る由も無かった。
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【あとがき】
大魔王バーンですら予想だにしない、斜め上を行ったイリナとリリスの主な目的は相互破壊保障による平和の実現です。魔王軍とは戦闘ではなく、お互いの理想を掲げた通常兵力による総力戦が始まっていく事になるかも(怖)


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(2010年09月01日)
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